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white_robe_love_syndrome:scr01204

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[001]     ゆっくりと目を開ける。

[002]何もない空間に、

[003]ひとり、佇んでいる女の子。

[004]ああ、いつもの夢か……。

[005]【???】

[006]「心配しないで。

[007] もし、かおりちゃんに何かあっても、

[008] わたしが守るから」

[009]何かを決心したような目をしている。

[010]女の子はわたしを知ってる。

[011]でも、わたしは、彼女を知らない。

[012]【かおり】

[013]「……あなたは……誰なの……?」

[014]悲しそうな微笑みを浮かべて、

[015]女の子は消えてしまった。

[016]点滴のボトルを交換中、

[017]今まで黙っていた堺さんが

[018]突然、口を開いた。

[019]【さゆり】

[020]「……わたし、決めました」

[021]【かおり】

[022]「ほ、ほえ!?

[023] ……何が?」

[024]驚きながらも、

[025]おそるおそる訊き返すと、

[026]強い視線がわたしをまっすぐに見据えてきた。

[027]【さゆり】

[028]「免疫抑制療法を受けることにしました。

[029] 主任さんに手続きを進めるよう

[030] 伝えてください」

[031]【かおり】

[032]「…………!!」

[033]免疫抑制療法は諸刃の剣。

[034]治療が奏効するとは限らない。

[035]奏効しても、

[036]何十年後かに別の病気を発症する可能性だってある。

[037]【さゆり】

[038]「……ふぅん、

[039] そんな顔をしているっていうことは、

[040] それなりに勉強したってわけね」

[041]【かおり】

[042]「そ、そりゃあ、わたしだって

[043] 堺さんの担当看護師なんだし……」

[044]【さゆり】

[045]「わたしは認めてませんけどね」

[046]【かおり】

[047]「はうっ!!」

[048]グサッと来た。

[049]ふと見ると、

[050]堺さんが優しい目でわたしを見ている。

[051]【さゆり】

[052]「若本さんの担当になったって聞きました。

[053] あの怖い人にビシビシ鍛えてもらえばいいわ」

[054]怖い人……?

[055]【かおり】

[056]「え?

[057] まゆきちゃんは怖い人じゃないよ?」

[058]【さゆり】

[059]「……あなた、

[060] 人間の本質は善であるって、

[061] 本気で思ってるでしょう?」

[062]【かおり】

[063]「ほえ?

[064] ……えと、よくわかんないんだけど……」

[065]まるで堺さんの言い方だと

[066]まゆきちゃんが悪い人だって言ってるみたいで、

[067]ちょっと嫌だ。

[068]……その前に、

[069]堺さんって、まゆきちゃんと

[070]何か話したことがあるのかな、

[071]患者さん同士って繋がりがあるみたいだし。

[072]きっと、その時に、言い負かされたのかもね、

[073]堺さんも相手が子供だから油断しただろうし、

[074]そもそも、まゆきちゃんって

[075]かなり頭がいいし、弁も立つし。

[076]【さゆり】

[077]「ま、あの人の怖さがわからないなんて、

[078] おめでたいことよね」

[079]苦笑いしてる堺さん。

[080]何だかバカにされてることはわかるんだけど、

[081]……ま、いっか。

[082]それで堺さんの気が紛れるんなら、

[083]バカに徹するのもいいかな。

[084]【かおり】

[085]「うん、

[086] めでたいことはいいことだよね!」

[087]案の定、堺さんの戦意は削がれたらしく、

[088]彼女はベッドに沈み込んで、

[089]これ見よがしに深い溜め息を吐いた。

[090]【さゆり】

[091]「……はーーーー」

[092]これぞ、『負けるが勝ち』作戦!

