User Tools

Site Tools


white_robe_love_syndrome:scr00712

Full text: 388 lines Place translations on the >s

[001]今日はとうとう

[002]堺さんが大学病院へ転院する日。

[003]準備を済ませた堺さんは

[004]わざわざ詰所にあいさつに来てくれたの。

[005]【はつみ】

[006]「大変だと思うけれど、

[007] 治療、頑張ってね」

[008]【さゆり】

[009]「もちろんです。わたし、蕾ヶ崎に復学して、

[010] 絶対に看護師になるんですから、

[011] こんなところで死んでる場合じゃありません」

[012]【さゆり】

[013]「わたし、主任さんみたいな看護師になりたいです。

[014] 具体的な『なりたい自分の像』が見えたことで

[015] 今、燃えてるんです!」

[016]そして、堺さんは

[017]わたしを意味深な目でチラッと見た。

[018]【さゆり】

[019]「でも、主任さんの趣味はいただけません。

[020] 考え直せばいいのに」

[021]む!!

[022]【かおり】

[023]「そ、そんなことないもん!

[024] はつ……、主任さんはパーフェクトだもん!」

[025]【はつみ】

[026]「かお……沢井さんったら……」

[027]【さゆり】

[028]「…………」

[029]【なぎさ】

[030]「はぁ……ぁ」

[031]堺さんは絶句して、

[032]隣のなぎさ先輩は大きなため息をついた。

[033]【さゆり】

[034]「このバカップル」

[035]【はつみ】

[036]「…………」

[037]堺さんの言葉に

[038]はつみさんがプルプル震えている。

[039]恥ずかしがってるみたい。

[040]あ、首筋まで真っ赤になってる……可愛いなぁ。

[041]【かおり】

[042]「えへ、褒められちゃった」

[043]【さゆり】

[044]「褒めてない」

[045]【なぎさ】

[046]「褒められてないから!」

[047]堺さんとなぎさ先輩が

[048]ほぼ同時にツッコミを入れてきた。

[049]【さゆり】

[050]「藤沢さん……わたし、あなたのこと、

[051] あんまり、というか全然好きじゃなかったけど、

[052] 上司と後輩がバカップルだなんて、同情します」

[053]【なぎさ】

[054]「あら、堺さんとは、意外と意見が合いそうね。

[055] 今まで、あんまり、というかこれっぽっちも

[056] 好きじゃなかったけど」

[057]【さゆり】

[058]「治療が上手くいって、この病院に戻ってきたら、

[059] わたし、このバカップルの仲を

[060] 引っ掻き回してやりたいと思います」

[061]【なぎさ】

[062]「その時は、あたしも一口乗らせて。

[063] もうバカバカしくって!」

[064]あ、あれ?

[065]堺さんとなぎさ先輩、

[066]変なところで意気投合してない……?

[067]そして、山之内さんは、というと……。

[068]【やすこ】

[069]「……むふふ」

[070]わたしたちのやり取りを

[071]離れたところからニヤニヤと見ていた。

[072]【かおり】

[073]「や、山之内さん……?」

[074]【やすこ】

[075]「ツンデレ対ツンデレか……ひとりを巡って、

[076] 二人の女がバトルをしていく内にお互いを認め合い、

[077] それはいつしか恋に……むふふふ」

[078]【かおり】

[079]「…………」

[080]ほっとこう。

[081]うん、さわらぬ神には祟りなし、って言うもんね。

[082]【さゆり】

[083]「では、みなさん、お世話になりました。

[084] アスタ・ラ・ビスタ、ですよ」

[085]エレベーターに乗り込む堺さんの伸びた背中。

[086]……きっと、また会えるよね……。

[087]不安になったわたしを励ますように、

[088]はつみさんがわたしの肩を叩いた。

[089]【はつみ】

[090]「さ、みんな仕事に戻るわよ!

[091] 患者さんが待っているわ」

[092]そう、患者さんは堺さんだけじゃない。

[093]この病棟にはたくさんの患者さんがいる。

[094]【やすこ】

[095]「あーあ、

[096] せっかくサボれるチャンスや思うたのになー」

[097]【なぎさ】

[098]「うわ、不謹慎な発言をしている人がいます!

