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[001]主任さんに言われて、外来回り。

[002]一階の検査室で検査伝票をもらった。

[003]【かおり】

[004]「……えっと、それから、

[005] 次は地下のレントゲン室で

[006] フィルムをもらってくればいいのよね……」

[007]主任さんに言われたことを思い出しながら

[008]階段を下りる。

[009]【かおり】

[010]「えっ、きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

[011]【かおり】

[012]「うっ……」

[013]【レントゲン技師】

[014]「……何か今、すごい音が……。

[015] ちょ、きみ、大丈夫かっ!?」

[016]うっすらと目を開けると、

[017]白衣の男の人が駆け寄ってくる。

[018]【かおり】

[019]「あ……い、や……」

[020]【レントゲン技師】

[021]「どうしたっ、どこを打った!?」

[022]男の人が、

[023]わたしの身体を持ち上げる。

[024]【かおり】

[025]「いやあっ!

[026] は、離してッ!

[027] やだ、いやあああ!」

[028]殺される……!

[029]わたし、殺される……!!

[030]【かおり】

[031]「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁっ!

[032] 助けてっ! 誰か助けてっ!

[033] 殺される……ッ!!」

[034]【はつみ】

[035]「すみません!

[036] 内科病棟の大塚です!」

[037]あれから、外来の看護師さんが飛んで来て、

[038]わたしは外来に連れて行かれたの。

[039]看護師さんに抱きついたまま、

[040]女医さんの診察を受けてしばらくしてから

[041]主任さんが来くれた。

[042]そして、主任さんの顔を見て、

[043]安心のあまり、また泣きじゃくり始めたわたしの肩を

[044]主任さんはしっかりと抱いてくれた。

[045]【はつみ】

[046]「沢井さん、しっかりして。

[047] 大丈夫?」

[048]【かおり】

[049]「主任、さん……?」

[050]【はつみ】

[051]「一体どうしたの?

[052] 何があったの?」

[053]【レントゲン技師】

[054]「階段から落ちたらしいです。

[055] 見たところ、骨折などはないようですが

[056] 右の足首を捻挫しているようですね」

[057]【はつみ】

[058]「まぁ!

[059] すみません、ご迷惑をおかけして……」

[060]主任さんがわたしの代わりに謝ってくれた。

[061]わたしも、謝らなくちゃって思うのに、

[062]身体が震えて動けない。

[063]【レントゲン技師】

[064]「いえ、僕を見て、

[065] 急にパニックを起こしてしまったようです。

[066] 彼女……、男性恐怖症か何かですか?」

[067]【はつみ】

[068]「……それはわたしの口からは何とも……」

[069]【レントゲン技師】

[070]「……そうですか。

[071] 何かあればいつでもレントゲン撮りますので、

[072] ドクターに指示をもらってください」

[073]【はつみ】

[074]「そうですね、ありがとうございます」

[075]主任さんに促されて、

[076]わたしもぺこりと頭を下げた。

[077]【かおり】

[078]「…………」

[079]わたし……突き飛ばされた、んだよね?

