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white_robe_love_syndrome:scr00911

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[001]そして……。

[002]【なぎさ】

[003]「ま、まだかな……。

[004] もうそろそろだよね」

[005]【やすこ】

[006]「落ち着け、藤沢。

[007] さっき窓からタクシー降りてくんの見てたやろ、

[008] もうすぐやって」

[009]【なぎさ】

[010]「で、でも……。

[011] うわぁ、どうしよう!

[012] あたし、ドキドキします!」

[013]【やすこ】

[014]「あんたがドキドキしてどないすんねんな。

[015] 一番ドキドキしてんのは、沢井やろ?」

[016]山之内さんに話を振られて、

[017]わたしはドキリとした。

[018]ドキドキ……?

[019]……うん、

[020]すごくドキドキしてる。

[021]ドキドキはしてるんだけど……、

[022]そのドキドキとは別に

[023]不思議と落ち着いているような気もする。

[024]【はつみ】

[025]「静かにしなさい。

[026] また呆れられてしまうわよ」

[027]【なぎさ】

[028]「で、でも〜、主任さん〜……」

[029]【やすこ】

[030]「……ゴホン。

[031] ほら、お目見えやで?」

[032]い……いよいよだ……。

[033]【さゆり】

[034]「……ど、どうしたんですか、

[035] こんなところで勢ぞろいして。

[036] な、何かあったんですか……?」

[037]ああ、久しぶりに見る、堺さんだ……。

[038]……元気そう……、良かった……。

[039]【かおり】

[040]「…………」

[041]久しぶりの堺さんとの再会に

[042]思わず声が詰まってしまう。

[043]【やすこ】

[044]「冷たい子やね、

[045] あんたのお迎えやないの!」

[046]【さゆり】

[047]「はい?

[048] お迎え、ですか?

[049] わたしの……?」

[050]【はつみ】

[051]「ほら」

[052]【かおり】

[053]「…………」

[054]主任さんに脇を突付かれたけれど、

[055]わたしはやっぱり何も言えなかった。

[056]仕方がなさそうに

[057]肩をすくめた主任さんが一歩、前へ出る。

[058]【はつみ】

[059]「寛解おめでとう、堺さん。

[060] 内科病棟スタッフ一同、

[061] 心からお慶び申し上げます」

[062]【さゆり】

[063]「わざわざありがとうございます。

[064] 寛解といっても、まだはっきりと

[065] 確定診断が出たわけではないのですが」

[066]【はつみ】

[067]「そうね。確定診断が降りるまで

[068] この病院を図書館代わりにして、勉強がてら、

[069] 暇潰しにスタッフに指導を入れてやってください」

[070]【なぎさ】

[071]「えー、暇潰しって何ですかー!?

[072] っていうか、またあの厳しすぎるツッコミに

[073] 晒される毎日になるんですかー!?」

[074]【やすこ】

[075]「ツッコミ入れられへんように

[076] きっちり仕事したらええやんか。

[077] スリリングやろ?」

[078]【やすこ】

[079]「ちゅーことで、うちからもよろしく!

[080] 当院スタッフの至らないところは、

[081] どうぞビシバシ鍛えてやってくださいね!」

[082]【さゆり】

[083]「あ、いえ、

[084] こちらこそ、ワガママな患者ですが

[085] またお世話になります」

[086]【やすこ】

[087]「いやいや〜、コチラコソやわ〜。

[088] 患者さんやのに、スタッフの指導までしてもろて、

[089] 逆に悪いわぁ〜」

[090]ふたり、向かい合って

[091]ペコペコしてる……変な風景。

[092]でも、山之内さん、

[093]全然、悪いと思ってませんよね?

[094]【さゆり】

[095]「いえ、好きでやっていることですから。

[096] わたしのほうこそ、差し出口を叩くみたいで

[097] 少し気が引けるんですけど」

[098]【やすこ】

[099]「ええよ、ええよ、びしびし言うたって!

[100] 新人なんざ叩かれてこそ、やねんから!