[099] 主任さん、デレてないで

[100] 鉄拳制裁をお願いします!」

[101]【はつみ】

[102]「デレてません。

[103] それに、何度も同じことを言わされるのは、

[104] わたしは好きではないのだけれど」

[105]【かおり】

[106]「もうっ、なぎさ先輩も山之内さんも、

[107] ちゃんと仕事しましょうよー!」

[108]【なぎさ】

[109]「んもう、なによなによ!

[110] 主任さんにいい子っぷりをアピールしちゃって、

[111] もー、沢井のおバカっ!」

[112]【やすこ】

[113]「せやせや!

[114] 沢井のくせに生意気だぞー!」

[115]【かおり】

[116]「そんなんじゃないですってばー!」

[117]はつみさんがクスクスと笑っている。

[118]【はつみ】

[119]「ほら、おしゃべりはそのくらいにして。

[120] 仕事に戻ってください。

[121] まだ勤務時間中ですよ?」

[122]【かおり】

[123]「はい、主任さん!」

[124]なぎさ先輩と山之内さんにからかわれながらも、

[125]わたしははつみさんと詰所に戻ることにした。

[126]【???】

[127]「……待たせてしまったかしら」

[128]ゆっくりと振り返る。

[129]主任さん……はつみさんが

[130]微笑みながらやってくる。

[131]【かおり】

[132]「いえ……、それほどでも。

[133] ここからの眺めはすごく気持ちが良くて、

[134] いつまでも見ていたい気分になりますね……」

[135]【はつみ】

[136]「患者さんの癒しスポットだったものね」

[137]白衣を脱ごうとして、

[138]ポケットに『後で来なさい』というメモと、

[139]屋上の鍵が入っていたのに気づいたわたし。

[140]もしかしたら、はつみさんを待たせてしまったかもと

[141]ハラハラしたのだけれど、

[142]待たせずに済んで良かった……。

[143]【はつみ】

[144]「……患者さんから、

[145] この癒しを取り上げることになって

[146] 悪いことをしたと思っているわ」

[147]【かおり】

[148]「え?」

[149]【はつみ】

[150]「けれど、間違ったことをしたとは思っていない。

[151] ……だって、わたしたちは看護師なのだから」

[152]【はつみ】

[153]「患者さんの癒しスポットですもの、

[154] 当然だわ」

[155]【かおり】

[156]「え……」

[157]はつみさん、

[158]ここに患者さんが立ち入ってること

[159]知ってたんですか……。

[160]クスッとはつみさんが笑う。

[161]【はつみ】

[162]「病棟主任ですもの、

[163] 患者さんの動向くらい把握しているわ」

[164]そよそよと吹く風が

[165]主任さんの白衣の裾をひらひらとはためかせている。

[166]【はつみ】

[167]「本当はね、危機管理のために、

[168] 施錠するべきだと思っているのだけれど……」

[169]ふわりと主任さんが笑った。

[170]【はつみ】

[171]「でも、そこまで四角四面に管理しても、患者さん

[172] だって息が詰まるというものでしょう? 問題が

[173] 起こらないように細心の注意を払えばいいの」

[174]【はつみ】

[175]「あなたのこともそうよ。

[176] トラウマがあるのはわかっていたわ。

[177] けれど、甘やかすだけではだめなのよ」

[178]優しい目。

[179]はつみさんは、

[180]こんな風に優しく、時には厳しく、

[181]わたしをずっと見守ってくれていたのよね。

[182]そして、これからも、ずっと……。

[183]胸がきゅんとする。

[184]【かおり】

[185]「はつみさん……」

[186]【はつみ】

[187]「そんな顔でわたしを見ないで。

[188] 照れてしまうわ……」

[189]茜色の頬で、はつみさんが視線を逸らした。

[190]視線の先には、

[191]オレンジに染まった水平線が広がっている。

[192]懐かしそうな視線。

[193]【はつみ】

[194]「……この病院に就職した時、

[195] わたしもよくこの屋上に上がったものよ」

[196]【はつみ】

[197]「師長に叱られる度、患者さんが亡くなる度、

[198] ここでよく泣いたものよ……。

[199] あなたが階段で泣いているように、ね」

[200]【かおり】

[201]「ッ!!」

[202]は、はつみさん、知ってたんですか、

[203]わたしが階段で泣いてたってこと……!?