[080]背中に残ってる、はっきりとした手の感触。

[081]誰かが、悪意を持って、わたしを……。

[082]【はつみ】

[083]「沢井さん、歩ける?」

[084]顔を覗き込まれ、わたしは慌てて頷いた。

[085]【はつみ】

[086]「とりあえず今日は帰りなさい。

[087] その状態では仕事は無理でしょう?」

[088]【かおり】

[089]「でも……」

[090]【はつみ】

[091]「病棟なら大丈夫。

[092] 今はあなたの身体が大切だわ」

[093]優しい声が染み込んでくる。

[094]主任さんの言葉には抗えず、

[095]わたしはおずおずとうなずいた。

[096]【かおり】

[097]「……はい」

[098]白い包帯の巻かれた足首。

[099]外来の看護師さんが

[100]ふたりがかりで巻いてくれた……。

[101]ひとりはわたしに抱きつかれて動けなくて、

[102]もうひとりが手早く巻いて……。

[103]わたし、外来さんにも迷惑かけちゃった……。

[104]【かおり】

[105]「すみません……もう大丈夫です。

[106] ご迷惑をおかけしました。

[107] ……ありがとうございました」

[108]ゆっくり立ち上がって、

[109]もう一度、レントゲン技師さんに頭を下げる。

[110]それから午後の診察が始まる前で

[111]ちょっとバタバタしている外来のドアに

[112]そっと手をかけた。

[113]【はつみ】

[114]「……外来スタッフへのお礼は

[115] わたしから言っておくから。

[116] あなたは早く帰りなさい」

[117]【かおり】

[118]「は……、はい……」

[119]……主任さんには何でもお見通しなんだな。

[120]今日のところは、主任さんにお任せして、

[121]わたしは主任さんの言葉通り、帰ろう……。

[122]部屋に戻って、ボーッと包帯を見ていた。

[123]足首に巻かれた、真っ白い包帯。

[124]ズキズキ痛む足首が、

[125]あれは夢ではなかったことを教えてくれる。

[126]背中に感じた、力強い手の感触。

[127]押し出される身体。

[128]ふわりと宙を舞う感覚。

[129]手に持った伝票が散らばる向こうに、

[130]すっと消えた人影。

[131]逆光でよく見えなかったけれど、

[132]間違いなく誰かがいた。

[133]もし、誤ってぶつかったのなら

[134]きっと助け起こしに来てくれたはず。

[135]でも、慌てて駆け寄ってきてくれたのは、

[136]ぶつかった本人ではなく、

[137]レントゲン技師さんだった……。

[138]悪意のある行動……。

[139]誰かが、悪意を持って、わたしを突き飛ばした。

[140]階段から、突き落とした。

[141]でも、誰が……?

[142]…………。

[143]……それにしても。

[144]【かおり】

[145]「ううう……」

[146]思い出せば出すほど、冷や汗が出る。

[147]パニックを起こしていたとはいえ、

[148]せっかく助けてくれたレントゲン技師さんに向かって

[149]いろいろ暴言吐いちゃった……。

[150]いくら男の人が怖いからって、

[151]殺される、とか言っちゃったような気がする。

[152]外来の看護師さんにも

[153]ものすごーく迷惑かけちゃったし……。

[154]ううう、わたし、

[155]次からどんな顔して外来回りすればいいの?

[156]主任さんが謝ってくれるって言ってたけど、

[157]全部、主任さんに後始末をお願いしちゃうのも

[158]申し訳ないよ……。

[159]ああもう、わたしったら……。

[160]【かおり】

[161]「……ふぅ」

[162]ふと机に置いた携帯が目に付いた。

[163]【かおり】

[164]「聞きたいな、なぎさ先輩の声……」

[165]最近なぎさ先輩に全然会ってない。

[166]時計を見る。

[167]日勤帯なら、交代も終わって

[168]そろそろ部屋にいる時間。

[169]もし、残業がなければ、お話できるかも……。

[170]【なぎさ】

[171]「……はい」

[172]【かおり】

[173]「あ、なぎさ先輩っ!」

[174]なぎさ先輩は数コールで出てくれた。

[175]なぎさ先輩の声を聞けて嬉しくて、

[176]すごく久しぶりな気がして、

[177]思わずはしゃいでしまった。

[178]【なぎさ】

[179]「何の用?」

[180]【かおり】

[181]「えと……あの、もし良かったら

[182] 一緒に夕飯でもどうかなって……。

[183] お話したいこともいっぱいあるし」

[184]【なぎさ】

[185]「忙しいの」

[186]【かおり】

[187]「えっ?」

[188]【なぎさ】

[189]「じゃあね」

[190]【かおり】

[191]「えっ、なぎ……」

[192]ぼんやりと、携帯を見つめる。

[193]すごく素っ気なく切られちゃった。

[194]せっかく声が聞けたのに、

[195]お話、できなかった……。

[196]【かおり】

[197]「……なぎさ先輩」

[198]やっぱり外科って忙しいのね。

[199]それなのに、わたしったら

[200]またなぎさ先輩に頼っちゃって、

[201]ホントにダメだなぁ……。

[202]もっとしっかりしないと!