[101] 泣かされても、泣ける内が華!!」

[102]山之内さんの言葉に

[103]クスッと堺さんが笑う。

[104]堺さん、

[105]ずいぶん、雰囲気が柔らかくなったなぁ……。

[106]懐かしそうに周囲を見回していた視線が

[107]わたしのところで止まった。

[108]視線が、絡み合う。

[109]【やすこ】

[110]「……ほら、

[111] あんたも何とか言い」

[112]山之内さんに肩を叩かれた。

[113]【かおり】

[114]「え……えっと……」

[115]【さゆり】

[116]「…………」

[117]堺さんが穏やかに微笑んでいる。

[118]ふと、涙が出そうになって、

[119]無理やり微笑みを浮かべる。

[120]【かおり】

[121]「お、お帰りなさい」

[122]おずおずと、手に提げた紙袋も差し出した。

[123]【さゆり】

[124]「…………?」

[125]堺さんは、ちょっと驚いたような顔をして、

[126]紙袋の中を確認すると、

[127]うるっと目を潤ませて、泣きそうな顔をする。

[128]紙袋の中には、

[129]わたしが作った、オムレット。

[130]堺さんはぎゅっと目をつむって、

[131]少しだけうつむいて……。

[132]それから……。

[133]【さゆり】

[134]「はい。

[135] ――ただいま」

[136]最高の笑顔を浮かべてくれた。

[137]そんなわけで、

[138]堺さんは一旦、大学病院から、ウチの病院に

[139]『転院』という形で戻ってきた。

[140]堺さんの血液データを見ると、

[141]大学病院にいる間にすっかり良くなってしまったらしく、

[142]健康人となんら変わらない数値になっている。

[143]【はつみ】

[144]「こんなこともあるのねぇ……」

[145]【やすこ】

[146]「奇跡、ですかねぇ。

[147] それとも、愛の力?」

[148]【はつみ】

[149]「様子見のために入院してもらっても、

[150] これではせいぜい一週間程度で

[151] 退院してもらうことになるわね……」

[152]山之内さんのセリフをスルーして

[153]主任さんが深刻そうな顔で呟いた。

[154]主任さんの深刻な表情には、

[155]もちろん、理由があるの。

[156]実は、堺さん、

[157]ここを退院しても、帰る家がないの。

[158]親御さんとの関係は

[159]入院前から良くなかったらしいんだけど、

[160]この入院を機に修復不能なまでに悪化してしまって、

[161]入院中に、生前分与という形で縁を切ったのだとか。

[162]詳しいことはわからないけれど、

[163]そんなこんなで、堺さんには

[164]退院しても、住む場所がないらしいのよね。

[165]【やすこ】

[166]「そんなん、新しい部屋が見つかるまで、

[167] 沢井の部屋に泊めたったらええやん?」

[168]【かおり】

[169]「え?」

[170]わたしの部屋に、堺さんを……?

[171]……ちょっと心が揺れる、かも。

[172]けれど、

[173]まんざらでもない表情をしたわたしを押しのけ、

[174]なぎさ先輩がストップをかけた。

[175]【なぎさ】

[176]「ちょっと待った!!

[177] それ、寮の風紀が乱れませんか!?

