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white_robe_love_syndrome:scr00921

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[001]堺さんは急性期を脱したらしい。

[002]そう主任さんが発表してから

[003]そろそろ一ヶ月。

[004]堺さん……。

[005]もう戻ってきても

[006]いい頃だと思うんだけど……。

[007]何だかんだで

[008]大学病院での入院生活が伸びてるのかな?

[009]それとも、

[010]この病院に戻ってくるのが

[011]恥ずかしい、とか。

[012]【さゆり】

[013]「沢井さんに会いたいのは山々だけど、

[014] どんな顔したらいいのかわからないし……。

[015] もう、恥ずかしい……っ!」

[016]とかね!

[017]堺さんって意外とシャイだもんね!

[018]でも……。

[019]【さゆり】

[020]「あーあ、戻るの面倒になってきちゃったなー。

[021] ここ、居心地が良いし、

[022] 看護師のレベルも高くてイラつかないし」

[023]そ、そんなぁ〜。

[024]いや、待てよ?

[025]【さゆり】

[026]「百合ヶ浜に戻りたい……。

[027] でも、わたし、不注意から感染症を起こして

[028] 今は動けないの……」

[029]あああ、堺さんっ!

[030]無理しないで、今はゆっくり療養して……!!

[031]…………。

[032]ああ、ダメだ。

[033]不確定要素が多すぎて

[034]考えなくてもいいことばっかり考えて

[035]無駄に不安になっちゃうよ。

[036]……うん、

[037]考えないようにしよう……。

[038]その方が精神衛生上、好ましいよね……。

[039]【かおり】

[040]「も、戻りました……」

[041]【はつみ】

[042]「…………」

[043]あれ、主任さんが何か言いたげな目で

[044]わたしをじっと見てる……?

[045]【はつみ】

[046]「……沢井さん。

[047] 311を片付けてください」

[048]【かおり】

[049]「……はへ?」

[050]主任さんの言葉の意味を理解するまで、

[051]しばし時間がかかった。

[052]【はつみ】

[053]「堺さんの私物は箱にまとめておいて。

[054] 後で医事課の人が取りにきます」

[055]【かおり】

[056]「ど、どうしてですか?

[057] 311号室は大学病院から戻ってくる堺さんのために

[058] キープしてた部屋ですよね?」

[059]主任さんは

[060]何か考え込むように渋い顔をしている。

[061]【はつみ】

[062]「それはそうなんだけど……

[063] 堺さんの転院先が変わってしまったの」

[064]【かおり】

[065]「え?」

[066]唖然としている間に

[067]主任さんは介護士さんを呼び止め、

[068]動かないわたしの代わりに

[069]311号室の片づけをお願いしてしまった……。

[070]……どういうことなの……?

[071]堺さん、どうして戻ってこないの?

[072]もしかして、

[073]わたしのこと、嫌いになった?

