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white_robe_love_syndrome:scr00906

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[001]【はつみ】

[002]「おはようございます。

[003] 申し送りの前に、連絡事項があります」

[004]【はつみ】

[005]「堺さんが急性期を脱したと

[006] 入院先の帝都大学医学部付属病院から

[007] 連絡がありました」

[008]【やすこ】

[009]「おー!

[010] ワガママ娘の帰還の日が

[011] また一歩近づいたってことやね」

[012]【はつみ】

[013]「後は骨髄が無事に生着してくれるのを祈るだけです。

[014] まだ安心はできない状況ではありますが、

[015] 一応、みなさんにも報告しておきます」

[016]主任さんがチラッとわたしを見た。

[017]その目が、良かったわね、と言っている。

[018]笑顔を返そうとしたら――

[019]がばっとなぎさ先輩がわたしに抱きついてきた。

[020]【なぎさ】

[021]「良かった!

[022] 良かったね、沢井!」

[023]【かおり】

[024]「はい……良かったです……」

[025]じわじわと喜びがこみ上げてくる。

[026]なぎさ先輩の体温を感じながら、

[027]わたしは、緩みそうになる顔を

[028]一所懸命に引き締めていた。

[029]ごはんを食べた後は、

[030]ちょっとのんびりできるお昼休み。

[031]今は容態の急変した患者さんはいないから、

[032]お昼休みを中断するようなこともないはず……。

[033]【かおり】

[034]「……今の内に……」

[035]こっそりとカバンから携帯電話を取り出した。

[036]たとえ休憩中でも、緊急の用事以外では

[037]携帯電話を使っちゃダメなんだけど……。

[038]でも、おめでとうの気持ちを伝えたいってのは

[039]かなり緊急の用事だよね。

[040]……わたしの中では、だけど。

[041]【かおり】

[042]「えーっと……ピ、ピコ、ピ……」

[043]【かおり】

[044]「……あと……

[045] 『早く会いたいです』……なんてね!

[046] えへ、送信しちゃえ!!」

[047]送信しちゃった!

[048]堺さん、メール見て

[049]どんな顔するかなー!!

[050]やーん、照れる〜!!

[051]【???】

[052]「早く会いたいです。

[053] 会って、この手で抱きしめて、

[054] あなたが生きてるってことを実感させてください」

[055]【かおり】

[056]「ちょっ!?

[057] そこまで書いてません!!」

[058]背後からの声に、思わず立ち上がる。

[059]山之内さんはニヤニヤ笑いながら、

[060]どかっとわたしの前のソファに腰を下ろした。

[061]【やすこ】

[062]「そこまで書かんでどうすんの。

[063] メールでは表情まで伝わらんのやから、普段より

[064] 五割増しで気持ちを込めるんがセオリーや」

[065]え、そんなセオリーなんかあるの?

[066]【やすこ】

[067]「リアルで会うんやったら

[068] わざわざ『好き』って言わんでも伝わるけど、

[069] メールは言葉が全てやねんから」

[070]にやにやした山之内さんが

[071]顔を近づけてくる。

[072]【やすこ】

[073]「だから、オーバーかもって思うくらい、

[074] 自分の気持ちを言葉に託しなさい?」

[075]【かおり】

[076]「ひゃあ、ぁん!」

[077]息がっ!

[078]息が耳にっ!!

[079]【???】

[080]「ちょおっと、山之内さん!

[081] 沢井に何してんですかぁっ!!

[082] 離れてくださいーー!!」

[083]乱入してきた誰かが

[084]わたしから山之内さんを引き剥がしてくれた。

[085]【???】

[086]「沢井は堺さんが好きなんです!

[087] 変なちょっかいかけないでください!」

[088]仁王立ちになってるその人は……なぎさ先輩!?

[089]【やすこ】

[090]「べーっつに?

[091] ちょっかいなんかかけとらんよ?」

[092]【なぎさ】

[093]「もうっ、こういうのはダメですっ!

[094] 沢井は今、とーっても大事な時期なんだから

[095] 見守ってあげましょうって言ったでしょ!」

[096]へ?

[097]なぎさ先輩、今、なんて……?

[098]【やすこ】

[099]「その意見に同意してたんは

[100] あんたと主任とあと一部。

[101] うちは同意してへんし」

[102]【なぎさ】

[103]「そんな……っ!