[203]捻挫は意外と大したことがなくて、

[204]次の日の朝、普通に起きて、普通に出勤してみた。

[205]のはいいんだけど……。

[206]【かおり】

[207]「……ぼー……」

[208]正直言うと、ちょっとヒマ。かも。

[209]その上、どうやら堺さんにも噂が伝わったらしく、

[210]訪室しても、いつもの嫌味がなかったの。

[211]ワガママも言われなかったし、

[212]同僚の看護師さんの仕事を手伝ってみたけど、

[213]ちょっと時間が余っちゃった……。

[214]さすがに記録まで手伝えないし、

[215]うーん……。

[216]【かおり】

[217]「あの、他に仕事がないみたいなので、

[218] 外来回りに行ってこようかと思うんですが……」

[219]一応、主任さんにお伺いを立ててみる。

[220]【はつみ】

[221]「沢井さん……」

[222]主任さんが、心配そうな顔でわたしを見た。

[223]【かおり】

[224]「あっ!

[225] 足は大丈夫ですし……。

[226] その、ついでに謝ってこようかなって……」

[227]ダメって言われちゃうかな。

[228]どっちかっていうと私用の方が比重高いし、

[229]また転んだらどうするの、って言われるかも……。

[230]【はつみ】

[231]「そう……。

[232] じゃあ、お願いするわ」

[233]わ、許可が出た!

[234]【かおり】

[235]「はいっ、行ってきます!」

[236]今の時間帯、

[237]午前の診察は終わってるのに、

[238]まだ外来患者さんは残ってるのね……。

[239]外来も病棟とは違う忙しさがありそう。

[240]それなのに、わたしったら、

[241]昨日、看護師さんに……、ううう。

[242]レントゲン技師さんにも……、あうう。

[243]みなさん、笑って許してくれた上に、

[244]わたしの心配までしてくれて……。

[245]ああ、ホント、わたし、

[246]いい病院に就職したなぁ……。

[247]【かおり】

[248]「ん?」

[249]外来を通りすぎようとした時、

[250]待合のベンチに座っている顔の中に、

[251]見知った顔がいたような……。

[252]振り返って、視線をめぐらせる。

[253]さっき、通り過ぎちゃったのも当然だよね、

[254]いつも明るいあみちゃんが、

[255]暗い顔をしてうつむいて座ってたんだから。

[256]【かおり】

[257]「……あみちゃん、

[258] こんなところでどうしたの?」

[259]わたしの声に、

[260]あみちゃんはハッとしたように顔を上げた。

[261]【あみ】

[262]「かおりんさん……」

[263]あみちゃんはわたしを見ても暗い顔をしている。

[264]入院中のあみちゃんが外来にいるっていうことは

[265]検査でもあったのかな。

[266]検査結果が良くなくて、落ち込んでるのかな。

[267]【あみ】

[268]「あ、あの………」

[269]あみちゃんは何か言おうとして、

[270]けれど、思い直したように口を閉じる。

[271]何か悩みごとでもあるのかな?

[272]【かおり】

[273]「どうしたの?

[274] わたしで良ければ、話、聞くよ?」

[275]【あみ】

[276]「えっと……。

[277] ……あの……」

[278]【かおり】

[279]「ん?」

[280]あみちゃんは、きゅ、と唇を噛んでから、

[281]思い切ったように口を開いた。

[282]【あみ】

[283]「あの、ね……。

[284] なぎさん、なんですけど、

[285] さっき、そこで隠れて泣いてたんです……!」

[286]【かおり】

[287]「なぎさ先輩が?」

[288]思わずレントゲンのフィルムの山を

[289]取り落としてしまいそうになって、

[290]わたしは慌ててフィルムを抱え直した。

[291]【あみ】

[292]「えと……こんなこと、かおりんさんに言うの、

[293] フェアじゃないかもしれないけど……」

[294]【あみ】

[295]「あの……。

[296] なぎさん、

[297] いじめられてるんじゃないかなぁ……って……」

[298]【かおり】

[299]「…………」

[300]あみちゃんの言葉に絶句した。

[301]なぎさ先輩が?

[302]いつも明るくて、

[303]話題の中心にいるような、あの、なぎさ先輩が?

[304]【かおり】

[305]「まさか、なぎさ先輩に限って……」

[306]【あみ】

[307]「……あ、そ、そうですよね!

[308] もしかしたら、わたしの見間違いかも、

[309] なーんて……えへへ……」

[310]そう言いながらも、

[311]あみちゃんの表情は暗い。

[312]【かおり】

[313]「……あみちゃん。

[314] 外来は冷えるから、お部屋に戻ろう?