[093]……ちょっとビミョーな気分だけど、

[094]ま、いっか。

[095]ちょっと薄暗いまゆきちゃんの部屋。

[096]【かおり】

[097]「またカーテン閉めたままでテレビ見てる!!」

[098]【まゆき】

[099]「……まぶしい」

[100]問答無用でカーテンを開けると、

[101]不機嫌そうな態度と声で文句を言われた。

[102]【かおり】

[103]「良い天気だよ、まゆきちゃん。

[104] 日差しがどんどん強くなって、

[105] 夏が近づいてくる感じがするね」

[106]【まゆき】

[107]「わたしはずっと部屋にいるから、

[108] 季節なんか関係ない」

[109]【かおり】

[110]「ずっと部屋にいても、

[111] 窓から見える景色は変わるでしょ?」

[112]【かおり】

[113]「あと、この病棟って、

[114] 夏生まれの人が多いんだよね。

[115] 今から金欠になりそうで怖いの、ふふっ」

[116]【まゆき】

[117]「金欠?」

[118]【かおり】

[119]「あんまり親しくない人にまでプレゼントあげないけど、

[120] 親しい人にはプレゼントあげることにしてるの!

[121] そんなに高いプレゼントは無理だけど」

[122]【まゆき】

[123]「……そう」

[124]【かおり】

[125]「この年になって誕生日ごときで騒ぐなんて

[126] みっともないって思われるかもしれないけど、

[127] お祝いするのって楽しいよ」

[128]【まゆき】

[129]「誕生日、か」

[130]【かおり】

[131]「そういえば、

[132] まゆきちゃんの誕生日って1月29日だよね。

[133] お祝いしなきゃね!」

[134]【かおり】

[135]「まゆきちゃんには何かプレゼント持ってくるから、

[136] 楽しみにしててね。

[137] あんまり期待されるのは困るけど……」

[138]【まゆき】

[139]「結構だ」

[140]【かおり】

[141]「うん、だから

[142] そんな結構なプレゼントは

[143] 持ってこられないと思うよ」

[144]【まゆき】

[145]「そうではない。

[146] わたしにとって誕生日は忌むべき日だ。

[147] だから、いらない」

[148]【かおり】

[149]「はへ?

[150] いむべき……?」

[151]まゆきちゃんの言葉が難しくて、

[152]一瞬、頭の中で漢字変換ができなかった。

[153]【まゆき】

[154]「仮の話だが。

[155] おまえが三年後の誕生日に死ぬと、

[156] 医者に宣告されたとしようか」

[157]【まゆき】

[158]「回避する方法もなく、その『記念日』とやらに

[159] 向かって行くとしたらどうだ?

[160] 自らの命日となる誕生日を、おまえは祝えるか?」

[161]相変わらず難しい話。

[162]つまり、

[163]誕生日に死ぬと宣告されたとしても、

[164]その誕生日を祝えるかどうかってことだよね?

[165]少し考えてから、

[166]わたしはニコッと笑った。

[167]【かおり】

[168]「……祝うよ。

[169] 誕生日が命日になるってことは、

[170] それは結果でしかないもん」

[171]【かおり】

[172]「少なくとも、わたしがこの世に生まれたことを

[173] わたしは両親に感謝してるし、

[174] それは喜ぶべきことだと思うから」

[175]まゆきちゃんは複雑そうな表情で、

[176]小さく笑う。

[177]【まゆき】

[178]「喜ぶべきこと、か……」

[179]【かおり】

[180]「ごめんね、

[181] まゆきちゃんの記録、遡って読んだよ」

[182]【かおり】

[183]「ちょっとわかんないことが多かったけど、

[184] 辛いことがあったんだろうなってことだけは、

[185] 何となくわかったの」

[186]【かおり】

[187]「それでも……わたしは

[188] まゆきちゃんに会えて嬉しいって思ったよ。

[189] わたしは――偽善者だから」

[190]【まゆき】

[191]「偽善者?

[192] おまえが偽善者?」

[193]いきなりまゆきちゃんが笑いだした。

[194]何がそんなにおかしいのかわからない。

[195]【かおり】

[196]「ま、まゆきちゃん?」

[197]【まゆき】

[198]「では、偽善者であるおまえに

[199] 誕生日プレゼントとやらを要求してみようか」

[200]【まゆき】

[201]「金で買える品物はいらない。

[202] わたしが死ぬまで、わたしの専属になって、

[203] ずっと話し相手をして欲しい」

[204]専属?

[205]専属って……専属看護師ってこと?