[074]わからないよ……。

[075]結局、堺さんのキープしていた311号室は

[076]キレイに片付けられてしまった。

[077]堺さんのケータイに電話をかけたけれど、

[078]電話は解約されたらしく、繋がらない。

[079]メールももちろん送信不能。

[080]大学病院に電話をかけても、

[081]堺さんは既に病院を移った後で、

[082]転院先は個人情報だからと教えてはくれなかった。

[083]【かおり】

[084]「……どうして……?」

[085]わかっていることは、ただひとつ。

[086]わたしと堺さんとの間にあった繋がりは

[087]もう切れてしまった、ということだけ。

[088]【かおり】

[089]「堺さん……、

[090] どうして何も言ってくれなかったの……?」

[091]ポロッとこぼれた涙が

[092]無用の長物になったケータイの上に落ちる。

[093]ハッとして顔を上げた。

[094]慌てて涙を拭いて

[095]ドアを開ける。

[096]そこに立っていたのは……。

[097]【かおり】

[098]「……主任、さん……」

[099]【はつみ】

[100]「……入っても?」

[101]こくりとうなずいて、

[102]主任さんを奥に通す。

[103]【はつみ】

[104]「あなたに話すべきかどうか迷ったけれど。

[105] やっぱり、何も知らないのはフェアじゃないから

[106] 話しておくことにするわ」

[107]主任さんから語られた堺さんの事情は

[108]わたしが少しも予想してないことだった。

[109]堺さんが百合ヶ浜に戻ってこなかったのは、

[110]病気の都合ではないこと。

[111]大学病院を退院する直前、

[112]堺さんは主任さんを呼び出して、

[113]わたしに会うのが怖くなったと相談したらしい……。

[114]人の好意を信じられず、

[115]愛されたいと心の底から願っているのに、

[116]愛されることが怖くて仕方がない、と

[117]主任さんに泣きながら言っていたそうだ。

[118]そんな堺さんが気の毒になって、

[119]主任さんは父親の知り合いの不動産屋を

[120]紹介したという。

[121]……そんなこと、

[122]わたしに相談してくれれば良かったのに。

[123]【はつみ】

[124]「……わたしが知っているのは、ここまでよ。

[125] 堺さんの転院先や引越し先は知らないわ」

[126]わたしは、そんなに

[127]堺さんの負担になっていたの?

[128]【かおり】

[129]「……っく……」

[130]ただ、ひとりで孤独に耐えてる堺さんが愛しくて、

[131]ひとりの人間として、

[132]堺さんのことを好きになっただけなのに。

[133]堺さんに恋したことが、

[134]そんなに堺さんの負担になっていたの?

[135]【はつみ】

[136]「……泣かないで、沢井さん」

[137]【かおり】

[138]「だ、だって……!

[139] わたし、堺さんに会いたい……!

[140] こんな終わり方はイヤ!!」

[141]主任さんは困ったようにため息をついた。

[142]【はつみ】

[143]「……ひとつだけ、

[144] 方法がないわけではないわ」

[145]【かおり】

[146]「え?」

[147]【はつみ】

[148]「堺さん、荷物の引き取りの手続きに

[149] 医事課に来るのよ。

[150] 明後日……それがラストチャンスよ」

[151]どうしても堺さんに会いたかった。

[152]こんな風に会えなくなるのは

[153]納得ができなかった。

[154]だから……、

[155]わたしはワガママを言って

[156]堺さんの来院予定時間に外来で待っていたの。

[157]【さゆり】

[158]「あ……」

[159]けれど。

[160]わたしを一目見ただけで、

[161]堺さんは逃げ出してしまった。

[162]【かおり】

[163]「待って……!

[164] お願い、待って!!」

[165]慌てて追いかけたけれど、

[166]待たせてたタクシーに乗って、

[167]堺さんは行ってしまった。

[168]【かおり】

[169]「どうして……?」

[170]堺さん、どうしてなの……?

[171]空を見上げる。

[172]かなしいくらいに晴れ渡った、青い空。

[173]……わかってるの。

[174]わたしの恋は、終わってしまったんだ、って。

[175]空の青さがまぶしくて、

[176]わたしはぎゅっと目を瞑った。

[177]しばらくして。

[178]堺さんから

[179]病院経由でわたし宛に手紙が届いた。

[180]差出人の氏名しか書かれておらず、

[181]住所のない手紙。

[182]前略、沢井かおり様

[183]突然姿を消してしまって、ごめんなさい。

[184]きっと今頃、さぞご立腹のことでしょう。

[185]沢井さんのこと、大好きでした。今でも大好きです。

[186]あなたがわたしにくれた愛情は

[187]わたしにとって、かけがえのない宝物です。

[188]でも、わたしには

[189]沢井さんの気持ちを受け止めるだけの

[190]勇気も自信もありませんでした。

[191]土壇場になって、わたしは自分の醜さを

[192]あなたに晒す勇気がなくて、逃げました。

[193]本当にごめんなさい。

[194]わたしのことは忘れて、幸せになってください。

[195]どうか、お元気で。

[196]                 堺さゆり

[197]【???】

[198]「沢井さん!?

[199] 大丈夫なの、沢井さん!?」

[200]…………。

[201]【???】

[202]「沢井さん!?