[104] 山之内さんは後輩の沢井が

[105] 可愛くないんですかっ!?」

[106]【やすこ】

[107]「そう興奮すんな、藤沢。

[108] ま、そこ、座り」

[109]山之内さんが指を差したのは

[110]わたしの隣のスペース。

[111]わたしと目が合ったなぎさ先輩は

[112]ハッとした表情の後、

[113]気まずそうにわたしの隣に腰を落とした。

[114]【なぎさ】

[115]「……うん、まぁ、

[116] そういうことなのよね、えへへへ……」

[117]……??

[118]よくわからないけど、

[119]わたしのこと、なんだよね??

[120]【なぎさ】

[121]「あーあ、

[122] 堺さんに沢井を取られちゃうなんて、

[123] 超ショックー!」

[124]は!?

[125]伸びをしながらのなぎさ先輩の発言に

[126]わたしは唖然とした。

[127]【なぎさ】

[128]「堺さん、あんなキツイ性格だから、

[129] ノーマークだったのに油断してたわー」

[130]取られる?

[131]油断?

[132]それって一体、何のこと?

[133]【やすこ】

[134]「やめとき、藤沢。

[135] 沢井には何ひとつ、伝わっとらんみたいや。

[136] ああ、藤沢、不憫な子……」

[137]【なぎさ】

[138]「んもー!

[139] 沢井のバカッ!」

[140]【かおり】

[141]「あいたっ!?」

[142]ペシッと肩を叩かれた。

[143]【なぎさ】

[144]「沢井の鈍感ぶりには

[145] 昔からイライラさせられてたけど、

[146] 今回ばかりは沢井が鈍感で良かったわ……」

[147]うう……?

[148]意味がわからないです、なぎさ先輩。

[149]【やすこ】

[150]「うちも沢井の入院中、締め切りの原稿あったのに、

[151] 手伝ってもらえんで真っ白入稿やってんでー。

[152] ショックやわー」

[153]は、はい!?

[154]【やすこ】

[155]「ちゅーことで、

[156] 次は沢井がおらん時は

[157] 藤沢、あんたが手伝え」

[158]【なぎさ】

[159]「ええっ!?

[160] なんであたしが!?」

[161]【やすこ】

[162]「後輩の不始末は先輩が償うもんやろ」

[163]【なぎさ】

[164]「げげっ!?

[165] プライベートまでは知りませんよ!」

[166]【なぎさ】

[167]「ていうか、

[168] 山之内さんの手伝いってアレでしょう!?」

[169]【なぎさ】

[170]「冗談じゃないです、

[171] 嫌です、いやいやいやいやいやいや!!」

[172]【やすこ】

[173]「冷たいぞ、藤沢ァーッ!」

[174]【はつみ】

[175]「あなたたち、静かにしなさい!

[176] 廊下まで丸聞こえよ!!」

[177]怒鳴り込んできた主任さんに

[178]わたしたちは一瞬で黙り込んじゃった。

[179]それ以上、主任さんは何も言わずに

[180]そのまま休憩室から出て行ってしまう。

[181]【やすこ】

[182]「…………」

[183]【なぎさ】

[184]「…………」

[185]【かおり】

[186]「……ふふっ」

[187]こういう日常って、いいなぁ……。

[188]       ……また、あの夢、だ。

[189]    けれど、今日は夢の中に誰もいない。

[190]    おかしいなと思って首をかしげると、

[191]    どこからか子どもの声が聞こえてきた。

[192]    「ママ、今日も仕事なんだって。

[193]     さみしいけど、しょうがないよね、

[194]     パパがいないんだもん」

[195]          この声……。

[196]   「わたし、テストで100点、取ったよ?

[197]    ……これで、ママ、

[198]    わたしのこと、褒めてくれるかなぁ?」

[199]     どこかで聞いた覚えがあるけれど、

[200]     誰の声だろう?

[201]   「わたし、いらない子じゃないよね……、

[202]    わたし、こんなに頑張ってるもんね」

[203]    「……友達なんていらない。

[204]     わたしの足を引っ張ろうとするやつ、

[205]     友達なんかじゃない」

[206]  「血は水よりも薄いのね。

[207]   血が繋がっていることは絆にはならないわ」

[208]「世の中の人間なんてバカばっかり。

[209] こんな世の中で

[210] わたしが生きていく必要なんてあるのかな」

[211]  ……この絶望に染まりながらも、

[212]  それでも強くいようと希望を手放さない声は……。

[213]   「本音? そんなものはないわ。

[214]    わたしはわたしよ、

[215]    わたしの生き方に口出ししないで!」

[216]           !!