[178] あたしは認められません!」

[179]【やすこ】

[180]「心が狭いぞ、藤沢ァ」

[181]【やすこ】

[182]「可愛い後輩の同棲に

[183] 平静でいられへん気持ちはわかる。

[184] しかし、状況が状況や、堺さんが可哀想やろ!」

[185]【はつみ】

[186]「そこ、同棲って言わない」

[187]主任さんのツッコミもスルーして、

[188]なぎさ先輩が騒ぐ。

[189]【なぎさ】

[190]「だったら、山之内さんの部屋に

[191] 引き取ってあげればいいじゃないですか!」

[192]うーん……。

[193]山之内さんの言う通り、

[194]わたしの部屋に泊めてあげるのが

[195]一番、手っ取り早い解決方法だって思うの。

[196]もしくは、なぎさ先輩の言葉通り、

[197]山之内さんの部屋に泊めてあげるか……。

[198]ただ、なぎさ先輩の

[199]『風紀が乱れる』って注意もわかるのよね。

[200]【なぎさ】

[201]「堺さん、手先が器用そうですよねー。

[202] きっと、一宿一飯のお礼とかでアレの

[203] お手伝いとかしてくれるんじゃないですか?」

[204]【やすこ】

[205]「病み上がりをこき使うほど

[206] ウチは鬼やない」

[207]きっぱりと言いきった山之内さんは

[208]ニヤリと笑って、

[209]なぎさ先輩の顔に自分の顔を近づけた。

[210]【やすこ】

[211]「それに、沢井の部屋に泊めるんは

[212] 『風紀が乱れる』て理由で反対しておきながら、

[213] うちの部屋に泊めるんはええんか? ん〜?」

[214]【なぎさ】

[215]「うう……っ!!」

[216]【やすこ】

[217]「なーんか、違うくないか、

[218] ん〜? 藤沢〜ァ?」

[219]【なぎさ】

[220]「うう……っ!!」

[221]痛いところを突かれたなぎさ先輩は

[222]胸を押さえつつ、

[223]ヨロヨロとわたしの背後に隠れるように移動する。

[224]でも……。

[225]山之内さんの案の通りに、

[226]わたしの部屋に泊めるのは大歓迎なんだけど、

[227]あのマンションは一応、職員寮だし、

[228]わたしの一存でどうこうできる問題じゃないよね。

[229]堺さん、どうするんだろう……?

[230]【はつみ】

[231]「堺さんのことについては

[232] わたしの方でも少し考えてみます。

[233] あなたたちは仕事に戻ってください」

[234]主任さんの一声で

[235]詰所にいたみんながばらばらと散ってゆく。

[236]その行動を起こさせた主任さんも

[237]何か考え事をしながら

[238]詰所を出て行った。

[239]ふと、わたしもそういえば

[240]薬局さんから連絡があったことを思い出して

[241]詰所を後にした。

[242]【さゆり】

[243]「どうぞ」

[244]ノックの後に聞こえてくる、

[245]ちょっとくぐもった声。

[246]……何もかもが懐かしくて

[247]ちょっと涙が出そう……。

[248]【さゆり】

[249]「……この部屋に

[250] 戻ってきたんですね、わたし」

[251]堺さんは窓の外を眺めている。

[252]【かおり】

[253]「……うん……」

[254]夏の終わりの風が

[255]窓からそよそよと入ってきている。

[256]風に髪をゆらしている堺さんの隣に立って、

[257]そっと表情をうかがい見た。

[258]穏やかな顔をしている。

[259]堺さんは、もうあの頃の堺さんじゃない。

[260]文字通り、命をかけた治療に立ち向かって、

[261]生命という勝利を勝ち取った、堺さんなんだ……。

[262]【かおり】

[263]「あ……、あの……。

[264] 聞いていいかな……?」

[265]【さゆり】

[266]「……そのために来たんでしょう?

[267] 点滴の指示もなくなったわたしの病室に。

[268] しかも、勤務時間中に」

[269]……ビミョーに嫌味混じりだったけど、

[270]堺さんの目は笑っている。

[271]ちょっとイジワルされちゃった、ってこと?

