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white_robe_love_syndrome:scr01205

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[001]       ああ、またあの夢の中……。

[002]でも、いつもと違って、

[003]今日はあの女の子は、

[004]にこやかに微笑んでる。

[005]【???】

[006]「以前、言ってくれたよね、

[007] かおりちゃんはもうひとりでも大丈夫だって」

[008]【???】

[009]「彼女を救うために、

[010] かおりちゃんに協力して欲しいの」

[011]女の子の言う『彼女』が誰かが

[012]何となくしかわからないものの、

[013]こくりと頷いてみせた。

[014]こうして何度も夢に出てきてくれる女の子に、

[015]何とも言えない懐かしさを感じている。

[016]今はこの子のことは忘れてしまったけど、

[017]きっと前世で縁があったりとか、

[018]何らかの繋がりがあったりとかする、

[019]わたしにとって大事な人なのかもしれない。

[020]【かおり】

[021]「うん、わかった!」

[022]【かおり】

[023]「おはようございまーす!」

[024]【夜勤看護師A】

[025]「あ、おはよー、沢井さん。

[026] 主任がさっきからお待ちかねよ」

[027]【かおり】

[028]「へ?」

[029]夜勤さんが

[030]意味ありげな視線で、休憩室を指す。

[031]おそるおそる休憩室を覗くと、

[032]他の日勤さんに混じって

[033]主任さんがいた。

[034]【かおり】

[035]「お、おはようございまーす……」

[036]な、何だろ、お待ちかねって……

[037]わたし、何かまたやらかしちゃったのかな……。

[038]【はつみ】

[039]「おはようございます、沢井さん。

[040] 申し訳ないのだけれど、

[041] あなたは今日一日、病棟勤務はいいわ」

[042]主任さんの言葉に、

[043]棚にカバンを置く手が止まった。

[044]【かおり】

[045]「……ほへ?」

[046]【はつみ】

[047]「わたしにも説明されていないので

[048] 詳しい理由はわからないのだけれど、

[049] あなたには検査を受けて欲しいの」

[050]【はつみ】

[051]「検査項目を見れば

[052] 一日拘束されると予想されるから、

[053] 今日はあなたの勤務を外します」

[054]【なぎさ】

[055]「えー、沢井だけー?

[056] あたし、そういう検査、

[057] 今まで受けたことないんですけどー!!」

[058]【はつみ】

[059]「藤沢さんには

[060] 特に問題がなかったからじゃないかしら?」

[061]【なぎさ】

[062]「じゃあ、

[063] 沢井に何か問題があるって言うんですか?」

[064]【やすこ】

[065]「性格的には、

[066] 沢井より藤沢のが問題アリアリやけどなー」

[067]【なぎさ】

[068]「んもーっ!!

[069] 何ですか、それ、どーゆー意味ですか!!」

[070]【やすこ】

[071]「おサボりは許しませんで〜!

[072] 可愛い後輩の代わりに

[073] ちゃっちゃと働かんかい!!」

[074]【なぎさ】

[075]「山之内さん、横暴!

[076] もーもー!!」

[077]【やすこ】

[078]「うっさい、ウシ沢!!

[079] ほれ、行くで!!」

[080]山之内さんに引きずられるようにして

[081]休憩室を出てゆく、なぎさ先輩。

[082]【かおり】

[083]「…………」

[084]えーっと……、

[085]勤務しなくてもいいってことは、

[086]申し送りも受けなくていいってことなのかな……?

[087]【はつみ】

[088]「そういうわけで、必要事項は伝えたわ。

[089] 検査の順番はここに書いてあるから」

[090]ピラッと1枚の紙を渡された。

[091]【かおり】

[092]「……えと、……はい……」

[093]……うーん、

[094]この一連の検査って、

[095]福利厚生の一種なのかなぁ?

[096]良くわからない検査は

[097]主任さんの読み通り、夕方までかかった。

[098]頭部CT・MRIは

[099]比較的すぐに終わったけど、

[100]問題は脳波!

[101]電極を貼り付けて、

[102]いろんなことさせられただけじゃなくて、

[103]睡眠中の脳波まで取りたいって言われちゃってね。

[104]検査に使った薬剤のせいか、

[105]また頭の芯がボーッとしてる。

[106]取り敢えず、詰所のみなさんに

[107]検査は無事に終わった報告をした後、

[108]まゆきちゃんの部屋に顔を出そうと、

[109]フラフラと廊下を歩く。

[110]【かおり】

[111]「……あれ?」

[112]ドアが……ちょっとだけ開いてる?

