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white_robe_love_syndrome:scr01004

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[001]【かおり】

[002]「おはようございまー……!!」

[003]す、まで言い切ることができなかった。

[004]詰所に入ってすぐ、

[005]休憩室へ入るドアの前で

[006]主任さんと山之内さんが、すごい剣幕で

[007]睨み合っているのを見てしまったからだ。

[008]おろおろしながら

[009]なぎさ先輩が駆け寄ってくる。

[010]肩にカバンをかけたままだってことは、

[011]なぎさ先輩も休憩室に入れずに、

[012]困ってる、ってことだろう。

[013]出勤してきたばかりのバイトさんや派遣さんも

[014]みんな戸惑った表情でカバンを持ってるし、

[015]夜勤さんは疲れた表情で、

[016]睨み合うふたりを眺めている。

[017]【かおり】

[018]「あ、あのふたり、どうしたんですか……?

[019] なんであんな殺気を振りまきながら

[020] 睨み合ってるんですか?」

[021]【なぎさ】

[022]「龍角さんの延命治療について

[023] 真っ向から対立しているのよ……」

[024]【やすこ】

[025]「じーさん本人は挿管せずに、

[026] 自然に死なせて欲しい言うてたやないか!

[027] サインかて書かせた、それでええやんか!!」

[028]【はつみ】

[029]「ご家族が延命治療を強く希望しているのよ!

[030] ドクターもご家族の希望は無碍にはできないの、

[031] あなただって看護師ならわかるでしょう!?」

[032]【やすこ】

[033]「うちはそういう『組織の歯車』になりたなくて、

[034] 患者のためであるはずの看護ができんくなるんが

[035] 嫌やったから、ずっとフリーやってたんや!」

[036]【やすこ】

[037]「うちが百合ヶ浜に常勤で入る条件も、

[038] 患者のための看護をさせてくれるっちゅう

[039] 約束やったよな!? 今更、約束を破る気か?」

[040]【はつみ】

[041]「…………」

[042]【やすこ】

[043]「はつみさん、あんたかて

[044] 患者のための看護をしたいて言うてたやないか!

[045] あの言葉はウソやったんか!!」

[046]【はつみ】

[047]「嘘ではないわ。

[048] でも……」

[049]【やすこ】

[050]「……うちは、まんまとあんたの口車に

[051] 乗せられただけっちゅうわけか?

[052] あんたも所詮は患者の顔が札束に見えるクチか?」

[053]【はつみ】

[054]「違うわ! あの時の気持ちは今でも変わっていない!

[055] ただ、今回は、患者さんの意思を尊重したくても、

[056] 財産が絡んできて、厄介なのよ!!」

[057]【やすこ】

[058]「ハッ、

[059] そんなら、金持ちのジジババが入院する度に、

[060] 同じことが起こるっちゅーわけか、アホくさ」

[061]主任さんの立場からの言葉を

[062]ばっさり斬り捨てる山之内さん。

[063]【やすこ】

[064]「ま、うちの意見はともかく、

[065] あんたらの意見も参考にさせてもらうわ。

[066] まずは藤沢から」

[067]くるっと山之内さんが振り向いた先に

[068]たまたまいたせいで指名されたなぎさ先輩が

[069]おずおずと口を開く。

[070]【なぎさ】

[071]「ご……ご家族の希望があるなら……

[072] 後々のリスクを考えると、

[073] 挿管した方が安全かも……しれません」

[074]チラッと向いた視線の先にいた

[075]バイトさんがおずおずと答える。

[076]【看護師A】

[077]「そうですね……、

[078] 訴訟を起こされるのが一番厄介ですし……」

[079]【看護師B】

[080]「でもさ、そうならないために

[081] ちゃんとDNR取ったのに、

[082] 今更、意見変えないでよって思わない?」

[083]そうだそうだ、と

[084]他の看護師さんや介護士さんたちが同調する。

[085]【やすこ】

[086]「……沢井は?」

[087]全員の目がわたしに集中した。

[088]なぎさ先輩の言う通りかも……

[089]……龍角さんが可哀想……

[090]【かおり】

[091]「そうですね……、

[092] なぎさ先輩の言う通りかもしれません。

[093] 面倒ごとは病院にとってもマイナスですし」

[094]【やすこ】

[095]「はっ、死人に口なしか!

[096] 訴えるのは、生きとる人間だけやもんな!!」

[097]【はつみ】

[098]「山之内さん!

[099] それは看護師が言っても良い言葉ではないわ!」

[100]【やすこ】

[101]「知るか、そんなもん!