[315] 身体を冷やすのは良くないよ?」

[316]【あみ】

[317]「…………」

[318]あみちゃんがコクリとうなずく。

[319]わたしはあみちゃんと連れ立って、

[320]病棟に戻ることにした。

[321]【あみ】

[322]「あの……、ここまででいいです……」

[323]病棟に戻ってきても

[324]元気のないあみちゃん。

[325]やっぱりあみちゃんが見たのって……。

[326]【かおり】

[327]「……あの、わかってると思うけど、

[328] なぎさ先輩らしき人が泣いてたってこと、

[329] 誰にも言わないでね?」

[330]【あみ】

[331]「はい、誰にも言うつもりはありません。

[332] かおりんさんだから……わたし……」

[333]【かおり】

[334]「あ、うん、そうだよね。

[335] 別にあみちゃんを疑ったわけじゃないからね?」

[336]【あみ】

[337]「はい、わかってます。

[338] じゃあ……」

[339]力ない笑顔で

[340]あみちゃんは部屋に戻った。

[341]いつも明るいあみちゃんのあんな様子見たら、

[342]信じないわけにはいかないよね。

[343]なぎさ先輩が……だなんて。

[344]【やすこ】

[345]「おー、おかえりー」

[346]詰所にいたのは、山之内さん一人だった。

[347]わたしは、記録を書いてる山之内さんの

[348]隣に座ってみる。

[349]【かおり】

[350]「あのぉ……、聞いていいですか?」

[351]【やすこ】

[352]「何でもどうぞ〜」

[353]思い切って訊いてみようとは思ったけど、

[354]……どう訊けばいいんだろう?

[355]変な心配させたくないし、

[356]それに、あみちゃんが見たのって

[357]なぎさ先輩じゃないかもしれないし……。

[358]【かおり】

[359]「あの、小耳に挟んだんですけど、

[360] 部署異動の後って、

[361] いじめとかあるんですか……?」

[362]【やすこ】

[363]「あ?

[364] 看護師の異動の話か?」

[365]【かおり】

[366]「は、はい……。

[367] 例えば、の話……なんですけど」

[368]山之内さんは記録の手を止めて、

[369]わたしをチラッと見た。

[370]それから、また記録を書き始める。

[371]【やすこ】

[372]「せやね、

[373] 異動して、いじめられることもあるし、

[374] 異動の理由がいじめ、ってのもあるな」

[375]【かおり】

[376]「え……」

[377]山之内さんの言葉に、

[378]目の前がスーッと暗くなった。

[379]【やすこ】

[380]「看護業界なんて、大奥みたいなモンやからね。

[381] 男の看護師がいてる職場はちったぁ違うみたいやけど、

[382] 女しかおらん職場やと女のエゴが剥き出しになる」

[383]【やすこ】

[384]「患者そっちのけで、

[385] 足の引っ張り合いすんのも日常茶飯事。

[386] 看護師の存在意義、自ら否定しまくり」

[387]【かおり】

[388]「そ、それって、

[389] よくあること、なんですか?」

[390]【やすこ】

[391]「ああ、めっさよくあることやね。

[392] むしろイジメのない職場のが珍しいくらい。

[393] あー、百合ヶ浜の内科はええとこやねー」

[394]【かおり】

[395]「それって、つまり、

[396] 病棟変わったら、いじめられても

[397] 不自然じゃないってことですか……?」

[398]【やすこ】

[399]「あんたと堺さんみたいな関係なんざゴロゴロや。

[400] 意地悪の応酬で一日が終わる、みたいな。

[401] ま、気の強い女だらけの職場やからねー」

[402]……山之内さんの言葉はショックだった……。

[403]看護師なのに……、

[404]患者さんのために働いてるはずなのに、

[405]足を引っ張り合うことで忙しい、だなんて……。

[406]【かおり】

[407]「……そんなことして、

[408] 何の意味があるんですか……」

[409]【やすこ】

[410]「意味なんかあらへんよ。

[411] 強いて言うなら、そいつが嫌い、うざい、邪魔。

[412] 目の前から消えてほしい、……ただそれだけや」

[413]【かおり】

[414]「…………」

[415]そんなの、酷い……。

[416]みんな、なりたくてなった看護師なんじゃないの?

