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white_robe_love_syndrome:scr00801

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[001]【???】

[002]「…い……、

[003] さわい……沢井さん!」

[004]【かおり】

[005]「え……、あっ、はいっ、なぎさ先輩っ!」

[006]呼ばれて、慌てて顔を上げる。

[007]そこになぎさ先輩の姿はなくて、

[008]代わりに呆れたようにわたしを見つめてる、

[009]主任さんの冷たい視線があった。

[010]【はつみ】

[011]「……沢井さん、これで何度目かしら?」

[012]うう……、

[013]またやっちゃった……。

[014]最近、なぎさ先輩のことばっかり考えて

[015]お仕事がおろそかになってるの。

[016]……自覚は、あるんだけどね。

[017]改善しなきゃ、とも思ってるんだけど……。

[018]【かおり】

[019]「も、申し訳ありません」

[020]【はつみ】

[021]「もういい加減、新人気分は卒業しなさい。

[022] 患者さんにも示しがつかないわ」

[023]【かおり】

[024]「すみません、気をつけます」

[025]口調こそ穏やかだけれど、

[026]主任さんの目は刺すように鋭い。

[027]苛立ちを込めた、視線。

[028]申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

[029]【やすこ】

[030]「愛しのなぎさ先輩のことばっか考えとるからやろ。

[031] 沢井を待っとる愛しい患者さんのことも

[032] たまには考えたってくださいねー」

[033]山之内さんが場を和ませようとしてくれている。

[034]【はつみ】

[035]「……もういいわ。

[036] バイタルチェック、もう終わったの?

[037] 今日は全員分をチェックするのでしょう?」

[038]【かおり】

[039]「は、はいっ、すみません、行ってきます!」

[040]【やすこ】

[041]「あっ、沢井!」

[042]山之内さんに呼び止められて、足を止める。

[043]【かおり】

[044]「はい?」

[045]【やすこ】

[046]「夜勤帯で急変あったこと、忘れてへんよな?」

[047]【かおり】

[048]「!!」

[049]そうだった!

[050]急変があったことを申し送られたけど、

[051]わたし、その時、上の空で、

[052]実はあんまり聞いてなかったんだよね。

[053]気がついたら、話が終わってて、

[054]後で記録をチェックしようって思ったまま、

[055]忘れちゃってた……。

[056]きっと山之内さんには見抜かれてたんだ!

[057]【はつみ】

[058]「……沢井さん、

[059] もう少し落ち着いて行動しなさい」

[060]【かおり】

[061]「はい……すみません……」

[062]主任さんの言葉が胸に突き刺さる。

[063]もう、どうしてこうなんだろう。

[064]頑張ろうと思ってるのに、空回りばかり。

[065]なぎさ先輩が、いてくれないから……?

[066]いけない、

[067]またぼんやりしちゃった!

[068]記録を開いて、メモをとる。

[069]昨日の急変は……と。

[070]申し送りノートの文字がじわりと歪んで見えた。

[071]【かおり】

[072]「…………」

[073]……なぎさ先輩がいてくれたら。

[074]なぎさ先輩がいないから……。

[075]【やすこ】

[076]「沢井?

[077] ……大丈夫か?」

[078]心配そうな顔で

[079]山之内さんに覗き込まれた。

[080]わたしは慌てて顔を背ける。

[081]【かおり】

[082]「だ、大丈夫です」

[083]【やすこ】

[084]「アホ」

[085]コツンと軽く頭を叩かれた。

[086]見上げると、山之内さんが悪戯っぽく笑っている。

[087]【やすこ】

[088]「そんな顔で患者さんとこ行ったら

[089] 患者さんが不安になるやろ。

[090] スマイル、スマイル。な?」

[091]そうだった。

[092]ここは患者さんが生と死に向かいあう場所。

[093]患者さんはいつだって不安なんだから。

[094]看護師がこんな顔してちゃいけないって、

[095]なぎさ先輩にも教わったよね!

[096]【かおり】

[097]「はいっ」

[098]笑顔で大きく頷いた。

[099]精一杯の作った笑顔。

[100]【かおり】

[101]「じゃあ、行ってきます!」

[102]たとえ今は作り笑顔しかできなくても、

[103]今は……それでいいですよね、なぎさ先輩!

[104]なぎさ先輩……。

[105]なぎさ先輩は

[106]ずっと希望していた外科で頑張っていますか?

[107]わたしも早くなぎさ先輩みたいになりたいです。

[108]でも……自分でもわかってるんです、

[109]今のままじゃわたし、足手まといだって。

[110]いつまでも新人のまま。

[111]なぎさ先輩……、

[112]わたしどうしたらいいの?

[113]【かおり】

[114]「……ふぅ」

[115]足を止めて、大きく深呼吸する。

[116]まずは301号室から。

[117]さて……、気持ちを切り替えて……!

[118]【かおり】

[119]「はーい、みなさん、

[120] 検温にやってきましたよー!」

[121]なるべく明るい声を出す。

[122]この病室は自分で身体を動かせない患者さんや

[123]重症の患者さんが入院してるの。

[124]暗くなりがちな病室だから、

[125]少しでも明るく元気よく接していかないとね!

[126]【かおり】

[127]「はーい、

[128] 体温計、挟みますよー?」

[129]静かな、静かな、死に一番近い病室。

[130]生と死の行き交う狭間で、

[131]患者さんは必死で踏ん張ってる。

[132]その支えになるために、わたしはここにいるの。

[133]……しっかりしなくちゃ!

