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white_robe_love_syndrome:scr00804

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[001]今日は少しはマトモに仕事ができたような気がする。

[002]山之内さんにも褒められちゃったし、

[003]主任さんにも叱られなかったし!

[004]堺さんにはまた嫌味を言われちゃったけど、

[005]あの人が嫌味ばっかりなのはいつものことだし。

[006]【かおり】

[007]「わたしだって、

[008] やる時はやるんだからっ!」

[009]カバンの中から本を出す。

[010]主任さんが「これで勉強しなさい」って

[011]貸してくれた、少し古い病態生理学の本。

[012]イラストがふんだんに使われていて、

[013]わたしにでも理解できそう……。

[014]しかも、この本で主任さんが勉強したらしく、

[015]重要なところにラインが引かれてたり、

[016]細かい字で書き込みがある。

[017]早く読み切って、

[018]主任さんに返さないとね!

[019]で、その本がちょっと重かったから、

[020]帰りにコンビニに寄る気力はなくて、

[021]今からまたコンビニに行くの。

[022]でないと、今日の夕食も明日の朝食も

[023]なーんにもないから。

[024]うう……、こんな時のために、

[025]非常食くらい用意しておいた方がいいよね。

[026]【かおり】

[027]「あっ、なぎさ先輩っ!」

[028]下に下りた途端、

[029]仕事帰りらしいなぎさ先輩の姿を見かけた。

[030]光の加減のせいかもしれないけど、

[031]なぎさ先輩の顔色が悪い。

[032]疲れてるから、かな。

[033]【かおり】

[034]「なぎさ先輩、今日は珍しく早いんですね。

[035] 手術とかなかったんですか?」

[036]【なぎさ】

[037]「…………」

[038]わたしの言葉に、

[039]なぎさ先輩はきつい目でわたしを睨んだ。

[040]え……?

[041]なぎさ先輩は何も言わずに、

[042]そのままエレベーターに乗り込んでしまった。

[043]えっと……。

[044]わたし、何か睨まれるようなこと、言った……?

[045]今日は早いんですねって言っただけ、……だよね?

[046]余計なこと、何も言ってないよね?

[047]何だか心がゾワゾワする……。

[048]【かおり】

[049]「わたし、何か

[050] なぎさ先輩を怒らせるようなこと、

[051] 言っちゃった……?」

[052]うーん……。

[053]一瞬、追いかけようかなって思ったけど、

[054]なぎさ先輩、すごく疲れてたようだし、

[055]追いかけるのも今更って気もするし……。

[056]後で電話なりメールすれば、いいよね。

[057]少しだけ迷って、わたしは予定通りに

[058]コンビニに向かうことにした。

[059]あ、ケータイに着信。

[060]【かおり】

[061]「!」

[062]何気なく、ケータイを開いてしまって、後悔する。

[063]『おまえなんて死ねばいい』

[064]ゾクリと、何かが足元から這い上がる。

[065]流れ出る、あたたかい赤い血。

[066]急速に冷たくなる、指先。

[067]       「かおり、ちゃん……」

[068]誰かがわたしを呼んでいる。

[069]わたしも、あの子のように血まみれになって、

[070]死んでしまうのかもしれない。

[071]あのこのように

[072]ちまみれになって……。

[073]【かおり】

[074]「いやああああっ!!!」

[075]思わず走り出す。

[076]目の前に、小さな明かりが見えた。

[077]入らなきゃ!

[078]明るい光の中に入らなきゃ!!

[079]【かおり】

[080]「きゃっ!?」

[081]【男性客】

[082]「いてっ!」

[083]誰かが目の前にいる。

[084]男の人だ。

[085]【男性客】

[086]「あぶないなぁ……って、

[087] あんた、顔色悪いけど、大丈夫か?」

[088]男の人の腕が、わたしへと伸びてくる。

[089]男の人の顔がゆがむ。

[090]肩を掴まれた。

[091]わたしも、あの子のように血まみれになって……!!

[092]【かおり】

[093]「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

[094]【???】

[095]「はい、熱いから気をつけて」

[096]え……?