[417]看護師って仕事に憧れて就いた職業なのに

[418]そんな嫌な部分もあるだなんて……。

[419]【やすこ】

[420]「新人は特に、標的にされやすいなぁ。

[421] 卒後すぐの新人だけやないで、

[422] 別の部署から回ってきた新入りも同じや」

[423]【かおり】

[424]「!!」

[425]はっとして顔を上げた。

[426]【やすこ】

[427]「初めての職場やから当然やねんけど

[428] 期待するように動かへんし、質問だらけやし、

[429] 無視してたら、いつまで経っても仕事せん」

[430]【やすこ】

[431]「指導する側にとっては、

[432] 人員の補充はありがたいけど、

[433] 動けん経験者はいらん、っちゅーわけや」

[434]【かおり】

[435]「…………」

[436]顔を上げた瞬間、

[437]わたしを見つめていたらしい山之内さんと

[438]ばちっと目が合った。

[439]【やすこ】

[440]「……そうか。

[441] 藤沢、外科でいじめられてんのか」

[442]【かおり】

[443]「ほぇぇえ!?

[444] な、なぎさ先輩がいじめられてるかもだなんて、

[445] わたし、一言も……!!」

[446]わたしは慌ててプルプルと首を振る。

[447]山之内さんがクスッと笑った。

[448]いじめの話をしてるのに、

[449]笑うなんて、ひどくないですか!?

[450]【やすこ】

[451]「藤沢がいじめ……か。

[452] ありえんことではないなぁ。

[453] どう思います、主任?」

[454]山之内さんの言葉に驚いて振り返ると、

[455]詰所の入り口に、主任さんが立っていた。

[456]き、聞かれちゃってた!!

[457]しかも、よりにもよって主任さんに!

[458]【はつみ】

[459]「…………」

[460]主任さんは何だか考え込んでいる様子だった。

[461]【かおり】

[462]「あ、あの……っ!

[463] なぎさ先輩がいじめられてるって

[464] それはあくまでも噂で……!」

[465]【はつみ】

[466]「…………」

[467]【かおり】

[468]「そもそも、なぎさ先輩がいじめられてるなんて、

[469] わたし、一言も言ってないですよね、

[470] 山之内さ……って、いないし!!」

[471]気がついたら、山之内さんはいなくなってるし!

[472]【はつみ】

[473]「…………」

[474]ああん、どうしよう〜〜!!

[475]あああああ……。

[476]ううっ、つっかれた〜っ!!

[477]あの後、やたら主任さんがピリピリしてて

[478]詰所の雰囲気も悪かった。

[479]ううう、緊張しすぎで気持ち悪くなっちゃったよ〜。

[480]でも、なぎさ先輩……、

[481]いじめられてるって本当なのかな。

[482]少し迷ってケータイを手に取る。

[483]なんて聞けばいいのかわからなかったけど……。

[484]【かおり】

[485]「あ、もしもし、なぎ……」

[486]あ、あれ?

[487]なぎさ先輩……、今、出た……よね?

[488]よくわかんないけど……、

[489]じっとしてるのも、いい加減、飽きちゃった。

[490]なぎさ先輩の部屋に、行ってみよう!

[491]会えなかったら

[492]戻ってくればいいんだし。

[493]【なぎさ】

[494]「はい」

[495]あ、なぎさ先輩、いたんだ……。

[496]【かおり】

[497]「あ、わたしです。

[498] 沢井です」

[499]出てきたなぎさ先輩は

[500]疲れているらしくて、ひどく顔色が悪い。

[501]【かおり】

[502]「なぎさ先輩?

[503] すごく顔色が……?」

[504]【なぎさ】

[505]「……何の用?」

[506]硬い表情。

[507]冷たい声。

[508]なぎさ先輩らしくない。

[509]【かおり】

[510]「その……いじめられてるって噂を聞いて……」

[511]【なぎさ】

[512]「いじめられてなんかないわよっ!」

[513]いきなりの大声に、ビクッとした。

[514]【かおり】

[515]「な、なぎさ先輩……」

[516]【なぎさ】

[517]「ずっと希望していた外科に異動になって、

[518] やっとおむつ交換と褥瘡処置、栄養指導ばかりの

[519] つまらない日々から解放されたの!」

[520]【なぎさ】

[521]「今までずっとやりたかった看護を

[522] ようやくさせてもらえてるのよ!