[134]【かおり】

[135]「はふぅ……」

[136]やっと半分……。

[137]身体で仕事を覚えるために、

[138]まずは全員のバイタルをチェックしなさいって

[139]山之内さんに言われたけど……。

[140]まだ半分しか回れてないよ……。

[141]うう、わたし、仕事トロすぎ!

[142]【???】

[143]「……終わった?」

[144]【かおり】

[145]「あ、なぎさ先輩!」

[146]優しい声に嬉しくなって振り返る。

[147]けれど、そこに立っていたのは……。

[148]【かおり】

[149]「主任、さん……」

[150]【はつみ】

[151]「……沢井さん。

[152] 検温が終わったら話があります。

[153] 詰所に戻ったら声をかけてください」

[154]えっ……!?

[155]話って……、

[156]まさか、わたし、クビ!?

[157]【はつみ】

[158]「反応がないわね。

[159] 聞いているの、沢井さん?」

[160]【かおり】

[161]「は、はい……、

[162] 聞いています、すみません」

[163]【はつみ】

[164]「……だったら、それなりの反応をしなさい。

[165] でないと、あなたが聞いているのかどうか

[166] わからないでしょう?」

[167]【はつみ】

[168]「まぁ、いいわ。

[169] 詰所に戻ったら、声をかけてください」

[170]言いたいことを言って立ち去る主任さん。

[171]わたしの心はどんより重たくなっていく。

[172]……ちゃんとしなくちゃ。

[173]これ以上は叱られないように……。

[174]【はつみ】

[175]「とりあえず座りましょう」

[176]【かおり】

[177]「はい……」

[178]わたしは主任さんの向かいのソファに座る。

[179]まっすぐ主任さんの顔を見られず、

[180]何となく、うつむいてしまった。

[181]【はつみ】

[182]「……念のために確認するけれど。

[183] 何故、ここに呼ばれたか、

[184] わかっているわね?」

[185]【かおり】

[186]「…………」

[187]心当たりならたくさんある。

[188]けれど、どれが一番いけないのかがわからなくて

[189]わたしは口を閉ざしたまま。

[190]主任さんがまたため息をついた。

[191]【はつみ】

[192]「……自覚があるのかないのかわからないけれど、

[193] 最近の沢井さんは仕事に身が入っていないようね」

[194]【かおり】

[195]「すみません……」

[196]【はつみ】

[197]「謝罪の言葉を聞きたいわけじゃないの。

[198] わたしたちの仕事がどういうものなのか、

[199] 改めて、ちゃんと考えてもらいたいの」

[200]【かおり】

[201]「…………」

[202]【はつみ】

[203]「わたしたちにとっては日常のルーチン業務も、

[204] 患者さんにとってはそうじゃないわ。

[205] 受ける患者さんの状態もその都度、変わるのよ」

[206]【かおり】

[207]「はい……」

[208]【はつみ】

[209]「ぼんやりと手順だけをこなしていては

[210] 重大なことを見落とす可能性があることを、

[211] あなたは本当に理解しているの?」

[212]【かおり】

[213]「…………」

[214]【はつみ】

[215]「単に職員の名前を呼び間違えただけ。

[216] それだけなら大した不都合はないかもしれない。

[217] 呼び直せば済むだけのこと」

[218]【はつみ】

[219]「けれど、それが患者さんの名前だったら?

[220] 名前を間違えたことに気がつかないまま、与薬や

[221] 処置をしてしまったら? どうなると思う?」

[222]わたしはゆっくりと唇を開いた。

[223]【かおり】

[224]「……医療事故、です」

[225]【はつみ】

[226]「たかが呼び間違い。

[227] でも、そのたかが呼び間違いが

[228] 『たかが』では済まされない事態に繋がるの」

[229]【はつみ】

[230]「わたしたちの仕事は、患者さんの命だけでなく、

[231] 患者さんに関わる人たちの一生に影響を及ぼすのよ。

[232] あなたにはもっとその自覚を持って欲しいの」

[233]【かおり】

[234]「……はい。

[235] すみませんでした」

[236]【はつみ】

[237]「……頼りにしていた藤沢さんがいなくなって

[238] あなたが不安になっているのはわかります。

[239] けれど、ここにいる以上、あなたはプロなの」

[240]【はつみ】

[241]「あなた自身はまだ新人のつもりかもしれないけれど、

[242] 患者さんにとって、あなたは白衣を着た

[243] 百合ヶ浜総合病院のスタッフです」

[244]【はつみ】

[245]「いつまでも誰かを頼っていてはだめ。

[246] もっと責任を持って、考えて仕事をしなさい。

[247] それができないなら……」

[248]主任さんの言葉が、一度、途切れる。

[249]その先は聞きたくない。

[250]きっと、辛いことを言われるのがわかってるから。

[251]本当は耳をふさいでしまいたい。

[252]でも……。

[253]【はつみ】

[254]「……ともかく、勤務態度は改善してください。

[255] このままでは外来に降りてもらいます。

[256] わかったら、仕事に戻ってください」

[257]【かおり】

[258]「……はい。

[259] ありがとう、ございました」

[260]ペコリと頭を下げて休憩室を出た。

[261]詰所内では、同僚の看護師さんたちが

[262]忙しそうに動いている。

[263]わたしも、

[264]あの人たちと一緒に働けるように、

[265]あの人たちと同じレベルに追いつかなきゃいけない。

[266]でも、わたしにできるのかな……。

[267]ホントにあんな風になれるのかな。

[268]……主任さんが言ってたよね、

[269]このままじゃ、外来に降りることになるって。

[270]それはつまり、

[271]患者さんの生活に寄り添う病棟業務は

[272]わたしに任せられない、ということで……。

[273]胸の中、黒い不安がポツンとシミを作った。

[274]【やすこ】

[275]「悪い!

