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white_robe_love_syndrome:scr00853

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[001]【かおり】

[002]「…………」

[003]最近、なぎさ先輩が

[004]自分の部屋に戻ってしまってるから、

[005]あまり会えなくてさみしい……。

[006]患者さんの対応をしてる時はいいんだけど、

[007]こうして記録に向き合ってると、

[008]つい、余計なことをいろいろ考えてしまう。

[009]うう……、

[010]あの時、『行った方がいい』なんて

[011]言わなかった方が良かったかも……。

[012]……ううん、そうじゃない。

[013]だって、あれが本音だもん。

[014]なぎさ先輩と離れるのは辛いけど、

[015]でもでも、なぎさ先輩の成長のためだもん、

[016]耐えなくちゃ!

[017]【さゆり】

[018]「戻りました」

[019]後悔なんかしてないもん。

[020]【かおり】

[021]「…………」

[022]後悔なんかしてない……けど……。

[023]【さゆり】

[024]「……バイタル、とってきたんですが、

[025] 聞かなくていいんですか?」

[026]【かおり】

[027]「あふっ?

[028] ああ、そうだったよね!」

[029]慌ててメモ用紙を取り出すと、

[030]堺さんが大げさな溜め息をついた。

[031]【さゆり】

[032]「……あなたがボケッと間抜け顔を晒して

[033] 詰所で記録に没頭していられるのは、

[034] 一体、誰のお陰だと思っているんですか?」

[035]【さゆり】

[036]「あなたにそんな大きな期待はしてませんけど、

[037] 『ありがとう』とか『お疲れ様』とか

[038] ねぎらいの言葉すらもなし……はぁ、やれやれ」

[039]うっ、

[040]何年経っても変わらない、

[041]安定の堺さん節……!

[042]【かおり】

[043]「あ……っと、

[044] うん、ごめん。

[045] 堺さんのお陰で、本当に助かってるよ」

[046]【さゆり】

[047]「それじゃわたしが言わせたみたいじゃないですか。

[048] しかも全く心が篭ってないし」

[049]く……っ、

[050]ああ言えばこう言う……!!

[051]【やすこ】

[052]「あふぅ〜ん、

[053] これぞ『ワガママ・ダイナマイト』!!」

[054]クネクネしながら、

[055]山之内さんが叫んでいる。

[056]【かおり】

[057]「ほぁあ?」

[058]【やすこ】

[059]「お嬢の必殺技や。

[060] うちがさっき名前をつけてみた」

[061]……余計なことを。

[062]【さゆり】

[063]「ワガママ・ダイナマイト……」

[064]【やすこ】

[065]「せや! ワガママを言いつつも、

[066] 自分の気弱っぷりを主張するという、

[067] アンビバレンツでタマラン萌えやね!」

[068]気弱……?

[069]堺さんのどこが気弱……?

[070]【さゆり】

[071]「……はぁ……」

[072]【かおり】

[073]「あぁ、えっとね、

[074] 堺さんは知らなくてもいい世界があるんだよー。

[075] あの人のことは気にしちゃダメ」

[076]【やすこ】

[077]「くそっ、沢井め!

[078] お嬢の奴隷の分際で!!」

[079]【はつみ】

[080]「山之内さん、

[081] 勤務中に不適切な発言は遠慮してください」

[082]【はつみ】

[083]「あと、奴隷の立場なのは沢井さんではなく、むしろ

[084] 堺さんの方ではないかしら? 沢井さんの指示を

[085] 見越して動いているようだけれど」

[086]【やすこ】

[087]「うわー……、元々天然入っとる思うてたけど

[088] 主任がボケキャラになってもたわ。

[089] 寄る年波には勝てんっちゅーことか……」

[090]【はつみ】

[091]「年齢は関係ないでしょ!!」

[092]【さゆり】

[093]「あ……あの……?」

[094]【かおり】

[095]「さーて、あのふたりはスルーして、

[096] 堺さんは仕事しようねー。

[097] 報告は後で聞かせてもらって、部屋回り行こっか」

[098]【さゆり】

[099]「……でも、いいんですか?

[100] 主任さんと山之内さんの間で、

[101] 激しい三十路論が繰り広げられているようですが」

[102]【かおり】

[103]「いつものことだから、気にしないのが一番!

[104] それに、三十路まで間があるわたしたちが入っても

[105] 火に油を注ぐだけだから、スルー、スルー!」

[106]まだ汚れてない堺さんをコッチの世界に染めちゃうのは

[107]可哀想だもんね。

[108]……というわけで、

[109]不毛な攻防戦を繰り広げている

[110]詰所の魔物たちから遠ざけることに成功して、

[111]取り敢えずは、ホッとした。

[112]堺さんと別れて、

[113]各部屋の点滴の残量チェックをしつつ、

[114]部屋を回る。

[115]堺さんは物覚えが良いから、

[116]まだ二週間ほどしか経ってないのに

[117]簡単な仕事ならいろいろ任せちゃっても大丈夫!