[206]まゆきちゃんだけをケアする、

[207]まゆきちゃん専属の看護師ってことを

[208]指してるのかな。

[209]それにしても

[210]……死ぬまで、って……。

[211]【かおり】

[212]「え……っと……」

[213]ちょっと考えてから、

[214]わたしはまゆきちゃんの『要求』に答えを出した。

[215]1日メイド券ってのじゃダメ?

[216]いいよ、専属になってあげる

[217]【かおり】

[218]「専属ってのは主任さんと相談しなきゃいけないから、

[219] 即答できないけど……

[220] 1日メイド券ってのじゃダメ?」

[221]1日なら、お休みの日にその日をあてて、

[222]まゆきちゃんのワガママを

[223]たっぷり聞いてあげられるしね。

[224]【まゆき】

[225]「メイド?

[226] まさかとは思うが、

[227] 三途の川を渡った冥土のことか?」

[228]【かおり】

[229]「……今、何だか病院で聞くには

[230] 不適切な単語を聞いた気がするけど、

[231] それは置いといて」

[232]【かおり】

[233]「メイドっていうのは、ヒラヒラふわふわの

[234] 可愛い格好をして……うーん、

[235] 要は、召使いさんみたいなものかな」

[236]【まゆき】

[237]「わかっている、

[238] 女中のことだろう?」

[239]【かおり】

[240]「女中って言っちゃうのはちょっとアレなんだけど、

[241] 可愛いエプロンドレス着て、『お帰りなさいませ、

[242] お嬢様』って言って、いろいろお世話を焼くの」

[243]【まゆき】

[244]「ああ、最近は

[245] そういうのが流行っているらしいな、

[246] テレビで見たことがある」

[247]【まゆき】

[248]「あれは……いいな……」

[249]……いいんだ。

[250]まぁ、喜んでもらえそうだから、いっか。

[251]【かおり】

[252]「……うん、いいよ。

[253] 専属になってあげる」

[254]まゆきちゃんはまた大笑いをした。

[255]【まゆき】

[256]「ははは、

[257] おまえは本当に偽善者だな!

[258] あの娘に同情するわ」

[259]【かおり】

[260]「え……?」

[261]【まゆき】

[262]「どうせ堺さゆりだろう、

[263] おまえに偽善者などと言ったのは」

[264]うっ、

[265]バレてる……!

[266]【まゆき】

[267]「己が不幸に酔うことで現実から逃げているのに、

[268] 悪気なく、現実を目の前につきつけてくる人間が

[269] 目の前に現れたのだからな、苛立つのもわかる」

[270]【まゆき】

[271]「それにしても、あの娘も意外と頭が悪い。

[272] 何をどうしたって、自分が自分であることからは

[273] 逃れられないというのに」

[274]まゆきちゃんが何を言っているのかわからない。

[275]わからないけど、

[276]まゆきちゃんなりに堺さんのことを

[277]心配してはいるらしい。

[278]……そう言えば堺さんは

[279]まゆきちゃんを『怖い人』って言ってたけど、

[280]きっとこんな感じで理詰めでお説教されたのかも。

[281]【まゆき】

[282]「堺さゆりの件はともかく、

[283] 実際問題、考えてもみろ。

[284] おまえの雇用主は誰だ?」

[285]【まゆき】

[286]「雇用主が命令したのならばともかく、被雇用者の

[287] おまえの都合が優先されるほど、一患者でしかない

[288] わたしのワガママは許されるものではない」

[289]【かおり】

[290]「…………」

[291]【まゆき】

[292]「専属の話は冗談だ。

[293] 忘れていい」

[294]笑顔ではあるけど、まゆきちゃんの目は鋭い。

[295]子供なのに……

[296]どうしてこんなに、社会という仕組みを

[297]理解してるんだろう?