[217]        はっとしたその刹那、

[218]        強い風が吹き抜ける。

[219]      強い風の後、静寂が訪れた。

[220]      そしてまた、

[221]      どこからか声が聞こえてくる。

[222]「わたしのこと、何にも知らないくせに!!」

[223]       あ、今度は

[224]       いつもの女の子の声だ。

[225]「わたしが痛いのを我慢すれば、

[226] お姉ちゃんは痛い思いをせずに済むんだよね……」

[227]     「かおりちゃん!

[228]      かおりちゃんは死んじゃダメ!」

[229]        わたしの、名前?

[230]  「わたしがここに残るから……だから、生きて!

[231]   わたしの分まで、幸せになって!!」

[232]   「大丈夫だよ、お姉ちゃん……。

[233]    わたしの代わりに、見守ってあげてね」

[234]   「お願い、わたしの最後のお願いなの……。

[235]    大好きだよ、お姉ちゃん……。

[236]    好き、……大好き、……かおりちゃん」

[237]ぱちっと目が開いた。

[238]わたしの中にいたのは、ふたりだった。

[239]ひとりは堺さん。

[240]なら、もうひとりは……?

[241]お姉ちゃん、って誰かに語りかけてた

[242]あの子は誰?

[243]あの子は、わたしの妹じゃなかった。

[244]妹の声じゃなかったし、

[245]第一、わたしの身体の知らない奥深いところで、

[246]あの子が別人だと告げている。

[247]あの子は、誰なの?

[248]あの子が、わたしを見守るよう

[249]お願いしてたお姉ちゃんって人も、誰……?

[250]……結局、あれから一睡もできなかった……。

[251]【はつみ】

[252]「……酷い顔をしているわね」

[253]【かおり】

[254]「あ……、主任さん……。

[255] おはようございます……」

[256]主任さんは苦笑しながら

[257]ゆっくりとうなずいてくれた。

[258]【はつみ】

[259]「おはようございます。

[260] 沢井さんは寝不足のようね。

[261] 看護師は体力が肝心よ、しっかり眠っているの?」

[262]【かおり】

[263]「いえ……、

[264] ちょっと、変な夢を見て、眠れなくて……」

[265]【はつみ】

[266]「眠れない時は、

[267] ホットミルクにはちみつを垂らしなさい」

[268]その言葉に

[269]何故かハッとした。

[270]わたしの中の知らない部分が

[271]恋しいと訴えている、そんな感覚。

[272]もしかしたら、

[273]夢の中のあの子の言う「お姉ちゃん」って

[274]主任さんなんじゃ……?

[275]【かおり】

[276]「あ、あの、主任さんって、

[277] 妹さん、いましたか……?」

[278]思わず、口に出てしまった。

[279]きっと「何を言っているの?」と

[280]呆れられるか、笑われるかするはず。

[281]けれど。

[282]わたしを見て、主任さんは

[283]一瞬泣きそうな表情をした。

[284]……どういうこと?

[285]泣きそうな顔は

[286]すぐに穏やかな微笑みに変わる。

[287]【はつみ】

[288]「……そうね、いたわ」

[289]過去形?

[290]主任さんはそれ以上は何も言わず、

[291]わたしの目の前から立ち去ってしまった。

[292]自分の中にいる女の子は

[293]主任さんの妹さんに

[294]縁がある子なのかもしれない。

[295]そう思いつつも、

[296]かといって真正面から

[297]主任さんに訊ねるわけにもいかないし。

[298]第一、なんと

[299]切り出せばいいのかもわからないし……。

[300]わたしの中には

[301]堺さんと主任さんの妹さんに縁のある子がいる

[302]『かもしれないんです』……って?

[303]自分で言ってても荒唐無稽だと思うのに、

[304]主任さんに言えるわけないよぅ。

[305]鼻で笑われるのがオチだよね。

[306]まだあの女の子が主任さんの妹だって

[307]確定したわけじゃないんだから、

[308]今は黙っておいた方がいいかも。

[309]だって、変な子だと思われたくないし。

[310]……でも、堺さんならきっと

[311]変な子だと思われてもいいから話すんだろうな。

[312]帰宅して、堺さんにメールする。

[313]夢の中に

[314]堺さんが出てくること。

[315]夢の中で

[316]堺さんが今まで溜めていた言葉の一部を

[317]聞いてしまったこと。

[318]このメールを送るか送るまいか、

[319]かなり迷ってたんだけど、

[320]結局、送ることにしたのは

[321]黙ってるのはフェアじゃないって思ったから。

[322]それから、

[323]これからはわたしがさみしさを埋めてあげたいことを

[324]付け加えて、送信!

