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white_robe_love_syndrome:scr01203

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[001]       また、あの夢……。

[002]     女の子はいつものように

[003]     何もない空間にひとり、

[004]     悲しそうな微笑みを浮かべている。

[005]【???】

[006]「時間は癒し。

[007] 生々しい記憶も、時間がその傷を癒し、

[008] かなしみを薄れさせてくれる」

[009]【???】

[010]「彼女は昔、大好きだった人に裏切られて、

[011] その傷を癒すこともできないの」

[012]【???】

[013]「今、あの人を支えているのは、

[014] 妹さんと……かおりちゃん」

[015]女の子の言う『彼女』が誰を差してるのかは、

[016]やっぱりわからない。

[017]……もしかしたら、堺さんのことなのかな?

[018]それとも、あみちゃん?

[019]誰のことかはわからないけど、

[020]わたしが支えになれてるのなら頑張ろう。

[021]まゆきちゃんの部屋に行こうとして、

[022]その部屋から出てきた50代位の女の人から

[023]声をかけられた。

[024]【女性】

[025]「……いつもお世話になっております」

[026]【かおり】

[027]「あ、えと……。

[028] まゆきちゃんのご家族の方ですか?」

[029]女性は、

[030]おっとりとした、けれど、かなしい微笑みを浮かべた。

[031]【女性】

[032]「……あの子は最近、とても楽しそうです。

[033] きっとあなたのお陰ね」

[034]【かおり】

[035]「そんなことないですよー。

[036] まゆきちゃんって本来、

[037] とても明るい子だと思うんです」

[038]【かおり】

[039]「もっとお友達ができれば、

[040] 今よりももっと笑顔が増えると思いますよ」

[041]【女性】

[042]「そうかもしれませんね……」

[043]フッと悲しそうに

[044]女性が目を伏せる。

[045]【女性】

[046]「わたしはあの子に何もしてあげられなかったから、

[047] せめてもの罪滅ぼしに、こうして来ているのですが、

[048] あの子はわたしを見るのが辛いようです」

[049]【女性】

[050]「こんなお願いをしてご迷惑でしょうが、

[051] あの子が心安らかに笑って過ごせるよう、

[052] どうかお願いしますね」

[053]【かおり】

[054]「は、はい、

[055] 頑張ります!」

[056]頭を下げて通り過ぎる女性の背中を、

[057]廊下の角、階段に差し掛かるまで、

[058]じっと見送った。

[059]……あの子が心安らかに

[060]笑って過ごせるように……か。

[061]いろいろな家族があって、

[062]家族の数だけ理由があるのはわかってるけど、

[063]まゆきちゃんのご家族も、いろいろあったんだろうなぁ。

[064]それでも、あんな風に気にかけてもらえるなんて、

[065]家族愛っていいなぁ。

[066]今朝の夜勤帯から

[067]まゆきちゃんが熱発して寝込んでる。

[068]わたしは朝から何度も

[069]まゆきちゃんの病室と詰所とを往復していた。

[070]【まゆき】

[071]「ふう……っ」

[072]【かおり】

[073]「38.5……」

[074]カルテの記載を思い出す。

[075]まゆきちゃんは

[076]時々、こうして高熱を出すことがあるらしい。

[077]カルテには38.5度以上で解熱剤を、という

[078]指示があったけど、

[079]前回の与薬からまだ4時間ほどしか

[080]経っていない。

[081]詰所に戻って、主任さんに報告して、

[082]まゆきちゃんの熱をどうするか

[083]ドクターに確認してもらわないと……。

[084]【かおり】

[085]「主任さんに報告して、

[086] ドクターに指示もらってくるから、

[087] まゆきちゃん、ちょっと待っててね」

[088]立ち上がろうとした途端、

[089]小さな手が伸びてきた。

[090]【まゆき】

[091]「行くな」

[092]熱のせいで、潤んだ目が

[093]わたしをまっすぐに見上げてくる。

[094]【まゆき】

[095]「効かない薬なんていらない。

[096] ここにいて欲しい」

[097]その視線が不安そうに揺れているように見えて、

[098]痛々しくて、振り切ることができない。

[099]情に流されるなんて看護師失格かもしれないけど……、