[097]柔らかく、静かな声。

[098]ここは……。

[099]【かおり】

[100]「…………?」

[101]ふと手の中に暖かさを感じた。

[102]ふわりと甘いハニーミルクの匂い。

[103]わたしは両手でマグカップを握っている。

[104]お気に入りのカップ。

[105]【はつみ】

[106]「大丈夫?」

[107]【かおり】

[108]「主任、さん……?」

[109]目の前に、心配そうな主任さんの顔があった。

[110]【かおり】

[111]「どうして……?

[112] ここは……わたしの部屋……?」

[113]主任さんは

[114]優しい微笑みを浮かべてくれた。

[115]マグカップを落とさないよう、

[116]わたしの手を外側から優しく包んでくれている。

[117]【はつみ】

[118]「コンビニの店員さんから病院に連絡があったの。

[119] あなたが店先でパニックを起こしているって」

[120]【かおり】

[121]「コンビニ……」

[122]【はつみ】

[123]「で、病院からわたしの元へ連絡が来て、

[124] よくわからないながらもコンビニに行ったら、

[125] あなたが泣きじゃくっていたのよ」

[126]【はつみ】

[127]「コンビニの店員さん、

[128] あなたの顔を覚えていたのね、

[129] 迅速に保護できて良かったわ……」

[130]【かおり】

[131]「……申し訳ありません。

[132] ご迷惑を、おかけして……」

[133]【はつみ】

[134]「本当にね」

[135]コンビニでの記憶はあるけれど、

[136]何となくフィルターを通しているような

[137]そんな感じでまだぼんやりとしている。

[138]現実味がないっていうか……。

[139]【はつみ】

[140]「ほら、飲んで?

[141] 心が落ち着くから」

[142]優しい声。

[143]手の中の、暖かいマグカップに

[144]視線を落とす。

[145]そっと唇を付けた。

[146]ハニーミルクの甘さが

[147]ふわりと口の中に広がる。

[148]【かおり】

[149]「…………」

[150]何も聞かずにいてくれる主任さんの心遣いが

[151]とても嬉しい。

[152]甘くてあたたかいハニーミルクと、

[153]主任さんの優しさとに、

[154]心と身体が癒されてゆく気分……。

[155]【はつみ】

[156]「今日はわたしがついていてあげるから、

[157] それを飲んで、あなたはもう休みなさい」

[158]【かおり】

[159]「え……?

[160] でも、ご迷惑なんじゃ……」

[161]わたしの言葉に、主任さんは少し笑った。

[162]【はつみ】

[163]「バカね。

[164] 新人は先輩に迷惑をかけるものでしょう?

[165] そんなことは気にしなくてもいいの」

[166]【はつみ】

[167]「その代わり、あなたが先輩になったら、

[168] ちゃんと新人の迷惑を受け入れてあげるのよ?」

[169]いつも厳しい主任さんが、今日はとても優しい。

[170]そのことが、ものすごく幸せで、嬉しい。

[171]【はつみ】

[172]「さ、もう眠りなさい。

[173] ……疲れたでしょう?」

[174]主任さんの声に導かれるように、

[175]わたしのまぶたが次第に重たくなっていく。

[176]額に柔らかな手のひらを感じる。

[177]わたしの髪を優しく撫でていく手。

[178]そこから穏やかな何かが

[179]わたしの身体に流れ込んでいくような気がした。

[180]【はつみ】

[181]「ゆっくり眠りなさい。

[182] 何も考えずに……」

[183]主任さんの言葉が小さく、遠くなっていく。

[184]深く穏やかな眠りの淵に、吸い込まれるように

[185]わたしはゆっくりと深い眠りに落ちていった。

[186]【かおり】

[187]「は……っ!?」

[188]はっと目を開けて、

[189]それからガバッと身体を起こす。

[190]えっ、もう朝っ!?

[191]慌てて時計を見る。

[192]もう九時を回っていた。

[193]【かおり】

[194]「ちっ、遅刻……っ!?」

[195]慌ててベッドから飛び降りると

[196]テーブルの上の紙がヒラヒラと揺れた。

[197]あれ?

