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white_robe_love_syndrome:scr00706

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[001]           あ……。

[002]       また、いつもの夢……。

[003]      夢に出てくるあの女の子は

[004]      今日は出てきてない。

[005]           けれど。

[006]   「お姉ちゃんは勇気がないだけ!

[007]    好きな人に好きだって言えないなんて!

[008]    おねえちゃんの意気地なし!!」

[009]       遠くから声が聞こえる。

[010]   語気荒い声……まるでケンカしてるみたい。

[011] 「わたしには立場があるのよ!

[012]  一時の感情に流されるわけにはいかないわ!」

[013]           あれ?

[014]      今日はふたりいるの……?

[015]     しかも、やっぱりケンカしてる?

[016]     「カッコイイこと言って、

[017]      単に自分の感情を認めるのが

[018]      怖いだけじゃない!」

[019]  「そりゃ怖いわよ、怖くないわけがないわ!

[020]   好きな人と同化していたあなたと違って

[021]   わたしはこの道しか知らないのよ!」

[022]           ん?

[023]       この道、って……何?

[024]      「そんなの言い訳だわ!

[025]       おねえちゃんはずるい!」

[026] 「何がずるいのよ!

[027]  わたしはあなたとは違う!

[028]  好きな人とずっと一緒にいたあなたとは違う!」

[029]          あ、あれ?

[030]     なんか雰囲気が更に険悪に……。

[031]  「お姉ちゃんはそうやって誤魔化してるだけ!

[032]   わたしはあの子と一緒にいたけど、

[033]   精神的なつながりなんてなかった!」

[034]    「むしろわたしは

[035]     お姉ちゃんの方こそうらやましい!」

[036]   「だったら替わってあげるわ!

[037]    わたしの立場で同じことが言えるの!?」

[038]    「言ってやるわよ!

[039]     わたしは大好きなあの子のためなら

[040]     何だって捨てられる!!」

[041] 「できるものならやってごらんなさい!

[042]  今のあなたにそんな能力なんてないくせに!」

[043]      「言ったわね!

[044]       お姉ちゃんの馬鹿ッ!」

[045]          あああ〜!

[046]      ケンカしちゃダメだよー!!

[047]    「何ですって!?

[048]     馬鹿って言う方が馬鹿なのよ!!」

[049]     しかも、何なの、

[050]     この子どもっぽいケンカは!?

[051]   「馬鹿に馬鹿って言って、何が悪いのよ!

[052]    図星をつかれたからって

[053]    責任転嫁して怒らないで!!」

[054]    ……子どものケンカなのに

[055]    話してる言葉は大人のケンカみたいね。

[056]   「責任転嫁なんてしてないわ!

[057]    あなたこそ、さっさとリタイヤして

[058]    高みの見物を決め込んでいたクセに!」

[059]   ってゆーか、

[060]   人の夢の中でケンカしないでぇぇ〜!!

[061]……はぁ。

[062]今朝の夢は奇妙な夢だったなぁ。

[063]頭の中で、いつもの女の子と

[064]知らない子がケンカしてたんだけど、

[065]知らない子の方は『お姉ちゃん』って

[066]呼ばれてたんだよね……。

[067]あの『お姉ちゃん』は、はつみさん……だよね?

[068]わたしの直感、外れちゃったのかなぁ、

[069]うーん?

[070]【はつみ】

[071]「ちょっと、沢井さん!」

[072]【かおり】

[073]「は、はいっ!」

[074]いけない!

[075]仕事中にボーッとしてちゃ

[076]また叱られちゃう!!

[077]【はつみ】

[078]「この記録は何なの?

[079] 漢字、間違いだらけじゃないの!」

[080]【かおり】

[081]「す、すみません……」

[082]【はつみ】

[083]「褥瘡の『褥』は『しとね』という字よ。

[084] 辱めるという字ではないわ!