[204]【はつみ】

[205]「ここから見える景色は

[206] 昔と変わっていないのね……」

[207]優しささえ感じる懐かしそうな視線に、

[208]急にモヤモヤとした気持ちが湧き上がってくる。

[209]わたし、嫉妬してる……。

[210]わたしの知らないはつみさんを知ってる

[211]全ての人に嫉妬してる。

[212]話題を変えたくて、

[213]でも、はつみさんの昔話ももっと聞きたくて。

[214]だから、共通の話題の

[215]堺さんの思い出話をすることにした。

[216]【かおり】

[217]「……堺さんも、この屋上が好きだったみたいです。

[218] ここか、部屋の窓から、

[219] あの海をよく見ていました」

[220]【はつみ】

[221]「…………」

[222]【かおり】

[223]「何かしようとする度に、

[224] 嫌味を言われたり、意地悪されたり、

[225] わたしにとっては、すっごく嫌な患者さんでした」

[226]【かおり】

[227]「何か言われてへこまされる度に、

[228] 早く退院すればいいのにって思ってたけど、

[229] いざいなくなるとさみしいものですよね……」

[230]【はつみ】

[231]「……堺さんはまだいいわ。

[232] 歩いて退院したのだから」

[233]【かおり】

[234]「え?」

[235]【はつみ】

[236]「この仕事を続けているとね、

[237] いろいろな退院患者さんに接することになるの」

[238]【はつみ】

[239]「若いのに、もの言わぬ身体になって、

[240] 業者さんのストレッチャーに乗せられた患者さんが

[241] 裏口から退院するのを見送るのは辛いわ……」

[242]【はつみ】

[243]「堺さんのように、自分の足で退院するのなら、

[244] 多少、憎まれ口を叩かれても

[245] 気にならなくなるものよ」

[246]……たしかに、そうかも。

[247]死亡退院を見送るより、

[248]やっぱり元気な背中を見送る方が良いに決まってる!

[249]【はつみ】

[250]「……あなたは、今日一日、

[251] 堺さんの話ばかり……」

[252]【かおり】

[253]「え?」

[254]【はつみ】

[255]「……初めての受け持ち患者さんが退院したのだから

[256] そのことで気持ちがいっぱいなのはわかるわ。

[257] でも……」

[258]はつみさんは言葉を切って、

[259]もじもじと白衣のスカートを弄っている。

[260]……これって、つまり……。

[261]【かおり】

[262]「は、つみ……さん?」

[263]【はつみ】

[264]「わたしは病棟主任だから顔には出せないのよ?

[265] それなのに、あなたは堺さんのことばかり。

[266] ……妬かせたいのかと疑ってしまうわ」

[267]【かおり】

[268]「……妬いて、くれてるんですか?」

[269]白衣を弄っている指を止めて、

[270]はつみさんは、キッとわたしを睨んだ。

[271]【はつみ】

[272]「妬いていなければ、こんなこと言わないわ」

[273]ちょっと泣きそうな顔に見えるのは

[274]光の加減、なのかな?

[275]【かおり】

[276]「……ゴメンナサイ」

[277]ぷいと顔を背けて水平線を見ているはつみさんに

[278]ぴとっとくっついてみる。

[279]【かおり】

[280]「はつみさん、いつもクールだから

[281] そんな風に思ってくれてるなんて

[282] 考えてもみませんでした」

[283]【はつみ】

[284]「……だって、わたしは病棟主任だもの……」

[285]拗ねた様子で呟きながら、

[286]はつみさんが身体を預けてくれる。

[287]伝わってくるぬくもりが、

[288]はつみさんの重さが、とても心地よい。

[289]【かおり】

[290]「これからは、気をつけます。

[291] はつみさんがヤキモチやかないように」

[292]【はつみ】

[293]「ええ、そうしてちょうだい」

[294]甘えた仕草のはつみさんが

[295]わたしをじっと見つめている。

[296]これって……キス、しちゃってもいいのかな?

