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white_robe_love_syndrome:scr00912

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[001]……というわけで、

[002]わたしの隣の部屋に越してきたさゆりちゃんは

[003]何だかんだで、わたしの部屋に

[004]入り浸るようになった。

[005]時々、なぎさ先輩とバッティングして

[006]プチ言い争いなんかしちゃったりしてるけど、

[007]意外とふたりの相性はいいらしく、

[008]わたしの部屋で、三人で一緒に飲むこともあるの。

[009]もっとも、さゆりちゃんは

[010]飲めないから、ジュースなんだけどね。

[011]……こういうのって、幸せだよね。

[012]そして。

[013]ずっと気になっていた、

[014]夢の中の女の子は、というと

[015]あれ以来、あの夢を見なくなってしまったの。

[016]あの夢を見ないから、

[017]あの女の子とも会うこともない。

[018]時々、ふと、あの女の子のことを考える。

[019]あの女の子は、

[020]わたしの夢に出てきて、

[021]わたしに何を伝えたかったんだろう?

[022]昔のさゆりちゃんの記憶と、

[023]主任さんの妹さんらしき女の子の記憶と。

[024]それらをわたしに伝えることで、

[025]何をしたかったんだろう……?

[026]【???】

[027]「……おりさん?

[028] かおりさんってば!」

[029]ハッと目を開けた。

[030]【???】

[031]「……もう、またボーッとして!

[032] かおりさんたら!」

[033]目の前には、微妙な顔をしたさゆりちゃん。

[034]【さゆり】

[035]「……時々、そんな風に

[036] ボーッとしてることありますよね。

[037] 何か悩みごとでもあるんですか?」

[038]呆れ顔をしながら、

[039]心配してくれているのが伝わってくる。

[040]一瞬、誤魔化すことも考えた。

[041]けれど、

[042]自分がされて嫌なことは相手にしない、と

[043]いうのが看護の鉄則。

[044]話そうか、話すまいか、

[045]迷ったのはほんの少しだけ。

[046]さゆりちゃんにはメールで

[047]あの夢の女の子のことを話してあるけど

[048]こうして、ちゃんと話すのは初めてだもんね。

[049]わたしは改めて、

[050]わたしが勝手に推測した

[051]さゆりちゃんとあの女の子の関係を語ることにした。

[052]【さゆり】

[053]「…………」

[054]さゆりちゃんの顔が強張っている。

[055]うん……、

[056]それもそうだよね。

[057]わたしの推理は荒唐無稽で、

[058]それを聞かされたさゆりちゃんも

[059]ドン引きしちゃうよね……。

[060]【さゆり】

[061]「……かおりさんは、

[062] そういうのって信じる人ですか?」

[063]【かおり】

[064]「え?

[065] そういうのって?」

[066]【さゆり】

[067]「霊感とか、不思議なこと……」

[068]【かおり】

[069]「……話で聞いただけなら

[070] きっと信じないよ、たぶんね」

[071]そう、非科学的だからって、

[072]ただの夢だとか、記憶違いだとか言いながら

[073]自分を無理やり納得させるはず。

[074]だけど……。

[075]あの夢を見たことは、たしかな事実。

[076]あの夢の中、

[077]わたしに似た女の子が、

[078]孤独に震えていたのも、また事実。

[079]記憶違いなんかじゃない。

[080]【かおり】

[081]「……自分で体験したことだもん、

[082] これを信じないことは

[083] 自分を信じないことになっちゃうよね」

[084]【さゆり】

[085]「…………」

[086]黙り込んださゆりちゃんは、

[087]しばらくして、ボソッといった。

[088]【さゆり】

[089]「……それ、

[090] 実はわたしも同じような体験をしました」

[091]【かおり】

[092]「え?」

[093]さゆりちゃんの告白に、

[094]わたしはギョッとする。

[095]同じような体験って……!?

