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white_robe_love_syndrome:scr01002

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[001]――とうとう網野さんが亡くなった。

[002]【はつみ】

[003]「……沢井さんは、エンゼルケア、

[004] やったこと、あったかしら?」

[005]主任さんの質問に、

[006]ゆっくりと首を横に振る。

[007]【かおり】

[008]「……いえ」

[009]【はつみ】

[010]「そう……。

[011] では、山之内さん、指導してあげてください。

[012] 必要物品は、介護士さんが用意しているはずです」

[013]【かおり】

[014]「……はい……」

[015]山之内さんの背中を見ながら、

[016]ただ黙ってついていく。

[017]何となく、現実味がない。

[018]網野さん……

[019]おじいちゃんの待つ家に帰りたがってたのに……。

[020]【やすこ】

[021]「……この度はご愁傷様でした。

[022] 最後の処置をさせていただきますので、

[023] ご家族の方々は、廊下で少々、お待ちください」

[024]網野さんの手を握っていたり、

[025]髪を撫でていたご家族たちが

[026]それぞれ立ち上がる。

[027]その中で白髪頭の背の高いおじいさんが

[028]かなしそうに微笑んで、

[029]わたしたちに頭を下げて、

[030]足を引きずりながら部屋を出て行った。

[031]【かおり】

[032]「…………」

[033]今の人が、網野さんの旦那さんなのかな。

[034]【やすこ】

[035]「……沢井。

[036] まずは清拭や。

[037] タオル、お湯に浸して……」

[038]【かおり】

[039]「は、はい……」

[040]泣いてる暇なんてない。

[041]エンゼルケアは

[042]学生の時に、一度だけ立ち会ったことがある。

[043]わたしたち看護師ができる、

[044]患者さんへの最後のケアだもん、

[045]心を込めて……。

[046]【やすこ】

[047]「なぁ、はなさん、

[048] じーちゃんとこには帰られへんかったけど、

[049] ええご家族に囲まれて、幸せやってんねぇ」

[050]温かいタオルで、身体中を拭いて、

[051]新しい浴衣に着替えさせてゆく。

[052]【かおり】

[053]「さっきの背の高いおじいさんが、

[054] 網野さんの……?」

[055]【やすこ】

[056]「そ。あのじーちゃんも、脳梗塞やってな。

[057] あの頃ははなさんも元気やったから、

[058] 毎日、お見舞いに来てたんよ」

[059]【やすこ】

[060]「でも、じーちゃんの脳梗塞は範囲が狭かったから、

[061] 日常生活にちょっと不便なくらいで

[062] 割と早い内に退院できてんけどな……」

[063]【やすこ】

[064]「次の月に、今度ははなさんが脳梗塞や。

[065] じーちゃん、自分を責めてなぁ……。

[066] あん時は大変やったわ」

[067]綿と割り箸を渡された。

[068]この綿を、

[069]人体の穴という穴の中に

[070]詰め込んでゆく。

[071]――人は生命活動を終えると

[072]腐敗と共に体細胞組織の融解が始まってゆく。

[073]溶けた組織が漏出して

[074]ご遺体を汚さないように、

[075]しっかりと詰め込まなきゃいけない。