[203] 返事をしなさ……!」

[204]誰かが部屋に入ってきた。

[205]わたしは手紙を手にしたまま、

[206]ゆっくりと顔を上げる。

[207]【???】

[208]「……明かりもつけないで

[209] 何をしているの」

[210]【かおり】

[211]「……主任、さん……」

[212]【はつみ】

[213]「やっぱり

[214] 堺さんからの手紙だったのね……」

[215]【かおり】

[216]「…………」

[217]こくりとうなずいた。

[218]【はつみ】

[219]「……あなたに手紙を渡した事務の人が

[220] とても心配していたわ。

[221] 差出人を見たあなたの顔色が変わった、って」

[222]【かおり】

[223]「…………」

[224]主任さんが

[225]わたしの隣に座ってくれる。

[226]【はつみ】

[227]「手紙の内容、

[228] 聞いてもいいかしら?」

[229]【かおり】

[230]「…………」

[231]わたしは手の中の手紙を

[232]くしゃりと握った。

[233]主任さんに見せたくなかった。

[234]堺さんからのメッセージは

[235]わたしだけのもの。

[236]わたしの心の中だけに残しておきたかった。

[237]【かおり】

[238]「ご心配をおかけして、申し訳ありません。

[239] 事務の人にも謝っておいてください」

[240]手紙の端から、細かく細かく、ちぎってゆく。

[241]【かおり】

[242]「わたしは頭に血が上っていたようです……。

[243] でも、もう大丈夫ですから」

[244]後から文字を判別できないように。

[245]繋ぎ合わせることもできないくらいに、

[246]細かく、細かく。

[247]【はつみ】

[248]「さ、沢井さん……?」

[249]この手紙は、

[250]わたし以外の人はもう読めない。

[251]この手紙の内容は、

[252]わたし以外の人は知らない。

[253]そう、わたしだけ、

[254]わたしだけが、堺さんの心を知ってるの。

[255]堺さんが、わたしを好きだっていう思いも、

[256]わたしだけが知っている……。

[257]【かおり】

[258]「わたしが未熟だから、

[259] 堺さんを追い詰めてしまいました。

[260] わたしには恋をする資格はありません……」

[261]【はつみ】

[262]「沢井さん……」

[263]十分細かい紙くずを、

[264]更に細かく破り裂いてゆく。

[265]決して、誰にも読めないように……。

[266]【かおり】

[267]「……主任さん、

[268] 恋って何でしょうね?」

[269]涙が、頬を伝った。

[270]もう、破れるような大きさの紙がない。

[271]堺さんの手紙は

[272]もうなくなってしまった……。

[273]【はつみ】

[274]「……それは……わたしにもわからないわ」

[275]涙は、いくつもの筋を作って、

[276]頬を流れて、顎から滴り落ちて

[277]手紙だった紙切れの山を濡らす。

[278]【はつみ】

[279]「……沢井さん……」

[280]隙間を空けていた窓から入ってきた風が

[281]堺さんの手紙だった紙切れの山を

[282]サラサラと崩していった。

[283]【かおり】

[284]「……辛いです。

[285] 辛くて、さみしくて、

[286] 気が変になりそうです……」

[287]【はつみ】

[288]「……沢井さん」

[289]ざぁっと強く吹いた風が

[290]部屋中に手紙を撒き散らす。

[291]【かおり】

[292]「……こんなに辛いなら、

[293] 恋なんてしなければ良かった……!」

[294]途切れてしまった、わたしの恋。

[295]この恋を抱えながら、

[296]わたしはあの病院で白衣を着続ける。

[297]この先、311号室に入院する患者さんに

[298]堺さんの面影を探しながら、

[299]患者さんを心配させないように

[300]笑顔を張り付かせて。

[301]【かおり】

[302]「わたし、もう誰も好きになりません。

[303] これからは看護師としてのみ

[304] 生きようと思います」

[305]そう。

[306]もし、何かの偶然で、

[307]看護師になった彼女といつか再会できるまで。

white_robe_love_syndrome/scr00921.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)