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white_robe_love_syndrome:scr01201

Full text: 306 lines Place translations on the >s

[001]     ……あれ、ここはどこ……?

[002]何もない空間、

[003]ずっと向こうまで広がる不思議な闇の中、

[004]目の前に女の子が浮かび上がってきた。

[005]【???】

[006]「あの人はわたしよりも辛い運命を背負っている。

[007] わたしはあの人を助けてあげたい。

[008] かおりちゃんはもうひとりでも大丈夫だよね?」

[009]【かおり】

[010]「……はえ?」

[011]意味がわからないけど、

[012]取り敢えずは、答えなきゃいけないんだよね。

[013]うん、大丈夫

[014]え……大丈夫じゃない

[015]【かおり】

[016]「えっと……

[017] 良くわからないけど、大丈夫よ」

[018]にっこり笑って、そう答える。

[019]【???】

[020]「良かった……」

[021]女の子はホッとしたように笑って、

[022]現れた時と同じように、スーッと消えていった。

[023]【かおり】

[024]「え……、良くわからないよ。

[025] 大丈夫じゃないんじゃない……かな」

[026]うん、そうだよね、

[027]わたし、ひとりで何でもできるなんて

[028]そんなこと言えるほど成長してないし。

[029]【???】

[030]「……そう」

[031]女の子はがっかりした表情で

[032]現れた時と同じように、スーッと消えていった。

[033]【はつみ】

[034]「おはようございます。

[035] 申し送りを始めます……と言いたいところですが、

[036] その前に」

[037]【はつみ】

[038]「今日から沢井さんが若本さんの担当になります。

[039] みなさん、フォローをお願いします」

[040]突然の主任さんの話に、

[041]メモを取ろうとした手が止まる。

[042]【かおり】

[043]「ほえ?」

[044]【なぎさ】

[045]「すごいね、沢井。

[046] あたしも良く知らないこの病棟の主に、

[047] 気に入られちゃったんだねぇ!」

[048]病棟の主……?

[049]【かおり】

[050]「えと……そうなんですか?」

[051]【はつみ】

[052]「彼女はちょっとワケアリなの。

[053] 詳しいことは、わたしの口からではなく、

[054] 若本さん自身から直接、聞いてください」

[055]【夜勤看護師A】

[056]「では、夜勤帯から申し送ります」

[057]良くわからないまま、

[058]夜勤さんからの申し送りが始まった。

[059]……あれ、返事がない。

[060]おかしいな、

[061]特に検査も入ってないから

[062]部屋にいるはずなのに……。

[063]【かおり】

[064]「まゆきちゃん……?」

[065]【まゆき】

[066]「…………」

[067]あ、いるじゃない。

[068]まゆきちゃんはテレビを見ていた。

[069]イヤホンをしてるから、

[070]ノックの音に気付かなかったのね。

[071]ちょっと大きな声で呼んでみよう。

[072]【かおり】

[073]「まゆきちゃん!」

[074]【まゆき】

[075]「!!」

[076]ビクッとする、まゆきちゃん。

[077]怒ったような顔が、

[078]わたしを見て笑顔に変わった。

[079]【まゆき】

[080]「おまえか……!」

[081]【かおり】

[082]「わたし、今日から

[083] まゆきちゃんの担当になったんだけど……」

[084]【まゆき】

[085]「ああ、その話か。

[086] わたしから直接、師長にお願いした」

[087]【かおり】

[088]「そ、そうなんだ……」

[089]【まゆき】

[090]「それから、以前から思っていたんだが、

[091] 次からはノックは無用だ。

[092] そのまま自分の部屋のように入って来れば良い」

[093]【かおり】

[094]「はひ?

[095] で、でも……」

[096]【まゆき】

[097]「ノックの件は話したからな。

[098] それよりも……」

[099]笑顔のまゆきちゃんが、

[100]もそもそとベッドを移動して、

[101]自分がいたところをポンポンと手で叩いている。

[102]【かおり】

[103]「え……?」

[104]座れ、ってこと……?

