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white_robe_love_syndrome:scr00901

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[001]       ゆっくりと目を開ける。

[002]       何も見えない、暗闇の中。

[003]     ……ここは……わたしの夢の中。

[004]  何故か、自分でも

[005]  ここがわたし自身の夢の中だとわかっている、

[006]  不思議な感覚。

[007]ふと、目の前に

[008]ひとりの女の子が浮かび上がった。

[009]【かおり】

[010]「あなたは……?」

[011]【???】

[012]「…………」

[013]女の子がにっこり笑う。

[014]【かおり】

[015]「えと……うふふ……」

[016]女の子の微笑みに

[017]わたしもつられるように笑ってみた。

[018]女の子はパッと笑顔を浮かべて、

[019]わたしにぎゅっと抱きついてくる。

[020]【???】

[021]「あなたを待ってたの!」

[022]【かおり】

[023]「はい?」

[024]待っていた?

[025]わたしを……?

[026]【???】

[027]「大好き!」

[028]【かおり】

[029]「???」

[030]わけがわからない。

[031]けれど……。

[032]好きと言われて、

[033]こんな満面の笑顔を向けられて、

[034]嬉しくないわけがない。

[035]【かおり】

[036]「うん……、ありがとう」

[037]【???】

[038]「ねぇ、わたしのこと、好き?」

[039]【かおり】

[040]「えっと……」

[041]好きかどうかなんて、

[042]出会ったばかりでわかるわけがない。

[043]けれど……。

[044]それをそのまま言うのは

[045]悪いような気がする。

[046]せっかくこんな

[047]ステキな笑顔を向けてくれてるんだし、

[048]その気持ちに

[049]わざわざ水を差すこともないだろう。

[050]【かおり】

[051]「え……ええ、好きよ」

[052]【???】

[053]「嬉しい!」

[054]女の子はにっこりと笑った。

[055]あれ、この声……、聞いたことがある……。

[056]【???】

[057]「わたしのこと、嫌いにならないでね。

[058] 見捨てないでね」

[059]意味深な言葉と共に、

[060]目の前から女の子がフッと消えた。

[061]【かおり】

[062]「え?」

[063]はっと目を開けた。

[064]……ここは、わたしの部屋……。

[065]夢の中の、あの女の子は誰だったんだろう?

[066]屈託のない満面の笑顔で笑いかけてくれて、

[067]わたしのことを好きと言ってくれた子……。

[068]……もしかして、

[069]ずっと前からわたしの夢の中に出てきて

[070]わたしに語りかけてくれてた子……?

[071]【かおり】

[072]「ひゃあっ!?」

[073]枕元の目覚まし時計を慌てて止めて、

[074]わたしはベッドから飛び降りた。

[075]【かおり】

[076]「ぼんやりしてる場合じゃない!

[077] 日勤! 準備しなきゃ!」

[078]洗面所に駆け込んで、ふと鏡を見る。

[079]わたしは、ハッとした。

[080]【かおり】

[081]「あ……っ!」

[082]鏡の中に、夢の中の女の子がいた。

[083]ううん、違う。

[084]これは、鏡に映ったわたし自身。

[085]でも、わたしが十年ほど幼かったら、

[086]あの女の子にそっくりになる……。

[087]【かおり】

[088]「…………?」

[089]首をかしげると、

[090]鏡の中のわたしも首を傾けた。

[091]【やすこ】

[092]「はぁ〜、かなわんわぁ、もぉ〜」

[093]自分の肩を叩きながら、

[094]疲れた表情で山之内さんが戻ってきた。

[095]【かおり】

[096]「……どうかしたんですか?」

[097]【やすこ】

[098]「どうもこうもあるかいな。

[099] あのワガママ娘、まーた昼二割やで」

[100]堺さんの担当を外れてから、

[101]わたしは堺さんの食事量をチェックしていない。

[102]山之内さんに言われて、

[103]食事量を記載している食事簿を見た。

[104]堺さんの項目には、

[105]2とか3の数字が並んでいて、

[106]調子の良い時でも、せいぜいが5。

[107]この数字は、食事摂取量の割合を示しているから、

[108]『2』の時は二割しか食べていないということ。

[109]うちの病院の管理栄養士さんは

[110]八割食べて栄養が摂取できるよう計算してるらしいから、

[111]2とか3しか並んでいない堺さんは

[112]まったく栄養が足りてないことになる。

[113]【なぎさ】

[114]「このままだと改めて、経鼻カテ(経鼻カテーテル)

[115] 入れることになりますね」

[116]なぎさ先輩が

[117]心配そうに食事簿を覗き込んでくる。

[118]【やすこ】

[119]「お?

