User Tools

Site Tools


white_robe_love_syndrome:scr00812

Full text: 324 lines Place translations on the >s

[001]手早く朝食を作り、二つのお皿に乗せる。

[002]スクランブルエッグにはケチャップかけて。

[003]あ、せっかくだからハートにしちゃおっかなー。

[004]鮮やかな黄色いスクランブルエッグのお皿部分に、

[005]情熱的な赤いハートマークができた頃、

[006]パンの焼けるいい香りがしてきた。

[007]【かおり】

[008]「よし、できた。

[009] さーて、もうひと仕事しなきゃ」

[010]わたしの視線の先には、

[011]ベッドでぐっすりと眠っているなぎさ先輩の姿。

[012]あれから二年。

[013]わたしたちは相変わらず寮に住んで、

[014]お互いの部屋を行き来しながら生活中。

[015]行き来、というよりは、

[016]もうほとんど毎日といっていいくらい

[017]なぎさ先輩はわたしの部屋に入り浸ってるん

[018]だけどね、実際のところは。

[019]で、こうして毎朝二人分の朝食を作るのが

[020]わたしの日課になってるの。

[021]今日もこうして……。

[022]【かおり】

[023]「なぎさ先輩、朝ごはんできましたよ〜!」

[024]【なぎさ】

[025]「うう〜ん……。

[026] もう、朝〜?」

[027]ゆさゆさと揺すると、

[028]なぎさ先輩がようやく目を開ける。

[029]ぺたっと額に手を触れると、

[030]くすぐったそうになぎさ先輩が笑った。

[031]なぎさ先輩って、期待されればされるほど

[032]自分を犠牲にしても無理をしちゃう性格だから

[033]こうやって熱が出てないか

[034]チェックしなきゃいけないのよね。

[035]気持ち良さそうな、なぎさ先輩の表情。

[036]なぎさ先輩がうらやんでいた『癒しの手』は

[037]もうなくなってしまった……。

[038]消えてしまった夢の中のあの子と

[039]『癒しの手』に何か関係があったのかもしれないけど、

[040]あの子が何も話してくれなかったので、

[041]それは何もわからないまま。

[042]でも、……わからなくてもいいかなって

[043]今は思ってるの。

[044]だって……。

[045]今はこうして、なぎさ先輩が傍にいてくれて、

[046]何もないわたしの手が気持ちいいって

[047]言ってくれるんだもん。

[048]癒しの手という能力がなくなって、

[049]なぎさ先輩が熱を出しても

[050]手で触れるだけでいいなんて便利なことは

[051]もうなくなっちゃったけど。

[052]わたしがわたしというだけで

[053]無条件で受け入れてもらえてるのが

[054]こんなに気持ちいいだなんて……。

[055]【かおり】

[056]「なぎさ先輩、昨日は残業だったんですよね?

[057] いつ帰ってきたんですか?

[058] わたし、全然気づきませんでした」

[059]【なぎさ】

[060]「ん〜、……三時、だったかなぁ……?

[061] 昨日のオペ患、結局、リオペ(再手術)に

[062] なっちゃってさぁ……」

[063]そう、一度は内科に戻ってきたなぎさ先輩は、

[064]その後、めきめきと頭角をあらわしてきた。

[065]デキるナースになったなぎさ先輩は、

[066]新しい外科の主任さんからスカウトされて、

[067]再び外科勤務になっちゃったの。

[068]大塚主任さんが言うには、

[069]なぎさ先輩って、最初の成長はゆっくりだけど

[070]一定線を越えた時点で一気に成長するタイプなんだって。

[071]慣れることで強くなるタイプなのね、とも言ってた。

[072]外科に来た新しい主任さんにも可愛がられてて、

[073]なぎさ先輩はメキメキとデキる看護師に成長中なの!

[074]わたしの自慢の先輩、兼、コイビトなんだよねー!!