[076]今は流動性があって、空気に触れて固まる

[077]プラスチックを使うところもあるけど、

[078]さすがにコストが高いらしく、

[079]ウチでは昔ながらの方法を使っている。

[080]網野さんの鼻の中に

[081]ぎっちりと、けれど、顔の形が変わらないように

[082]慎重に綿を詰めてゆく。

[083]山之内さんも喋りながら、

[084]耳の中に割り箸で押し込むように、綿を詰めている。

[085]【かおり】

[086]「わたし……ここに入職して、

[087] 網野さんをご家族の前で

[088] 失禁させてしまったことがあります……」

[089]【やすこ】

[090]「ああ、主任にめっさ叱られて、

[091] おむつプレイの流れになった『アレ』な」

[092]【やすこ】

[093]「はなさん、意外と剛毅な人やったから、

[094] 失語症やなかったら、そんな過ぎたことで

[095] くよくよと悩んではいけませんよって言うやろな」

[096]【かおり】

[097]「……本当に、そうでしょうか……」

[098]【やすこ】

[099]「ハラの中では、このクソガキが!って思うてても、

[100] 絶対に顔には出さん。

[101] そういう人やったしな」

[102]……救いがあるんだか、ないんだか……。

[103]でも……。

[104]【かおり】

[105]「…………」

[106]溢れてくる涙を何度も拭いた。

[107]【やすこ】

[108]「女ってそういうもんやん。

[109] 腹の中でどう思ってても、

[110] 表面上は取り繕って、和やかな雰囲気を作る……」

[111]【やすこ】

[112]「そういう意味では、

[113] はなさんは女の中の女やったよ。

[114] 若輩者としては、めっさ見習いたいぐらいに、な」

[115]【かおり】

[116]「……っく……」

[117]何度、涙を拭いても、

[118]次から次へと溢れてきて、

[119]全然仕事にならない。

[120]こんなことじゃいけないのに……!!

[121]【やすこ】

[122]「泣くな、とは言わん。

[123] でも、泣くことを仕事ができん理由にするんは、

[124] プロとしてみっともないで」

[125]【やすこ】

[126]「泣きながらでも何でもええ、

[127] 患者さんを綺麗にして、ご家族にお返しする、

[128] それがエンゼルケアっちゅー仕事やで」

[129]【かおり】

[130]「は、はい……、すみませ……んっ」

[131]最後の仕上げに化粧を施しながら、

[132]山之内さんが微笑んだ。

[133]【やすこ】

[134]「なぁ、はなさんは、どんな口紅が好きやったっけ?

[135] おっとり優しい人やったから、

[136] 明るいオレンジなんか似合うと思うねんけど」

[137]山之内さんの手で、

[138]色をなくした唇に

[139]明るい色が添えられてゆく。

[140]【やすこ】

[141]「ほっぺは……明るいブラウンかな。

[142] ピンクはあんまり好きやない、言うてはったもんなぁ。

[143] ……ん、キレイになったで、どないや、沢井?」

[144]【かおり】

[145]「き、キレイ、だと……思い、ます……っ」

[146]【やすこ】

[147]「ほら、うちの職場で一番若い子かて褒めてるで。

[148] こんなキレイになって、じーちゃん、気が気やないね。

[149] あっちでナンパされるんちゃう?」

[150]【かおり】

[151]「…………」

[152]【やすこ】

[153]「じーちゃんが来るまで、浮気はアカンで?