[113]そっとドアを開けると、

[114]中から大声が飛び出してきた!

[115]【まゆき】

[116]「ああ、そうだろう、

[117] おまえには他人事だからな」

[118]【まゆき】

[119]「あの能力で退行を止められる可能性があるなら、

[120] その可能性に縋りたいわたしの気持ちなんか

[121] 爪の先ほども理解しないだろう!」

[122]【???】

[123]「失敗したらどうするんですか!!

[124] 責任を取れるんですか!?」

[125]この声……!

[126]まゆきちゃんと言い争ってるのは、主任さん……?

[127]【はつみ】

[128]「あの子の『癒しの手』を利用しようと

[129] あなたが考えているのは知っていました。

[130] でも、わたしが協力できるのはここまでです」

[131]【はつみ】

[132]「部下を危険に晒すような真似、

[133] たとえ理事長先生のお願いがあったとしても、

[134] これ以上は許可するわけにはいきません!!」

[135]部下、って、

[136]わたしのことだよね。

[137]危険に晒す?

[138]ふと、夢の中の女の子の顔が思い浮かんだ。

[139]ああ、そうかと、納得した。

[140]あの女の子は

[141]まゆきちゃんを助けたかったのね……。

[142]……じゃあ、

[143]わたしは、どう?

[144]自問する。

[145]『癒しの手』で

[146]自分自身の命を削ることになっても、

[147]まゆきちゃんを助けたいと思う?

[148]それでも助けたい

[149]助けたいけど、わたしには無理

[150]【かおり】

[151]「…………」

[152]それでも、

[153]まゆきちゃんを助けたい!

[154]たとえ『癒しの手』がなくなるとしても、

[155]何か辛いことが起こるとしても。

[156]わたしの能力で

[157]誰かの病気が治る可能性があるのなら……!!

[158]一歩踏み込んだ。

[159]【まゆき】

[160]「おまえ……っ!」

[161]まゆきちゃんがわたしを見て、

[162]それに気付いてはっとした主任さんが振り向いた。

[163]【はつみ】

[164]「沢井さん……!

[165] あなた、いつからそこに……!!」

[166]【かおり】

[167]「わたし……まゆきちゃんを

[168] 助けたいと思います」

[169]【はつみ】

[170]「軽々しく言わないで!

[171] 成功するかどうかなんて、誰にもわからないのよ?

[172] もし失敗したら……」

[173]【かおり】

[174]「わたし、自分の『癒しの手』なんて

[175] 正直、あんまり信じてませんでした」

[176]【かおり】

[177]「でも、わたしに本当にそんな能力があるのなら、

[178] それは誰かを癒すために使うべきだと思うんです」

[179]【かおり】

[180]「誰かを助ける方法があるのなら……

[181] 医療者として、人として、助けるべきだと思うんです、

[182] 昔、わたしが誰かに助けてもらったように!」

[183]【はつみ】

[184]「沢井さん……」

[185]ふと、脳裏を

[186]夢の中のあの子が横切った。

[187]【???】

[188]「かおりちゃん……」

[189]あの子も喜んでくれている。

[190]私のこの選択は間違ってはいない。

[191]【かおり】

[192]「もし、失敗したら……それはしょうがありません。

[193] わたしには、誰かを助けるような能力なんてなかった、

[194] それだけのことです」

[195]【かおり】

[196]「そもそも、新人看護師のくせに誰かを助けるなんて

[197] 大口を叩くことがおこがましい、って

[198] 叱られて、それで終わりです」

[199]【かおり】

[200]「何があっても、決めたのはわたし。

[201] 全部、自己責任……ですよね?」

[202]【はつみ】

[203]「…………」

[204]すーっと主任さんの頬を涙が伝う。

[205]どうして泣いているんだろう?

[206]【かおり】

[207]「……泣かないで、おねえちゃん……」

[208]言った後で、はっとした。

[209]入職初日もそうだったけど、

[210]どうして主任さんを見て、

[211]こんな懐かしい気持ちになるんだろう?