[298]まるで大人みたい……。

[299]まゆきちゃんの部屋を出た矢先、

[300]誰かが廊下でうずくまっているのに気付いた。

[301]【かおり】

[302]「あ、あみちゃん!?」

[303]慌てて駆け寄る。

[304]青い顔のあみちゃんは、

[305]伸ばした手で廊下の手すりを強く握り締めている。

[306]【あみ】

[307]「だ、大丈夫です……。

[308] ……じっとしていれば、

[309] 少しずつ痛みが引いてきますから……」

[310]【かおり】

[311]「で、でも!!」

[312]はっと自分の手を見た。

[313]わたしの『癒しの手』で触って

[314]痛みが軽減するのなら――。

[315]わたしの手で、

[316]痛みを取ってあげることができるなら……!!

[317]【かおり】

[318]「痛いのはどこ?

[319] 腎臓だったら、背中だよね……!」

[320]慌てて背中を何度も撫でる。

[321]【かおり】

[322]「どう?

[323] 痛いの、マシになった?」

[324]【あみ】

[325]「……っく……!」

[326]けど、以前のように、

[327]痛みが軽減した様子はない。

[328]学生時代も、看護師になってからも

[329]患者さんの痛いところをこうして触ってあげたら

[330]楽になったって笑ってもらえることが多かったのに!

[331]やっぱり『癒しの手』なんて

[332]ただのプラセボだったの!?

[333]【かおり】

[334]「どうして……

[335] どうして楽になってくれないの?」

[336]【あみ】

[337]「だ、大丈夫ですから……。

[338] かおりんさん、は、

[339] 仕事に戻って……ください……」

[340]【かおり】

[341]「あみちゃんを放っておけないよ!!」

[342]早く……早く痛みが楽になって!!

[343]念じながら、

[344]何度も何度も、薄い背中をさする。

[345]廊下にはナースコールはなくて、

[346]こういう時に誰も通りがかってくれない。

[347]あみちゃんを立たせて

[348]早く部屋に連れて行かなきゃって思うのに、

[349]この状態で立たせてもいいのかさえわからずに

[350]どうすればいいのか迷ってしまう。

[351]【あみ】

[352]「……あ……っ」

[353]ふと顔を上げたあみちゃんは、

[354]わたしの向こうを見て、

[355]慌てて立ち上がった。

[356]【あみ】

[357]「も、もう大丈夫……ですから……っ。

[358] かおりんさんのお陰で、

[359] 少し楽になりました……からっ!」

[360]【かおり】

[361]「え、あみちゃん!?」

[362]手すりを掴みながら、

[363]まるで何かから逃げるように

[364]そそくさと部屋に戻ってゆくあみちゃん。

[365]不思議に思って後ろを見ると、

[366]まゆきちゃんがドアから顔を出していた。

[367]【かおり】

[368]「まゆきちゃん……」

[369]あみちゃんが立ち去った306号室の方と、

[370]まゆきちゃんを交互に見る。

[371]まるであみちゃん、

[372]まゆきちゃんに怯えてたみたい……?

[373]ちょっと前は、あみちゃんも

[374]まゆきちゃんの部屋に入り込んでくるほど

[375]仲良くなりたがってたのに……。

[376]ふたりの間に何かあったのかな?

[377]それにしても

[378]あみちゃんのあんな態度、

[379]まゆきちゃんが誤解するかも……。

[380]【かおり】

[381]「あ、あのね、あみちゃんは……」

[382]【まゆき】

[383]「気にするな、

[384] 忌み嫌われるのには慣れている。

[385] おまえがそんな顔をする必要はない」

[386]淡々とした口調に

[387]傷ついた様子はまるでない。

[388]とはいっても……。

[389]【かおり】

[390]「慣れてるって……」

[391]【まゆき】

[392]「普通の人間は、ああいう反応をするものだ」

[393]【かおり】

[394]「……わたしも普通の人間なんですけど」

[395]【まゆき】

[396]「ああ、そうだったな」

[397]【かおり】

[398]「…………」

[399]まゆきちゃんとの問答に

[400]何だか奇妙すぎる違和感を覚えた。

[401]これじゃ、まゆきちゃんが

[402]自分たちは普通の人間じゃないって

[403]思ってるみたい……。

[404]……わたし、

[405]普通の人間だよ?

[406]まゆきちゃんも普通の人間だよ。

[407]でも、まゆきちゃんは

[408]そう思ってはいないの……?

white_robe_love_syndrome/scr01204.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)