[085] 意味を考えてから書きなさい!」

[086]【かおり】

[087]「うう……すみません……」

[088]ガミガミ叱るはつみさんは

[089]まるで四月に戻ったかのよう。

[090]わたしが素直に謝っていると、

[091]ぴたっと怒声が止んだ。

[092]【はつみ】

[093]「…………」

[094]【かおり】

[095]「……はつ、主任さん……?」

[096]【はつみ】

[097]「な、何でもないわ。

[098] もういいから、仕事に戻りなさい!」

[099]一瞬だけ、一瞬だけだけど、

[100]はつみさんは、もの言いたげな

[101]切なそうな瞳をしてた……。

[102]きっと、はつみさんも悩んでる。

[103]わたしに対して、

[104]どういう態度を取るべきか、すごく悩んでる。

[105]でも……いいんです、それで。

[106]……わたし、待ってるから、

[107]はつみさんが答えを出すこと。

[108]それが、どんな答えであったとしても。

[109]でも……。

[110]……いつまで待てばいいんだろう?

[111]わたしはいつまで待てるんだろう?

[112]【かおり】

[113]「はぁ……」

[114]はつみさんをチラッと見ると、

[115]いつもの定位置である、ドクターデスクで

[116]カルテをめくって指示拾いをしている。

[117]このまま詰所にいても

[118]気まずいだけだよね……。

[119]【かおり】

[120]「ちょっと病室を回ってきます」

[121]【はつみ】

[122]「……そんなこと

[123] 別に断らなくてもいいわ」

[124]【かおり】

[125]「そう、ですね……」

[126]うう、けんもほろろ……。

[127]何か、落ち込んでしまいそうだなぁ。

[128]でも、落ち込んでる場合じゃないんだよね。

[129]   「若い内の恋やったらパワーで乗り切れる。

[130]    けど、年いけばいくほど、

[131]    理性が邪魔するようになるねんな」

[132]   「ま、向こうもいっぱいいっぱいやし、

[133]    ここはより経験豊富な方が足踏みして、

[134]    向こうが追いつくのを待つしかない」

[135]うん、わたし待ちます!

[136]待ってるだけだから

[137]わたしに何かできることはないけど。

[138]焦らず、騒がず……待つのを頑張る!

[139]……とは決めたものの……。

[140]【かおり】

[141]「……メール、来ない……」

[142]来ないのはわかっていても、

[143]どうしても、ケータイを見てしまう。

[144]待つって決めたのはわたしなのに、

[145]何もしないで待ってるだけじゃ不安で、

[146]やっぱり安心できるような何かがほしいと思ってしまう。

[147]不安すぎて、『もしかして』が頭を横切る。

[148]もしかして、はつみさんは

[149]わたしみたいな年下相手が面倒になったんじゃないか、

[150]とか。

[151]もしかしたら、わたしみたいなお子様じゃなくて

[152]大人の、もっとものわかりのいい人が

[153]はつみさんの好みなんじゃないか、とか。

[154]もしかしたら、はつみさんは

[155]わたしのことが嫌いになってしまったんじゃ……、とか。

[156]……うう。

[157]悩んでいる時は、

[158]考えごとをしてもろくなことにはならない。

[159]それはわかってるんだけど、

[160]悩んじゃうんだもん、しょうがないじゃない!

[161]ふと、山之内さんの顔が思い浮かぶ。

[162]     「下手の考え、休むに似たり」

[163]うーん、下手の考え……なのかな。

[164]そう言えば、

[165]こんなことも言ってたっけ……。

[166]    「押してもダメなら、引いてみな。

[167]     引いてもダメなら、押してみな」

[168]      「それでもダメなら……?」

[169]「恋愛の仕方には個人差があります。

[170] 用法容量と節度を守って、理性と欲望のバランスを

[171] 見ながら、正しく歩んでください」

[172]【かおり】

[173]「……押してもダメなら、引いてみな。

[174] 引いてもダメなら、押してみな。

[175] それでもダメなら……」

[176]わたしの頭の中、

[177]次の行動の直感がささやく。

[178]わたしは、その直感に従う……そう、

[179]いつも通りに。

[180]わたしは目を閉じて、

[181]わたしのままの、深呼吸を繰り返す。

[182]そう、いつものおまじないじゃない、

[183]自分自身を落ち着かせるためだけの深呼吸を。

[184]【かおり】

[185]「…………」

[186]そして、ゆっくりと目を開けた。

[187]直接、訊きに行く

[188]もう少し待つ

[189]よし!