[297]【はつみ】

[298]「かおり……」

[299]はつみさんが、わたしの名前を呼んでくれる。

[300]……いいのかな?

[301]ホントはキスしたいけど……、

[302]後で叱られたりしないかな……。

[303]ここは神聖な職場でしょう、とか言って

[304]寸止めされた挙句に、

[305]おあずけ食らったりしないかな。

[306]【かおり】

[307]「あ、あの……。

[308] キスしちゃっても、いいですか?」

[309]【はつみ】

[310]「…………」

[311]じっと、はつみさんが

[312]わたしの顔を見つめている。

[313]そのまっすぐな視線に、

[314]わたしは急に恥ずかしくなった。

[315]【かおり】

[316]「……す、すみません、不謹慎ですよね。

[317] ここは神聖な職場なのに、

[318] わたしたちは白衣を着てるのに……」

[319]【はつみ】

[320]「……鍵は、かけたわ」

[321]【かおり】

[322]「!!」

[323]そ、それって……つまり!!

[324]正真正銘、屋上にいるのは、

[325]わたしたちふたりきり!!

[326]というか、はつみさんが鍵をかけたのって……!

[327]き、期待しちゃって……いいのかな。

[328]【はつみ】

[329]「日勤帯の仕事はさっき終わったわ。

[330] 今、勤務中なのは夜勤さん。

[331] それに……」

[332]はつみさんの顔が近づいてくる。

[333]【かおり】

[334]「それに……?」

[335]【はつみ】

[336]「白衣を着て、勤務先で、というシチュエーション、

[337] ……ドキドキしない?」

[338]【かおり】

[339]「ものすごく、ドキドキします……」

[340]わたしはクスッと笑って、唇を寄せる。

[341]【はつみ】

[342]「……わかってくれて嬉しいわ。

[343] もっと、する……?」

[344]はつみさんの申し出は魅力的だけれど……。

[345]【かおり】

[346]「……ここでキスするのもいいんですけど、

[347] わたし、はつみさんの部屋で、

[348] ゆっくり続きをしたいです」

[349]【はつみ】

[350]「まぁ……、かおりったら」

[351]クスクスとはつみさんが笑う、

[352]白衣を着てるけど、素の表情で。

[353]【はつみ】

[354]「そういう理由なら、すぐ帰りましょう!

[355] 今すぐ着替えて、早く帰りましょう!」

[356]はつみさんの言葉に、わたしはクスッと笑う。

[357]そういえば、はつみさんも

[358]ずいぶんと可愛い部分を見せてくれるようになった。

[359]それが嬉しくてたまらないの。

[360]【かおり】

[361]「あの、はつみさん?」

[362]【はつみ】

[363]「なにかしら?」

[364]【かおり】

[365]「……わたし、はつみさんが大好きです!」

[366]はつみさんもクスッと笑って……。

[367]【はつみ】

[368]「……バカね、知っているわ。

[369] もちろん、わたしの気持ちも

[370] 言わなくてもわかっているでしょう?」

[371]【かおり】

[372]「もちろんです!」

[373]わたしの大切な人で、

[374]同時に、大事な『姉』である、はつみさん。

[375]……はづきちゃん、

[376]わたし、はつみさんを大切にするから……。

[377]だから……、

[378]わたしの中で、ずっと見守っていてね。

[379]差し出されたはつみさんの手を

[380]しっかりと握り締める。

[381]ふと手を引かれ、見上げると、

[382]目の前にはつみさんの優しい笑顔。

[383]【はつみ】

[384]「大好きよ、かおり」

[385]慈しむような、優しく甘い、くちづけ。

[386]夕闇が迫りつつある屋上で、

[387]大好きな人のこの手を離さないことを

[388]心の中で誓いながら、わたしたちは何度も唇を重ねた。

white_robe_love_syndrome/scr00712.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)