[100]でも、わたしの白衣のスカートを

[101]握り締めている手を振り解くなんて、

[102]わたしにはできない。

[103]【かおり】

[104]「うん、わかった。

[105] じゃあ、しばらくここにいるね」

[106]椅子に座り直して、

[107]そっとまゆきちゃんの額に手を乗せた。

[108]【まゆき】

[109]「……手が冷たくて……

[110] 気持ちが良い……」

[111]【かおり】

[112]「わたしの手が冷たいんじゃなくて、

[113] まゆきちゃんのおでこが熱いんだよ」

[114]【まゆき】

[115]「そうだな……、

[116] おまえの手はいつも温かいものな……」

[117]【かおり】

[118]「そういえば、手が冷たい人は心が温かいんだって。

[119] それって、手が温かいわたしは

[120] 心が冷たいってことなのかなぁ?」

[121]【まゆき】

[122]「ふ……、

[123] 手の温度はただの血流量の比例だ。

[124] 実体のない心やら精神論やらは関係がない」

[125]【かおり】

[126]「そうなの?」

[127]あ、あれ……?

[128]【まゆき】

[129]「おまえも看護婦なら、

[130] 少し考えればわかることだろう。

[131] きっとおまえは……基礎代謝が高いのだな」

[132]まゆきちゃんが喋っている間に、

[133]くらりと眩暈がしたけれど、

[134]大したことないよね……。

[135]【まゆき】

[136]「もういい……だいぶ楽になった」

[137]【かおり】

[138]「遠慮しなくてもいいよ。

[139] まだ……しんどそうだし」

[140]また眩暈がする。

[141]……もしかしたら、

[142]まゆきちゃんの言う通り、

[143]わたしの『癒しの手』って本当にあるのかもしれない。

[144]昔は、そんなもの、

[145]あってもなくても、どっちでもいいって思ってた。

[146]でも今は、本気で

[147]あったらいいなって思ってる。

[148]わたしの『癒しの手』で

[149]誰かを本当に元気にすることができるのだとしたら。

[150]どういう原理なのかわからないけど、

[151]わたしの体力を削ることで

[152]誰かに分け与えることができるのだとしても。

[153]本当に『癒しの手』があるのなら、

[154]まゆきちゃんが少しでも楽になれるのなら……。

[155]【まゆき】

[156]「もういい。

[157] 手を離せ」

[158]【かおり】

[159]「大丈夫だから」

[160]身体を起こそうとするまゆきちゃんを押し留めて、

[161]にこっと微笑んでみせる。

[162]昔、こうして誰かが

[163]わたしの手を握っていてくれたことがあった。

[164]『あなたは生きなさい』

[165]その言葉と共に、

[166]わたしの意識が浮上する度に、

[167]誰かがしっかりと手を握り、額に手を当ててくれていた。

[168]唐突に思い出した記憶。

[169]そうして誰かが傍にいてくれたことが、

[170]すごく嬉しくて、

[171]ひどく安心したのを思い出す。

[172]誰かはわからないその人には

[173]きっと恩返しなんてできないだろうけど、

[174]その人に受けた恩を、今、こうして

[175]まゆきちゃんに返すようなもの……だよね。

[176]【かおり】

[177]「いいの、これは……わたしの

[178] 自己満足みたいなものだから」

[179]【まゆき】

[180]「しかし……!」

[181]手の先が冷たくなってゆく。

[182]まゆきちゃんの熱が上がったのかな。

[183]それとも……。

[184]【まゆき】

[185]「かおり!!」

[186]まゆきちゃんが名前を呼んでくれた……。

[187]わたしの名前を呼んでくれたのは、

[188]初めて……だよね……。

[189]【まゆき】

[190]「おまえは馬鹿だ……。

[191] ……どうしようもない、大馬鹿だ……」

[192]涙声が聞こえる。

[193]心配しないで、

[194]ちょっと眩暈がしただけだから……。

[195]そう伝えたいのに、まぶたが開かない。

[196]【まゆき】

[197]「わたしなぞのために……馬鹿者が……」

[198]まゆきちゃんがベッドに倒れ付したわたしの髪を

[199]優しく撫でてくれている。

[200]わたしの『癒しの手』で

[201]身体を起こす元気が出たのかな。

[202]だったら嬉しいな……。

[203]そう思いながら、

[204]わたしはゆっくりと意識を手放した。

[205]ゆっくりと目を開ける。

[206]【かおり】

[207]「あ……れ……?」

[208]ここって……休憩室?

