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white_robe_love_syndrome:scr00953

Full text: 355 lines Place translations on the >s

[001]一応は、インシデントを起こしたということで、

[002]主任さんの指示で、

[003]さゆりちゃんは306の担当を外されてしまった。

[004]けれど、

[005]わたしが306の担当を外されたわけじゃないので、

[006]プリセプティーとして、さゆりちゃんは

[007]わたしと一緒に306に入る。

[008]【かおり】

[009]「はーい、みんな、

[010] お熱、はかりますよー!

[011] ベッドに戻ってねー!!」

[012]さゆりちゃんが手早く

[013]患児たちに体温計を渡してゆく。

[014]――そう、

[015]事実上、今までと何も変わってない。

[016]ただひとつだけ、

[017]クラリスちゃんが沈んだ表情をしてる以外は。

[018]【さゆり】

[019]「クラリスちゃんも、

[020] はい、お熱、はかってね」

[021]【クラリス】

[022]「う……ぁう……」

[023]あの点滴事件の前までは

[024]さゆりちゃんに心を開いてた感じだったのに、

[025]今のクラリスちゃんは、

[026]誰に対しても心を閉ざした感じになっている……。

[027]今だって、

[028]さゆりちゃんが話しかけても、

[029]普通に返事もしない。

[030]……何か言いたげではあるんだけど……。

[031]【かおり】

[032]「…………」

[033]【さゆり】

[034]「…………」

[035]――結局、バイタル測定の間も、

[036]クラリスちゃんは無言のままで、

[037]落ち込んださゆりちゃんと一緒に

[038]わたしは306号室を出るしかなかった。

[039]【さゆり】

[040]「あの……!