[154] ……さみしいかもしれへんけど、

[155] ちょっとだけ、待っといたってな?」

[156]山之内さんの不謹慎とも言える言葉に、

[157]何故か、網野さんの死に顔が

[158]ふっと穏やかになったように見えた。

[159]網野さんをご家族に引き渡した後、

[160]どうしても堪え切れなくて、

[161]あまり人通りのないことを良いことに

[162]階段にうずくまって、声を殺して泣いた。

[163]とうとうひとりになってしまいながらも

[164]涙を見せなかったおじいちゃんの背中を思い出すと、

[165]どうしても涙が止められない。

[166]【あみ】

[167]「あ、あの、かおりんさん……。

[168] 大丈夫ですか?」

[169]【かおり】

[170]「…………」

[171]本当は顔を上げて、

[172]大丈夫だよって言ってあげたいのに、

[173]顔も上げられなければ、

[174]何も言ってあげることもできない。

[175]何か言葉を出すと、

[176]号泣してしまいそうで……。

[177]小さな気配が、階段から消えた。

[178]ごめんね、あみちゃん、

[179]今は網野さんのことで手一杯なの。

[180]網野さん……

[181]おじいちゃんの待ってる家に

[182]早く帰りたいって言ってたのに……。

[183]おじいちゃんも待ってるからって

[184]言ってたのに……。

[185]広いおうちに、

[186]これから一人で暮らすおじいちゃん……。

[187]それを考えると、

[188]わたしのできることなんて

[189]何もないんだって思い知らされて、

[190]看護師なんか向いてないってことがわかる、

[191]【???】

[192]「そこに座っていると、お尻から内臓の冷えを招きます。

[193] プロなら自己管理の大切さは

[194] ご存知なんじゃないですか?」

[195]驚いて顔を上げると、

[196]呆れ顔の堺さんと、

[197]泣きそうな顔のあみちゃんが立っている。

[198]【さゆり】

[199]「亡くなった網野さんのお話、聞きたいんですけど。

[200] まさかこんな薄ら寒い場所で聞かせる気ですか?」

[201]【あみ】

[202]「あ、あのね、さゆりんは入院してすぐ、

[203] わたしと一緒に、病棟をウロウロしてて、

[204] おばあちゃんから飴玉をもらったんだよ」

[205]【さゆり】

[206]「余計なことは言わなくてもいいから!!」

[207]【あみ】

[208]「さゆりん、ニッキ味は好きじゃないのに、

[209] おばあちゃんの手前、食べないわけにもいかなくて、

[210] すごく変な顔で食べてたんだよね!」

[211]【さゆり】

[212]「もうっ!

[213] あなたは黙ってて!」

[214]患者さんが亡くなって、

[215]嘆くご家族を見送った後も、

[216]こんな風に、病棟はいつもと同じように

[217]時間が流れてくんだなぁ……。

[218]【かおり】

[219]「…………」

[220]【さゆり】

[221]「あなたに笑われる筋合いはありません。

[222] でも……まぁ、網野さんのお話を聞かせてくれるなら

[223] 今日だけは許してあげてもいいわ」

[224]【かおり】

[225]「……ん、わかった」

[226]ツンと横を向いている堺さんを見て、

[227]彼女との距離が少し近づいたような気がする……のは

[228]気のせいかもしれないな。

[229]堺さんの部屋で、あみちゃんと三人、

[230]網野さんの思い出話をした。

[231]最期はまるで微笑みながら

[232]眠ってるようだったよって言ったら、

[233]あみちゃんが泣き出して大変だったのよね……。

[234]【やすこ】

[235]「……なぁ、沢井」

[236]事務に回すために、

[237]網野さん関係の記録を書いていた山之内さんが

[238]不意にわたしの名前を呼んだ。

[239]顔も上げずに言ったから、

[240]一瞬、聞き間違いかと思ってしまったけど、

[241]聞き間違いじゃなかったみたい。

[242]【やすこ】

[243]「今日、ウチに来ぃひん?」

[244]行っても……いいんですか?

[245]えー、また例のお手伝いですかぁ?

[246]網野さんが亡くなった後だというのに、

[247]来いと言われるとは思わなかった。

[248]【かおり】

[249]「え……、

[250] 行っても、いいんですか?」

[251]山之内さんが顔を上げた。

[252]【やすこ】

[253]「どういう意味や?」

[254]本当は行きたいけど……。

[255]【かおり】

[256]「だって、こんな状況だし、

[257] 網野さんの事がちらついて、

[258] 呑気に楽しむわけにはいかないかなって……」

[259]【かおり】

[260]「あうっ!?」

[261]【やすこ】

[262]「アホ。

[263] この世の中は生きてるヤツのモンや。

[264] 死んだヤツのモンと違う」

[265]【かおり】

[266]「あうう……」

[267]そっかぁ、

[268]そういう考え方もあるのかぁ。

[269]【かおり】

[270]「……じゃあ、久しぶりだし、

[271] 行こうかな……」

[272]【かおり】

[273]「えー、また例のお手伝いですかぁ?」

[274]久々のお誘いが嬉しいのに、

[275]わざと素っ気なく言ってみた。

[276]網野さんを見送ったその日に、

[277]山之内さんの部屋に行きたいような気分じゃないけど、

[278]でも、久しぶりのお誘いは、正直言うと、嬉しかった。

[279]イジワルっぽい微笑みを浮かべた山之内さんが

[280]やっと顔を上げてくれる。

[281]【やすこ】

[282]「お、なんや、

[283] 沢井のくせに文句あるんか」

[284]【かおり】

[285]「いーえ、別にぃ〜」

[286]【やすこ】

[287]「うわ、何やの、この子!