[272]【かおり】

[273]「……あの……、堺さんは……

[274] 退院したらどこへ行くの?」

[275]【さゆり】

[276]「いいところ、ですよ」

[277]【かおり】

[278]「へ?」

[279]間髪いれずに返ってきた答えに、

[280]一瞬、絶句する。

[281]【かおり】

[282]「い、いいところ、って……?」

[283]【さゆり】

[284]「いいところ、です。

[285] 今はそれしか教えてあげません」

[286]堺さんは意地悪く微笑んでいる。

[287]これ以上、堺さんから情報を聞き出すのは

[288]無理っぽいかな。

[289]そう判断して

[290]わたしは少し雑談してから、詰所に戻った。

[291]いろいろあったけれど、

[292]堺さんは一週間の入院を経て

[293]今日、退院した。

[294]……退院後の堺さんの行き先は

[295]まだ教えてもらってない――。

[296]【かおり】

[297]「大丈夫なのかな、堺さん……」

[298]結局、堺さんがどこへ行くのか

[299]聞けずじまいだったのが気になって仕方がない。

[300]ドクターから、完全寛解のお墨付きをもらって、

[301]意気揚々と退院していった堺さん。

[302]お互い、好きだって告白はしてなかったけど、

[303]言葉にしなくても、わたしたちの気持ちは

[304]ちゃんと通じ合ってると思ってたのに。

[305]……でも、こうして退院しちゃうと、

[306]もう接点なんかないんだなって

[307]つくづく思い知った。

[308]わたしと堺さんは他人同士。

[309]こんな風に悩むくらいなら、

[310]ちゃんと『好き』って言っておくべきだったなぁ。

[311]【かおり】

[312]「……うん?」

[313]部屋の前で足を止める。

[314]…………。

[315]部屋番号と表札を確認した。

[316]うん。

[317]404。

[318]沢井。

[319]やっぱり、

[320]ここ、わたしの部屋、だよね?

[321]ドアにガムテープで紙が貼り付けられている。

[322]紙にはこう書かれていた。

[323]【かおり】

[324]「……『404の住人へ。

[325] 至急、403へ来られたし』?」

[326]わけがわからないけど、

[327]お隣の部屋の403のドアチャイムを

[328]押してみる。

[329]来い、って書いてあるんだから、

[330]出た人に怒られたりしないよね?

[331]夜勤明けで寝てたのに! とか

[332]来客中なんだけど! とか

[333]怒られたりしないよね……?