[325]ちょっとクサいかな、と思ったけど、

[326]別にいいよね。

[327]メールは言葉だけが気持ちを伝える手段なんだから、

[328]大げさなくらいがちょうどいいって

[329]山之内さんも言ってたし。

[330]【かおり】

[331]「お、っひょうっ!?」

[332]いきなり手の中の電話が鳴って驚いた。

[333]表示を見て、わたしは嬉しくなった。

[334]あわてて、通話ボタンを押す。

[335]【かおり】

[336]「もしもし!

[337] 沢井です!!」

[338]【さゆり】

[339]「あ……、あの、突然ごめんなさい。

[340] 声が……聞きたくなって……」

[341]【かおり】

[342]「うん、電話してきてくれて嬉しい!

[343] 

[344]……でも、大丈夫なの、電話しても……?」

[345]【さゆり】

[346]「う、うん。

[347] 個室だから……、こっそりとね。

[348] 見つからなければ大丈夫。……です」

[349]堺さんの穏やかな笑ってる声。

[350]そんな声が聞けて嬉しい反面、

[351]いつもと少し様子が違う気がして

[352]それがちょっと不安。

[353]【かおり】

[354]「何だか……堺さんが素直だ……」

[355]【さゆり】

[356]「何ですか、

[357] わたしが素直だとおかしいですか!?」

[358]あ、戻った。

[359]【かおり】

[360]「おかしくないけど……ちょっと違和感」

[361]【さゆり】

[362]「……実は、わたしも。

[363] 顔を見てしゃべることができないので

[364] 何だか調子が狂います」

[365]【かおり】

[366]「それって、

[367] お互い様だよね」

[368]クスクスと笑い合った。

[369]…………。

[370]それからイロイロと話をして、

[371]わたしはそっと電話を切った。

[372]【かおり】

[373]「んふ〜〜、

[374] うふふ〜〜ん」

[375]【やすこ】

[376]「……なぁ、藤沢。

[377] なんや、沢井、どないしたんや?」

[378]【なぎさ】

[379]「……わかりません。

[380] 何か悪いものを食べたんでしょうか」

[381]ん?

[382]何だか周囲でわたしを見ながら

[383]ヒソヒソ言ってる人がいるような気がする。

[384]でも、もう気にしない、気にしない!

[385]周囲の人の声なんて気にしない!

[386]というか、

[387]全然、気にならないもんねー!

[388]【なぎさ】

[389]「ね、ねぇ……、沢井?

[390] 朝からなにニヤニヤしてるの?」

[391]【かおり】

[392]「んふふ、それはですねぇ……」

[393]わたしは昨夜の堺さんとの電話を

[394]こんなところが嬉しかったとか、

[395]こういうところが楽しかったとか、

[396]気の向くままに話して聞かせてみた。

[397]そしたら……。

[398]【やすこ】

[399]「……バカップルや。

[400] 正真正銘のバカップルの片割れが

[401] ノロケ話、聞かせよる」

[402]【なぎさ】

[403]「……聞くんじゃなかった……」

[404]【かおり】

[405]「ええ!?

[406] えええええー!!」

[407]何なんですか、その反応!?

[408]せっかく話してあげたのにー!!

[409]【はつみ】

[410]「……で、その堺さんですが、

[411] 少し早いですが来週、帝大付属を

[412] 退院することになりました」

[413]【なぎさ】

[414]「は!? 来週!?

[415] 早くないですか!?」

[416]【はつみ】

[417]「現時点では、あくまでも予定だけれど。

[418] でも、想像以上に早いわね。

[419] 移植された骨髄がよほど元気だったのね」

[420]ちらっと主任さんがわたしを見た。

[421]今までずっと、もしかして、って思ってたけど。

[422]……もしかして、

[423]堺さんに移植された骨髄って、

[424]わたしの骨髄……?

[425]【やすこ】

[426]「骨髄がどうこうっちゅー問題やなくて、

[427] 単に早く誰かさんに会いたい一心で、

[428] やないのかなぁ?」

[429]【かおり】

[430]「え……そんな、

[431] わたしに会いたい一心だなんて……」

[432]どうしよう、顔が赤くなっちゃう。

[433]【やすこ】

[434]「おーおー、愛の力は偉大やねぇ。

[435] さみしいなぁ、藤沢ァ?」

[436]【なぎさ】

[437]「べ、別にっ!

[438] あたしは沢井が幸せならそれでいいんですっ!!」

[439]【やすこ】

[440]「……ううう、

[441] 藤沢、けなげな子」

[442]いつの間にか、

[443]山之内さんとなぎさ先輩が仲良くなってる。

[444]仲良くなることはいいことだよね、うふ。

[445]来週、大学病院を退院してくる堺さんのためにも、

[446]わたし、頑張らなくっちゃね!

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