[288] 最近、ちょーっとばかし

[289] 仕事できるようになってきたからって生意気!」

[290]拳で頭をぐりぐりされた。

[291]【かおり】

[292]「やーん、痛い痛い痛い〜!」

[293]痛いことは痛いけど……、

[294]今、『ちょっと仕事ができるようになってきた』って

[295]言ったよね!?

[296]【はつみ】

[297]「……あなたたち、今は勤務中なんだけど」

[298]【やすこ】

[299]「いややわ〜、主任さん、

[300] そんなんちゃいますねんで〜」

[301]【やすこ】

[302]「うちはな、はなさんのステルベンのショックで

[303] 目ェ赤ぅしとる可愛いプリセプティーの

[304] 心のケアをしたっただけですやん!」

[305]【はつみ】

[306]「……それならいいわ」

[307]いいんですか!!

[308]心の中でツッコミを入れる。

[309]さすがに、それを口に出す勇気は、

[310]わたしにはなかった……。

[311]【かおり】

[312]「で、

[313] 今日は何をすればいいんですか?」

[314]【やすこ】

[315]「んー……。

[316] まぁ、その話は後で、な」

[317]結局、仕事の後、

[318]山之内さんの部屋に行くことに

[319]決定してしまったらしい。

[320]ふと、なぎさ先輩を見ると、

[321]苦々しい表情のまま、ふいっとそっぽを向いた。

[322]【やすこ】

[323]「適当に座って」

[324]【かおり】

[325]「あ……、はい……」

[326]久しぶりな、山之内さんの部屋。

[327]【やすこ】

[328]「ん」

[329]目の前に差し出された、一通の封筒。

[330]【かおり】

[331]「これ……何ですか……?」

[332]封筒には、コミック・クイーン、

[333]姫百合編集部のロゴ。

[334]【やすこ】

[335]「平たく言うと、賞金をくれてやるから、

[336] ウチで漫画家としてデビューしませんか、っちゅー

[337] お誘いやね」

[338]【かおり】

[339]「デ、デビュー!?

[340] すごいじゃないですか!!」

[341]山之内さんが

[342]漫画を描くことが大好きで、

[343]まるで命を削るかのように描いてたのを知ってる。

[344]だから、これは

[345]山之内さんにとっては大チャンスだと思う!!

[346]【かおり】

[347]「すごいです、山之内さん!!

[348] プロの漫画家になるんですね!!」

[349]【やすこ】

[350]「んー……でもなぁ、

[351] そこにはちーっとばかり問題があって、なぁ……」

[352]【かおり】

[353]「問題?

[354] ペンネーム、ですか?」

[355]【やすこ】

[356]「せや!

[357] スカポンティーヌ・モエの何が問題やねん!!」

[358]いや、問題だらけだと思うんですけど。

[359]……と言いたかったけど、

[360]さすがに正面切って、それを言う勇気はない。

[361]ちなみに、この『スカポンティーヌ・モエ』というのが

[362]山之内さんが漫画を描く時のペンネーム。

[363]この機会に

[364]ペンネームを変えた方がいいんじゃないかなぁと

[365]思わないでもないんだけど。

[366]もしかしたら

[367]わたしにはわからないこだわりが

[368]あるのかもしれないし……。

[369]【やすこ】

[370]「まぁ、デビューするとなると、

[371] 今までより漫画にかける時間が必然的に多なるなぁ。

[372] ……つまり、九時五時の勤務は無理になる」

[373]【かおり】

[374]「はぁ……そうなんですか?」

[375]ペンネームの話題から、

[376]勤務時間の問題に移った……?

[377]【やすこ】

[378]「平たく言うと、常勤職員っちゅーのは無理や。

[379] 常勤やとどうしてもフルタイムになるから、

[380] 必然的に、パートタイムのバイトになるやろね」

[381]【やすこ】

[382]「この寮は常勤辞めるんやったら

[383] 出て行かなあかんしなぁ。

[384] うわー、物件探し、チョー面倒……」

[385]【かおり】

[386]「……え……?」

[387]寮を出て行く……?