[276] 沢井、出て!」

[277]【かおり】

[278]「は、はいっ!」

[279]慌ててナースコールに飛びついた。

[280]【かおり】

[281]「はいっ、どうされました?」

[282]【???】

[283]「点滴が終わります……」

[284]【かおり】

[285]「はい、すぐ伺います!」

[286]コールを切ってから気づく。

[287]あ、今のコールって、堺さんだったよね!

[288]ちらりと時計を見ると十二時を少し回ってる。

[289]確か十二時終了予定だから……。

[290]あうっ、また少し遅れちゃったんだ。

[291]【かおり】

[292]「あ、あの、堺さんの点滴ですけど……」

[293]【やすこ】

[294]「悪い、ついでにバイタルもよろしく!」

[295]ええええ〜!?

[296]それって、わたしに行ってこいってこと!?

[297]ってゆーか、わたし、

[298]堺さんの担当から外されてるのに……!

[299]……とか考えてる内に、

[300]山之内さんは忙しそうに詰所から出て行ってしまった。

[301]うう……。

[302]【かおり】

[303]「すみません、お待たせしました!」

[304]【さゆり】

[305]「…………」

[306]じろりと堺さんがわたしをにらむ。

[307]ううう……、

[308]そんな目でわたしを見ないで〜。

[309]【かおり】

[310]「ご、ごめんなさい。

[311] すぐ、点滴ボトルの交換しますね!」

[312]【さゆり】

[313]「点滴ボトルを交換するのはいいのだけれど、

[314] どうしてあなたが来るのかしら?

[315] わたしの担当をクビになったくせに」

[316]ううっ。

[317]堺さんの言葉が胸に痛いよ。

[318]【かおり】

[319]「そ、それは……

[320] 担当の山之内さんは今、手が離せなくて……」

[321]【さゆり】

[322]「ヒマなのはあなただけ、ということですね。

[323] ……はぁ、たかがボトル交換だけど、

[324] ちゃんとした看護師さんに対応してもらいたいわ」

[325]【かおり】

[326]「う……。

[327] すみません」

[328]鋭い矢みたいに

[329]グサグサ胸に突き刺さってくる。

[330]【さゆり】

[331]「すみません、ごめんなさい。

[332] 謝るだけなら猿でもできるって言いますよね。

[333] ま、猿なら可愛いだけまだ救いがありますけど」

[334]【かおり】

[335]「…………」

[336]今のはグサッときた……。

[337]あまりのショックに、その場から動けない……。

[338]【さゆり】

[339]「……もっとも、

[340] 医療事故を起こさなければいいんですけど」

[341]堺さんの言葉に、

[342]ビクンと心臓が飛び跳ねる。

[343]医療事故……。

[344]さっき主任さんに言われた言葉……。

[345]【かおり】

[346]「…………」

[347]堺さんがふっと視線をそらした。

[348]【さゆり】

[349]「……どうでもいいんですけど、

[350] あなた、そんな辛気臭い顔で

[351] 他の患者さんの前にも出てるんですか?」

[352]【かおり】

[353]「…………」

[354]【さゆり】

[355]「そんな顔を見たら、

[356] 治る病気も治らなくなりそうですね」

[357]【かおり】

[358]「…………」

[359]【さゆり】

[360]「仕事ができないあなたの取り得なんて

[361] 笑顔くらいのものでしょう?

[362] いつもバカみたいにニコニコしてればいいのに」

[363]堺さんの言葉が

[364]容赦なくグサグサと心に突き刺さる。

[365]【かおり】

[366]「……そ、そうだよね。

[367] わたし、ヘラヘラ笑うことくらいしか、

[368] できない、もんね……」

[369]無理に笑顔を作ろうとしたけれど、

[370]上手くいかなかった。

[371]【さゆり】

[372]「……知識もない、経験もない、勉強もしてない、

[373] そんな人が背伸びしたところで、できること

[374] なんて笑顔くらいが関の山でしょう?」

[375]【かおり】

[376]「そう、ね……」

[377]もう、涙が、出そう……。

[378]【さゆり】

[379]「あなたの能力になんて、

[380] 会った時から期待していません。

[381] だから、出来ることだけやればいいんです」

[382]【かおり】

[383]「…………」

[384]本当に何もできないわたし。

[385]こんなに言われても、何も言い返せない……。

[386]わたし、自分が情けなくて仕方がない。

[387]じわりと目頭が熱くなる。

[388]【さゆり】

[389]「…………」

[390]ほら、堺さんだって

[391]こんなわたしに呆れてる。

[392]ツンと鼻の奥が痛くなる。

[393]【かおり】

[394]「……失礼します」

[395]【さゆり】

[396]「あ、あの……!」

[397]ドアを閉める直前、

[398]堺さんが何か言ったけれど、

[399]聞こえないフリをしてドアを閉めた。

[400]これ以上、耐えられそうにない。

[401]何かあったら、堺さんだって

[402]ナースコール押してくるだろうから……。

[403]だから、堺さんはきっと大丈夫……。

[404]……でも、今は……。

[405]【かおり】

[406]「う……、ひっく、……っふ」

[407]誰もいない階段で、

[408]わたしは声を殺して泣いていた。

[409]……なぎさ先輩に会いたい。

[410]その気持ちに突き動かされて、

[411]無心にケータイを弄る。

[412]なぎさ先輩……今日会えませんか?