[198]そういえば主任さんは?

[199]テーブルの上でヒラヒラしている紙を手にとった。

[200]そこには、几帳面な文字が綴られていた。

[201]     『今日は有給扱いにします。

[202]      一日ゆっくりと休んで、

[203]      明日からまた頑張ってください』

[204]   『冷蔵庫にサンドウィッチとコーヒー牛乳を

[205]    入れておきます。

[206]    起きたらちゃんと食べるように』

[207]これって主任さん、だよね?

[208]有給扱いって……?

[209]取り敢えず、病棟に電話、しなきゃ!

[210]慌ててケータイを取り出して、

[211]病院に電話をかける。

[212]受付を通じて、病棟に電話を回してもらうと

[213]主任さんは不在で、山之内さんが受けてくれた。

[214]【やすこ】

[215]「あぁ、有給やろ。聞いてるで」

[216]【やすこ】

[217]「沢井、善良な一般市民のボディに頭突きした挙句、

[218] 尻餅ついて気絶したんやって?

[219] お大事に〜」

[220]う!

[221]笑われてる!!

[222]【やすこ】

[223]「今日はフリーさんいてて、一人多かったから、

[224] あんた抜けても全然大丈夫!

[225] 心配せんでゆっくり休んどき」

[226]【やすこ】

[227]「んじゃ、お大事に〜」

[228]【かおり】

[229]「ありがとう、ございます」

[230]電話を切って、ケータイを閉じる。

[231]……何だかよくわかんないけど、

[232]本当に休み扱いになってるみたい……。

[233]事実が一人歩きした、というより、

[234]うわさに尾ひれや背びれ、胸びれまで付いている気が

[235]しないでもないけど。

[236]気が抜けたせいか、ヘナヘナと座り込む。

[237]そのままベッドに背中を預けて天井を見上げた。

[238]はぁ……。

[239]落ち着いたら、頭も次第にはっきりしてきた。

[240]昨日のアレは、一体なんだったんだろう。

[241]そっと胸に手を当てて考える。

[242]男の人が怖い。

[243]特に、昨日は本当にダメだった。

[244]近くで男の人を見ただけだったのに、

[245]どうして殺されるとまで思ってしまったんだろう?

[246]殺されるって思った直接のきっかけは……

[247]あの事故のイメージ?

[248]あれは、何?

[249]わたし自身が過去に体験した事故なの?

[250]わたしは覚えてないけど、

[251]身体のどこかで覚えてるってことなのかな。

[252]頭の奥がズキリと痛む。

[253]ふと、脳裏に、血まみれの子が浮かんだ。

[254]あの子は誰なんだろう?

[255]血まみれになって死んだ子なんていたの?

[256]いたのなら、

[257]わたしはどうしてその子を覚えていないの?

[258]ああ……、

[259]どうしてこんなに頭が痛いんだろう……。

[260]気づいたらまた少しウトウトしていたらしい。

[261]もう外は夕暮れに染まっていた。

[262]【かおり】

[263]「はーい?」

[264]【???】

[265]「デリバリーでーす!」

[266]【かおり】

[267]「……デリバリー?」

[268]首をかしげて、ドアを開ける。

[269]【やすこ】

[270]「よっ、元気か?

[271] 夕食持ってきたで〜」

[272]【かおり】

[273]「や、山之内さん!?」

[274]【やすこ】

[275]「ちゅーことで、お邪魔しますー」

[276]わたしの返事も聞かずに、

[277]山之内さんがずかずかと部屋に入っていく。

[278]【かおり】

[279]「あ、えーっと……、どうぞ」

[280]山之内さんはテーブルの上に

[281]大きなコンビニ袋をデンと置いた。

[282]【やすこ】

[283]「これ、差し入れ、うちと主任から。

[284] おごりやけど気にすんな」

[285]さらっと恩着せがましく言うのが

[286]山之内さんらしい。

[287]【かおり】

[288]「主任さんからも?

[289] しかも、こんなにたくさん?」

[290]【やすこ】

[291]「アホ、あんた独り占めする気か?