[041] わたし、ずっと考えていたんです!」

[042]ふたりで甘くしたミルクティーを飲んでいたら、

[043]いきなりさゆりちゃんが切り出してきた。

[044]【さゆり】

[045]「あの子、本当に昔の自分に似てるんです」

[046]【かおり】

[047]「……あの子、って、

[048] クラリスちゃんのこと?」

[049]こくりとさゆりちゃんが頷く。

[050]【さゆり】

[051]「あの頃のかおりさんは

[052] わたしがどんなに酷いことを言っても、

[053] 笑顔でわたしに接してくれましたよね!」

[054]【かおり】

[055]「あー……うん、

[056] それが仕事だからね」

[057]……なーんて言ってみたけど

[058]本当はへこみまくって

[059]なぎさ先輩を始め、いろんな人に

[060]ものすごく迷惑をかけちゃったんだけど……。

[061]それを言うと、

[062]さゆりちゃんが落ち込んじゃいそうだから

[063]黙っていよう。

[064]さゆりちゃんだって、

[065]先輩のそんな間抜けなところ、

[066]これ以上、知りたくないだろうし……なーんてね。

[067]【さゆり】

[068]「わたし……自分が素直になれないのがすごく嫌で、

[069] 酷いこと言いたくないのに、つい言っちゃう、

[070] そんな自分が大嫌いでしょうがなかったんです」

[071]【かおり】

[072]「さゆりちゃん……」

[073]俯いてしまったさゆりちゃんの隣に移動して、

[074]そっとその肩を抱く。

[075]【さゆり】

[076]「……でも、かおりさんが逃げずに

[077] ちゃんとわたしと向き合ってくれて……」

[078]【さゆり】

[079]「わたしみたいな嫌な子のことを大事だって、

[080] 何度も何度も態度でも言葉でも

[081] 伝えてくれて……それで……」

[082]辛かった当時のことを思い出したんだろう、

[083]さゆりちゃんがしゃくりあげ始める。

[084]泣かなくてもいいんだよ、と

[085]言葉じゃなくて、

[086]触れ合った体温で伝える。

[087]【さゆり】

[088]「あの時のこと……

[089] 許してくれますか……?」

[090]【かおり】

[091]「もう、昔のことだよ。

[092] わたしは精一杯、虚勢を張ったさゆりちゃんも

[093] 嫌いじゃなかったよ」

[094]【かおり】

[095]「さゆりちゃんは運命と戦ってただけ。

[096] あんまり過酷な戦いで、余裕がなくなってただけ……。

[097] ひとりで頑張ってた証拠でしょ」

[098]【かおり】

[099]「それに、今、ここにいるさゆりちゃんは、

[100] ちゃんと自分のことを大事にできる、

[101] わたしの大好きなさゆりちゃんでしょ?」

[102]チュッと音を立てて、

[103]さゆりちゃんの涙に濡れた頬にキスをする。

[104]けれど、その何がいけなかったのか、

[105]次の瞬間、わたしはさゆりちゃんに突き飛ばされた。

[106]【かおり】

[107]「あひゃん!?」

[108]【さゆり】

[109]「そそそ、そうじゃなくて!!

[110] ああえと、かおりさんに好きって言ってもらうのは

[111] すごく嬉しいけど、そこじゃなくて!!」

[112]【かおり】

[113]「ちょ、落ち着いて、さゆりちゃん!

[114] はい、深呼吸しましょ、すーはー……」

[115]【さゆり】

[116]「すーはー……」

[117]どうやら、落ち着いたらしい。

[118]深呼吸って意外と効果があるんだよね。

[119]【さゆり】

[120]「……えっと、クラリスちゃんも、

[121] もしかしたら自分のことが好きになれないのかもって

[122] ……そう思ったんです」

[123]【かおり】

[124]「そっかぁ……、自分のことが好きじゃないから、

[125] 誰かに理解してもらおうなんて思わないし、

[126] お友達も作ろうとしない……」

[127]【さゆり】

[128]「あの子って、いかにもハーフ!な外見で、

[129] すごく可愛い子だから、もしかしたら

[130] 学校で苛められてるのかもしれませんよね」

[131]【さゆり】

[132]「ほら、子供って、異質なものを見つけたら

[133] 即!排除したがるじゃないですか。

[134] 大人よりもその辺、残酷ですよね」

[135]【かおり】

[136]「そうやって、理不尽に苛められて、

[137] 心を閉ざした……のかもね」

[138]そうだよね、

[139]さゆりちゃんの言うことも一理ある!

[140]不意に、ぎゅっと手を握られた。

[141]【さゆり】

[142]「というわけで、かおりさん!

[143] 協力してくれますよね!!」

[144]顔を上げると、

[145]何やら瞳の中に闘志を燃やしたさゆりちゃんが

[146]不敵な笑みを浮かべていた。

[147]【かおり】

[148]「……なかなか手ごわい相手だねぇ」

[149]作戦会議は、いつもわたしの部屋。

[150]【さゆり】

[151]「ふっふっふ……、

[152] 上等だわ……!

[153] 必ず心を開かせてみせるんだから……!」

[154]連敗続きのさゆりちゃんは

[155]変なスイッチが入ってしまったらしい。

[156]病状を考えると、お菓子の差し入れはNGだったし、

[157]ドクターの許可も下りなかったので、

[158]手紙作戦で行くことにして、早一週間。

[159]効果はまるでなし。

[160]今日は、306の子供たちに

[161]レクリエーションと称して、折り紙を配ったものの、

[162]クラリスちゃんは折り紙が嫌いだったのか、

[163]真新しい正方形の紙は丸めて捨てられてしまった。

[164]【さゆり】

[165]「明日はどんな作戦にしようかしら……ふふふ……」

[166]【かおり】

[167]「さ、さゆりちゃん……」

[168]負けないさゆりちゃんを見ながら、

[169]ちょっと恥ずかしいながらも、

[170]昔のわたしは間違ってなかったのかなって考える。

[171]わたしも、

[172]なかなか心を開いてくれないさゆりちゃんに、

[173]こんな風に、躍起になってたもんなぁ。

[174]そして、ふと、

[175]思い当たったことをつぶやいてみた。

[176]【かおり】

[177]「もしさゆりちゃんがクラリスちゃんの心を開かせて、

[178] クラリスちゃんがさゆりちゃんを好きになったら、

[179] わたしとで三角関係になっちゃうね」

[180]【さゆり】

[181]「は……っ!!」

[182]動揺したらしく、さゆりちゃんは

[183]空になったカップを床に落としてしまった。

[184]【さゆり】

[185]「わわっわわわたしは、かおりさん一筋です!