[105]患者さんのベッドに……?

[106]【まゆき】

[107]「おまえはわたしの担当。

[108] というわけで、一緒にテレビを見よう!」

[109]【かおり】

[110]「ひょふ!?」

[111]テ、テレビ!?

[112]【まゆき】

[113]「おまえがいるなら頭痛も怖くない!

[114] さぁ、見よう!!」

[115]さぁ見ようって……いいの、かな?

[116]……勤務中だよ、わたし?

[117]【かおり】

[118]「……って言われても……

[119] 患者さんと一緒にテレビを見るなんて、

[120] 主任さんにバレたら……」

[121]【まゆき】

[122]「あれなら、わたしに文句を言うような度胸はない。

[123] わたしも文句は言わせない。

[124] さぁ、どうだ」

[125]【かおり】

[126]「どうだって言われても……」

[127]【まゆき】

[128]「わたしに逆らうのか?」

[129]【かおり】

[130]「えーっと……」

[131]どうしようかと迷ってじっと見ていると、

[132]強気な表情のまゆきちゃんの顔が、

[133]だんだん不安げになって、しまいには

[134]泣きそうな顔になってきた。

[135]そうだよね、

[136]ずっと入院してるんだもん、

[137]こういうレクリエーションもアリだよね。

[138]【かおり】

[139]「もう、仕方がないなぁ」

[140]ちょこんとベッドに腰掛ける。

[141]【まゆき】

[142]「む。

[143] なんだ、その上から目線は。

[144] 生意気なっ!」

[145]【かおり】

[146]「わたしの方がお姉さんなんだから、

[147] 生意気でいいんですー」

[148]きゅっとまゆきちゃんの鼻をつまんでみた。

[149]そう言えば、実家でも

[150]妹から『お姉ちゃん、生意気!』って言われる度に

[151]こうして鼻をつまんでやったっけ。

[152]【まゆき】

[153]「ふがっ!?」

[154]【かおり】

[155]「ふふ、

[156] じゃ、一緒に見ようねー!」

[157]まゆきちゃんの隣に座って、テレビを見る。

[158]そのままじゃ音が聞こえないので

[159]どうするのかと思っていたら、

[160]まゆきちゃんに片方のイヤホンを渡された。

[161]一つのイヤホンを二人で使う……

[162]何だかこういうのもいいよね、

[163]距離が縮まったような感じで。

[164]【まゆき】

[165]「パトロクロス!」

[166]【かおり】

[167]「え!?」

[168]見ていたのはクイズ番組。

[169]さっきからまゆきちゃんが

[170]矢継ぎ早にバンバンと正解を答えてゆく……。

[171]わたし、ひとつもわからないのに。

[172]【まゆき】

[173]「ん?

[174] おまえは『イーリアス』を

[175] 読んだことがないのか?」

[176]【かおり】

[177]「えと……」

[178]あー……っと、

[179]どっかで聞いたことがあるような……気がするけど、

[180]……うーん、何だっけ?

[181]【まゆき】

[182]「トロイア戦争を題材にした物語だ。

[183] 知っておくべき有名な世界的古典だから、

[184] 読んでおくといい、和訳もあるしな」

[185]【かおり】

[186]「あ、そうなの……」

[187]良くわからないけど、

[188]何だかまゆきちゃんは頭が良いみたい。

[189]トロイア戦争なんて、

[190]看護学校でどこかの診療科のドクターが

[191]オヤジギャグとして言った言葉としてしか

[192]覚えてないなぁ。

[193]わたしたちがおしゃべりしてる内に、

[194]次の問題になっている。

[195]今度の問題は、

[196]千夜一夜物語の語り手は誰か……って

[197]知らないよぅ!