[413]異動したばかりでお忙しいとは思いますが、

[414]なんだか顔が見たくって……。

[415]無理だったら、ごめんなさい。

[416]メールを送信してから、

[417]ようやく休憩室のソファに座った。

[418]座り込んだ途端、

[419]呆れたような表情でこちらを見ている主任さんと

[420]ばちっと目が合ってしまった。

[421]【かおり】

[422]「あ……」

[423]【はつみ】

[424]「……あなたの勤務はもう終わっているし、

[425] 勤務時間外のことまで、

[426] あまりうるさく言いたくはないのだけれど……」

[427]【はつみ】

[428]「ここは職場で、すぐそばには勤務中の同僚がいます。

[429] それに、院内は携帯電話使用禁止です。

[430] それがわかっていて、携帯を弄っていたの?」

[431]【かおり】

[432]「す、すみません……」

[433]また叱られてしまった……。

[434]でも、大丈夫!

[435]手の中にあるケータイが

[436]着信を知らせて震えてるもん。

[437]きっとなぎさ先輩だよね!

[438]【はつみ】

[439]「……もういいわ。

[440] 何か用があるのでしょう、早く帰りなさい」

[441]【かおり】

[442]「は、はいっ!」

[443]主任さんが出て行ったのを確認してから、

[444]そっとメールを見る。

[445]『少し遅くなるけど、部屋で待っててね』

[446]【かおり】

[447]「!!」

[448]今夜はなぎさ先輩に会える!

[449]ウキウキ気分で、

[450]わたしは病院を出ることにした。

[451]【かおり】

[452]「お疲れ様でしたー!」

[453]【はつみ】

[454]「…………」

[455]主任さんがため息をついてたみたいだけど、

[456]今は気にしない。

[457]よーし、

[458]なぎさ先輩の好きなお酒を買って帰ろう。

[459]おつまみは何がいいかな。

[460]それとも、何か手作りしてみようかな〜。

[461]【かおり】

[462]「お酒は冷やしたし、おつまみの準備もOK!

[463] あとは……あ、お菓子!

[464] 何かあったかな〜?」

[465]なぎさ先輩と会えるって思っただけで、

[466]あんなにも落ち込んでいた気持ちが浮上してる。

[467]やっぱりなぎさ先輩の存在って、すごい!

[468]【かおり】

[469]「なぎさ先輩はわたしの元気のビタミン!

[470] なんちゃって〜」

[471]【かおり】

[472]「あっ! はーい!」

[473]【なぎさ】

[474]「お待たせ〜!

[475] 遅くなっちゃってごめんね〜」

[476]【かおり】

[477]「なぎさ先輩っ! 

[478] お疲れ様ですっ!」

[479]【なぎさ】

[480]「あらぁ〜!

[481] なんだか熱烈歓迎って感じじゃない、

[482] なぎさ先輩は嬉しいわー!」

[483]【かおり】

[484]「なぎさ先輩の帰りを

[485] 今か今かと待ってたんですよー!

[486] おかえりなさーい!」

[487]【なぎさ】

[488]「ふふ、これじゃ新婚夫婦みたいよ?」

[489]【かおり】

[490]「おかえりなさい、あなた。

[491] お風呂にします、ご飯にします?」

[492]【かおり】

[493]「それとも……」

[494]【なぎさ】

[495]「あ・た・し?」

[496]【かおり】

[497]「やだー!

[498] なぎさ先輩、わたしのセリフ、

[499] 取っちゃヤダー!!」

[500]【なぎさ】

[501]「プッ……」

[502]【かおり】

[503]「あははは!」

[504]【なぎさ】

[505]「あははは、もう、沢井ったら」

[506]【かおり】

[507]「なぎさ先輩だってノリノリじゃないですか〜!」

[508]【なぎさ】

[509]「いやいや、

[510] やっぱこれはお約束でしょう!」

[511]【かおり】

[512]「あははっ、なぎさ先輩らしいです。

[513] まぁともかく飲みましょう!

[514] お酒、冷え冷えですよ」

[515]なぎさ先輩はめいっぱい嬉しそうな笑顔を見せる。

[516]【なぎさ】

[517]「おっ、気が利くねぇ〜。

[518] さすが新妻!」

[519]【かおり】

[520]「やだ、なぎさ先輩ったら」

[521]【なぎさ】

[522]「じゃあ、これ、

[523] いらなかったかな〜」

[524]【なぎさ】

[525]「飲み物とおツマミ、

[526] 買ってきたんだけどね!」

[527]中身を見て、わたしは思わず声をあげた。

[528]【かおり】

[529]「あっ、これ、

[530] 高校の時、よく一緒に食べてたやつですよね!」

[531]なぎさ先輩もニコニコと頷く。

[532]【なぎさ】

[533]「そうそう。

[534] コンビニで見かけて、懐かしくて!

