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white_robe_love_syndrome:scr01003

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[001]【かおり】

[002]「あ、あの、山之内さん……」

[003]【やすこ】

[004]「質問なら別の人にして。

[005] 今、忙しい」

[006]ううっ、取り付く島もない。

[007]【かおり】

[008]「わかりました、

[009] すみません……」

[010]しょんぼりしながら、

[011]メモを片手に椅子に座る。

[012]【なぎさ】

[013]「……ねぇ。

[014] あんたたち、何かあったの?」

[015]わたしと山之内さんとの間を心配してか、

[016]なぎさ先輩がカルテの陰で訊いてる。

[017]……けど……、

[018]どう言えばいいのかわからない。

[019]あんまり怒りを引きずらないように見える山之内さんが

[020]ここまで怒るようなことをした……のかな。

[021]デビューの話が来たけど、

[022]それよりも山之内さんを引き止めたいって思ったのが

[023]そんなに気に障ることだったのかな。

[024]それとも、

[025]引き止めたい気持ちを隠して、

[026]一緒に喜べば良かったのかな?

[027]【なぎさ】

[028]「…………」

[029]目の前にティッシュの箱が置かれた。

[030]はっとして頬に手を当てると、

[031]わたしはいつの間にか泣いてたみたい。

[032]【かおり】

[033]「あ……りがとうございます……」

[034]【なぎさ】

[035]「あんまり思いつめちゃダメよ?」

[036]なぎさ先輩の視線につられて、

[037]ちらりと山之内さんを見る。

[038]山之内さんは、

[039]こちらを見ることもなく

[040]主任さんと何やら深刻そうな話をしていた。

[041]【かおり】

[042]「…………」

[043]主任さんが羨ましい。

[044]きっとわたしは

[045]山之内さんが好きなんだと思う。

[046]いろいろと指導してもらって、

[047]私生活でも一緒の時間を過ごして、

[048]山之内さんというちょっと不思議な人を

[049]もっと知りたいって思う。

[050]……わたしのことを、

[051]もっと知ってほしいって思う。

[052]【かおり】

[053]「…………」

[054]じっと見ていたからか、

[055]ふと主任さんがこちらを見た。

[056]【はつみ】

[057]「…………」

[058]わたしが欲しいのは、

[059]主任さんの労わるような視線じゃなくて、

[060]山之内さんの視線だけ。

[061]蔑んだ視線でもいい、

[062]憎々しげな視線でもいい、

[063]お願い、山之内さん、わたしを見て――!!

[064]【やすこ】

[065]「沢井。

[066] ボケッとする暇あるんやったら、

[067] ラウンドでも行ってこんかい」

[068]わたしに背中を向けたまま、

[069]山之内さんが声をかけた。

[070]……やっぱり、

[071]わたしなんか見るのも嫌になったんですか……?

[072]【かおり】

[073]「……はい……」

[074]【はつみ】

[075]「詰所を出る前に、

[076] 顔を洗った方がいいわよ、沢井さん」

[077]主任さんの言葉に

[078]頭を軽く下げる。

[079]山之内さんは

[080]まだ何か主任さんと話をしている。

[081]……主任さんが羨ましい……。

[082]夜勤さんへの申し送りが終わるとすぐ、

[083]山之内さんの姿は

[084]病棟から消えてしまった。

[085]さっさと帰っちゃうのは

[086]いつものことと言えばいつものことなんだけど、

[087]少しでも話をしたいのに、

[088]その機会も与えてもらえないなんて。

[089]【はつみ】

[090]「沢井さん、記録は終わったの?」

[091]【かおり】

[092]「十五時までの分は終わりましたけど、

[093] そこから先の分が……」

[094]【はつみ】

[095]「それならほとんど終わっているのね。

[096] 書けていないのは何人分くらいかしら?