[212]【はつみ】

[213]「……あなたの姉になったつもりはないのだけれど」

[214]【かおり】

[215]「す、すみませんっ!」

[216]慌てて頭を下げる。

[217]【はつみ】

[218]「取り乱してごめんなさい。

[219] 今日おこなった検査結果は来週には揃うわ」

[220]【はつみ】

[221]「具体的な治療がどんなものなのかは、

[222] わたしも知らされていないからわからないのだけれど

[223] なるべく便宜を図るようにするから、安心して」

[224]ドアノブに手をかけた主任さんは

[225]出て行く前に、まゆきちゃんを見た。

[226]【はつみ】

[227]「沢井さんはわたしの大事な部下でもあるんです。

[228] ……忘れないでくださいね」

[229]【まゆき】

[230]「おまえに言われなくてもわかっている」

[231]ふたりの遣り取りに首を傾げる。

[232]まるで、主任さんより

[233]まゆきちゃんの方が偉いみたい……。

[234]主任さんは、そのまま何も言わずに、

[235]部屋を出て行ってしまった。

[236]【かおり】

[237]「あの……まゆきちゃん?」

[238]【まゆき】

[239]「すまないが、

[240] 今はひとりにしてくれないだろうか」

[241]【かおり】

[242]「あ、うん……」

[243]何やら考え込んでいるまゆきちゃんの様子に、

[244]それ以上は何も言えなくなる。

[245]【かおり】

[246]「……わたしはまゆきちゃんの味方だから」

[247]【まゆき】

[248]「…………」

[249]【かおり】

[250]「…………」

[251]助けたいとは思う。

[252]……でも、

[253]わたしに何ができるんだろう。

[254]部屋の中では、

[255]主任さんとまゆきちゃんが言い合いをしていたけど、

[256]その混乱に乗じて、そっとドアを閉める。

[257]ふと、隣に、悲しそうに微笑む

[258]夢の中のあの女の子が

[259]幻のように立っているのに気がついた。

[260]【???】

[261]「……大丈夫、

[262] わたしだけでもやれるから……」

[263]【かおり】

[264]「え?」

[265]【???】

[266]「今までありがとう、かおりちゃん……」

[267]そう言って、

[268]女の子の姿はフッと消えた。

[269]部屋に戻って、一日のことを考える。

[270]良くわからない検査、

[271]主任さんとまゆきちゃんの口論。

[272]わたし自身の『癒しの手』のことも含めて

[273]わからないことだらけで、混乱している。

[274]なぎさ先輩に相談してみようかと思ってみたけど、

[275]何をどういう風に説明すればいいのかわからない。

[276]【かおり】

[277]「ひゃ、ひゃいっ!!」

[278]慌てて携帯電話を取り上げる。

[279]……え、病院から……!?

[280]【かおり】

[281]「はい、沢井です」

[282]【はつみ】

[283]『お休みのところ、ごめんなさいね。

[284] 大塚です』

[285]【かおり】

[286]「主任さん、どうかしたんですか?」

[287]かなり慌てたような主任さんの声。

[288]【はつみ】

[289]『若本さんがいなくなってしまったの。

[290] あなた、彼女が行きそうな場所に

[291] 心当たりはないかしら?』

[292]【かおり】

[293]「こ、心当たり……?」

[294]まゆきちゃんとは

[295]そんな話はしていない。

[296]そういえば、

[297]わたしたちはいろいろな話をしていたのに、

[298]わたしはまゆきちゃんのことを

[299]記録に書かれてあることしか知らない!!

[300]【はつみ】

[301]『心当たりがないならそれでいいの。

[302] ごめんなさ……』

[303]【かおり】

[304]「待ってください!!

[305] わたしもまゆきちゃんを探してみます!!」

[306]【はつみ】

[307]『それは……正直助かるけれど、

[308] あの人はお金を持っているから、

[309] もしかしたら遠くへ行っているかもしれないわ』

[310]【はつみ】

[311]『タクシーや電車だけでなく飛行機などの

[312] 長距離移動ができる交通機関を使われてしまえば、

[313] もう個人の力で探し出すことは不可能よ』

[314]【かおり】

[315]「そ、そんな……」

[316]【はつみ】

[317]『わたしたちも病院周辺は探してみるけれど、

[318] 警察にも連絡するつもりよ』

[319]【はつみ】

[320]「あなたも明日は勤務があるということを

[321] 忘れていない上で協力してくれるのなら、

[322] 近場を探してくれると助かるわ』

[323]【かおり】

[324]「はい!