[388]それってつまり、

[389]今までのままではいられなくなるってわけで……。

[390]でも、何だかんだ言いながらも、

[391]山之内さんは漫画を描くことは

[392]きっとやめられないはず……。

[393]となると、

[394]山之内さんはこのデビューの話を

[395]受ける前提でわたしに話をしてるって

[396]ことだよね……?

[397]チラッと山之内さんがわたしを見た。

[398]わたし、山之内さんに

[399]何て言えばいいんだろう?

[400]……看護師、辞めませんよね?

[401]すごいです!!

[402]【かおり】

[403]「あ、あの……看護師、辞めませんよね?」

[404]【やすこ】

[405]「あ?」

[406]【かおり】

[407]「もしバイトになって、住む場所が変わったとしても、

[408] 一緒の病棟で、一緒に仕事、

[409] 続けていけるんですよね?」

[410]【やすこ】

[411]「…………」

[412]山之内さんは無表情でわたしを見ている。

[413]【やすこ】

[414]「……はぁ」

[415]え……?

[416]【やすこ】

[417]「あんたは自分さえ良けりゃ、それでええんやね。

[418] 一緒に喜んでくれると思うてたうちの

[419] 見る目がなかっただけか……ハッ」

[420]【かおり】

[421]「そ、そういうわけじゃ……!

[422] わたしだって、

[423] 山之内さんのデビューは嬉しいです!!」

[424]【やすこ】

[425]「あー、そー。

[426] じゃ、うち、先方さんに返事せなあかんから。

[427] お帰りはアチラ」

[428]冷たい微笑みを浮かべた山之内さんの右手が

[429]ドアの方を指差している。

[430]【かおり】

[431]「あ、あの……っ」

[432]【やすこ】

[433]「あー、忙しい、忙しい」

[434]全く取り合うつもりもないのか、

[435]山之内さんはわたしに背中を向けて、

[436]書類袋みたいなものをゴソゴソし始めた。

[437]【かおり】

[438]「…………」

[439]山之内さんのデビューは嬉しい、

[440]これは本当の気持ち。

[441]……でも、せっかく仲良くなって、

[442]ちょっとずつ好きになっていったのに。

[443]そんな山之内さんと

[444]一緒に勤務できなくなるかもしれないことを

[445]さみしいって思うのは、

[446]そんなにいけないことだったんですか?

[447]【かおり】

[448]「す、すごいです!!

[449] せっかくのオファーなんだから、

[450] やっぱりデビューすべきです!!」

[451]本当はデビューなんてしないで欲しい。

[452]わたしだけの山之内さんでいてほしいし、

[453]ずっと一緒に働いて、

[454]時々は原稿のお手伝いをさせてもらいたい。

[455]だけど……。

[456]そんなこと、言えるわけがない。

[457]【やすこ】

[458]「え〜、

[459] 何や照れるやんか〜」

[460]だって、山之内さん、

[461]こんなに嬉しそうな顔、してるんだもの。

[462]【やすこ】

[463]「しゃーないなあ、

[464] 沢井がそないに言うんやったら、

[465] いっちょデビューでもしよっかね〜」

[466]【かおり】

[467]「そ、そうですよー!

[468] 山之内さんのファン第一号はわたしですから!!」

[469]内心の不安を隠して、

[470]わたしはただニコニコと笑っていた。

[471]       ゆっくりと目を開ける。

[472]     何もない世界に、

[473]     女の子がひとり、立っている。

[474]       ああ、またあの夢か……。

[475]【???】

[476]「この話を受けるべきか、断るべきか。

[477] まるでハムレットになったかのように

[478] わたしは自問自答していた」

[479]【かおり】

[480]「……何を?」

[481]思わず訊いてみた。

[482]けど、女の子には

[483]わたしの声は届いてないみたいで、

[484]朗読はまだ続いている。

[485]【???】

[486]「でも、やってみたい。

[487] 現実の世界から逃げられないのであれば、

[488] 夢の世界に救いを求めても良いではないか」

[489]【???】

[490]「だって、夢の世界にいれば

[491] 現実の辛いことは忘れられるのだから」

[492]――彼女が何を言っているのか、

[493]何を伝えたいのか、

[494]わたしにはまったくわからなかった。

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