[097] メモはあるの?」

[098]【かおり】

[099]「あと三人分です……。

[100] メモはあります、

[101] なきゃ書けません……」

[102]【はつみ】

[103]「メモを見せて」

[104]【かおり】

[105]「ほひ?」

[106]主任さんが何を考えているのかわからなかったけど、

[107]取り敢えず、まだ書いてない三人分も含めた

[108]今日の患者さんのメモを見せた。

[109]【はつみ】

[110]「……ん……、

[111] これなら大丈夫ね。

[112] 沢井さん、あなたはもう帰っていいわ」

[113]【かおり】

[114]「で、でも記録が……!!」

[115]【はつみ】

[116]「わたしがこのメモを元に代筆しておくわ。

[117] あなたは明日、わたしが書いた部分をチェックして、

[118] サインを入れてくれればいいから」

[119]【やすこ】

[120]「……で、何しに来たん?」

[121]主任さんの言葉に甘えて、

[122]早々に詰所を出たわたしは、

[123]真っ先に山之内さんの部屋に向かった。

[124]ドアを開けてくれた山之内さんは

[125]取り敢えず、わたしを部屋に入れてくれたけど……。

[126]【かおり】

[127]「……わ、わたしの話を

[128] 聞いてもらいたくて……来ました……」

[129]【やすこ】

[130]「うちは別に聞きたない」

[131]このままだと、

[132]押し問答になってしまいそう。

[133]だから、

[134]ぎゅっと手を握って、

[135]足を踏ん張って――。

[136]【かおり】

[137]「わたしっ、

[138] 山之内さんが好きですっ!!」

[139]言い切った後、

[140]奥歯を強く噛み締める。

[141]そうしないと、

[142]足が震えて、

[143]その場にへたり込んでしまいそうだった。

[144]【やすこ】

[145]「……アホか」

[146]山之内さんの返事はたった一言だけだった。

[147]おそるおそる目を開けると、

[148]さっきまでの凍るような視線とは違う、

[149]呆れたような、苦笑いしたような、

[150]そんな温度を感じさせるような視線がある。

[151]久しぶりに山之内さんの体温を感じる視線に、

[152]ぶわっと涙腺が緩んでしまった。

[153]【かおり】

[154]「……アホかもしれません。

[155] こんなに冷たい山之内さんなんかを

[156] 好きになってしまうなんて」

[157]【やすこ】

[158]「かもしれん、やのうて、

[159] あんたは正真正銘のアホや。

[160] うちなんかの、ドコが好きなん?」

[161]目の前に、微笑む山之内さんがいる。

[162]それが嬉しくて、

[163]山之内さんの好きなところを

[164]精一杯挙げてみた。

[165]【かおり】

[166]「フラフラしてると思えば、

[167] 患者さんのこと本気で考えてるし、

[168] 漫画にだって真面目に取り組んでるし」

[169]【かおり】

[170]「優しくないフリして、

[171] ホントはわたしや病棟のことを

[172] ちゃんと考えてくれてるし」

[173]【かおり】

[174]「真面目じゃないフリをしてるけど、

[175] 本当は根が真面目なんですよね、

[176] そういうところ、すごく惹かれます!」

[177]【やすこ】

[178]「沢井。

[179] うちが嫌いなこと、教えたろか」

[180]【かおり】

[181]「……な、何ですか?」

[182]【やすこ】

[183]「うちのこと、碌に知らんクセに

[184] 『本当は〜』とか言うて決め付ける奴とか、

[185] めっさ嫌いや、反吐が出る!」

[186]嫌い、って正面から言われて、

[187]心がグサッと抉れるような音が

[188]聞こえたような気がした。

[189]でも!!

[190]嫌いって言われるのは

[191]もう慣れっこだもん!!

[192]病棟で堺さんに耳にタコができるほど言われてるから、

[193]今更、山之内さんに言われたって

[194]全然平気だもんっ!!

[195]【かおり】

[196]「山之内さんがわたしのこと嫌いでもいいんです!