[292] うちの分もあるんやけど」

[293]あ、やっぱりね。

[294]ただの差し入れにしては

[295]やたらと袋が大きいなって思ったのよね。

[296]【やすこ】

[297]「ちゅーことで、いただきます!

[298] ほら、あんたも!」

[299]ぐい、と腕を引かれて、座らされる。

[300]強引だけど、強引な中に優しさがある。

[301]【かおり】

[302]「……いただきます」

[303]コンビニごはんだけど、

[304]夕食を食べて、お茶を飲んでいたら、

[305]山之内さんが何気なく言った。

[306]【やすこ】

[307]「そういや、あんた、

[308] しばらく夜勤ナシやって」

[309]【かおり】

[310]「は、はい?」

[311]まるで「今日は暑かったねー」とでも言うような

[312]とても軽い口調で言われて、

[313]うっかり聞き流すとこだった。

[314]【やすこ】

[315]「さすがに夜勤中、尻餅ついて

[316] 気絶されてもどうにもならんしなぁ」

[317]【かおり】

[318]「……はい」

[319]【やすこ】

[320]「ま、あんたが夜勤の面子から抜けたおかげで、

[321] うちはまた連続夜勤決定!

[322] 金が貯まるわ、ありがと〜」

[323]ニコニコと笑う山之内さんは、

[324]心の底からそう思っているように見える。

[325]わたしにとって夜勤は、怖いものっていうイメージ。

[326]夜が怖いし、夜の病院は不気味だし、

[327]何より夜勤帯は人が減るから、

[328]何かあったらどうしようって思っちゃうし。

[329]でも、山之内さんは違うみたい。

[330]山之内さんにとっては

[331]夜勤、イコール、稼げるもの、らしい。

[332]シフトを交代してもらっては

[333]詰所で喜んでるのを何度見たことか。

[334]わたしもいつか

[335]山之内さんのようになれる日が来るのかな。

[336]夜勤が好きって言えるようになる日が来るのかな。

[337]【かおり】

[338]「あの……」

[339]【やすこ】

[340]「ん?」

[341]【かおり】

[342]「……夜勤って、怖くないですか?」

[343]【やすこ】

[344]「何で?」

[345]山之内さんは

[346]きょとんとしている。

[347]本当に怖くないらしい。

[348]【かおり】

[349]「だって……、

[350] 夜勤って怖いじゃないですか」

[351]【やすこ】

[352]「夜勤の何が怖いん?」

[353]【かおり】

[354]「だって……、夜勤帯はスタッフも少ないし、

[355] ドクターだって手薄だし……、

[356] 相談する人もいないし……」

[357]【かおり】

[358]「もし患者さんが急変したら……、

[359] きっと何もできない……」

[360]【やすこ】

[361]「そんなん、うちかて何もできへんよ。

[362] うちらドクターやないんやから」

[363]【かおり】

[364]「それは、そうなんですけど……」

[365]【やすこ】

[366]「あのな、余計なことばっか考えんと、

[367] 自分の仕事、やるべきことだけ

[368] 考えて動けばええねん」

[369]【やすこ】

[370]「うちらは看護師や、

[371] 何か起こらんように、起こりそうなことを予測して、

[372] 何も起こらんよう先に手を打つんが仕事」

[373]【やすこ】

[374]「何か起こったら、速やかにドクターにバトンタッチ。

[375] 後はドクターの指示に従う。

[376] それだけでええ」

[377]【かおり】

[378]「そう、なんですか……?」

[379]【やすこ】

[380]「要は責任の範囲内で、できることだけ

[381] きちっとやればええねん。

[382] そっから先のことは、考えるだけ無駄」

[383]【やすこ】

[384]「できんことやれ、っちゅー方が無理なんや。

[385] 人間、できることしかできん」

[386]【やすこ】

[387]「言うてしまえば、

[388] 最悪の事態さえ引き起こさんかったらエエねん。

[389] で、その『最悪の事態』には何があると思う?」

[390]山之内さんの言葉に、

[391]わたしは病棟で起こりうる『最悪の事態』を

[392]考えてみた。

[393]【かおり】

[394]「インシデントレポートを書くような事態……?」

[395]【やすこ】

[396]「具体的には?」

[397]【かおり】

[398]「えっと……、患者さんがベッドから落ちたり、

[399] 気がついたら、呼吸が止まってたり?」

[400]【やすこ】

[401]「それだけやないけど、

[402] ま、そういうことやね。

[403] んで、逆を考えたらええねん」

[404]逆……?