[120] 藤沢も一応、心配はしてんのやね〜」

[121]【なぎさ】

[122]「そ、そりゃ、内科病棟の患者さんですから。

[123] 堺さんのことは好きじゃないけど、

[124] 仕事に好き嫌いは持ち込みません!」

[125]【やすこ】

[126]「よしよし、

[127] 藤沢にも職業意識っちゅーもんが

[128] 芽生えてきたんかなー」

[129]失礼しちゃう! と

[130]なぎさ先輩が憤慨している隣で、

[131]わたしは食事簿のページを遡ってみてみた。

[132]わたしが担当を外れた頃から

[133]摂取量の減少が続いている。

[134]【かおり】

[135]「でも、この低栄養状態は良くないですよね……」

[136]【やすこ】

[137]「頑張ってイロイロ指導はしてんねんけどな、

[138] 馬耳東風、馬の耳に念仏、

[139] 全然聞いてへんわ、あのワガママ娘」

[140]肩をすくめて、

[141]山之内さんがチラッとわたしを見た。

[142]【やすこ】

[143]「……もしあんたが担当のままやったら、

[144] あんた、どういうアプローチで

[145] どんなケアプラン立てる?」

[146]探るような山之内さんの瞳。

[147]わたしなら……。

[148]わたしだったら……。

[149]……何とかして食べてもらいます

[150]でも、わたしは担当ではないので……

[151]【かおり】

[152]「……何とかして食べてもらいます」

[153]山之内さんが目を丸くした。

[154]本当のことを言えば、

[155]どうすればいいのかなんてわからない。

[156]けれど、何とかして

[157]食べてもらわくちゃいけないなら、

[158]何でもするから食べて、と

[159]全身全霊で説得するしかない。

[160]アプローチとか、ケアプランとか

[161]そんなことを考える余裕なんて

[162]わたしにはあるわけがない。

[163]看護師として失格なのはわかってるけど、

[164]それでも、何とかするしかない。

[165]【やすこ】

[166]「なんや、泣き落としかいな」

[167]山之内さんが笑った。

[168]【かおり】

[169]「でも、わたしは担当ではないので……」

[170]【やすこ】

[171]「ま、せやな」

[172]山之内さんを見ると、

[173]あきれたように再び肩をすくめている。

[174]【やすこ】

[175]「ま、元・担当者の意見はともかく、

[176] 現・担当者としては

[177] めっさ頭の痛い問題やねー」

[178]カルテを取り上げて、

[179]山之内さんがページをめくる。

[180]【やすこ】

[181]「見てみ、あのワガママ娘が食欲なくしたんは、

[182] 沢井が担当から外れた直後からやろ?

[183] ってことは、もしかしたら……」

[184]【なぎさ】

[185]「もしかしたら?」

[186]【やすこ】

[187]「もっぺん沢井を担当にしたら、

[188] 食思不振も良くなるかもしれませんよね、

[189] そうは思いませんか、主任!」

[190]【かおり】

[191]「ぷひゃ?」

[192]山之内さんの言葉に振り向くと、

[193]わたしたちの背後に主任さんが立っていた。

[194]い、いつの間に……!?