[102] 患者の立場でモノ考えられへんような看護師なんざ、

[103] 看護師ちゃうわ!」

[104]吐き捨てるように言って、

[105]山之内さんは怒って出て行ってしまった。

[106]【はつみ】

[107]「……はぁ」

[108]【かおり】

[109]「……龍角さんが可哀想だと思います」

[110]【やすこ】

[111]「それは意見とちゃうやろ」

[112]【かおり】

[113]「それはそうなんですけど……上手く言えないけど、

[114] あの龍角さんに意識があったら、

[115] 挿管しようとした途端に怒ると思うんです」

[116]【なぎさ】

[117]「さ、沢井、

[118] 空気読みなさいってば……!」

[119]【かおり】

[120]「す、すみません……」

[121]【はつみ】

[122]「…………」

[123]主任さんは何か考えているようで、

[124]山之内さんもそっぽを向いたままで、

[125]そのまま詰所には重苦しい空気が立ち込めていた。

[126]結局、龍角さんは挿管され、

[127]人工呼吸器に繋がれて

[128]呼吸を管理されることになった。

[129]【かおり】

[130]「……龍角さん、

[131] 身体、拭きますね〜」

[132]挿管され、呼吸器に繋がれた龍角さんの胸に

[133]熱いままのタオルを押し付ける。

[134]……でも、龍角さんの反応はない。

[135]意識のあった時の龍角さんなら、

[136]きっと気持ちいいって言ってくれたのに。

[137]【かおり】

[138]「……本当にこれで良かったのかな……」

[139]龍角さんが、

[140]死期が来たらそのまま死にたい、って言ってたのは

[141]わたしも知ってる。

[142]【???】

[143]「……じーさん、

[144] ばーちゃんに会うんがまた遠なったな、

[145] ボンクラな息子や娘のせいで」

[146]振り向くと、山之内さんが立っていた。

[147]【やすこ】

[148]「医療なんてこんなもんや。

[149] 記録にも残して、医療従事者に希望を伝えたかて、

[150] 自分の最期の希望は通らへん」

[151]【やすこ】

[152]「生きてる人間や利益を狙う人間が、

[153] 我がの都合で、何でもエエように

[154] 結果を捻じ曲げてしまう」

[155]【かおり】

[156]「……でも……

[157] 息子さんや娘さんにとっては、

[158] 男手ひとつで育ててくれた父親です」

[159]【かおり】

[160]「どんな形であれ、

[161] 生きていて欲しかったのかもしれません」

[162]山之内さんは呆れたようにクスッと笑った。

[163]【やすこ】

[164]「あんたはエエ子やねー、沢井。

[165] 鼻につくわ」

[166]【かおり】

[167]「……じゃ、お先に失礼します」

[168]今日はすんなり仕事が終わったので、

[169]あんまり残業せずに帰ることができた。

[170]いつもの風景。

[171]患者さんが行き来する、病院の廊下。

[172]この病棟の片隅で、

[173]ひとりのおじいちゃんが

[174]望まない延命処置をされてるなんてことを

[175]忘れてしまいそうなほどに、いつもと同じ風景。

[176]カバンの中のケータイが

[177]メールの着信を告げて、

[178]わたしはハッと我に返った。

[179]【やすこ】

[180]「本気でうちのことが好きなら、

[181] 勤務終了後、うちの部屋に来い」

[182]【やすこ】

[183]「……来たっちゅうことは、本気か?」

[184]【かおり】

[185]「はい、本気です。

[186] わたしは好きになった人を悲しませるようなこと、

[187] したくありません」

[188]【やすこ】

[189]「さよか」

[190]山之内さんはシニカルな笑いを浮かべている。

[191]やっぱり信じてもらえていないらしい。

[192]【かおり】

[193]「どうしたら、わたしの気持ち、

[194] 信じてくれるんですか」

[195]【やすこ】

[196]「せやね……」

[197]にやりと意地悪に笑って、

[198]山之内さんは机に腰掛けた。

[199]ひょいと、片足を

[200]わたしに向かって、軽く上げる。

[201]【やすこ】

[202]「ひざまづいて、

[203] うちの足にキスできるんやったら

[204] 考えたってもエエわ」

[205]できません

[206]やります

[207]自分のプライドなんかどうでもいい。

[208]今は山之内さんに、

[209]わたしはあなたの敵じゃないってことを伝えたい。

[210]さっさとその場に膝まづいて、

[211]両手で足を持ち上げて、そっと唇を押し付ける。

[212]【かおり】

[213]「…………」

[214]顔を上げて山之内さんを見ると、

[215]ひどく驚いた表情で、わたしを見下ろしていた。

[216]【やすこ】

[217]「……マジでやるとは思わんかったわ……」

[218]【かおり】

[219]「本気だって言ったじゃないですか!