[334]【かおり】

[335]「!!」

[336]出てきた人を見て、わたしは絶句した。

[337]【さゆり】

[338]「あ、仕事、終わったんですね。

[339] お疲れ様です」

[340]【かおり】

[341]「さ……、ささささ……?」

[342]【さゆり】

[343]「隣に越してきた、堺さゆりです。

[344] ささささ、という名前じゃないです」

[345]【かおり】

[346]「さささ……、さささささ……」

[347]言いたいことはいろいろあった。

[348]でも、言葉にならないの、

[349]あまりに驚きすぎて。

[350]【さゆり】

[351]「落ち着いてください、沢井さん。

[352] わたしの部屋、まだダンボールだらけなので、

[353] か、かおりさんの部屋に行っていいですか?」

[354]【かおり】

[355]「う……うん……。

[356] うんうん……」

[357]わたしは、ただこくこくとうなずく。

[358]私服姿の堺さんを自分の部屋に案内しながら、

[359]とても奇妙な気分だった。

[360]お茶を飲みながら、

[361]堺さんは種明かしをしてくれた。

[362]堺さんは来年四月から

[363]休学中の看護学校の三年生に復学すること。

[364]で、卒業したら、うちの病院で働くことを条件に、

[365]特別にこの職員寮に

[366]住まわせてもらえるようになったこと。

[367]【さゆり】

[368]「この寮からだと、

[369] 学校にも、実習先の病院にも、

[370] どっちにも通いやすいですしね」

[371]わたしの淹れた紅茶に

[372]ものすごい量の砂糖を入れた堺さんが

[373]にっこりと笑う。

[374]……さ、堺さんって甘党なんだ。

[375]知らなかったな。

[376]でも、これから

[377]いろいろな堺さんの姿を

[378]知っていけるんだよね……。

[379]【さゆり】

[380]「正直なところ、

[381] 再来年の話をされても面倒だって

[382] 思わないでもありませんでした」

[383]【さゆり】

[384]「ぶっちゃけると、生前分与の遺産があるので

[385] そのお金でどこかマンションでも

[386] 買おうかなって思ったんです」

[387]【さゆり】

[388]「それに、再生不良性貧血は難病指定疾患だから、

[389] 入院中の費用もほぼ全額が戻ってきますしね。

[390] お金ならたくさんあります。今は」

[391]【さゆり】

[392]「でも、主任さんに叱られました。

[393] そんな成金みたいなことは言うなって」

[394]【かおり】

[395]「成金……」

[396]堅実に生きてきたであろう主任さんなら

[397]そう言いそう……。

[398]【さゆり】

[399]「この職員寮も、毎月、寮費を納めなきゃいけない、

[400] でも、学生の間は無収入だし、生活費もいるしで、

[401] 無駄遣いしない方向で生活しろって」

[402]【さゆり】

[403]「うちの病院のレベルで満足できなければ、

[404] レベルの高い病院に就職したくなっても

[405] それはそれでその時に何とかするから、ですって」

[406]【さゆり】

[407]「あの人……、ちゃんと

[408] わたしの未来のことまで

[409] 考えてくださっているんですね」

[410]【かおり】

[411]「うん……。主任さんにとっては、

[412] 全ての看護師の卵は、可愛い後輩に

[413] 見えるのかもしれないよね」

[414]【さゆり】

[415]「あの人の下でなら、

[416] 働いてもいいかもしれないって思うけど……」

[417]言葉を切って、

[418]堺さんはわたしをじっと見つめた。

[419]その真剣な視線に

[420]思わずドキリとする。

[421]【さゆり】

[422]「……見捨てるなら、今ですよ」

[423]【かおり】

[424]「はへ?」

[425]言われた言葉の意味がわからない。

[426]真意を知りたくて、

[427]じっと堺さんの顔を見る。

[428]サッと堺さんが視線を外した。

[429]【さゆり】

[430]「……わたしみたいな重たい子、

[431] 見捨てるなら今しかありませんよ?」

[432]【さゆり】

[433]「今を逃すと、

[434] きっとわたし……」

[435]【かおり】

[436]「バカね、見捨てるわけないでしょう?」

[437]クスッと笑って、

[438]堺さん……さゆりちゃんをそっと抱きしめた。

[439]びくっと震える細い肩が愛おしい。

[440]【かおり】

[441]「わたしは本音が聞きたいな」

[442]【かおり】

[443]「わたしに見捨てるよう促す言葉じゃなくて、

[444] ……心の底から、わたしに求めてることを

[445] 言ってほしいな」

[446]そう。

[447]わたしの夢の中に出てきてまで

[448]伝えようとした言葉を、

[449]今、腕の中のさゆりちゃん本人の口から聞きたい。

[450]夢の中の女の子の口から、じゃなくて。

[451]【さゆり】

[452]「…………」

[453]抱きしめられたさゆりちゃんは、

[454]特に嫌がったりもせず、

[455]わたしの胸に顔をうずめている。

[456]【さゆり】

[457]「……言っても、いいんですか?」

[458]【かおり】

[459]「言って。

[460] わたしはさゆりちゃんの言葉が聞きたい」

[461]ちゃん付けで呼ばれたのが恥ずかしかったのか、

[462]さゆりちゃんの耳まで赤くなった。

[463]……こういう純情なところ

[464]ホント、たまらないよね。

[465]【さゆり】

[466]「……わたしを、

[467] 見捨てないで……いてくれますか」

[468]弱気な言葉。

[469]さゆりちゃんはいつだって、そう。

[470]本当のさゆりちゃんは