[190]悩んでいても仕方がないもんね、

[191]直接、はつみさんのところに行こう!

[192]うん、もう少し待っていよう。

[193]こういうのは、少しでも余裕があるほうが

[194]待ってあげる必要があるんだよね。

[195]【かおり】

[196]「ひょわわわ!?」

[197]わ、わたし、ちょっと寝てたみたい!

[198]握り締めてたケータイを見ると、

[199]メールが来てた。

[200]【かおり】

[201]「あ、はつみさんからだ!」

[202]メールの内容は……。

[203]【かおり】

[204]「えっと、『話があるので

[205] 部屋に来てください』……」

[206]…………。

[207]素っ気ないメールだなぁ。

[208]けど、そこがはつみさんらしいんだけど。

[209]【かおり】

[210]「さて、行きますか……!」

[211]【はつみ】

[212]「…………」

[213]【かおり】

[214]「…………」

[215]はつみさんの部屋、

[216]はつみさんと向かい合うように座る。

[217]緊張した表情のはつみさん。

[218]【はつみ】

[219]「目を閉じて……」

[220]【かおり】

[221]「……はい」

[222]言われるままに目を閉じる。

[223]そっと、まぶたの上に

[224]あたたかくて柔らかいものが触れた。

[225]これはきっと、はつみさんの手のひら。

[226]はつみさんの手のひらの感触に

[227]意識が集中してゆく、不思議な感覚。

[228]どこか遠くから、何かが聞こえてきた。

[229]【???】

[230]「……ちゃん……、かおりちゃん……」

[231]誰かがわたしを呼んでいる。

[232]聞き覚えのある、声。

[233]ゆっくりと目を開けた。

[234]あ、あれ?

[235]……ここは……もしかして、

[236]いつもわたしが見ていた夢の中……?

[237]【かおり】

[238]「!!」

[239]はっと気がつくと、

[240]目の前に、いつもの女の子がいる。

[241]【かおり】

[242]「あなたは……!」

[243]不意に、女の子の輪郭が曖昧になり、

[244]幼い頃のわたしによく似た顔から、

[245]別の女の子の顔になった。

[246]【かおり】

[247]「あ、あなた……!」

[248]記憶の扉が、こじ開けられる。

[249]わたしは、この子を知っている。

[250]思い出してはダメ!

[251]この子は……!!

[252]【???】

[253]「ずっと会いたかった……。

[254] ……かおりちゃん!」

[255]……痛い。

[256]全身が痛い。

[257]熱くて、痛くて、苦しくて……寒い。

[258]身体からあたたかい血液が失われるにつれて、

[259]どんどん体温が下がってゆく。

[260]【???】

[261]「かおりちゃん、ごめんなさい。

[262] わたしのせいで、ごめんね」

[263]【かおり】

[264]「……―――ちゃん……」

[265]目の前に倒れている女の子の名前を呼ぼうとして、

[266]その名前が思い出せないことに気づく。

[267]思い通りに動かない腕を懸命に動かして、

[268]女の子のいる方向へと手を伸ばした。

[269]手に触れた、濡れた身体。

[270]ぴくりとも動かない、―――ちゃん。

[271]揺さぶろうとしても、

[272]触れた指先がぬるぬるして

[273]ちゃんと触れないの。

[274]お願い、―――ちゃん、

[275]わたしを見て……!

[276]しびれる指先で、

[277]ぎゅっと―――ちゃんの腕を掴む。

[278]その時、

[279]わたしじゃない別の誰かの意識が

[280]自分の中に流れ込んできた。

[281]【???】

[282]「死なせない、

[283] かおりちゃんだけは、死なせたりはしない」

[284]【かおり】

[285]「―――ちゃん……」

[286]あと少し、あと少しで思い出せる。

[287]この子は……!!