[096]【さゆり】

[097]「あなたが担当から外れた頃……でしょうか、

[098] 不思議な夢を見たんです」

[099]【さゆり】

[100]「夢の中でわたしは、

[101] 幼い頃のわたしに戻ってました。

[102] 母親に冷たくされていた頃のわたしに……」

[103]【かおり】

[104]「…………」

[105]【さゆり】

[106]「あの頃のわたしは、何とかお母さんに

[107] 好きになってもらおうと必死だった」

[108]【さゆり】

[109]「ううん、お母さんだけじゃなくて、

[110] お友達とか、先生とか、

[111] 周囲の人、全てに好かれたくて……」

[112]さゆりちゃんはクスッと笑った。

[113]自嘲めいた笑みに、胸が痛くなる。

[114]【さゆり】

[115]「……結局、わたしは疲れてしまったの」

[116]【かおり】

[117]「……うん」

[118]絶望に満ちたあの声を思い出す。

[119]【さゆり】

[120]「疲れて、疲れ果てて、もういいやって、

[121] 誰も好きになってくれなくてもいいって

[122] そう思って、開き直って」

[123]さみしくて、さみしくて、

[124]誰かに愛されたがっていたさゆりちゃん。

[125]【さゆり】

[126]「挙句、周囲にいる人なら誰でも、

[127] 無関係の人まで傷つけてばっかり……」

[128]あの子が、子どもの頃のさゆりちゃんだって

[129]もっと早くわかってたら、

[130]ぎゅっと抱きしめてあげたのに。

[131]あなたはひとりじゃないんだよって、

[132]触れ合うことで、気持ちを伝えてあげられたのに。

[133]【かおり】

[134]「……そう」

[135]【さゆり】

[136]「かおりさんにも酷いこと、いっぱい言いました。

[137] あんなこと言うつもりじゃなかったのに、って

[138] 言った後、すごく後悔してたんです、いつも」

[139]【さゆり】

[140]「わたしの言葉に

[141] かおりさんが泣きそうな顔をする度に、

[142] ああまた言っちゃったって……反省して」

[143]【かおり】

[144]「…………」

[145]そうだったんだ……。

[146]全然、知らなかったよ、

[147]さゆりちゃん、いつも平気そうな顔してたから。

[148]【さゆり】

[149]「今度会ったら『酷いこと言っちゃって

[150] ごめんなさい』って謝ろうって思うのに、

[151] 面と向かうと言えなくて……」

[152]【さゆり】

[153]「かおりさんが担当から外れてしまって、

[154] ああ、わたし、かおりさんにも

[155] 見捨てられちゃったんだって思ったの」

[156]【かおり】

[157]「…………」

[158]わたしは見捨てたつもりはなかったよ。

[159]でも、あの時、さゆりちゃんは

[160]そう思って傷ついてたんだね……。

[161]【さゆり】

[162]「夢の中でね、真っ暗な闇の中で、

[163] わたし、幼い頃に戻って泣いていたの。

[164] 大好きな人にまで見捨てられちゃったって」

[165]【さゆり】

[166]「そしたら、

[167] かおりさんを子どもにしたような子がやってきて、

[168] 大丈夫だよ、って言ってくれたの」

[169]【かおり】

[170]「!!」

[171]わたしを子どもにしたような、って……。

[172]間違いない、夢の中のあの子だ!!

[173]【さゆり】

[174]「その子といろいろ話したわ……、

[175] 家族のこととか、自分のこととか」

[176]【さゆり】

[177]「最初はかおりさんだって思ってたけど、

[178] あの子、わたしはかおりちゃんじゃないのよ、って

[179] 笑ってました」

[180]【さゆり】

[181]「わたしには『はづき』って名前があるのって、

[182] 笑って教えてくれたんです。

[183] わたしの名前のことはナイショだよ、って」

[184]クスッと笑うさゆりちゃん。

[185]でも……。

[186]【かおり】

[187]「……いいの?