[220] わたしは本気でやるって言ったらやる子です!」

[221]山之内さんがクスッと笑った。

[222]【やすこ】

[223]「……そういうの、

[224] バカ正直、言うんやで」

[225]わたしを立たせてくれながら、

[226]何故か山之内さんは

[227]泣きそうな顔をしている。

[228]もう泣かないでいいんですよ。

[229]そう言ってあげたくて、

[230]でも、ここで言うのもおかしくて、

[231]わたしはただ、山之内さんに抱きついて、

[232]ぎゅっと腕に力を込めた。

[233]嫌がらないで、

[234]抱き締められるままでいてくれるのが、

[235]ただ、嬉しかった。

[236]何がどうなったのか良くわからないけど、

[237]そのまま、酒盛りに突入した。

[238]酔った山之内さんの口から語られる、

[239]彼女の実家の事情は、それはそれは悲惨なものだった。

[240]【やすこ】

[241]「親父が死んだんは、うちが中学の頃や。

[242] アル中でギャンブル好きで、

[243] クズにふさわしい死に方やったわ」

[244]【やすこ】

[245]「血ィ吐きまくって、そのままにしときゃエエもんを、

[246] オカンが救急車呼んでなぁ、無駄な延命治療のせいで、

[247] 膨大な医療費が借金に上乗せされてもた」

[248]【やすこ】

[249]「生きてた頃も苦労かけ通しやったくせに、

[250] 死んだ後も、苦労させてくれよる。

[251] ホンマ、人間のクズいうんはアイツのことやね」

[252]【やすこ】

[253]「んで、ただでさえカネに苦労してた高校の頃、

[254] 今度はオカンが親戚に騙されて、借金更に上乗せや!

[255] あーもー、どこまでお人良しやねんて思うたわ」

[256]【やすこ】

[257]「流石に高校には借金取りは来ぇへんかったけど、

[258] OLやってた姉ちゃんとこには行ったんやろな、

[259] ある日、姉ちゃんは書き置き残して消えてもた」

[260]【やすこ】

[261]「で、うちもオカンに愛想尽かしとったから、

[262] 寮つきの看護学校選んで、とっとと就職してんけど、

[263] 奉公期間に、またオカンが騙されよってなぁ」

[264]【やすこ】

[265]「今度は、借金取りが病院にやってきてん。

[266] さすがにもうアカン思たんやろ、

[267] オカン、首吊りよったわ」

[268]【やすこ】

[269]「娘ふたりの人生メチャクチャにした

[270] 責任くらいは感じたんかなぁ……。

[271] それでも、遅いっちゅーねん」

[272]【やすこ】

[273]「一応、姉ちゃん探して、連絡したけど、

[274] 姉ちゃんは葬式に来んかったわ」

[275]【やすこ】

[276]「ま、そらせやわ、姉ちゃんの人生、

[277] オトンとオカンがわやにしたようなもんやもんな。

[278] 名前聞くだけでもムカつく言うてたしな」

[279]【やすこ】

[280]「あのクソ親父にしても、オカンにしても、姉ちゃんも、

[281] うちにエエことを教えてくれたんや。

[282] 誰も信じたらアカン、信じるから裏切られる、て」

[283]ふーっと、

[284]山之内さんが息を吐き出した。

[285]【やすこ】

[286]「どや、引いたか、

[287] アンタが好きな『山之内さん』は、

[288] こういう女なんやで」

[289]【やすこ】

[290]「父親の死を本気で喜んで、

[291] 苦労した末に首吊った母親の死に心底ホッとした。

[292] ……嫌いになるやろ?」

[293]もうやめてください、

[294]そういう代わりに、別の言葉を口にした。

[295]【かおり】

[296]「……嫌いになんかなりません」

[297]【かおり】

[298]「山之内さんは、人の弱さやかなしみを知ってるから、

[299] 患者さんの立場に立った看護を

[300] 実践できるんだと思います」

[301]山之内さんは

[302]また大きく息を吐き出した。

[303]【やすこ】

[304]「……あんたは綺麗事しか言わんのやねぇ」

[305]【かおり】

[306]「綺麗事なんかじゃありません!

[307] 本当にそう思うから言ってるんです!!」

[308]【やすこ】

[309]「あっそ、なら、それでもええわ。

[310] ……ああ、お帰りは回れ右して、

[311] そこのドアから出てったらええからね」

[312]【かおり】

[313]「…………」

[314]取り付く島がない。

[315]今日のところは帰ることにして、

[316]黙って頭を下げて、出て行くことにした。

[317]過去のことを語ってくれたって事は、

[318]わたしは少しだけ信じてもらえたってことだよね?

[319]       また、あの夢だった。

[320]     女の子が何もない虚空に向かって、

[321]     小説のようなものを暗唱している。

[322]     女の子は、

[323]     朗読を中断して、

[324]     ほぅと小さく溜め息をついた。

[325]【???】

[326]「……誰でも良かった……ひとりだけで良かった。

[327] あの時、誰かひとりでも

[328] 手を差し伸べてくれていたなら……」

[329]どうしてだろう、

[330]女の子の言葉に、ぎゅっと胸を引き絞られるような

[331]痛みを覚えた。

[332]女の子に手を伸ばす。

[333]この子は、きっと……!

[334]【かおり】

[335]「や、山之内さん……っ!」

[336]女の子がわたしを見た。

[337]無表情な瞳。

[338]触れる寸前で

[339]フッと女の子は消えてしまった。

white_robe_love_syndrome/scr01004.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)