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white_robe_love_syndrome:scr01005

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[001]山之内さんの過去を聞いてから3日経った。

[002]あれから、

[003]個人的に山之内さんとしゃべる回数は激減した。

[004]そして、今日、出勤すると

[005]夜勤明けの山之内さんが病棟にいた。

[006]【はつみ】

[007]「全員、揃いましたね。

[008] おはようございます、申し送りを始めます。

[009] 夜勤さん、お願いします」

[010]【やすこ】

[011]「はいはーい、お願いされますー。

[012] 今朝方、312の龍角さんが

[013] 愛するばーちゃんに会いに行きました」

[014]詰所の中の空気が、

[015]一瞬だけ、シーンと静かになる。

[016]【なぎさ】

[017]「そっか……、

[018] 龍角さんが……」

[019]【やすこ】

[020]「ちゅーことで、

[021] 担送10、護送6、独歩8、夜勤帯退院1で空床6、

[022] 総数30で送りまーす」

[023]申し送りが終わっても、

[024]何となく通常業務に入れないまま、

[025]誰もがその場に立ち尽くしている。

[026]【なぎさ】

[027]「人工呼吸器を装着しても、

[028] 結果的に保たなかったのね……」

[029]【はつみ】

[030]「解剖しないとわからないけど、

[031] おそらくは多臓器不全ね。

[032] 既に身体はボロボロだったということよ」

[033]沈み込んでいる日勤帯のわたしたちとは反対に、

[034]夜勤だった山之内さんは

[035]うーんと大きく伸びをした。

[036]【やすこ】

[037]「まー、でもあのじーさん、結構好きやったから、

[038] うちがお見送りできて良かったわ」

[039]そして、にこっと微笑んだ。

[040]主任さんは山之内さんを見て、

[041]心配そうな顔をしている。

[042]……きっと龍角さんも

[043]見送った看護師が山之内さんで

[044]喜んでいるはずだよね。

[045]いつものようにボトル交換のために

[046]堺さんの部屋に行ったら、彼女も元気がない。

[047]【さゆり】

[048]「……短かった、ですね」

[049]誰のことを言っているのかなんて、

[050]聞かなくてもわかる。

[051]【かおり】

[052]「うん……人工呼吸器をつけても、

[053] そう保たせられないんだなってわかったよ」

[054]【さゆり】

[055]「医療は万能じゃないってことですね……」

[056]龍角さんのことを考えると辛い、

[057]本当は泣いてしまいたい。

[058]だけど、堺さんの

[059]――患者さんの前だから、今は涙を堪える。

[060]不安なのは堺さんの方が大きいだろうから。

[061]泣いてしまったら、

[062]きっと堺さんがもっと不安になるだろうから。

[063]【さゆり】

[064]「……わたしも、わたしの最期も、

[065] あんな風に人工呼吸器に繋がれて

[066] 迎えるのかな」

[067]【かおり】

[068]「堺さんは大丈夫だよ!

[069] まだ若いし、気力も体力もある!

[070] 龍角さんは……寿命だったんだと思う」

[071]寿命。

[072]それは、どんなに医療が進歩しても、

[073]人間の力ではどうにもならないもの。

[074]【さゆり】

[075]「……寿命、か……」

[076]【かおり】

[077]「堺さんにだって、

[078] やりたいこととか夢とか色々あるでしょう?」

[079]【さゆり】

[080]「夢……?」

[081]【かおり】

[082]「小児科の看護師になるんだよね?」

[083]【さゆり】

[084]「……そういえば、

[085] そんなことも言いましたっけね」

[086]どうでも良さそうに、堺さんが笑う。

[087]その笑顔が、

[088]不意にかなしそうな微笑みへと変わった。

[089]【さゆり】

[090]「それは……そうなんですけど……

[091] 今は、なるべく痛い思いをしたくない……かな」

[092]いつになく素直な堺さん。

[093]きっとそれは本心なんだろう。

[094]ふと、この間の山之内さんの言葉と重なる。

[095]【やすこ】

[096]「じーさん本人は挿管せずに、

[097] 自然に死なせて欲しい言うてたやないか!