[288]【???】

[289]「わたしはもうこれ以上、かおりちゃんと

[290] 一緒に笑ったり、泣いたりはできないの。

[291] でも、わたしだからできることがあるよ」

[292]そう、この子は

[293]わたしの大切な友達だった。

[294]【???】

[295]「かおりちゃんがわたしを忘れても、

[296] わたしはかおりちゃんの中で、

[297] かおりちゃんとずっと一緒にいるの」

[298]……ずっと、一緒……だったよね。

[299]一番の仲良しで、

[300]遠足の時、一緒にお弁当を食べたっけ。

[301]【???】

[302]「そうすることで、

[303] かおりちゃんを守ることができるなら、

[304] わたしはもう、何もいらない」

[305]控えめに笑う優しい子で、

[306]わたしは―――ちゃんが大好きだった!

[307]【???】

[308]「かおりちゃんが幸せに笑っているんなら、

[309] わたしはそれだけでいいの。

[310] だから……だから、かおりちゃん、死なないで!」

[311]そう、大好きだったよ!!

[312]【かおり】

[313]「は……、はづきちゃん!」

[314]溢れる光に飲み込まれ、

[315]思わず目を閉じた。

[316]【はつみ】

[317]「ごめんなさい、

[318] あなたの記憶を最初に封じたのは、わたしよ」

[319]はつみさんの声が聞こえる。

[320]ゆっくりと目を開けると、

[321]光の中、はつみさんがさみしそうに微笑んでいた。

[322]【かおり】

[323]「え?」

[324]【はつみ】

[325]「あなたは瀕死の重傷だった。

[326] 肝臓と腎臓が破裂し、あなたの命を繋ぎとめるには

[327] 臓器移植しか他に道がなかった」

[328]【はつみ】

[329]「はづきの身体は内臓は無事だったの。

[330] だから、わたしは両親と相談して、

[331] あなたにはづきの臓器を移植することにしたのよ」

[332]【はつみ】

[333]「はづきの肝臓と腎臓を、

[334] あなたの肉体に確実に生着させるためには、

[335] はづきの能力が必要だった」

[336]【はつみ】

[337]「肉体を失ったはづきが、能力を無駄なく使うために、

[338] あなたの中にはづきがいることを

[339] あなたに悟らせたくなかったの」

[340]【はつみ】

[341]「はづきの存在に気づいたら、あなたの意識が

[342] はづきの能力を否定してしまうかもしれない。

[343] それを防ぐためにわたしは貴方の記憶を封じたの」

[344]【かおり】

[345]「……はつみ、さん?」

[346]さみしそうな顔で、

[347]はつみさんは事故のことを語り始めた。

[348]あの交通事故に遭ったのは、

[349]わたしと、わたしの親友のはづきちゃん。

[350]はづきちゃんはほぼ脳死状態で、

[351]わたしは肝腎破裂で瀕死の重傷……。

[352]わたしを助けるために、

[353]はづきちゃんの親御さんと姉であるはつみさんは

[354]はづきちゃんの内臓をわたしに移植することを

[355]申し出てくれたんですって。

[356]わたしは知らなかったけれど、

[357]はづきちゃんには、強い精神同化能力があって、

[358]そういう機関で研究対象にされていたらしいの。

[359]……たしかに、はづきちゃんは

[360]腕に注射の跡の青あざがあったし、

[361]それを隠すために、いつも長袖を着ていたっけ。

[362]はづきちゃんは、その能力を使って、

[363]死の直前、わたしの意識に入り込んで、

[364]後に移植されたはづきちゃんの臓器に宿ったんだって。

[365]はづきちゃんを安全に臓器に宿らせるために、

[366]はつみさんはわたしの記憶を封じる暗示をかけた……と

[367]切なそうにはつみさんが教えてくれたの。

[368]はつみさんが言うには、

[369]はつみさんの能力は精神感応能力。

[370]はづきちゃんほど強力な能力じゃないけれど、

[371]暗示くらいなら、かけられるのだそうだ。

[372]わたしの中に宿ったはづきちゃんは

[373]消えそうだったわたしの生命を

[374]はづきちゃんの能力を使って、繋いでくれてたのね。

[375]やがてわたしは成長し、

[376]時間の経過と共に、はつみさんの暗示が

[377]少しずつ薄れてきたらしいの。

[378]と同時に、わたしの中で