[075]来年か再来年には主任に、って話も来てるらしいって

[076]情報通の山之内さんが言ってた。

[077]で、山之内さん、といえば……。

[078]相変わらずバタバタしてるわが内科病棟の

[079]渦中の人なのよね〜。

[080]師長だった常盤さんは去年、定年退職して、

[081]主任さんが師長の役割を兼任中なので

[082]相変わらず、大塚主任さんはすごく大変そう。

[083]困りきった主任さんが、

[084]山之内さんに主任をやってくれって言ったけれど、

[085]「そんな面倒なもん、いやや」とばっさりと

[086]断られたらしい。

[087]あんまりしつこく言うと

[088]病院そのものから出てってしまいそうだから、と、

[089]結局、山之内さんを主任にするのは諦めたんだって。

[090]……そして、わたしも三年目。

[091]なくなってしまった癒しの手に頼らなくても

[092]もう平気だもん。

[093]ちゃんと勉強もしてるし、

[094]今は看護師として実技の腕を磨きながら、

[095]着実に経験を積んでる真っ最中!

[096]右も左もわからず、

[097]ひたすらバタバタしてた日々が懐かしい……なーんてね。

[098]あの頃は、いつもなぎさ先輩がそばにいて、

[099]今は、なぎさ先輩がそばにいない。

[100]そばにいなくても、

[101]わたしたちの心が繋がってるからさみしくないの。

[102]それに、外科に行ってからのなぎさ先輩は

[103]とってもキラキラと輝いてて、

[104]これで良かったんだと素直に思える。

[105]【かおり】

[106]「……大変だったんですねぇ」

[107]【なぎさ】

[108]「でも、今日も日勤だから休めないよ〜、

[109] うえ〜ん」

[110]甘えた声で、ウソ泣きなんかしちゃって

[111]なぎさ先輩ったら。

[112]【かおり】

[113]「はいはい、じゃあ、いつものおまじない。

[114] 元気が出るように、おはようのキス……チュッ」

[115]途端に、パチッとなぎさ先輩の目が開いた。

[116]【なぎさ】

[117]「……よーし!

[118] 充電完了、今日も頑張れそう!」

[119]【かおり】

[120]「んもう、なぎさ先輩ったら」

[121]朝食を作るついでに

[122]なぎさ先輩との朝食も、最近の日課。

[123]……なんだけど……。

[124]【かおり】

[125]「……あの、なぎさ先輩。

[126] わたし……前から訊こうと思ってたんですが」

[127]トーストを紅茶で流し込んでから、

[128]周りを見渡した。

[129]【かおり】

[130]「なんだかわたしの部屋、

[131] どんどんなぎさ先輩の私物に

[132] 侵食されてってるような気がするんですが」

[133]【なぎさ】

[134]「だってモノがないと不便だもん。

[135] あたし、夜はここに帰ってきて、

[136] 朝はここから出てくのに」

[137]【かおり】

[138]「だからそれですよ!!

[139] どうしてなぎさ先輩は、

[140] 自分の部屋に帰らないのかって話なんですが」

[141]【なぎさ】

[142]「んまっ! かおりったら!

[143] 仕事で疲れて帰ってきたあたしに、

[144] あのさみしい部屋で独り寝しろっていうわけ?」

[145]【かおり】

[146]「そうじゃないです!

[147] ……っていうか、わたしの部屋より

[148] なぎさ先輩の部屋の方が片付いてるのに〜!」

[149]【なぎさ】

[150]「この部屋、相変わらずダンボールだらけだもんね。

[151] 結局、あの箱の山は開かずのダンボールになってるし。

[152] あはっ、なんかホラーみたいねぇ、あははは」

[153]能天気になぎさ先輩が笑ってる。

[154]もう、甘やかしすぎちゃったかなぁ?

[155]よし、意趣返ししてやる!

[156]【かおり】

[157]「笑い事じゃないですよ? いいんですか?