[098] サインかて書かせた、それでええやんか!!」

[099]【かおり】

[100]「龍角さんの最期の夢は……静かに、

[101] 苦しまずに亡くなることだったのに……

[102] わたしたちがそれを台無しにした……のよ……」

[103]泣くまいと思ってた。

[104]でも、一度、溢れた涙はもう止まらない。

[105]【かおり】

[106]「ご、ごめ……

[107] 堺さ、の、前では……泣かないって……

[108] 思ってた……に」

[109]【さゆり】

[110]「見くびらないでください。

[111] あなたの涙なんて、わ、わたし、

[112] 何とも、思いま……せんから……っ」

[113]堺さんも泣いている。

[114]ふたりでしばらく涙を流した後、

[115]ぽつりと堺さんが言った。

[116]【さゆり】

[117]「……でも、龍角さんは、

[118] 息子さんや娘さんを

[119] 大事になさっていたじゃないですか」

[120]【さゆり】

[121]「挿管されたことだって、

[122] 仕方がないなぁって、

[123] 笑って受け入れたと思います」

[124]慰めるような言葉に、

[125]つい笑いが漏れた。

[126]【かおり】

[127]「あれ……、

[128] 堺さんが優しい……」

[129]【さゆり】

[130]「今日だけです。

[131] 大好きなおじいちゃんを悼んで泣いてる人に

[132] 追い討ちをかけるほど、鬼じゃありませんから」

[133]ぷいっと横を向いた堺さんは、

[134]怒り笑いというような器用な表情で、

[135]そっと片手で涙を拭いていた。

[136]日勤帯から夜勤帯への申し送りも終わり、

[137]わたしが書くべき記録も全部書いた。

[138]これで、今日の仕事は終わり。

[139]仕事をしながら、朝、完璧な笑顔で

[140]龍角さんのステルベンを申し送った山之内さんが

[141]だんだんと気になってきた。

[142]山之内さんにとって、

[143]龍角さんのステルベンは

[144]笑って申し送れるようなことだったのかな。

[145]それとも、看護師としての職業意識が、

[146]死者への気持ちを押し込めて、

[147]普段通りの表情をさせたのかな。

[148]……気になる。

[149]でも、山之内さんの部屋に行くことは、

[150]山之内さんを心配してるってことになるよね。

[151]それって、

[152]山之内さんを信頼してないってことに

[153]ならないかな?

[154]でも……。

[155]部屋に行かない

[156]部屋に行く

[157]うん、

[158]あんな風に笑えるんだもん、

[159]山之内さんは絶対、大丈夫だよね!

[160]わたしなんかが出る幕、ないよ、きっと!!

[161]【なぎさ】

[162]「……龍角さんのこと、残念だったよね」

[163]【かおり】

[164]「……そうですね……」

[165]まだ龍角さんのことを考えると、

[166]涙が出そうになる。

[167]こんな気持ちも、

[168]その内に薄れていくのかな……。

[169]【なぎさ】

[170]「知ってる?

[171] 山之内さん、主任が来るまで、

[172] 詰所でずっと泣いてたんだって」

[173]【かおり】

[174]「え……」

[175]なぎさ先輩の言葉に、

[176]背筋が凍りついたような気持ちになった。

[177]【なぎさ】

[178]「それなのに、申し送りが始まる時には、

[179] いつもの調子なんだもん、すごいよね!

[180] さすが演技派!!」

[181]【かおり】

[182]「!!」

[183]全然大丈夫じゃなかったんだ!!

[184]【なぎさ】

[185]「さ、沢井!?」

[186]遠くからなぎさ先輩の声が聞こえてきたけど、

[187]ごめんなさい、今は……急ぐんです!!

[188]ううん、違う!

[189]あんなキレイすぎる笑顔、

[190]山之内さんらしくない!

[191]もしかしたら、今頃、

[192]ひとりで泣いてるかもしれない。

[193]わたしにできることはないかもしれないけど、

[194]山之内さんの部屋に行かなきゃ!!

[195]【やすこ】

[196]「何やのん、もう……

[197] 夜勤明けに叩き起こされるたぁ思わんかったわ」

[198]大きなあくびをする山之内さん。

[199]【かおり】

[200]「主任さんが出勤してくるまで、

[201] ずっと泣いてたって聞きました!」

[202]【かおり】

[203]「そんなに辛いのに、

[204] 平気な顔して笑う必要なんて、

[205] どこにあるんですか!」

[206]【かおり】

[207]「山之内さん、素直じゃないです!

[208] 本当は龍角さんが亡くなったことが、

[209] 辛くて辛くて堪らないくせに!!」

[210]言い終わった後、

[211]山之内さんはあのナイフのような鋭い視線で

[212]わたしを冷たく見下ろした。

[213]【やすこ】

[214]「……アンタに何がわかる」

[215]【かおり】

[216]「わかります!

[217] わたし、ずっと山之内さんを見てましたから……!」

[218]ゆっくりと

[219]山之内さんに近づいてゆく。

[220]【かおり】

[221]「今だって、『叩き起こされた』って言いながら、

[222] 本当は寝てなんかいなかったんですよね」

[223]無抵抗の山之内さんに腕を伸ばして、

[224]おそるおそる抱き締めた。

[225]わたしの腕の中、

[226]山之内さんは動く気配を見せない。

[227]そっと唇を近づけてゆく。

[228]【かおり】

[229]「……いっ!!」

[230]唇が触れ合う寸前で

[231]髪を捕まれ、引き剥がされた。

[232]【やすこ】

[233]「図に乗んなや、ガキが」

[234]【かおり】

[235]「山之内さん……。

[236] そんな風に、強がらなくてもいいんです、

[237] そんな必要なんて、ないんです……」

[238]拒絶されたショックより、

[239]無理をしている山之内さんが辛くてならない。

[240]代わってあげられるのなら、

[241]わたしが代わってあげる……泣いてあげる……。

[242]【やすこ】

[243]「そんな風に泣きなや……」

[244]頬を流れる涙を、優しいキスで拭われた。

[245]思わず、山之内さんを突き飛ばした。

[246]【かおり】

[247]「わたし、山之内さんがわからない!