[209]目の前には、主任さんがいて、

[210]わたしは休憩室のソファに寝かされてたことを知った。

[211]【はつみ】

[212]「若本さんからコールがあったの、

[213] あなたが倒れたって」

[214]【はつみ】

[215]「……まったく、無理をして」

[216]【かおり】

[217]「無理なんかしてません。

[218] わたしは、まゆきちゃんの額に

[219] 手を当てていただけで……」

[220]言いかけて、はっとした。

[221]何かが、頭の片隅をよぎった。

[222]【かおり】

[223]「まゆきちゃんは……

[224] まゆきちゃんの本当の病気って何ですか?」

[225]【かおり】

[226]「以前、カルテを見たけど、そこには狭心症と、

[227] 酸欠から来るであろう頭痛のことしか

[228] 書かれていませんでした」

[229]【かおり】

[230]「でも……それだけじゃないですよね?」

[231]【はつみ】

[232]「……わたしの口からは何も言えないわ。

[233] ただ、無茶をするなとしか……」

[234]【かおり】

[235]「無茶って何ですか?

[236] まゆきちゃんは、あるって言ってましたけど、

[237] わたしに本当に『癒しの手』ってあるんですか?」

[238]【はつみ】

[239]「……あなたのことが、

[240] わたしにわかるわけがないでしょう?

[241] 自分の問題は自分で解決しなさい」

[242]【かおり】

[243]「…………」

[244]黙って、かけられていた毛布を

[245]ぎゅっと握る。

[246]【はつみ】

[247]「あなたはもう少し休んでいなさい」

[248]そう告げて立ち去ろうとした主任さんは、

[249]わたしに背中を向けたまま、言った。

[250]【はつみ】

[251]「あなた自身のことはともかく、病棟主任として、

[252] あなたが患者さんの過去を調べる分には、

[253] わたしには止める権利はありません」

[254]【はつみ】

[255]「昔のカルテや看護記録は

[256] 事務室の奥の倉庫に保管されているわ……」

[257]【かおり】

[258]「あ、ありがとうございます!!」

[259]【はつみ】

[260]「礼を言われることなんて

[261] 何もしていないわよ」

[262]【はつみ】

[263]「うちのスタッフが、担当患者さんの昔の記録を

[264] 読んでみたいと勉強熱心な態度を見せてくれるのは

[265] ……喜ぶべきことだから」

[266]今日の夜勤は、

[267]なぎさ先輩と山之内さんコンビ。

[268]夜勤さんへの申し送りも終わり、

[269]日勤の仕事が終わった。

[270]わたしの眩暈も、何とか治まって――。

[271]【なぎさ】

[272]「……沢井……、

[273] どうしたの、こんな大量の記録……」

[274]【かおり】

[275]「すみません、なぎさ先輩。

[276] 夜勤さんの邪魔にならないようにしますから……」

[277]【やすこ】

[278]「いや、

[279] 日勤帯のヤツが居残りしとるっちゅー時点で、

[280] めっさ邪魔やねんけどな」

[281]【やすこ】

[282]「ま、沢井やから許したろ、

[283] ありがたく思え」

[284]【かおり】

[285]「はい、ありがとうございます!!」

[286]夜勤さんの邪魔にならないよう、

[287]休憩室に大量の看護記録を積み上げて、

[288]片っ端から読んでいく。

[289]取り敢えず、タイムリミットは

[290]夜勤さんが仮眠で休憩室を使う二十三時まで!!

[291]【かおり】

[292]「あれ……?」

[293]取り敢えず手にした過去の看護記録は

[294]二年くらい前のもの。

[295]しばらく読んで違和感を覚えた。

[296]二年前のこの記録では、

[297]彼女は高校生くらいの女の子のような印象を受けたけど、

[298]気のせい……かな?

[299]【かおり】

[300]「…………?」

[301]気になって、

[302]更に遡って五年前の記録を手に取る。

[303]【かおり】

[304]「え……?

[305] 『入力仕事のせいか眼精疲労の訴えあり』……?」

[306]入力仕事?

[307]眼精疲労?

[308]これって、まゆきちゃんの記録だよね?

[309]何だろう、この違和感……。

[310]首を傾げながら、

[311]ドクターが書いたカルテに手を伸ばした。

[312]【かおり】

[313]「をぉうっ!!」

[314]何、このごちゃごちゃの

[315]波線だらけのような『字』は!!

[316]解読とか、

[317]そういうレベルを超えてるよ!!

[318]そもそも、これって『文字』って言えるの!?

[319]まだ新人のわたしは

[320]あんまりドクターのカルテを見る機会がないけど、

[321]ドクターの字って、こんなに汚いものなの!?

[322]うちじゃまだだけど、

[323]他の病院が電子カルテに移行するのも

[324]わかるような気がする……。

[325]【かおり】

[326]「はうぅ〜、

[327] 読めないぃ〜〜!!」

[328]ドクターのカルテを解読するのは早々に諦めて、

[329]結局、何だか違和感だらけの看護記録を

[330]読み進めることにした。

white_robe_love_syndrome/scr01203.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)