[158] あのダンボールを開けたら最後、なぎさ先輩の

[159] 居住スペースなくなっちゃいますよ?」

[160]【なぎさ】

[161]「ああん、かおりちゃん、

[162] あたしの居住スペースなくしちゃダメ〜、

[163] 今後も開かずのダンボールは開けちゃダメ〜」

[164]なぎさ先輩が甘えてしなだれかかってくる。

[165]わたしたちの日勤の朝は、毎朝、こんな感じ。

[166]【かおり】

[167]「あーあ。

[168] わたし、たまにはなぎさ先輩の部屋で寝たいな〜」

[169]【なぎさ】

[170]「んもー、かおりったら大胆発言!

[171] そんなにあたしと寝たいなんて!」

[172]【かおり】

[173]「そんなこと言ってません。

[174] 忙しすぎて、壊れてませんか?」

[175]口元についたトーストのカケラを払いながら、

[176]なぎさ先輩が意味ありげな視線でわたしを見た。

[177]【なぎさ】

[178]「……ところで、かおり、

[179] そろそろ大きいベッド買わない?

[180] あたし半分出すよ?」

[181]なぎさ先輩のこの提案も、割と日常茶飯事。

[182]【かおり】

[183]「この部屋に大きいベッド入れたら、

[184] 部屋がベッドで埋まっちゃうでしょー!」

[185]ぷいっと顔を背けて却下した。

[186]というか、大きなベッド買っちゃったら、

[187]なぎさ先輩とくっついて寝られなくなっちゃうよ。

[188]そんなの、ヤだもん!

[189]大好きな人とくっついて寝たいって乙女心、

[190]わかってよね!

[191]まったく、なぎさ先輩のニブチンさん!!

[192]ふたりでバタバタと出勤の準備をして、

[193]ふたり一緒に寮を出て、

[194]通い慣れた道を歩く。

[195]いつもと違うのは、

[196]わたしもなぎさ先輩も白衣姿だってこと。

[197]【なぎさ】

[198]「更衣室に寄って着替えるのは面倒だよねー。

[199] どうせ病院から近いし、時間短縮にもなるんだから、

[200] 寮生は更衣室使わなくてもいい事にしてほしい〜」

[201]のんびりと歩く白衣姿のなぎさ先輩の隣で、

[202]わたしはひたすらキョロキョロしてる。

[203]【かおり】

[204]「こここ、こんなとこ、

[205] 主任さんにでも見られたら……!」

[206]【なぎさ】

[207]「だーいじょーぶ!

[208] 内科の大塚主任は、この時間は病棟にいるから!

[209] あの人、ホント真面目だよねー!」

[210]なぎさ先輩は堂々と道を歩いてる。

[211]わたしはこんなにもビクビクしてるのに、

[212]なんかズルイっ!

[213]【なぎさ】

[214]「そーいや、かおり、

[215] 初出勤の日に寮から白衣着てきてたよねー。

[216] 知らぬが仏とはいえあのかおりは可愛かったなー」

[217]【かおり】

[218]「んもう!

[219] 忘れてください、そんな大昔のことは!!」

[220]初出勤の日のことを思い出して、

[221]わたしはプイッと顔を背ける。

[222]なぎさ先輩がクスッと笑った。

[223]【なぎさ】

[224]「そういえば、もう新人の季節ね」

[225]【かおり】

[226]「そうですね。

[227] その節は、大変お世話になりました。

[228] なんだか懐かしい気もしますねー」

[229]しみじみ思い出す。

[230]あの頃は、日々がわからないことだらけで、

[231]勉強の連続で、ホント大変だったけど。

[232]今は今で、新しいバイトさんや派遣さんが入ってきて、

[233]難しい患者さんも任されたりして、

[234]大変なのはあんまり変わらない。

[235]【なぎさ】

[236]「……懐かしい、なんて

[237] 言ってられなくなっちゃうかもよ?」

[238]【かおり】

[239]「……へ?」

[240]なぎさ先輩が悪戯っぽい瞳でわたしを見た。

[241]【なぎさ】

[242]「あの子、内科が採ったんですって。

[243] 最終的には、本人の希望が聞き届けられたみたい」

[244]『あの子』……?