[325] もしまゆきちゃんを発見したら、

[326] すぐに連絡します!!」

[327]【はつみ】

[328]『お願いね』

[329]外は雨が降りそうな天気。

[330]寮を出てすぐの交差点に、

[331]見覚えのある小さな人影が所在無げに立っていた。

[332]【かおり】

[333]「まゆきちゃん!!」

[334]【まゆき】

[335]「…………」

[336]無表情でわたしを見上げてくる顔。

[337]まず、浮かんできたのは安堵感。

[338]次いで浮かんできたのは……。

[339]【かおり】

[340]「バカッ!!」

[341]【まゆき】

[342]「…………!」

[343]【かおり】

[344]「こんな心配かけて!!

[345] 主任さんも夜勤さんも、みんな心配してる!

[346] 警察にもお願いするって言ってたよ!!」

[347]【かおり】

[348]「どうして黙って病院を出たの!!」

[349]【まゆき】

[350]「……おまえは……心配してくれたか?」

[351]【かおり】

[352]「当たり前じゃない!!

[353] もう会えないかもしれないって思うと、

[354] 居ても立ってもいられなかった!!」

[355]ぎゅっと抱き締める。

[356]失ってしまうかもしれなかった、ぬくもりが

[357]腕の中にある。

[358]それが、こんなにも愛しい……。

[359]【かおり】

[360]「……良かった……、

[361] 無事でよかった……!!」

[362]【まゆき】

[363]「…………」

[364]まゆきちゃんが

[365]黙って抱き締め返してくれる。

[366]細い腕、小さな肩。

[367]彼女が何を背負ってるのかはわからないけど、

[368]許されるのなら、

[369]わたしにも少しでいいから

[370]一緒に背負わせて欲しいと思う。

[371]【かおり】

[372]「病院に帰ろう?」

[373]顔を覗き込むと、

[374]いつもまっすぐに見つめ返してくる

[375]まゆきちゃんらしくなく、

[376]すっと視線を逸らされた。

[377]【まゆき】

[378]「…………」

[379]【かおり】

[380]「……病院に戻りたくないの?」

[381]【まゆき】

[382]「あそこは……牢獄だ」

[383]【かおり】

[384]「…………」

[385]迷いながら、携帯を取り出す。

[386]まゆきちゃんの諦めたような横顔が胸に痛い。

[387]【かおり】

[388]「内科の沢井です。

[389] 内科病棟をお願いします」

[390]【まゆき】

[391]「…………」

[392]【かおり】

[393]「あ、大塚主任さんですか?

[394] 沢井です、まゆきちゃんを保護しました」

[395]きゅっと、まゆきちゃんが唇を噛む。

[396]【かおり】

[397]「はい、無事です。

[398] ……でも、どこかで転んだようで……

[399] 服も濡れてて……」

[400]これは、嘘。

[401]まゆきちゃんが

[402]わたしの嘘に気づいて顔を上げた。

[403]【かおり】

[404]「ここからだと病院より寮の方が近いので、

[405] 今夜一晩、わたしの部屋に泊めて、

[406] 明日、病院へ送り届けようと思うんですが……」

[407]【まゆき】

[408]「…………!」

[409]これ以上はないほど

[410]まぁるく目を見開いているまゆきちゃんに、

[411]微笑みかけてから、軽く頷いてみせる。

[412]まゆきちゃんはいつもの格好で、

[413]別に転んで泥まみれになっているとか、

[414]服も濡れているとか、

[415]そういうのはない。

[416]ただ、こう言えば、

[417]まゆきちゃんをわたしの部屋に

[418]泊める理由になるかなって。

[419]あんな顔したまゆきちゃんを、

[420]病院になんて帰せないもの。

[421]【かおり】

[422]「場所を変えて、ふたりきりで話を聞けば、

[423] ちゃんと理由とか話してくれるかもですし……」

[424]【かおり】

[425]「……はい、わかっています、

[426] 主任さんの信頼は裏切りません」

[427]しばらく話して、電話を切った。

[428]【かおり】

[429]「さ、行こう?」

[430]携帯を閉じて、

[431]まゆきちゃんへと手を伸ばす。

[432]【まゆき】

[433]「……どこへ?」

[434]【かおり】

[435]「わたしの部屋よ。

[436] ……っていっても、寮の部屋なんだけど」

[437]【まゆき】

[438]「……行っても、良いのか?」

[439]戸惑いに揺れる瞳が

[440]わたしを見ては、逸らされる。

[441]【かおり】

[442]「喜んで招待するよ。

[443] ……まだ引越しのダンボールが片付いてないし、

[444] 何にもなくて、恥ずかしいんだけど」

[445]【まゆき】

[446]「病院は……」

[447]【かおり】

[448]「主任さんが何とかしてくれるから大丈夫!