[197] わたしは山之内さんのことが好きだって

[198] 知っておいて欲しかっただけですからっ!!」

[199]【やすこ】

[200]「……沢井……」

[201]山之内さんはポカンとしてから、

[202]クッと小さく笑った。

[203]【やすこ】

[204]「……好き、か。

[205] あんたはホンマに素直な子やね」

[206]【やすこ】

[207]「あんたは今まで一緒やった奴が離れるのが嫌なだけや。

[208] そんなん好きでも何でもない。

[209] そういうのは、感傷に流されとるだけ、言うんや」

[210]【かおり】

[211]「それこそ、決め付けじゃないですか!

[212] わたしが一時的に感傷に流されてただけだとしても、

[213] それでも、好きって気持ちは実際にあるんです!」

[214]自分の心を伝えたくて、

[215]一所懸命に言葉を重ねる。

[216]【やすこ】

[217]「……で、あんたに引きずられて好きになった途端、

[218] あんたは心変わりして、

[219] 別の人を好きになるんやね……」

[220]【かおり】

[221]「そんなことは……!」

[222]ありません、と言おうとした時、

[223]山之内さんはフッと笑った。

[224]ゾクリとするような、冷たい微笑みに、

[225]唇が動かなくなってしまう。

[226]【やすこ】

[227]「……人の心は変わるもんや。

[228] 永遠なんてのは、

[229] 都合のええ、ただの夢物語やで?」

[230]山之内さんの冷たい微笑みの中に、

[231]深い闇が見える気がした。

[232]【???】

[233]「父親は心の弱い人間だった。

[234] アルコールに溺れ、ギャンブルに溺れ、

[235] 借金まみれの挙句、自分の血にまみれて死んだ」

[236]ああ、また、この夢だ……。

[237]【???】

[238]「母親もそんな父親と結婚するような馬鹿な女だった。

[239] 父親を支えるつもりで、駄目な父親に依存し、

[240] それを自分の生きる目標にしていた女だった」

[241]それにしても……、

[242]今日の夢は、妙に細部がリアルじゃない?

[243]【???】

[244]「母親は父親の借金を背負っただけでなく、

[245] 親戚の借金の保証人にもなったりして、

[246] とにかく人を見る目がなかった」

[247]【???】

[248]「姉は高校卒業を機に家を出た。

[249] わたしを捨てた姉を恨んだ時もあった。

[250] それでも、姉の判断は正しかったと今は思う」

[251]【???】

[252]「母親はどうしようもなく馬鹿ではあったが、

[253] 何か思うところはあったのだろう、

[254] ある寒い冬の朝、近所の公園で首を吊って死んだ」

[255]【かおり】

[256]「!!」

[257]語られる、生々しい物語。

[258]このまま聞いていてもいいのか

[259]迷ってしまう……。

[260]【???】

[261]「母親が自殺した時、

[262] これでやっと楽になれると思った」

[263]【???】

[264]「今まで一度たりとも助けてくれなかった親類縁者は、

[265] 雀の涙ほどの死亡保険金を

[266] 根こそぎ毟り取っていった」

[267]【かおり】

[268]「……ひどい……」

[269]【???】

[270]「せいせいした。もう何も残ってない。

[271] 血は水よりも薄い、それがわかっただけで十分だ。

[272] 信じられるのは、自分だけ……そう自分だけ!!」

[273]ハッとして、

[274]ベッドから飛び起きた。

[275]【かおり】

[276]「……はぁ……、

[277] はぁっ!!」

[278]胸元を汗が伝い落ちる。

[279]こめかみから流れた汗が、

[280]顎の先からポタリとシーツに滴り落ちた。

[281]あれ以上、あの子の話を聞きたくなかった。

[282]あの子の話を聞いているのが怖かった。

[283]……それにしても。

[284]【かおり】

[285]「あの子……誰なんだろう?

[286] どうしてわたしの夢で、

[287] あんなこと……?」

white_robe_love_syndrome/scr01003.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)