[118]ひょいと301を覗くと、

[119]堺さんがまた加藤さんと話をしている。

[120]加藤さんはシャント手術後に

[121]別の透析専門病院へと移ることになっている。

[122]堺さんも入院中から話をしてて

[123]顔見知りの上に、学生として指導もしてたようだし、

[124]積もる話も色々あるんだろう。

[125]邪魔をしないよう声はかけずに、

[126]一旦、詰所に戻ってから、

[127]堺さんにお願いしようと思っていた外来周りへ行く。

[128]今朝、撮影した患者さんの

[129]レントゲンフィルムや検査結果が上がってきてたので、

[130]外科の分も持って上がってみた。

[131]外科の廊下。

[132]同じ院内・同じ配色なのに、

[133]自分のテリトリーではないせいか、

[134]微妙に漂う雰囲気や匂いが違うからか、

[135]何となく緊張する……。

[136]ふと、顔見知りの外科の看護師さんが

[137]前方から歩いて来た。

[138]【かおり】

[139]「あ、外科さんのフィルムと検査結果、

[140] ついでだから持って上がってきました」

[141]【外科病棟看護師】

[142]「お、サンキュ!

[143] 気が利くじゃん!」

[144]話しながら、視線でなぎさ先輩を探すけど、

[145]そう都合よく会えるわけがない、か。

[146]やだな、

[147]わたし、やっぱりストーカーみたい……。

[148]そんな視線に気付いたらしく、

[149]外科の看護師さんがクスッと笑った。

[150]【外科病棟看護師】

[151]「あんた、いつも藤沢探してるよね。

[152] あの事件の時もそうだったし」

[153]【かおり】

[154]「えっ……、

[155] ぁわぁ……もしかして!?」

[156]そう言えば、なぎさ先輩の屋上事件の時、

[157]応対してくれたのって、

[158]悪戯っぽく笑ってる、目の前のこの人……!?

[159]【外科病棟看護師】

[160]「ごめんね、藤沢、今、オペ出し行ってんだよね。

[161] すれ違っちゃったねぇ。

[162] カッコよく働いてるとこ、見たかったんでしょ?」

[163]……あの時は、外科病棟全体がピリピリしてて

[164]この人も余裕がなかったみたいだけど、

[165]今は新しい主任さんも来て、バイトさんも入って、

[166]余裕ができたのか、気さくな看護師さんになってる。

[167]職場の雰囲気って、

[168]すごく大事なんだなぁ。

[169]【かおり】

[170]「あ、……や、そんな……。

[171] えと、げ、外科って忙しそうで大変ですね」

[172]【外科病棟看護師】

[173]「外科と内科じゃ『忙しい』の意味合いが違うからねー。

[174] あたし、内科は無理ー」

[175]【かおり】

[176]「は、ははは……」

[177]わたしも『外科は無理ですよー』と言おうとして、

[178]取り敢えず曖昧に笑うだけにする。

[179]その『無理』な内科に勤めているわたしたちって

[180]外科の人たちの目には、

[181]どんな風に映ってるんだろう?

[182]うーん、

[183]『隣の芝は青い』の逆バージョン?

[184]内科の詰所にフィルムと検査結果を置いて、

[185]ふとそんな気分になって、

[186]デスク傍にかけてある鍵を拝借してみた。

[187]なぎさ先輩の屋上事件から、

[188]屋上は厳重に施錠されることになって、

[189]今では、患者さんのレクリエーションで

[190]たまに開錠されるくらい。

[191]【かおり】

[192]「なぎさ先輩……」

[193]強い潮風が吹いている、

[194]それだけで、こんなにも心が不安に騒ぐ。

[195]当時、

[196]この柵を越えた、なぎさ先輩。

[197]あの時、なぎさ先輩は何を考えていたんだろう?

[198]何を考えて、

[199]どんな景色を見てたんだろう?

[200]あの時になぎさ先輩が目にした景色を見たくて、

[201]柵を越えてみた。

[202]まばらな屋根と道路の向こうに広がる、砂浜。

[203]――そして、

[204]太陽の光を反射して

[205]キラキラ光る、大きな海。

[206]わたしが離れてくかもしれないって、

[207]情緒不安定になったなぎさ先輩。

[208]わたしは……どうなんだろう、

[209]なぎさ先輩が離れると考えただけで、

[210]堪えようのない不安がこみ上げてくる。

[211]それでも、やっぱり

[212]なぎさ先輩にはなぎさ先輩らしくあって欲しい。

[213]ずっと夢だった外科に移って、

[214]バリバリと仕事をこなして、

[215]時々は弱音を吐きながらでもいいから、

[216]やっぱり笑っていて欲しい。

[217]強いなぎさ先輩も、カッコイイなぎさ先輩も好きだけど、

[218]弱いなぎさ先輩も、拗ねているなぎさ先輩も、

[219]なぎさ先輩なら全部好き。

[220]だから……なぎさ先輩の未来のためになるのなら

[221]病院を移ればいい、って本気で思って、

[222]そう言ったのに。

[223]わたしがさみしいのは、

[224]わたしが我慢すればいいだけだから――。

[225]でも。

[226]わたし、間違ってたのかな。

[227]なぎさ先輩の未来が、とか、そういう話じゃなくて、

[228]自分自身の話として、

[229]やっぱりなぎさ先輩と離れるのはさみしいって

[230]そう思っちゃうんだもの。

[231]なぎさ先輩に、

[232]今までのように近くで勤務してて欲しいって

[233]――傍にいて欲しいって思ってしまうんだもの!