[195]驚いているわたしの耳元に

[196]なぎさ先輩がささやいてくれる。

[197]【なぎさ】

[198]「ご覧の通り、主任さんは神出鬼没だから、

[199] 悪口とか陰口とか言っちゃダメよ?」

[200]うん……それは知ってたけど。

[201]でも、これからは

[202]今までより、もっともっと気をつけよう。

[203]【はつみ】

[204]「……堺さんの食事量だけでなく

[205] 活気までダウンしていることは、

[206] ドクターも気にしているところです」

[207]【はつみ】

[208]「でも、だからといって

[209] 担当を沢井さんに戻すかどうかは……

[210] まだ保留にさせてください」

[211]【なぎさ】

[212]「……それって、

[213] 沢井を堺さんの担当に戻す可能性もある

[214] ということですか?」

[215]なぎさ先輩の質問に、主任さんがうなずいた。

[216]【はつみ】

[217]「そうね……、何だかんだ言いながら、

[218] 堺さんは沢井さんとのやりとりで

[219] 元気を振り絞っていた感はありますから」

[220]【はつみ】

[221]「それが空元気だったとしても、

[222] メンタルがフィジカルに及ぼす作用は

[223] 無視できないわ」

[224]【なぎさ】

[225]「そう、ですね……」

[226]【やすこ】

[227]「せやねぇ、

[228] あのワガママ娘は沢井をからかうことで、

[229] ストレスを発散してたフシがあるもんなぁ」

[230]【かおり】

[231]「いった……!」

[232]【やすこ】

[233]「良かったな、沢井。

[234] 新人でも役に立つことがあって」

[235]【かおり】

[236]「ううう、

[237] そんな言い方、酷いです……」

[238]山之内さんに叩かれた背中が

[239]じんじんする……。

[240]わたしを元気付けようとしてくれたんだろうけど、

[241]ぶっちゃけ、痛い、痛すぎです。

[242]もう少し加減してくれたらいいのに。

[243]【かおり】

[244]「えっと、

[245] 龍角さんの尿量は……」

[246]ボールペンで腕にメモをしながら、

[247]病棟の廊下を歩く。

[248]なぎさ先輩に頼まれて、

[249]龍角さんの尿量チェックに行ったの。

[250]最近の龍角さんは、意識が混濁していて、

[251]問いかけに対しても反応がない時がある。

[252]呼吸も苦しそうで、

[253]ご家族が人工呼吸器を装着するしないで

[254]意見が分かれているのよね……。

[255]それぞれ思うところはあるんだろうけど、

[256]龍角さん自身にとって最良の選択を

[257]してほしいなって思っちゃう。

[258]主任さんも山之内さんも

[259]なるようにしかならないって言ってるけど。

[260]【???】

[261]「あ、あの……っ!」

[262]【かおり】

[263]「みょっ?」

[264]クイッと

[265]背後から白衣を引っ張られた。

[266]振り向くと、

[267]泣きそうな顔のあみちゃんが立っている。

[268]【あみ】

[269]「あ、あの……、お仕事中にごめんなさい。

[270] その……、さ……、さ……、

[271] さゆりんは……元気ですか?」

[272]【かおり】

[273]「え……」

[274]堺さんの名前を出されて

[275]わたしはちょっと困ってしまった。

[276]堺さんの担当を外されたこと

[277]言おうか言うまいか、少し迷う。

[278]けど、あみちゃんは知ってたみたい。

[279]【あみ】

[280]「やっちょんさんに、かおりんさんは

[281] もうさゆりんの担当じゃないって

[282] 言われたけど……」

[283]……やっちょんさん、というのは

[284]山之内さんのことかな?

[285]【あみ】

[286]「でも、やっちょんさんは

[287] さゆりんのこと、教えてくれないの……」

[288]【あみ】

[289]「守秘義務がどうこうって言って

[290] さゆりんが元気になったら本人に聞け、の

[291] 一点張りで、わたし……」

[292]あみちゃん、涙ぐんでる……。

[293]そうだよね、

[294]あみちゃん、堺さんのこと

[295]とても気にしてたもんね。

[296]でも……。

[297]【かおり】

[298]「ごめんね、あみちゃん」

[299]【あみ】

[300]「かおりんさん……」

[301]【かおり】

[302]「守秘義務があってもなくても、

[303] わたしも堺さんに会ってないから

[304] 教えてあげたくても教えられないの……」

[305]あみちゃんの肩が小さく震えてる。

[306]慰めるように、そっと抱きしめた。

[307]【あみ】

[308]「ごめんなさい、こんなこと言って……。

[309] わたし、わかってるの、

[310] かおりんさんを困らせるだけだって」

[311]【あみ】

[312]「でも、わたし、心配で……

[313] さゆりんに会えないから、余計に心配で……。

[314] ……つくしちゃんもしょんぼりしてるし」

[315]あみちゃんがわたしの胸に顔をうずめる。

[316]あみちゃんの心細い気持ちが伝わってくる。

[317]そうだよね。

[318]元気なように見える入院患者さんも、

[319]病気だから入院してるんだよね。

[320]病気なんだから、他人の症状が気になるのも

[321]当たり前といえば当たり前なんだよね……。

[322]【かおり】

[323]「大丈夫、なんて言えないけど……、

[324] 堺さんの回復、信じて待とう? ね?」

[325]胸の中で、

[326]あみちゃんが小さくうなずいた。

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