[188] その『ナイショ』の話を

[189] わたしに言っちゃって……」

[190]さゆりちゃんの顔が

[191]サーッと青くなって……。

[192]【さゆり】

[193]「あ……!」

[194]そして、四月になり、

[195]さゆりちゃんは無事、看護学校に復学した。

[196]実習や記録だらけで忙しい毎日のはずなのに、

[197]わたしの帰宅時間に合わせて

[198]さゆりちゃんはわたしの部屋にやってくる。

[199]その内に、わたしたちの関係は

[200]微妙に変わっていって、今ではこんな風に――。

[201]【さゆり】

[202]「あ、お帰りなさい」

[203]病棟から帰ってくると、

[204]大抵、わたしの部屋にはさゆりちゃんがいる。

[205]残業した時にさゆりちゃんを待たせたくなくて、

[206]この部屋の合鍵を渡したのは

[207]確か五月の連休明け。

[208]たった数ヶ月のことなのに、

[209]この部屋にさゆりちゃんがいて、

[210]お帰りなさいと言ってくれるのが

[211]当たり前の風景になってしまってるの。

[212]【かおり】

[213]「もう……勉強するなら、

[214] 自分の部屋でしなさい」

[215]新人だったわたしは、

[216]今はもう二年目の看護師。

[217]まだまだ新人に毛が生えた状態でしかないって

[218]山之内さんや主任さんに叱られる毎日。

[219]寮にまでストレスを持ち込む気はないけれど、

[220]こうしてさゆりちゃんの顔を見る度、

[221]来年が怖いって思っちゃう。

[222]……だって、

[223]来年は、さゆりちゃんが新人看護師として

[224]うちの内科病棟に入ってくる予定だから。

[225]わたし、ちゃんと先輩として

[226]さゆりちゃんを指導できるのかな、うう……。

[227]【さゆり】

[228]「あら、かおりさんたら、そんなこと言って。

[229] そんなこと言うなら、

[230] 肉じゃが、食べさせてあげないっ!」

[231]【かおり】

[232]「え、肉じゃが……?」

[233]笑顔で、鍋を差し出された。

[234]【さゆり】

[235]「そ! かおりさんが留守の間に、患者さんに

[236] 聞いたレシピで、作ってみたんです! 今の実習先の

[237] 担当患者さん、料理研究家なんですよね」

[238]おそるおそる鍋を覗き込んでみる。

[239]【かおり】

[240]「…………」

[241]……う、うん、

[242]肉じゃがは確かに肉じゃがだよね、これ。

[243]ジャガイモがふやけたポテトチップスでなければ

[244]ちゃんとした肉じゃがだと思うよ。

[245]【かおり】

[246]「……作り直してもいいかな、これ」

[247]【さゆり】

[248]「えー、食べてくれないんですかぁ?」

[249]さゆりちゃんはニヤニヤして言うと、

[250]菜箸を手に、ふやけたポテチをかき分けた。

[251]【さゆり】

[252]「……心配しなくても大丈夫ですってば」

[253]ふやけたポテチの向こうに、

[254]ゴロゴロとしたジャガイモが見える。

[255]ホッとした反面、

[256]やられたという悔しさと、

[257]気を許してくれているという嬉しさが

[258]ない交ぜになった気持ちが湧き上がってくる。

[259]【かおり】

[260]「……また、手の込んだイタズラを……」

[261]看護学校へ復学したさゆりちゃんは、

[262]新たに同級生になった後輩たちと

[263]仲良くやっているらしい。

[264]三年生なので実習は多いんだけど、

[265]毒舌優等生キャラとして、患者さんにも受けがいいのよ、

[266]とは、本人の自己申告。

[267]そして、こうして、

[268]悪友たちや、実習先の患者さんから仕入れたイタズラを

[269]わたし相手に実行するんだよね。

[270]困ったことだけど、

[271]さゆりちゃんが楽しそうだから

[272]ま、いっか、とか思っちゃうわたしも甘いかな。

[273]【さゆり】

[274]「か・お・り・さん」

[275]呼ばれて振り向くと、

[276]ちゅっと唇にやわらかい感触。

[277]【さゆり】

[278]「……うふ」

[279]【かおり】

[280]「な……!?」

[281]唇に残る、塩気まじりの肉じゃがの味。

[282]【さゆり】

[283]「大好きな人とのキスはレモン味、っていうけれど、

[284] 肉じゃがを口に入れてキスすると、

[285] やっぱり肉じゃがの味がするのね」

[286]【かおり】

[287]「…………」

[288]ポカーンとして。

[289]だんだんと笑いがこみ上げてくる。

[290]【かおり】

[291]「…………ぷっ!」

[292]【さゆり】

[293]「……なに笑ってるんですか?」

[294]【かおり】

[295]「うん、なんだか……」

[296]【さゆり】

[297]「?」

[298]不思議そうな顔をしたさゆりちゃんの

[299]少し丸みのついてきた肩を抱き寄せて、

[300]そっと耳にささやいた。

[301]【かおり】

[302]「幸せだなぁって思って、ね」

white_robe_love_syndrome/scr00912.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)