[379]わたしに同化しつつあったはづきちゃんの能力が

[380]少しだけ、わたしの中で目覚めてしまったみたい……。

[381]わたしの中で目覚めた能力、

[382]――それが、『癒しの手』。

[383]『癒しの手』が外界に発現するようになると同時に、

[384]はづきちゃんの意識も自我を持つようになって、

[385]わたしのピンチの時に入れ替わっては、

[386]わたしを助けてくれるようになったらしいの。

[387]……そう、

[388]それがあの『おまじない』。

[389]おまじないを始めたことで

[390]わたしははづきちゃんと

[391]自由に入れ替われるようになった。

[392]きっと、この頃から、

[393]わたしの記憶を封じていたのは、

[394]はつみさんではなく、はづきちゃんだったのね。

[395]はづきちゃんに都合が良いように

[396]わたしの記憶を封じ、

[397]必要に応じて入れ替わってきた……。

[398]はつみさんも、わたしの中で

[399]はづきちゃんが目覚めたのを知っていながら、

[400]ずっと黙ってた……。

[401]【はつみ】

[402]「そろそろ、わたしたちは

[403] 役目を終えるべきだと思うの……」

[404]微笑むはつみさん。

[405]はつみさん、

[406]そんなに、さみしそうに笑わないで。

[407]お願いだから、

[408]そんなかなしい顔をしないでください……。

[409]【はづき】

[410]「うん……わかってるよ、お姉ちゃん」

[411]はっと振り返ると、

[412]はづきちゃんが立っていた。

[413]昔のままの、はづきちゃん。

[414]大切な、親友だったはづきちゃん。

[415]どうして、今まで忘れてたんだろう。

[416]思い出せないように暗示をかけられていたとはいえ、

[417]わたしは、どうして

[418]あんなに大好きだったはづきちゃんを

[419]思い出せなかったんだろう。

[420]【はづき】

[421]「ごめんね、かおりちゃん」

[422]【はづき】

[423]「わたし、かおりちゃんと同じものを見て、

[424] 同じものを感じて、すごく幸せだった……」

[425]【かおり】

[426]「……はづきちゃん……」

[427]クスッとはづきちゃんが笑う。

[428]【はづき】

[429]「また、『はづきちゃん』って

[430] 呼んでくれるのね……、嬉しい」

[431]【かおり】

[432]「……は、はづきちゃん!」

[433]近づこうとしたわたしを、

[434]かなしそうな笑顔で、はづきちゃんが制する。

[435]【はづき】

[436]「ごめんね、かおりちゃん。

[437] 本当にごめんね」

[438]【はづき】

[439]「……本当のわたしはもう死んでるから、

[440] かおりちゃんの身体が治ったら、

[441] 消えなくちゃいけないのはわかってたの」

[442]【はづき】

[443]「でも、

[444] かおりちゃんと生きるのが楽しくて……。

[445] 消えたくなくなっちゃって……」

[446]【はづき】

[447]「……ごめんなさい、欲が出ちゃったの」

[448]はづきちゃんの言葉に、

[449]ガンと頭を殴られたような衝撃を感じた。

[450]【はづき】

[451]「かおりちゃんのおかげで、わたし、

[452] まるで自分が生きているかのように

[453] 楽しい人生を送れたと思うの」

[454]【はづき】

[455]「でも……それも終わりにしないとね。

[456] かおりちゃんの人生だもん、

[457] ちゃんとかおりちゃんに返さなくちゃ」

[458]【かおり】

[459]「はづ……!」

[460]【はづき】

[461]「今まで、ごめんね……ありがとう。

[462] さようなら、かおりちゃん。

[463] ……今でも大好きよ……」

[464]全てを、理解した。

[465]【かおり】

[466]「…………」

[467]わたしはわたしの力で生きてきたんじゃない。

[468]大好きだったはづきちゃんの犠牲の元に、

[469]わたしのこの命が成り立ってたんだ……!

[470]絶望で胸がいっぱいになる。

[471]わたしは……

[472]わたしは、大好きだった子の気持ちにも気づかずに、

[473]むしろその気持ちを踏みにじって

[474]今まで生きてきたんだ……!!

[475]わたしなんか、消えてしまえばいい!!