[186] それにクラリスちゃんはまだ子どもですよ!?

[187] わたしは年上のお姉さまに甘えたいんです!!」

[188]【かおり】

[189]「だったら、主任さんとか山之内さんとか

[190] なぎさ先輩とかたくさんいるじゃない?」

[191]【さゆり】

[192]「ダメです! わたしは、年上なのに可愛くて、

[193] 天然なのにいざっていう時に包容力のある、

[194] かおり先輩にだけ甘えたいんです!!」

[195]【かおり】

[196]「……さ、さゆりちゃん……」

[197]思わず照れちゃう。

[198]わたしの頬の熱さが感染したのか、

[199]さゆりちゃんの頬も、見る間にカーッと

[200]赤くなっていった。

[201]【さゆり】

[202]「な、何ですか、何なんですか!!

[203] わたしを動揺させようって魂胆なんですか!?」

[204]【さゆり】

[205]「ええ、動揺しましたよ、それが何か!?

[206] 仕方ないじゃないですか、本心なんですから!!

[207] 動揺ついでに抱擁でもしてみればどうですか!!」

[208]【かおり】

[209]「もう……さゆりちゃんったら……」

[210]わめくさゆりちゃんを、

[211]ぎゅっと胸の中に抱き締める。

[212]途端に静かになるさゆりちゃんが可愛い。

[213]【さゆり】

[214]「……あ、あんまり動揺させないでください……」

[215]動揺するさゆりちゃんは、

[216]それはそれで可愛いと思うんだけど。

[217]【かおり】

[218]「うん……、

[219] ごめんね」

[220]ここは素直に謝っておこう。

[221]落ち着いたらしく、

[222]さゆりちゃんは、ほぅと溜め息を漏らすと、

[223]ぎゅっとしがみついてきてくれた。

[224]あの事件から二週間。

[225]今日もクラリスちゃんは不機嫌。

[226]病状も安定してきたし、

[227]少しくらいなら……と主任さんが

[228]ドクターからお菓子の許可をもらってくれた。

[229]昨夜、わたしの部屋で

[230]さゆりちゃんが一所懸命クッキーを作って、

[231]わたしも一緒に作って……。

[232]クッキー作りは楽しかったけど、

[233]やっぱり全然、食べてもらえなかった。

[234]シックディの糖尿病管理で再入院してた

[235]こはくちゃんが食べたそうにしてたけど、

[236]まだ血糖が安定してなくて、

[237]食べさせてあげられなかったのが切ない。

[238]【さゆり】

[239]「まだ他の手があります!

[240] 落ち込んでなんかいられません!」

[241]【かおり】

[242]「……さゆりちゃん、強いね」

[243]【さゆり】

[244]「当然です!

[245] わたしを誰だと思ってるんですか!!」

[246]          ――しかし。

[247]    次の手を考える前に、事件が起きた。

[248]既に夜勤帯で出勤してきてた山之内さんが

[249]詰所に駆け込んでくる。

[250]【やすこ】

[251]「こはくちゃん、吐いてるで!」

[252]【かおり】

[253]「え……っ!?」

[254]【はつみ】

[255]「沢井さん、堺さん、救急カートと

[256] 替えのリネンを持っていって!

[257] バイタル測定も忘れちゃだめよ!!」

[258]【はつみ】

[259]「藤沢さんは、デキスターで血糖チェックをお願い!

[260] インスリンスケールを持っていくのを忘れずにね!