[248] わたしのこと、受け入れたいんですか!?

[249] それとも、拒絶したいんですか!?」

[250]【やすこ】

[251]「そんなん知るか、自分で考えんかい!!」

[252]【かおり】

[253]「それを考えるべきなのは

[254] 山之内さんの方じゃないですか!

[255] いつもわたしに決めさせて!」

[256]【かおり】

[257]「だいたい、わたしを受け入れるかどうかなんて、

[258] 山之内さんが考えることでしょう!?

[259] わたしが考えてどうするんですか!!」

[260]【やすこ】

[261]「なんでうちがあんたなんかのこと

[262] 考えたらなアカンねん!

[263] あんたが考えたらエエやん!!」

[264]ただ、感情に任せて怒鳴り合う。

[265]【かおり】

[266]「わたしが考えたら、山之内さん、

[267] 今頃、わたしとラブラブですよっ!!

[268] いいんですか、ラブラブ!!」

[269]だんだん、わけがわからなくなってきた。

[270]【やすこ】

[271]「原稿手伝うてくれるんやったら、

[272] 考えたってもエエわ!!

[273] せやかて、あんた、いっつもブーブー言うやん!」

[274]【かおり】

[275]「ラブラブになれるんだったら、

[276] ブーブーなんか言いませんよっ!!」

[277]どうしてだろう、

[278]こうして本音をぶつけ合うのが

[279]だんだん楽しくなってきた……?

[280]【やすこ】

[281]「ブーブーやなかったら、もーもーか!?」

[282]【かおり】

[283]「モーモー言うのは、なぎさ先輩です!!」

[284]【やすこ】

[285]「おま……っ!!

[286] 仮にも敬愛する先輩なんやろ、

[287] 何ちゅーこと言うたるねん!!」

[288]【かおり】

[289]「なぎさ先輩のことウシ沢って呼んでるのは、

[290] 山之内さんじゃないですか!!」

[291]【やすこ】

[292]「可愛げがないぞ、沢井ィ!!」

[293]【かおり】

[294]「だったら山之内さんには、

[295] 素直さが皆無ですよね!!」

[296]【やすこ】

[297]「…………」

[298]不意に、山之内さんが押し黙った。

[299]【かおり】

[300]「…………」

[301]つられて、わたしも黙り込む。

[302]ふと顔を見合わせる。

[303]【やすこ】

[304]「キモッ!

[305] 素直さたっぷりの山之内さんてか!!

[306] ないわー、ないない」

[307]山之内さんが吹き出した。

[308]【かおり】

[309]「え、何か変ですか?

[310] きっと可愛いと思うんです!!」

[311]【やすこ】

[312]「キッショい、キショい!

[313] あんたみたいな可愛げのある女ならともかく、

[314] うちが素直!? ないない、ないわー!!」

[315]何が可笑しいのか、

[316]山之内さんがゲラゲラ笑い出した。

[317]大笑いしながら、

[318]ポロリと、涙が零れ落ちたのが見える。

[319]【かおり】

[320]「や、山之内さん……?

[321] わたし、言いすぎました……?」

[322]【やすこ】

[323]「いや、ええねん。

[324] うちに素直さが足りんのはホンマやし」

[325]不意に、山之内さんが

[326]何かを思い出すような、懐かしそうな目で微笑んだ。

[327]【やすこ】

[328]「元気やった頃のじーさんに何度も言われたわぁ、

[329] 『おまえさんには素直さが足りん』……。

[330] ああ、こういうことやったんやねー」

[331]【かおり】

[332]「はい?」

[333]何のことか良くわからなかったけど、

[334]きっと、山之内さんと龍角さんの間に

[335]いろいろあったんだろう……

[336]まだ龍角さんが元気だった頃に。

[337]【やすこ】

[338]「うち、決めた!!」

[339]【かおり】

[340]「はひゃっ!?」

[341]【やすこ】

[342]「看護師は続ける!

[343] その上で、プロのお誘いも来たし、

[344] 漫画も続ける!!」

[345]涙を拭いて、

[346]山之内さんが宣言した。

[347]看護師を続けながら、

[348]漫画を描き続けるのは、

[349]今までの生活と何ら変わらないのでは?

[350]そう思ったけど、

[351]でも、こうしてわざわざ宣言したってことは、

[352]山之内さんの中で心境の変化があったのかな。

[353]だから、きっと、

[354]山之内さんの中では

[355]今までの生活とこれからの生活は

[356]違うのかもしれないね。

[357]【かおり】

[358]「はぁ……。

[359] で?」

[360]【やすこ】

[361]「それ以上は秘密や!!」

[362]【かおり】

[363]「…………」

[364]ううっ、

[365]秘密にするんなら、言わなきゃいいのにっ!

[366]気になるじゃないですかぁ〜っ!!

white_robe_love_syndrome/scr01005.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)