[535] つい買ってきちゃったの、どう?」

[536]【かおり】

[537]「やだー、懐かしいですー!」

[538]【なぎさ】

[539]「生徒会室で宴会して、怒られたりしたっけ」

[540]【かおり】

[541]「そうそう! 先生が来たから、

[542] 大慌てで隠そうとしてたら、なぎさ先輩、

[543] わたしのスカートの中に隠そうとして」

[544]【なぎさ】

[545]「あれ、そうだっけ?

[546] 沢井があたしのスカートの中に隠したんじゃない?」

[547]懐かしいあの光景を思い出す。

[548]高校生の頃の、なぎさ先輩とわたし。

[549]【かおり】

[550]「そんなことないですー! 

[551] わたしのスカートの中でジュースがこぼれて、

[552] 下着まで染みちゃったんですよ!」

[553]【かおり】

[554]「あのせいでバレて、

[555] 生徒会役員全員が怒られちゃったんですよ!

[556] なぎさ先輩のせいです!」

[557]【なぎさ】

[558]「あははっ、そうそう、そうだったわねー!

[559] っていうか、アレは沢井がジタバタしたからでしょ、

[560] ジュースが染みるくらい耐えなさいよね!」

[561]【かおり】

[562]「ひ、ひどい、なぎさ先輩!

[563] 横暴! この暴君!!」

[564]【なぎさ】

[565]「あの時の沢井のテンパりっぷりったらもう!!

[566] しばらく生徒会でも職員室でも語り草だったわよね」

[567]【かおり】

[568]「もー、やめてくださいー!

[569] そもそもなぎさ先輩がスカートの中なんかに

[570] 突っ込まなければ良かったんですよ〜」

[571]【なぎさ】

[572]「まぁまぁ、機嫌直して?

[573] 昔のことは水に流しましょー!!」

[574]【かおり】

[575]「んもう、調子いいんだから……」

[576]そしてまた、

[577]ふたりしてクスクスと笑い合う。

[578]【なぎさ】

[579]「というわけで、カンパーイっ!」

[580]【かおり】

[581]「カンパーイっ」

[582]【なぎさ】

[583]「ぷはーーーっ!

[584] 仕事が終わった後の一杯は染みるねぇ〜」

[585]【かおり】

[586]「なぎさ先輩ったら」

[587]【なぎさ】

[588]「なーによぅ!

[589] 何か言いたそうな目をしてー!」

[590]【かおり】

[591]「べ、別に何でもないですよー?」

[592]【なぎさ】

[593]「なんですってー?

[594] このあたしに隠し事をしようっていうの!?」

[595]缶を置いたなぎさ先輩がタックルしてきた。

[596]【かおり】

[597]「うわっ! ちょっ、なぎさ先輩っ!

[598] こ、こぼれちゃいます、

[599] 濡れちゃいますー!」

[600]【なぎさ】

[601]「拭けばいいじゃない!

[602] あたしがお掃除してあげる!」

[603]【かおり】

[604]「そんなこと言って、

[605] なぎさ先輩が片付けて帰ったことなんて……ふぐっ!」

[606]なぎさ先輩の腕がわたしの首に回されて、

[607]わたしはなぎさ先輩にぐいっと引き寄せられた。

[608]く、首がっ!

[609]息ができな〜いっ!

[610]【かおり】

[611]「ぐ、ぐるぢい……っ!

[612] ギブ! ギブですっ!」

[613]ジタバタと暴れるわたしに、

[614]なぎさ先輩がその顔を近づけてくる。

[615]【なぎさ】

[616]「生意気なことを言うのはこの口かにゃ〜?

[617] そーいうこと言う悪い口はふさいじゃうぞ!」

[618]【かおり】

[619]「きゃ〜っ!

[620] なぎさ先輩、近い近い、顔が近いっ!

[621] お酒臭いですってばー!」

[622]【なぎさ】

[623]「飲んでるんだから当たり前!

[624] 沢井は飲みが足りないんじゃないの?」

[625]そう言いながら

[626]なぎさ先輩が唇を尖らせて迫ってくる。

[627]【なぎさ】

[628]「なんなら、口移しで飲ませちゃうぞ、

[629] ん〜〜〜っ!」

[630]テーブルに置いた缶が

[631]コロンと転がる。

[632]ギョッとしたけど、

[633]中身のビールは既になくて、……っていうことは、

[634]なぎさ先輩、もう飲んじゃったの!?

[635]【かおり】

[636]「もうっ、なぎさ先輩ってば、テンション高い〜!