[471]素直で、繊細で、こんなにもか弱いのに、

[472]さゆりちゃんはそんな自分を恥じて、

[473]いつも無駄なくらいに強気でいる。

[474]もっと素直なところ、見せてくれればいいのに。

[475]【かおり】

[476]「見捨てないよ、わたしは。

[477] わたしの方こそ、さゆりちゃんに

[478] 見捨てられるんじゃないかって怯えてるよ」

[479]わたしの言葉に、

[480]さゆりちゃんは顔を上げた。

[481]【さゆり】

[482]「…………」

[483]【かおり】

[484]「…………」

[485]視線が絡み合った。

[486]さゆりちゃんの瞳が潤んでいる。

[487]【さゆり】

[488]「……口約束じゃなくて、

[489] もっと……はっきりしたものがほしい、です」

[490]【かおり】

[491]「具体的には……?」

[492]【さゆり】

[493]「その……

[494] 誓いのキ……いえ、何でもありません」

[495]真っ赤になって、

[496]またうつむいてしまったさゆりちゃんに

[497]胸の奥が甘くうずく。

[498]【かおり】

[499]「いいよ、さゆりちゃん。

[500] 目を閉じて」

[501]【さゆり】

[502]「え、でも……」

[503]【かおり】

[504]「目を閉じないと、

[505] ロマンチックなキスにならないかもよ?」

[506]わたしの言葉に、

[507]さゆりちゃんったら慌てて目を閉じてる。

[508]ぷるぷる震えちゃって……、

[509]ホント……、可愛いんだから……。

[510]【かおり】

[511]「…………」

[512]そっと額に唇を押し当てる。

[513]【さゆり】

[514]「…………」

[515]唇を離すと、

[516]不服そうな顔で見上げてくるのが可笑しい。

[517]【かおり】

[518]「……不満?」

[519]【さゆり】

[520]「別に……」

[521]【かおり】

[522]「じゃあ、改めて……」

[523]拗ねた唇に

[524]チュッとわたしの唇で触れた。

[525]【さゆり】

[526]「!!」

[527]目を丸くしたさゆりちゃんは、

[528]次の瞬間、全身を強張らせた。

[529]頭のてっぺんから何か噴き出しそうな様子に

[530]思わず吹き出しちゃう。

[531]いつもなら猛然と毒舌を吐くさゆりちゃんは、

[532]今は毒を吐く余裕もないらしく、

[533]ただ真っ赤になって固まっていた。

[534]【かおり】

[535]「これで、どう?」

[536]真っ赤になったまま、

[537]さゆりちゃんはプイッとそっぽを向く。

[538]【さゆり】

[539]「な、何だか思ってたのと違います!」

[540]【かおり】

[541]「何が?」

[542]【さゆり】

[543]「わ、わたしたちの関係は

[544] わたしが、かおりさんをいじめて、

[545] かおりさんが真っ赤になって反論するものです!」

[546]【さゆり】

[547]「なのに、どうしてわたしが

[548] 真っ赤になってるんですか!」

[549]どうして、って言われても……。

[550]【かおり】

[551]「た、たまにはいいんじゃないかなぁ?

[552] それに、わたしも

[553] いじめられてばかりじゃつまらないし」

[554]【さゆり】

[555]「そんなのイヤです!」

[556]【さゆり】

[557]「わたし、かおりさんをいじめたいし、困らせたい!

[558] いじめられて追い詰められたかおりさんが

[559] 涙目になって拗ねる顔は最高なんです!」

[560]【さゆり】

[561]「あのもっといじめたくなるかおりさんの表情は

[562] わたしだけのものなんですっ!

[563] わたしだからいいんですっ!!」

[564]…………。

[565]なに、その独占欲。

[566]……ちょっと呆れるけど、

[567]でも、嬉しさも感じる……かな。

[568]ちょっとだけ、ね。

[569]【さゆり】

[570]「そ、それに何ですか、

[571] かおりさんはわたしのこと、

[572] サラッと『さゆりちゃん』なんて呼んで!!」

[573]【さゆり】

[574]「わたしは『かおりさん』って呼ぶのに、

[575] 一週間以上、ずっとイメトレして

[576] 毎日練習してたのにっ!!」

[577]う……、

[578]なに、その可愛いカムアウト!!

[579]たかが呼び名に、

[580]毎日練習してたなんて……!

[581]【さゆり】

[582]「あなたは、わたしに

[583] いじめられていればいいんです!

[584] それ以外は不可なんです! 不可ですから!!」

[585]子どもっぽい主張に、

[586]わたしは思わず笑ってしまう。

[587]笑ってしまったわたしを見て、

[588]さゆりちゃんがへそを曲げるのはわかってたけど、

[589]それでも笑わずにはいられなかったの。

[590]だって。

[591]上手く言えないんだけど、

[592]これが幸せなのかなって思っちゃったの。

[593]【さゆり】

[594]「なに、笑ってるんですか!

[595] いじめますよっ!?」

[596]わたしは幸せ気分で微笑んだ。

[597]【かおり】

[598]「うん。

[599] いいよ、いじめて?」

[600]さゆりちゃんは、また真っ赤になる。

[601]ああ、幸せだなぁ……。

[602]ふたり、こんな幸せ気分のまま、

[603]一緒に歩いていければいいね。

[604]そう思いながら、

[605]わたしはまだ文句を言いたそうな

[606]さゆりちゃんの柔らかな唇をふさぐように、

[607]優しく甘いキスをした。

white_robe_love_syndrome/scr00911.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)