[245]それに、なぎさ先輩の、この表情……。

[246]【かおり】

[247]「あの子、って……もしかして……!!」

[248]【なぎさ】

[249]「移植も上手くいって、復学したあの子、

[250] 今年、無事に卒業して、

[251] 看護師になるらしいわよ」

[252]【かおり】

[253]「…………」

[254]『あの子』の顔が、脳裏に浮かぶ。

[255]【なぎさ】

[256]「優秀な子だから、内科と外科で取り合いになったけど、

[257] 最終的に、本人の強い希望もあって、

[258] 内科が勝ったらしいわねー」

[259]『あの子』のことは実はずっと気になってたの、

[260]だって、わたしの初めての担当患者さんだったから。

[261]【なぎさ】

[262]「面接したの、うちの主任だったんだけど、

[263] あの性格、数倍磨きがかかってるみたいだし、

[264] 四月から大変かもね、内科さんは」

[265]じわじわと胸の奥から、強い感情がわきあがってくる。

[266]【なぎさ】

[267]「いじめられないように、頑張らなきゃね、

[268] 沢井先輩?」

[269]『あの子』との日々。

[270]初めて会った外来で嫌味を言われ、

[271]入院してからは、ノックをしろ、だの

[272]ちゃんと勉強してるのか、だの、

[273]さんざんへこまされたっけ。

[274]彼女の移植が成功したのは、とても嬉しい。

[275]また会えることも、すごく嬉しい。

[276]でも……。

[277]【かおり】

[278]「なぎさ先輩〜。

[279] もしわたしがいじめられたら、

[280] 後で慰めてくださいね」

[281]【なぎさ】

[282]「しょーがないわねぇ、かおりは」

[283]目に映る景色は何も変わらないけど、

[284]変わったこともたくさんあった。

[285]わたし自身も……。

[286]そっと胸に手を当てる。

[287]わたしを呼ぶ声は、もう聞こえない。

[288]夢の中にも、誰も出てこない。

[289]癒しの手も、もうなくなってしまった。

[290]【なぎさ】

[291]「かおり、ほら、行くよ?」

[292]なぎさ先輩がにっこり笑って

[293]わたしの手を取った。

[294]みんなを癒す能力はなくなってしまったけど、

[295]それでいいの。

[296]みんなを癒したいと思い願う気持ちは

[297]わたしの中からなくなりはしない。

[298]それに、その気持ちをカタチにするために

[299]知識と腕を磨いてるんだもん。

[300]……癒しの手なんて、もういらないの。

[301]それに、今はこうして

[302]なぎさ先輩が、わたしを癒してくれるんだもの。

[303]そう、なぎさ先輩の手が、わたしの癒しの手。

[304]わたしも、なぎさ先輩だけの癒しの手になる。

[305]【なぎさ】

[306]「さ、ホントに急がないと遅刻しちゃう!」

[307]【かおり】

[308]「やだー、

[309] 遅刻しちゃったら、

[310] また主任さんに叱られちゃうよー!」

[311]     暖かな春の風に乗って、

[312]     ふわりと桜の花びらが風に舞う。

[313]    ひらひらと舞い散る桜の花びらの中、

[314]    花びらに隠れるように

[315]    そっと顔を……頬を寄せて――。

[316]      幸せで柔らかな感触の後、

[317]      わたしたちは微笑み合った。

[318]   それから、改めてしっかりと手と手を

[319]   繋ぎ合わせ、ふたりそろって急ぎ足になる。

[320]   行き先は、

[321]   わたしたちの勤務先、百合ヶ浜総合病院の

[322]   それぞれの病棟!

[323]  わたしとなぎさ先輩……、

[324]  そして、みんながいる白衣の現場へ――!!

white_robe_love_syndrome/scr00812.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)