[637] 外科、大変なんじゃないんですか?」

[638]【なぎさ】

[639]「うん、もうすっごく大変よー?」

[640]身体を起こした

[641]なぎさ先輩の手が二本目の缶に伸びた。

[642]【なぎさ】

[643]「やっぱ外科って楽しいわ。

[644] やること多くて、とにかく忙しいけどね。

[645] やりがいがあるのよ」

[646]自信に満ち溢れているような、なぎさ先輩の言葉。

[647]……羨ましいな……。

[648]わたしは内科でくすぶってるのに、

[649]なぎさ先輩は外科に飛び出して、

[650]こんなにキラキラしてて……。

[651]【かおり】

[652]「そうなんですかぁ。

[653] 忙しいのは、やっぱ手術とか多いからですか?」

[654]【なぎさ】

[655]「そうね……、オペ前オペ後の処置が忙しいのと、

[656] 内科より急変が多いからねー。

[657] 外科って、オペ中心で病棟が回るのよねー」

[658]【なぎさ】

[659]「急変も、内科のように、ゆっくり変化して、

[660] ある日いきなり急変して、

[661] 慌てて対応するって感じじゃないのよねー」

[662]【なぎさ】

[663]「事前にこういう急変が起こる可能性があるから、

[664] 急変の初期症状を見逃さず、即! 対応する、

[665] って感じかなぁ?」

[666]【かおり】

[667]「うわぁ、すごく大変そう……」

[668]【なぎさ】

[669]「そうなのよー。すごく勉強しなくちゃいけないし、

[670] 手早く処置しなきゃだし、もう大変なのよねー。

[671] オペが延びたら残業になるしさー」

[672]首を動かして

[673]肩こりを減らす仕草をしているなぎさ先輩。

[674]すごいなぁ。

[675]わたしもなぎさ先輩みたいに、

[676]早く独り立ちして

[677]頼りにされるような看護師になりたいっ!

[678]【かおり】

[679]「そっかー、

[680] それで遅くなっちゃったんですねー」

[681]本当は愚痴を聞いてもらいたかったけれど、

[682]活き活きしてるなぎさ先輩の姿を見たら、

[683]何だかすっごく自分がみじめになってきちゃった。

[684]だから、どうしても言い出せなくて……。

[685]【なぎさ】

[686]「でね〜、先週のオペ患、

[687] ガーゼ開けたら、まさかの縫合創離開!

[688] 慌てて緊急オペよ〜」

[689]【なぎさ】

[690]「でも、オペ室は別のオペ患がいるわけよ。

[691] だもんで、オペ室が空くまで待たなきゃいけないし、

[692] 術前と術後の処置準備が入り混じってもう大変!」

[693]【かおり】

[694]「術前の処置って、何するんですか」

[695]【なぎさ】

[696]「ん? あぁ、えっとね、

[697] プレメディ……麻酔が効きやすくなるように

[698] 筋注したり、バイタル取ったりイロイロよ」

[699]【なぎさ】

[700]「で、やっとオペ室が空いたと思ったら、

[701] オペ室看護師が『聞いてない』って騒ぐし、

[702] ホンット大変だったわー!」

[703]なんだかなぎさ先輩、カッコイイ……。

[704]オペとかいかにも外科! って感じだし。

[705]【かおり】

[706]「さすがなぎさ先輩!

[707] 外科でもバリバリなんですね」

[708]【なぎさ】

[709]「……別に、そんなこともないけどね」

[710]ふふっとなぎさ先輩が微笑む。

[711]そんななぎさ先輩がすごく眩しくて

[712]わたしは本当に言いたい言葉を飲み込んだ。

[713]本当は、

[714]なぎさ先輩が異動しちゃってさみしい、

[715]また内科に戻ってきてほしい、

[716]そう言いたかった。

[717]わたしのプリセプターに戻って、

[718]また一緒に笑いながら仕事したい、って。

[719]でも……。

[720]なぎさ先輩は憧れていた外科へ移動して、

[721]新しい場所で、すっごく頑張ってる。

[722]だから、甘えちゃいけないの。

[723]さみしいなら、

[724]わたしがなぎさ先輩のところへ行けばいい。

[725]頑張って勉強して、

[726]いつか同じ外科で働けたらいいなって思う。

[727]そのためには、

[728]こんなところで弱音吐いてちゃダメだよね!

[729]それを気づかせてくれたなぎさ先輩に感謝しなきゃ!

[730]【なぎさ】

[731]「で、沢井はどうなの?

[732] 頑張ってるの?」

[733]【かおり】

[734]「頑張ってるなぎさ先輩を見たら

[735] 弱音なんか吐けませんよ!

[736] なぎさ先輩がいなくても、わたし、頑張ります!」

[737]拳をグッと握り締める。

[738]そう、わたし、頑張らなきゃ!

[739]なぎさ先輩と一緒に

[740]バリバリ外科で働くためにも!!

[741]【なぎさ】

[742]「ふ〜ん?

[743] あたしがいなくても、ねぇ?」

[744]……あ、あれ?

[745]なぎさ先輩、

[746]ちょっとムッとしてる……?

[747]わたし、何か変なこと言ったかな?

[748]【なぎさ】

[749]「言ってくれるじゃない、この天然ちゃんが。

[750] ホントはさみしがって

[751] めそめそ泣いてたんじゃないの〜?」

[752]ぎく……ッ!

[753]【なぎさ】

[754]「あーあ、沢井は悩みがなさそうで羨ましいなー、

[755] いっつも『頑張ります!』なんだもん」

[756]【かおり】

[757]「ふーんだ!

[758] わたし、なぎさ先輩がいなくても

[759] 頑張れるもんっ!」

[760]そう、

[761]なぎさ先輩にばっかり頼ってちゃダメなんだから!

[762]【なぎさ】

[763]「へー! ほー! 言うじゃないの、

[764] 沢井ったら! 悩みがないから、

[765] あたしがいなくても平気なのね」

[766]むに、とほっぺをつままれた。

[767]【かおり】

[768]「ひーん、なぎさ先輩、わかってないっ!

[769] こう見えて、わたしも悩み多き年頃なんれふ〜」

[770]【なぎさ】

[771]「ぜんっぜん悩んでるように見えなぁい」

[772]【かおり】

[773]「なぎさ先輩、

[774] 目が悪いんじゃないですかぁ?」

[775]べーッと舌を出して見せると、

[776]なぎさ先輩もあかんべーをした。

[777]…………。

[778]やがて、どちらからともなく、

[779]クスクスと笑い合う。

[780]笑いながら、

[781]なぎさ先輩がその場に立ち上がった。

[782]【なぎさ】

[783]「じゃあ、あたし、明日も日勤だから!