[261] わたしもドクターを呼んで、すぐに行きます!!」

[262]血糖チェックの結果、

[263]高血糖だと判明して、

[264]こはくちゃんはインスリン注射で

[265]事なきを得たんだけど……。

[266]【はつみ】

[267]「クラリスさん曰く、沢井さんがクッキーを

[268] 折り紙に包んで、306の患児全員に配っていた……

[269] とのことよ」

[270]【かおり】

[271]「は!?」

[272]主任さんの突然の話に、ただただ驚いた。

[273]隣でさゆりちゃんも目を丸くしてる。

[274]【はつみ】

[275]「……ありえないわね……」

[276]【かおり】

[277]「わ、わたしじゃないですよ!!

[278] わたし、そんなことしてません!!」

[279]慌てて弁解にならない弁解をした。

[280]たしかに、さゆりちゃんが作ったクッキーを

[281]折り紙に包んだのはわたしだし、

[282]こはくちゃん以外の306の子たちに配ったのは

[283]さゆりちゃんだけど……。

[284]決して、こはくちゃんには渡してないし、

[285]どうしてあげられないのかも

[286]ちゃんと説明したよ!!

[287]【はつみ】

[288]「ああ、ごめんなさい。

[289] 誤解を与えてしまったわね」

[290]【はつみ】

[291]「わたしが言いたいのは、

[292] そんなくだらない嘘が通じると思っている

[293] 彼女の精神構造がありえない、ということよ」

[294]呆れた様子で、

[295]なぎさ先輩に脇腹を突付かれた。

[296]【なぎさ】

[297]「おバカ。

[298] 主任さんが今更、あんたを疑うわけないでしょ」

[299]【さゆり】

[300]「…………」

[301]さゆりちゃんが不安そうな顔で

[302]主任さんとなぎさ先輩を見る。

[303]【なぎさ】

[304]「ああ、おバカがもうひとり……。

[305] 今更なのよ、沢井にしても、堺さんにしても、

[306] 主任さんはあんたたちをカケラも疑ってないの!」

[307]【やすこ】

[308]「連れて来ましたー」

[309]山之内さんの声で、

[310]その場にいた全員が一斉に入り口を見た。

[311]顔色が戻ったこはくちゃんが

[312]山之内さんの背中に隠れるように立っている。

[313]【はつみ】

[314]「ごめんなさいね、こはくちゃん。

[315] 単刀直入に訊くけど、

[316] どうしていきなり血糖が上がったの?」

[317]【こはく】

[318]「えっと……クラリスちゃんが、

[319] 沢井さんが作ったクッキーは

[320] 味がないって言って……」

[321]【こはく】

[322]「病気の子でも食べられるように作ったらしいから、

[323] 食べてみてよって。

[324] 食べちゃダメって言われてたんですけど……つい」

[325]【さゆり】

[326]「…………」

[327]【こはく】

[328]「その後で、甘ったるいジュースをくれました。

[329] クラリスちゃんが気に入ってるジュースだって……。

[330] でも飲んだら、すごく気分が悪くなって……」

[331]【やすこ】

[332]「ちょっと前の話になるけど、

[333] クラリスちゃんが具合悪くなった時があったやん?」

[334]【こはく】

[335]「ああ、

[336] おじさんとおばさんが

[337] 怒鳴り込んで騒いでた時のことですね」

[338]【やすこ】

[339]「あん時、クラリスちゃん、

[340] 点滴触ってへんかった?」

[341]【こはく】

[342]「……点滴触ると看護婦さんに叱られるよって言ったら、

[343] ゴミ箱、投げつけられました……」

[344]【かおり】

[345]「…………」

[346]【なぎさ】

[347]「ビンゴ……か」

[348]【さゆり】

[349]「…………」

[350]ちらりとさゆりちゃんを見ると、

[351]何とも言えない複雑な表情で、

[352]ただ俯いて白衣の裾を握り締めていた。

[353]さゆりちゃんにとっては、

[354]知りたくなかった事実かもしれない……。

[355]そう考えると、胸が痛かった。

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