[476]ガクンと、足元が消える、感覚。

[477]天と地が、消える。

[478]落ちていく……。

[479]――どこまでも、どこまでも落ちていく……。

[480]【はつみ】

[481]「戻りなさい、沢井さん、戻って!

[482] 絶望に呑まれてはだめ!」

[483]はつみさんの声が

[484]落ちてゆくわたしの意識を掴んでくれた。

[485]そして、引き上げられる。

[486]【はつみ】

[487]「生きなさい。死んではだめ。

[488] はづきの分まで、あなたは生きなさい」

[489]この声は……。

[490]【はつみ】

[491]「戻ってきて!

[492] あなたは生きるのよ!!」

[493]……ああ、はつみさん……。

[494]あの声は……

[495]夢の中でわたしを元気付けていたあの声は

[496]はつみさんだったんですね……。

[497]ふと、水面に顔を出すような感じで、

[498]ふっと意識が戻った。

[499]【はつみ】

[500]「…………」

[501]目の前には

[502]さみしそうな微笑みを浮かべているはつみさん。

[503]ここは、……はつみさんの部屋?

[504]キョロキョロと見回す。

[505]はづきちゃんはいない。

[506]記憶を封じる暗示が解けたせいか、

[507]頭の奥がまだボーッとしている。

[508]まるで夢の中にいるみたい……。

[509]【はつみ】

[510]「三月、あなたの履歴書を見た時に、

[511] わたしは目を疑ったわ。

[512] でも、まさかねと思っていたのよ」

[513]【はつみ】

[514]「そして、四月。

[515] あなたを見た時、あなたの中で

[516] はづきが消えずにいたことを知った……」

[517]【はつみ】

[518]「でも、わたしには、はづきほどの力はないから、

[519] あなたにもはづきにも、何もしてあげられなかった。

[520] わたしは……ただ見ていただけ」

[521]痛々しい、声。

[522]泣いていないけれど、わたしにはわかる。

[523]はつみさんは心の中で泣いている。

[524]優しい手が、そっとわたしの髪に触れて……。

[525]【はつみ】

[526]「この髪型……、

[527] それにこの髪飾り……」

[528]そして、わたしの髪飾りに触れた。

[529]【はつみ】

[530]「失くしたと思っていたのに……懐かしいわ。

[531] この髪飾り、わたしがはづきに

[532] 買ってあげたものよ」

[533]はっと息を呑む。

[534]【はつみ】

[535]「夏祭りで、夜店で売っていたの。

[536] 安物だったけれど、あの子がわたしに

[537] 初めて言ったワガママだったわ……」

[538]なつかしむように髪飾りに触れた手が、

[539]ゆっくりと離れてゆく。

[540]【はつみ】

[541]「この部屋だって、そう。

[542] 散らかしていれば、いつかあの子が帰ってきて、

[543] 片付けてくれるんじゃないかって、思っていたの」

[544]クスッとはつみさんが笑う。

[545]自嘲混じりの笑み。

[546]【はつみ】

[547]「これでわかったでしょう?

[548] わたしは……わたしたちは罪を犯したの」

[549]【かおり】

[550]「……罪?」

[551]【はつみ】

[552]「わたしたち姉妹は、

[553] あなたの生きる道を無理やり変えてしまった……。

[554] それはどんな理由があっても許されないことよ」

[555]【かおり】

[556]「でもそれは!