[523] 毎日が充実してるんだから!!」

[524]【かおり】

[525]「なぎさ先輩……?」

[526]【なぎさ】

[527]「毎日毎日、うんざりしてた!

[528] 内科みたいなあんな地味で面倒なとこ、

[529] 本当に嫌だったわ!」

[530]なぎさ先輩の叫びに、何かが違うと思った。

[531]……でも、何が違うのか、

[532]言葉にできなくて……。

[533]ただ、この叫びは

[534]なぎさ先輩の本心じゃないってことだけは

[535]伝わってくる。

[536]【かおり】

[537]「なぎさ先輩……」

[538]【なぎさ】

[539]「何よ、何なのよ、その顔は!

[540] 同情してるつもりなの?

[541] 何様なのよあんた!!」

[542]【かおり】

[543]「ど、同情なんて……そんなつもりは……!」

[544]わたしの気持ちとは裏腹に、

[545]なぎさ先輩の感情の爆発は

[546]どんどんエスカレートしていく。

[547]【なぎさ】

[548]「笑ってるんでしょう?

[549] 外科を希望しておきながら

[550] 外科のスピードについていけないあたしを!」

[551]【かおり】

[552]「そんなこと……」

[553]そんなことない!

[554]否定しようとして、はっとして息を呑んだ。

[555]なぎさ先輩は

[556]目にいっぱい涙を浮かべて

[557]わたしを睨んでる。

[558]【なぎさ】

[559]「みんなして笑ってるんでしょう!?

[560] 内科のみんなも、いなくなってせいせいしたって

[561] そう思ってるんでしょう!?」

[562]【かおり】

[563]「そんな……っ!!」

[564]なぎさ先輩の両目から、ポロッと涙がこぼれた。

[565]【なぎさ】

[566]「どうせあたしはできない子よ!

[567] 内科でもお荷物だったわよ!」

[568]【かおり】

[569]「!!」

[570]【なぎさ】

[571]「だからって、忙しい外科に回して、

[572] 自分から辞めさせるように仕向けたって、

[573] あたし、絶対に辞めないんだから!」

[574]【かおり】

[575]「…………」

[576]わたしは、何て言えばいいんだろう?

[577]こんなに傷ついてるなぎさ先輩を

[578]どう言えば、慰めてあげられるのかわからない。

[579]【かおり】

[580]「お、落ち着いてください、なぎさ先輩!

[581] どうしたんですか、

[582] なぎさ先輩らしくないです!」

[583]【なぎさ】

[584]「あたしらしいって、

[585] どういうのがあたしらしいのよ!

[586] あたしのこと、何も知らないくせに!」

[587]震えてる肩にそっと手をかけようとして、

[588]その手を思い切り振り払われた。

[589]バランスを崩したことで、

[590]捻挫した足首にズキッと痛みが走る。

[591]【かおり】

[592]「つっ……!」

[593]その瞬間、その場にふたりで転んでしまった。

[594]【なぎさ】

[595]「笑ってるくせに!

[596] あんた、あたしのこと、笑ってるくせに!」

[597]身体の下で暴れようとするなぎさ先輩を

[598]思わず押さえつける。

[599]【なぎさ】

[600]「離れなさいよ、

[601] あんたなんか大嫌い!」

[602]大嫌い……!

[603]思ってもいなかった言葉に、

[604]ざっくりと心が傷ついて、見えない血が流れ出す。

[605]それでも……!