[449] でも、きっとわたし、主任さんに叱られるから、

[450] 明日、病院に戻ったら、一緒に謝ってね?」

[451]【まゆき】

[452]「…………」

[453]おそるおそるという感じで

[454]まゆきちゃんの手がわたしへと伸ばされる。

[455]その小さな手を繋いで、

[456]わたしは、ひとりで来た道を

[457]ふたりで引き返した。

[458]まゆきちゃんがわたしの部屋にいるなんて、

[459]なんか不思議な気分……。

[460]いつも見るままのまゆきちゃんが

[461]私の部屋の中で、ちんまりと座っている。

[462]【かおり】

[463]「何もないけど、

[464] ゆっくりしてってね」

[465]まゆきちゃんの前に

[466]紅茶と、買い置きのクッキーを出す。

[467]ふと、まゆきちゃんが

[468]真面目な顔をして、わたしを見た。

[469]【まゆき】

[470]「……おまえに、

[471] 話しておかなければならないことがある」

[472]【かおり】

[473]「どうしたの……?」

[474]ただならぬ雰囲気に

[475]わたしの方も緊張してしまう。

[476]何度かためらった後で、

[477]まゆきちゃんは重たそうに口を開いた。

[478]【まゆき】

[479]「……信じないかもしれないが……、

[480] わたしは現在45歳だ」

[481]【かおり】

[482]「…………」

[483]まゆきちゃんの言葉が理解できずに、

[484]ただ固まった。

[485]【かおり】

[486]「ご、ごめん……。

[487] えっと……冗談を言ってるわけじゃないって

[488] わかるけど……その……」

[489]だって、それが本当だとしたら、

[490]まゆきちゃんはわたしのお母さんよりも

[491]年上ってことになっちゃうし……。

[492]【まゆき】

[493]「いや、いい。

[494] おまえがそういう反応をするのは当然だ」

[495]【まゆき】

[496]「わたしだって、

[497] 自分の身に起こっている事実がなければ、

[498] 決して信じないだろうからな」

[499]ふっとまゆきちゃんが笑った。

[500]ひどく大人びた、

[501]あざわらうかのような微笑み。

[502]【まゆき】

[503]「普通の人間なら、一年で一歳、年を取る。

[504] しかしわたしは、一年で四歳、若返る。

[505] 何故、若返るのかは……原因不明だそうだ」

[506]ふと、主任さんが

[507]まゆきちゃんに敬語を使っていたのを思い出した。

[508]まゆきちゃんの話を信じないわけじゃないけど、

[509]あの豊富な知識量と深い言葉の数々、

[510]それから病棟での他の看護師さんたちの態度、

[511]いろいろ考えると、信じざるを得ない……よね。

[512]【まゆき】

[513]「発病した頃は、

[514] 鏡に映る自分が若々しくなってゆくことに

[515] 大喜びしていたんだ、これでも……」

[516]【まゆき】

[517]「……しかし、問題はそう簡単なものではない。

[518] 去年の自分より若返ってしまえば、

[519] 社会に出て仕事を続けてゆくのは非常に困難だ」

[520]仕事……?