[198]【まゆき】

[199]「ふん、これは簡単だな」

[200]まゆきちゃんが同意を求めるように

[201]わたしを見るけど……。

[202]【かおり】

[203]「ほへ?」

[204]【まゆき】

[205]「……シェヘラザードだろう?」

[206]【かおり】

[207]「ほふぅ……?」

[208]テレビを見ると、

[209]まゆきちゃんの答えと同様に

[210]シェヘラザードと答えている。

[211]というか、

[212]回答者が全員押してるということは、

[213]やっぱり簡単な問題だったのかな……。

[214]【かおり】

[215]「まゆきちゃん、すごいねー」

[216]【まゆき】

[217]「何がだ?」

[218]【かおり】

[219]「だって、今のところ全問正解だもん、

[220] 物知りすぎるよー!」

[221]【まゆき】

[222]「そうか?

[223] これくらい知っておいて当然の常識問題だろう?

[224] それに、入院中は暇だからな」

[225]ちょっと鼻高々っぽいまゆきちゃん。

[226]褒められて舞い上がるなんて、

[227]こういうところ、ちょっと可愛いな。

[228]ふと、ドアの開く音がした気がして、

[229]そっちを見ると、

[230]ドアの陰から主任さんが覗いていた。

[231]スッとまゆきちゃんの顔から

[232]笑顔……というか、表情が消える。

[233]【まゆき】

[234]「…………」

[235]【はつみ】

[236]「あ……、

[237] 邪魔しちゃったわね、ごめんなさい」

[238]そそくさと主任さんはドアを閉じた。

[239]【まゆき】

[240]「……ふん、出来損ないが」

[241]【かおり】

[242]「え……?」

[243]まゆきちゃんの吐き捨てるような言葉に、

[244]一瞬、耳を疑った。

[245]出来損ない、って……主任さんのこと?

[246]【まゆき】

[247]「ボスポラス海峡!」

[248]まゆきちゃんは、もう主任さんのことなんて

[249]無かったかのように、テレビに熱中してる。

[250]……うーん、

[251]何なんだろう……?

[252]まゆきちゃんは主任さんが嫌いって言ってたし、

[253]もしかして、主任さんとまゆきちゃんって

[254]本当に仲が悪いのかな?

[255]【かおり】

[256]「戻りましたー」

[257]【はつみ】

[258]「……お疲れ様。

[259] 若本さんとは、なかなか気が合うようね、

[260] 良かったわ」

[261]笑顔の主任さん。

[262]……だけど、

[263]何だかいつもと笑顔が違うような気がする……。

[264]【かおり】

[265]「はぁ、気が合う……かどうかまでは、

[266] まだわからないんですけど……」

[267]出来損ないが、と吐き捨てた

[268]まゆきちゃんの横顔が、目の前にちらつく。

[269]【かおり】

[270]「あの……まゆきちゃんと主任さんって、

[271] 何かあった……んですか?」

[272]フッと主任さんが笑った。

[273]【はつみ】

[274]「そうね、

[275] あったと言えばあったし、

[276] なかったと言えば何もなかったわ」

[277]謎かけみたいな言葉。

[278]【かおり】

[279]「あの、それはどういう……?」

[280]【はつみ】

[281]「あなたはストレートに質問をしてくるのね」

[282]わ、笑われちゃった!!

[283]【はつみ】

[284]「わたしはね、彼女の過去を知っているからこそ、

[285] 彼女の領域に立ち入らないようにしているの。

[286] 過去のかなしみを繰り返さないために」

[287]やっぱり謎かけみたいだ……。

[288]【かおり】

[289]「過去のかなしみ……?

[290] やっぱり何かあったんですか?」

[291]【はつみ】

[292]「……話すべき時が来たら、

[293] 若本さん自身が話すことよ。

[294] わたしが話すことではないわ」

[295]【かおり】

[296]「はぁ……」

[297]何だかまゆきちゃんのことになると、そればっかり。

[298]【はつみ】

[299]「ちょっと事務長室に行ってきます。

[300] 何かあったら内線で呼んでください」

[301]【やすこ】

[302]「ほーい、行ってらっさーい」

[303]良くわからないな……

[304]まゆきちゃんの言葉や態度も。

[305]それから、主任さんらしくない

[306]歯切れの悪さも……。

white_robe_love_syndrome/scr01201.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)