[234]【???】

[235]「ちょ……っ、

[236] あんた、何してんのよ!!」

[237]慌てたような声に、

[238]ゆっくりと振り返る。

[239]【かおり】

[240]「な、ぎさ先輩……!?」

[241]――やっぱりダメだ。

[242]わたしがいるから、

[243]なぎさ先輩は新しい世界に羽ばたけないんだ。

[244]【かおり】

[245]「こ、来ないでください!!」

[246]【なぎさ】

[247]「かおり……!?」

[248]【かおり】

[249]「なぎさ先輩はもっと大きい病院で勉強するべきです!

[250] わたしはなぎさ先輩の足かせになりたくない!!

[251] それくらいなら、今ここで跳びます!!」

[252]【なぎさ】

[253]「何をバカなことを言ってるの!!

[254] あたしのために、

[255] あんたがそんなことする必要ない!!」

[256]【かおり】

[257]「わたしはなぎさ先輩の恋人です!

[258] 恋人の足枷になりたくないって思うのは

[259] 当然じゃないですか!!」

[260]【なぎさ】

[261]「…………!!」

[262]悔しそうな、それでいて辛そうな顔をして、

[263]なぎさ先輩が唇を噛んだのが見えた。

[264]【なぎさ】

[265]「……ヘッドハントの話を受ける、って言ったら、

[266] あんたは飛び降りるのをやめるのね」

[267]【かおり】

[268]「…………」

[269]迷った末に、頷いた。

[270]【なぎさ】

[271]「……わかったわ。

[272] あんたがそこまで言うんなら、

[273] あたし、あの話、受けることにする」

[274]【かおり】

[275]「…………」

[276]嬉しい。

[277]嬉しいはずなのに、

[278]どうしてこんなに胸が痛いんだろう?

[279]大好きな人のために、

[280]大好きな人に自分の本心を隠すのが……辛い。

[281]【なぎさ】

[282]「契約は成立ね。

[283] 馬鹿なことはやめて、こっちに来なさい」

[284]その言葉のままに、

[285]柵の内側に戻って、

[286]なぎさ先輩の近くへと歩み寄る。

[287]【かおり】

[288]「っ!」

[289]じんと熱くなってくる頬を、

[290]そっと片手で抑えた。

[291]【なぎさ】

[292]「……っ!」

[293]何か言おうとして開かれた唇は、

[294]けれど、何も言ってくれないまま。

[295]怒った顔で、なぎさ先輩は行ってしまった。

[296]【かおり】

[297]「……これで、いいのかな」

[298]楽しかったなぎさ先輩との思い出が蘇る。

[299]一緒に働いて、主任さんに叱られて、

[300]山之内さんにからかわれて、

[301]そして、患者さんたちを見送って。

[302]夜になったら、

[303]わたしの部屋でいつも飲み会みたいになって。

[304]看護師としてのわたしの思い出の中には、

[305]いつだって、なぎさ先輩が傍にいた。

[306]本当は、なぎさ先輩を追いかけて

[307]同じ学校を受験しようと思ったこともあった。

[308]……でも、

[309]連絡の途絶えたなぎさ先輩を追いかける勇気がなくて、

[310]地元の看護学校に進んだんだよね。

[311]もしかしたら、なぎさ先輩は

[312]わたしがこんな風になるってわかってたから、

[313]連絡をくれなくなったのかな。

[314]……そういえば、

[315]看護学校時代にすごく仲の良かった子がいた。

[316]なぎさ先輩の代わりにしたつもりはないけど、

[317]結果的に、彼女――寿ららちゃんに

[318]わたしはべったり依存しちゃったんだっけ。

[319]ららちゃんに頼り切って、よりかかって、

[320]『卒業して独り立ちできるまでは

[321]連絡し合わないようにしよう』なんてこと

[322]彼女に言わせちゃったんだよね。

[323]親友に、そんなことを言わせるなんて、

[324]バチが当たったんだよ、きっと。

[325]ららちゃん……、

[326]今になって初めて、あの時、どんな気持ちで、

[327]ららちゃんがあんなことを言ったのか、

[328]その辛さを思い知ったよ。

[329]ごめん……。

[330]わたし、全然成長してないんだなぁ……。

white_robe_love_syndrome/scr00853.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)