[521]そういえば看護記録に

[522]入力仕事とか眼精疲労とか書かれてあったっけ。

[523]【まゆき】

[524]「上手に化粧ができたのだと誤魔化すのにも限界がある。

[525] 恋をした相手にも、気味悪がられてしまう。

[526] ……同じ女の目は欺けないものだからな」

[527]【まゆき】

[528]「かつて愛した人間には、

[529] 化け物とののしられ、一方的に縁を切られた。

[530] あれは……辛かったな……」

[531]【かおり】

[532]「…………」

[533]【まゆき】

[534]「理事長……当時の院長は、

[535] 別の機関で人間の秘められた能力を研究していた。

[536] 年端も行かない子供で実験をしたとも聞いた」

[537]【まゆき】

[538]「並行して、わたしの奇病の研究も始めた頃、

[539] 彼女の研究対象である姉妹の妹の方が、

[540] 不慮の事故で亡くなった……」

[541]【かおり】

[542]「……不慮の事故?」

[543]【まゆき】

[544]「さすがにどんな実験をしていたのかは、訊けなかった。

[545] 考えすぎかもしれんが、この奇病を治すための

[546] 犠牲にしていたのかもしれないと思うと……な」

[547]【まゆき】

[548]「ただ、残った姉の方は研究対象にするほどではなく、

[549] 期待していた妹の方が死んで、事実上、研究は頓挫。

[550] ……研究所は解体された」

[551]【かおり】

[552]「じゃあ、まゆきちゃんは……」

[553]【まゆき】

[554]「……理事長はいろいろ手を尽くしてくれた」

[555]【まゆき】

[556]「わたしが社会に出なくても済むよう、

[557] ついでに病院のなかった地域の住人のために、

[558] 百合ヶ浜に病院を作った」

[559]【まゆき】

[560]「あの病院は、もう二度と

[561] わたしが研究対象にされないための『隠れ蓑』であり、

[562] わたしを閉じ込めておくための『檻』でもある」

[563]【かおり】

[564]「……檻……」

[565]くっとまゆきちゃんが笑った。

[566]【まゆき】

[567]「……わたしは諦めていた。

[568] あと三年だ。

[569] 計算上、三年後の誕生日がわたしの命日になる」

[570]【まゆき】

[571]「奇病に罹った姉のせいで苦労をした妹のために、

[572] わたしがこっそり作り、盛り上げた資産を

[573] 遺してやろうと画策していたというのに……」

[574]【まゆき】

[575]「……おまえの能力を初めて見た時、

[576] 生きることを諦めていたわたしに

[577] 『もしかしたら』という欲求が生まれた」

[578]【かおり】

[579]「……わたしの、『癒しの手』ですね?」

[580]【まゆき】

[581]「ああ。

[582] おまえの能力があれば、

[583] わたしは死ななくても済むかもしれない」

[584]【まゆき】

[585]「この呪いにも似た

[586] 若返りの奇病から

[587] 解放されるかもしれない……!!」

[588]【かおり】

[589]「…………」

[590]黙って、まゆきちゃんの言葉を聞いている。

[591]ぎゅっと握った拳が

[592]更に強く握り締められて、

[593]まゆきちゃんは泣きそうな顔になった。

[594]【まゆき】

[595]「おまえが……

[596] もっと嫌な人間だったなら良かった……」

[597]【まゆき】

[598]「わたしが生きるための道具にしてやったのだと

[599] そう考えても何とも思わないような人間であれば、

[600] こんなに胸は痛まなかったはずなのに……」

[601]【かおり】

[602]「わたしは……!」

[603]否定しようとして、

[604]そっと唇に指を押し当てられた。

[605]【まゆき】

[606]「何も言うな。

[607] その気持ちだけで十分だ、かおり」

[608]ふわりとまゆきちゃん……まゆきさんが笑う。

[609]【まゆき】

[610]「わたしはおまえが好きだ、かおり。

[611] だからこそ、

[612] おまえを道具になんかできるはずがない」

[613]【まゆき】

[614]「おまえと同じ時を歩めるかもしれない……

[615] それはわたしが見た、一時の夢物語だった、

[616] それだけの話だ」

[617]【かおり】

[618]「……そんなこと……!」

[619]【まゆき】

[620]「もう夜も遅い。

[621] 明日も勤務があるのだろう?

[622] おまえは看護婦だ、患者はわたしだけではない」

[623]【かおり】

[624]「でも……!!」

[625]すっと目の前に手をかざされた。

[626]何も見えなくなる寸前、

[627]まゆきさんの頬を涙が伝うのが見えた。

[628]【まゆき】

[629]「おまえが気にすることはない。

[630] 何の因果か、こんな奇病に罹ってしまったのが

[631] わたしの運命なのだろう」

[632]【まゆき】

[633]「わたしは自分の運命に殉ずるだけだ。

[634] おまえに責任はない」

[635]淡々と綴られるまゆきちゃんの言葉に、

[636]思わず、その手を振り払う。

[637]【かおり】

[638]「好きなのはまゆきさんだけじゃない!

[639] わたしだって……わたしだって

[640] まゆきさんのことが好きなんだから……っ!!」

[641]そう叫んで――。

white_robe_love_syndrome/scr01205.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)