[784] 沢井だって明日も日勤でしょ、

[785] あんまり飲まずに、もう寝るのよ?」

[786]【かおり】

[787]「どうしたんですか、なぎさ先輩。

[788] いつももっと飲んで、帰ってもらうのが大変なのに!

[789] 何だかすごくデキるナースっぽい……!」

[790]【なぎさ】

[791]「ま、失礼ね!

[792] でも、許してあげる!」

[793]【なぎさ】

[794]「じゃあね!

[795] 沢井、おやすみ〜」

[796]ヒラヒラと手を振って、

[797]なぎさ先輩はご機嫌な様子でドアを出て行った。

[798]【かおり】

[799]「はい、おやすみなさい、なぎさ先輩!」

[800]さて、わたしももうお風呂入って寝よう!

[801]明日から、心を入れ替えて仕事に向き合わないとね!!

[802]お風呂に入ってアルコールを抜く。

[803]お酒の匂いをさせて勤務するなんて

[804]看護師失格だもんね!

[805]デキないナースならデキないなりに、

[806]生活態度から改めないと!!

[807]【かおり】

[808]「ん?」

[809]ベッドの上、

[810]放り出していたケータイがチカチカと光っていた。

[811]着信?

[812]こんな時間に?

[813]携帯を開いたとたん、ドキンと心臓が跳ねる。

[814]『非通知着信あり』

[815]『非通知着信あり』

[816]『非通知着信あり』

[817]『非通知着信あり』

[818]『非通知着信あり』

[819]『非通知着信あり』

[820]こんな時間に、非通知着信の表示。

[821]しかもスクロールしても終わらないくらい続いている。

[822]な、に……、これ……。

[823]誰かが急用でかけてきた?

[824]でもだったら非通知じゃなくていいし、

[825]留守電にメッセージとか入れてくれるはず。

[826]【かおり】

[827]「…………」

[828]手の中でケータイが鳴った。

[829]表示を見る。

[830]また、非通知。

[831]誰、なの? 

[832]【かおり】

[833]「もしもし……?」

[834]電話の向こうはシンとしていて、

[835]物音ひとつ聞こえない。

[836]【かおり】

[837]「だ、誰……ですか?」

[838]喉がカラカラに渇いて、声が張り付く。

[839]上手く声が出せない。

[840]必死に耳をすませても、

[841]電話の向こうには何の物音もなかった。

[842]【かおり】

[843]「……っ、いやっ!」

[844]通話を切って、

[845]慌てて電話帳をスクロールする。

[846]指先が震えて、

[847]携帯の小さなボタンが上手く押せない。

[848]【かおり】

[849]「なぎさ先輩……、なぎさ先輩っ!」

[850]目指す名前を見つけ、電話をかける。

[851]なぎさ先輩、出て!

[852]すぐ近くで、聞き覚えのない着信音。

[853]わたしの部屋の中?

[854]ケータイを持ったまま、音の出所を探す。

[855]なぎさ先輩のケータイが

[856]ダンボールの隙間で光っていた。

[857]見覚えのある携帯ストラップ。

[858]通話をオフにすると、

[859]なぎさ先輩のケータイも

[860]光るのをやめた。

[861]間違いない、よね?

[862]でもどうしてここに?

[863]なぎさ先輩のケータイに手を伸ばす。

[864]その時……!

[865]【かおり】

[866]「ひっ!?」

[867]『非通知着信』

[868]ウインドウに表示された文字を見て、

[869]わたしは反射的にケータイの電源を落とした。

[870]ケータイがないと困ると思って、

[871]寝る前になぎさ先輩の部屋に届けに行く。

[872]そういえば、なぎさ先輩、

[873]勤務の管理もケータイでやってるって言ってたし。

[874]【なぎさ】

[875]「はぁ〜い」

[876]【なぎさ】

[877]「あれ? どうしたの?」

[878]【かおり】

[879]「あ、あの……」

[880]なぎさ先輩の顔を見た途端、

[881]ホッとして、ちょっと泣きそうになる。

[882]【なぎさ】

[883]「沢井、どうかした……?」

[884]はっ、いけない。

[885]心配かけちゃう。

[886]なぎさ先輩も忙しいっていうのに、

[887]くだらない無言電話なんかで頼っちゃダメ。

[888]わたしは無理ににっこりと笑顔を作った。

[889]【かおり】

[890]「これ……わたしの部屋に」

[891]【なぎさ】

[892]「あれ? あたしったら

[893] ケータイ、置き忘れてたのねー」

[894]なぎさ先輩は、笑いながら

[895]わたしの手からケータイを受け取った。

[896]【なぎさ】

[897]「わざわざありがとね。

[898] コレを目覚まし代わりにしてるから、

[899] 明日、遅刻するところだったわ!」

[900]……あれ?