[405]【やすこ】

[406]「そういう最悪の事態を引き起こさんためには

[407] 自分が看護師として、

[408] どう動いたらええんか、考えたらええ」

[409]……自分が看護師として、

[410]最悪の事態を引き起こさないように

[411]どう動くか……。

[412]む、難しい……。

[413]わたしが山之内さんのレベルに達するまでには

[414]まだ乗り越えなきゃならない山が

[415]いくつもありそうな気がする……。

[416]【やすこ】

[417]「ま、焦らんでも、おいおいわかる。

[418] ドクターもナースも人間……

[419] 神にはなれん、ちゅーことがな」

[420]え……、神……?

[421]【かおり】

[422]「きゃあっ!!」

[423]【やすこ】

[424]「どうした、沢井?

[425] 何をそんなに……?」

[426]【かおり】

[427]「い、いやっ……怖いっ!」

[428]テーブルの上のカップが倒れる。

[429]【やすこ】

[430]「非通知か……。

[431] ちょっと借りるで!」

[432]山之内さんが

[433]わたしのケータイを取り上げた。

[434]【やすこ】

[435]「……もしもし?

[436] もしも……うわ、切れよった……」

[437]山之内さんがため息をついて、

[438]ケータイをテーブルの上においてくれた。

[439]【やすこ】

[440]「さっきの非通知、誰から?」

[441]【かおり】

[442]「……わかりません」

[443]【やすこ】

[444]「わからん?」

[445]【かおり】

[446]「わからないんです。

[447] いつも非通知で……出ても無言だし……」

[448]【やすこ】

[449]「ふーん……。

[450] 非通知着信を拒否する設定は?」

[451]【かおり】

[452]「…………あぅ」

[453]【やすこ】

[454]「……気づかんかったんやね……」

[455]山之内さんの表情に、

[456]わたしは何だか気が抜けてしまった。

[457]【かおり】

[458]「そ、そう、ですよね。

[459] 考えてみれば、最初っから

[460] 着信拒否にしてれば良かったんですよね」

[461]【やすこ】

[462]「まったくもう……」

[463]【やすこ】

[464]「なんや?

[465] 今度はメール?」

[466]【かおり】

[467]「もしかして、また……!?」

[468]【やすこ】

[469]「……また?

[470] ふーん……、見るで?」

[471]わたしの返事を聞かずに、

[472]山之内さんはメールを見た。

[473]【やすこ】

[474]「何や、コレ……!?」

[475]【かおり】

[476]「ど、どうしたんですか……?」

[477]山之内さんの肩口から、

[478]そっとケータイの画面を覗く。

[479]【かおり】

[480]「ひ……っ!!」

[481]  『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

[482]   死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

[483]   死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

[484]   死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』

[485]タイトルも、本文も、

[486]その言葉だけで埋め尽くされていた。

[487]わたしが恐怖に震えている横で、

[488]山之内さんは次々とメールを空けていく。

[489]【やすこ】

[490]「すごいなー、コレ。

[491] 執念を感じるわー」

[492]【やすこ】

[493]「うーん、なかなかやなー。

[494] こんなん、普通の精神状態で

[495] ここまでできることやないで?」

[496]やがて読むのも飽きたのか、

[497]山之内さんは顔を上げた。

[498]ニコッと微笑まれる。

[499]【やすこ】

[500]「で、これ、いつから?」

[501]……また、夢の中。

[502]でも、いつもと違う感じがする……。

[503]【かおり】

[504]「あれ……?」

[505]向こうの方に、人影が現れた。

[506]しくしくと

[507]かなしそうに泣いているみたい。

[508]どうしたんだろう?