[606]【かおり】

[607]「なぎさ先輩!!」

[608]【なぎさ】

[609]「あたしには何もない!」

[610]【なぎさ】

[611]「あんたみたいな癒しの手も、

[612] あんたみたいな要領の良さも、

[613] あんたみたいな愛想の良さも、何も持ってない!」

[614]なぎさ先輩の言葉が

[615]わたしの胸の深くにまで突き刺さる。

[616]【なぎさ】

[617]「あんたにイロイロ見せ付けられて、

[618] あたしがどんな気持ちだったか、

[619] あんた、考えたこともないくせに……っ!」

[620]それ以上、聞きたくなかった。

[621]大好きななぎさ先輩の口から、

[622]酷い言葉を聞きたくなくて――。

[623]【なぎさ】

[624]「あんたなんか、だいきら……んッ!!」

[625]聞きたくなくて、唇で口をふさぐ。

[626]じん、と頬が熱くなる。

[627]叩かれたのだと、遅れて理解した。

[628]【なぎさ】

[629]「あたし、あんたの

[630] そういうお優しいところが大ッ嫌い!」

[631]【かおり】

[632]「なぎ……」

[633]【なぎさ】

[634]「キスしてあげたら、

[635] あたしが喜ぶとでも思った!?」

[636]ぶたれた頬が、ジンジンと痛む。

[637]【なぎさ】

[638]「都合が悪いあたしにキスしたら、

[639] あんたの好きな

[640] 都合のいいあたしに戻るって思った?」

[641]頬よりも、何よりも、心が、痛い。

[642]【なぎさ】

[643]「あたしの気持ち知ってるくせに!

[644] 最低!!」

[645]【かおり】

[646]「…………っ」

[647]痛む心は、血の涙を流して……。

[648]こんなにも、辛くて、切ないのに。

[649]わたしの言葉は、なぎさ先輩には届かない。

[650]なぎさ先輩は、わたしの言葉なんか

[651]もう聞いてくれない……。

[652]【なぎさ】

[653]「いつまであたしの上に乗ってるの!

[654] 重い!」

[655]どん、と胸を押された。

[656]その勢いのまま、

[657]なぎさ先輩の上から身体を下ろす。

[658]【なぎさ】

[659]「最悪よ!

[660] あんたの顔なんて、もう見たくもないわ!!」

[661]立ち上がったなぎさ先輩は

[662]吐き捨てるようにそう言うと、

[663]乱暴にドアを閉めた。

[664]わたしだけが、さみしい廊下に取り残される。

[665]ぽたりと、

[666]座り込んだままの膝の上に涙が落ちた。

[667]……なぎさ先輩……。

[668]なぎさ先輩をここまで追い詰めてしまったのは、

[669]わたしなんですね……。

[670]閉ざされた、ドアをぼんやりと見上げる。

[671]そのドアが開かれることは、

[672]もう二度とないんですか……?

[673]       また、あの夢の中……。

[674]      どこかからか泣き声がする。

[675]        誰かが、泣いている。

[676]     きっと、あの女の子だと思った。

[677]       わたしはあの子を探して、

[678]       暗い夢の中をさまよう。

[679]        ふと、人影が見えた。

[680] あの女の子が、立ったまま、しくしくと泣いていた。

[681]【かおり】

[682]「どうしてあなたが泣いてるの?」

[683]声をかけた。

[684]泣きたいのは、こっちの方よ。

[685]わけのわからない謎かけのような言葉で

[686]混乱させられて。

[687]その上で、こんな風に泣かれちゃったら、

[688]無視することなんてできないじゃない。

[689]【???】

[690]「わたしのワガママが……

[691] わたしの存在が、

[692] あなたとあの子を傷つけているの」

[693]【かおり】

[694]「…………」

[695]また、謎かけのような言葉。

[696]どういうこと?

[697]わけがわからないわ

[698]【かおり】

[699]「どういう、こと?」

[700]女の子は泣き腫らした目で、わたしを見上げる。

[701]【???】

[702]「何もかも、わたしのせいなの……。

[703] ごめんなさい……」

[704]【かおり】

[705]「わけがわからないわ」

[706]女の子は泣き腫らした目で、わたしを見上げる。

[707]【???】

[708]「わたしのせいなの。

[709] あなたが混乱しているのも……。

[710] ごめんなさい……」

[711]やっぱり会話にならない。

[712]わたしは小さくため息をついて、

[713]女の子の目の前にかがみこんだ。

[714]【かおり】

[715]「……ねぇ、あなたは誰なの?」

[716]【???】

[717]「わたしは……

[718] わたしがあなたに忘れさせた、

[719] もうひとりのあなた」

[720]もう一人の、わたし?

[721]【???】

[722]「わたしさえいなければ、

[723] 少なくともあの人は

[724] あんな風に泣くこともなかった」

[725]あの人……?

[726]やっぱり、この子の言ってる言葉の意味がわからない。

[727]わたしは、泣いている女の子を

[728]ただぼんやりと見つめていた。

white_robe_love_syndrome/scr00805.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)