[901]勤務の管理とか、目覚ましに使ってた携帯を、

[902]わたしの部屋に置き忘れていても

[903]気づかないものなのかな。

[904]あ、でも、

[905]外科に行ったから、しばらくは日勤続きだし、

[906]特に管理するようなこともないのかな。

[907]【かおり】

[908]「じゃあ、遅くにすみませんでした。

[909] おやすみなさい〜」

[910]ぺこりと頭を下げる。

[911]【なぎさ】

[912]「ん。おやすみ〜」

[913]なぎさ先輩がヒラヒラと手を振ってくれた。

[914]【なぎさ】

[915]「沢井、携帯の電源、

[916] ちゃんと入れておきなさいよ?」

[917]【かおり】

[918]「はぁい〜」

[919]床に落ちていたケータイを取って、

[920]電源を入れようとして、手が止まる。

[921]【かおり】

[922]「…………」

[923]うーん……、

[924]でも、電源を入れるのは迷うなぁ……。

[925]またあの無言電話がかかってきたらイヤだし。

[926]【かおり】

[927]「そっか!

[928] 着信音、消しておけばいいんだよね!」

[929]迷った末、わたしはケータイの電源を入れてから

[930]即マナーモードにして、今夜は寝ることにした。

[931]         夢を、見ていた。

[932]     昔から見ていた、いつもの夢……。

[933]スッと、目の前に女の子が現れる。

[934]【かおり】

[935]「…………?」

[936]【???】

[937]「あなたは、こんなところで何をしているの?」

[938]【かおり】

[939]「…………?」

[940]この子の声、聞いたことがある。

[941]でも……、誰……?

[942]戸惑うわたしに、女の子はさらに続けた。

[943]【???】

[944]「あなたは、立派な看護師に

[945] なりたかったんじゃなかったの?」

[946]【かおり】

[947]「え……?」

[948]淡々とした、けれどわたしを責めるような口調。

[949]【???】

[950]「目指すべき理想が身近にいるのに、

[951] あなたは何をやっているの?」

[952]目指すべき理想……?

[953]わたしは何をやってるの、って、どういうこと?

[954]【かおり】

[955]「ど……、どうしてあなたにそんなことを

[956] 言われなくちゃいけないの!?」

[957]思わず反論する。

[958]けれど。

[959]【???】

[960]「あなたが言われるようなことをしているからよ。

[961] いえ、あなたの場合は何もしていないのが問題ね。

[962] 口先ばかりで、現実を少しも見ていない」

[963]【かおり】

[964]「な……何なのよ、あなた!

[965] わたしだって頑張ってる! でも、

[966] 上手くいかないことだってあるでしょう!?」

[967]【???】

[968]「上手くいくいかないは結果論でしかないわ。

[969] あなたは、その過程において、本当に頑張っていると、

[970] 自分自身に胸を張って言えるの?」

[971]【かおり】

[972]「そ……それは……」

[973]わたしは頑張ってる。

[974]本当に?

[975]いなくなってしまったなぎさ先輩の影を追って、

[976]同僚や介護士さんに迷惑をかけてるんじゃないの?

[977]主任さんにも、

[978]この先も勤務態度が良くならないようなら、

[979]この病棟に置いておけないって言われたよね?

[980]女の子の冷たい眼差しがわたしを貫く。

[981]【???】

[982]「あなたは何がしたいの?

[983] わたしにもわかるように教えなさい」

[984]わたしにもわからない

[985]どうしてあなたに教えなきゃいけないの

[986]【かおり】

[987]「何がって……。

[988] そんなの、わたしにも、わからないよ……」

[989]不意に、目の前に

[990]いろいろな場面がフラッシュバックする。

[991]それは、

[992]看護学校時代、同級生と勉強しているところだったり、

[993]高校時代になぎさ先輩と笑い合ってるところだったり、

[994]病院で主任さんに叱られて泣いてるところだったり。

[995]そう、わたしは

[996]真面目に仕事に向き合ってなかったかもしれない。

[997]でも、これだけは胸を張って言えるよ。

[998]【かおり】

[999]「でも、わたしはいつだって

[1000] 真面目に、一所懸命に生きてきたよ!」

[1001]それだけ、と笑われてしまうかもしれない。

[1002]それでも……ううん、だからこそ。

[1003]【かおり】

[1004]「今という時間を懸命に……

[1005] 一所懸命に生きることは、

[1006] 看護師としてプラスに働くはず!」

[1007]【かおり】

[1008]「わたしはたしかにダメナースだけど、

[1009] でも、今までも、そしてこれからも、

[1010] 一所懸命に生きていくんだから!」

[1011]【???】

[1012]「…………」

[1013]【かおり】

[1014]「どうしてあなたに

[1015] そんなこと、教えなきゃいけないの?」

[1016]【かおり】

[1017]「わたしの人生は、わたしだけのもの。

[1018] 無関係の人に口出しされたくない!」

[1019]【???】

[1020]「あなたは……、

[1021] なにもわかっていないのね……」

[1022]フッと目の前から女の子が消えた。

[1023]【かおり】

[1024]「え……っ!?」

[1025]暗闇の中、わたしは呆然とその場に立ち尽くしていた。

[1026]【かおり】

[1027]「ん……、

[1028] んんっ……?」

[1029]ぼんやりと目に映るのは見慣れた部屋。

[1030]ここはわたしの部屋……だよね。

[1031]ゆっくりと起き上がって、周囲を見回す。

[1032]【かおり】

[1033]「…………」

[1034]夢の中の女の子の声が

[1035]頭によみがえる。

[1036]    「あなたは何がしたいの?

[1037]     わたしにもわかるように教えなさい」

[1038]手にした目覚まし時計をぎゅっと握る。

[1039]あの夢は一体、何だったんだろう……?

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