[509]そう思って、わたしはその人に近づいてゆく。

[510]【かおり】

[511]「!!」

[512]その人は

[513]わたしのよく知っている人だった。

[514]【かおり】

[515]「な、なぎさ先輩!?」

[516]慌てて駆け寄ろうとした。

[517]でも……。

[518]見えない壁みたいなものがあって

[519]なぎさ先輩に近づくことができない。

[520]【かおり】

[521]「なぎさ先輩! なぎさ先輩っ!!」

[522]見えない壁を叩いて

[523]大きな声でなぎさ先輩の名前を呼ぶ。

[524]でも、なぎさ先輩にはわたしの声は届かない。

[525]わたしに気づくことなく、ただ泣き続けてる。

[526]フッと、隣にいつもの女の子が現れた。

[527]【???】

[528]「……あの子は、

[529] ずっとあそこで泣き続けているの」

[530]【かおり】

[531]「え……?」

[532]グサリ、と胸の奥に何かが突き刺さった。

[533]【???】

[534]「あの子をずっと泣かせているのは……あなたよ」

[535]【かおり】

[536]「そ……んな……っ!」

[537]認めたくなくて、何度も壁を叩く。

[538]【かおり】

[539]「なぎさ先輩!

[540] お願い、なぎさ先輩、こっちを見て!!」

[541]けれど、なぎさ先輩は

[542]わたしに気づくことなくずっと泣き続けてる。

[543]細い肩が震えてる。

[544]慰めてあげたい。

[545]なのに、見えない壁に阻まれて、

[546]わたしは何もできないの?

[547]【???】

[548]「あなたには、あの子の声が聞こえないの?」

[549]壁の向こうで泣き続けてるなぎさ先輩。

[550]どんなに耳を澄ましても、何も聞こえない。

[551]……わたしには、何も聞こえない!

[552]わたしは女の子を見た。

[553]どうしてあなたには聞こえるの

[554]聞きたい! でも聞こえない!

[555]【かおり】

[556]「どうしてあなたには聞こえるの?」

[557]女の子はじっとわたしの顔を見ている。

[558]【???】

[559]「どうしてあなたには、聞こえないの?」

[560]【かおり】

[561]「聞きたい!

[562] 聞きたいよ、なぎさ先輩の声!

[563] でも、聞こえない……っ!」

[564]何度も見えない壁を叩く。

[565]女の子はじっとわたしの顔を見ている。

[566]【???】

[567]「……聞こえないんじゃないわ、

[568] あなたが聞かないだけよ」

[569]【かおり】

[570]「え?」

[571]女の子は

[572]やっぱりわたしの顔を見ているだけ。

[573]この子は謎かけみたいな言葉ばかりで、

[574]何も教えてくれない……!!

[575]【かおり】

[576]「お願い、なぎさ先輩!

[577] こっちを向いて、わたしに気づいて!!」

[578]【かおり】

[579]「なぎさ先輩!!

[580] 泣かないでください!

[581] わたしがそばにいるから、もう泣かないで!!」

[582]【???】

[583]「あなたは何も見ようとせず、

[584] 何も聞こうとしていない」

[585]【かおり】

[586]「!!」

[587]壁を叩く手を止めて、女の子を見た。

[588]女の子は無表情でわたしを見ている。

[589]【???】

[590]「見ようとしなければ見えない。

[591] 聞こうとしなければ聞こえない」

[592]【かおり】

[593]「なんのこと……?」

[594]【???】

[595]「あなたがそうだから、わたしは……」

[596]また、フッと消えてしまった。

[597]なぎさ先輩は

[598]見えない壁の向こうで泣き続けている。

[599]【かおり】

[600]「お願い、戻ってきて!

[601] なぎさ先輩を助けてあげて!!

[602] あなたになら、それができるんでしょう!?」

[603]【かおり】

[604]「お願い、なぎさ先輩を助けて!

[605] 泣くのを、とめてあげて!!」

[606]けれど、わたしの必死の声は

[607]むなしく空間に広がって、消えてしまっただけだった。

white_robe_love_syndrome/scr00804.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)