[557] それはわたしの命を助けようとして……!」

[558]わたしの言葉を否定するように、

[559]はつみさんはゆるゆると首を振った。

[560]【はつみ】

[561]「人の道を外れることをした、

[562] その事実は変えられないわ」

[563]【かおり】

[564]「でも……、それでも、

[565] はつみさんやはづきちゃんがそうしなければ、

[566] わたしはこうしてはつみさんに出会えなかった!」

[567]【かおり】

[568]「はつみさんに出会えたから、

[569] わたしは恋をしたんです!」

[570]クスッとはつみさんがまた笑う。

[571]かなしい、自嘲の笑みに胸が痛くなった。

[572]【はつみ】

[573]「……それはあなたの勘違いよ。

[574] あなたは妹の……はづきの記憶に引きずられて、

[575] わたしを好きになっただけ」

[576]【かおり】

[577]「違う!」

[578]【はつみ】

[579]「はづきの記憶がなければ、

[580] きっとわたしなんかに見向きもせず、

[581] 誰か他のひとを好きになったはずよ」

[582]【かおり】

[583]「はつみさん!」

[584]はつみさんの口から

[585]そんな悲観的な言葉を聞きたくなくて

[586]わたしは耳をふさいだ。

[587]【はつみ】

[588]「……ごめんなさい、

[589] わたしがあなたに惹かれてしまったから……。

[590] わたしは、はづきの存在を利用したのよ」

[591]【かおり】

[592]「そんなこと、そんなことありません!」

[593]何度も頭を振っても、

[594]はつみさんの言葉は次々にわたしに襲いかかってくる。

[595]【はつみ】

[596]「そして、わたしはあなたの気持ちを利用して、

[597] 妹代わりにしていたのかもしれないわ」

[598]【はつみ】

[599]「……わたしは、

[600] わたしはあなたに相応しくない」

[601]【かおり】

[602]「そんなことないです!」

[603]はつみさんの言葉を止めたくて、

[604]はつみさんにぎゅっと抱きついた。

[605]【はつみ】

[606]「そんなこと、あるのよ!

[607] あなたは知らないだけで!」

[608]【かおり】

[609]「そんなことないです!

[610] はつみさんを好きだって思う、わたしの気持ちまで

[611] 否定しないでください!」

[612]【はつみ】

[613]「あなたには、もっと相応しい人がいるわ。

[614] わざわざ、わたしのようなダメなオバサンを

[615] 選ぶ必要なんてないの」

[616]耳元に優しくささやかれる、涙混じりの声。

[617]わたしは、はつみさんの首にすがり付いて、

[618]ふるふると頭を横に振った。

[619]【かおり】

[620]「そんな言葉、聞きたくない。

[621] わたしははつみさんが好きなんです!」

[622]【かおり】

[623]「片付けられなくて、汚部屋で、料理もできなくて、

[624] 家事も全然ダメで、飲める紅茶も淹れられない、

[625] けど看護師としてはエキスパートなはつみさんが」

[626]【かおり】

[627]「尊敬してます! 大好きです、愛してます!

[628] それなのに、わたしの気持ちは

[629] 受け入れてもらえないんですか!?」

[630]【かおり】

[631]「何て言えば、受け入れてもらえるんですか!?

[632] はづきちゃんの替わりでもいい、妹代わりでもいい!

[633] お願いです、わたしを好きになってください」

[634]腕の中のはつみさんが

[635]戸惑うように震えている。

[636]【はつみ】

[637]「……だ、だって。

[638] わたし、頑張ってフォローしてるけど、

[639] 本当にドジでのろまな亀なのよ……?」

[640]【はつみ】

[641]「すぐ物を落とすし、物忘れは激しいし。

[642] 本当に呆れるくらいなんだから……。

[643] あなただって、絶対に呆れるわ」

[644]【かおり】

[645]「呆れません! 亀でもいい!

[646] そんなはつみさんを可愛いって思うし、

[647] ダメな部分はわたしがフォローします!」

[648]【はつみ】

[649]「初日、わたしの伝達ミスで、寮から白衣で来させたり、

[650] 必要書類を忘れたり、事務長室と寮を往復させたり、

[651] たくさんの二度手間をさせたこと、忘れたの!?」

[652]【かおり】

[653]「そんな昔のこと、もう忘れました!

[654] っていうか、はつみさんのためなら

[655] 二度手間くらい全然平気です!」

[656]【はつみ】

[657]「そ、それに、わたしはもうオバサンなのよ!?

[658] あなたにはもっと年の近い、

[659] 若い子の方が相応しいわ!」

[660]【かおり】

[661]「でも、はつみさんは可愛いです!

[662] はつみさん以上に可愛くて、

[663] それなのに、尊敬できる人なんていません!」

[664]【はつみ】

[665]「…………」

[666]わたしの腕の中、はつみさんは

[667]言葉をなくしてるらしい。

[668]わたしははつみさんを抱きしめる腕に

[669]ぎゅうっと力を入れて、

[670]ありったけの気持ちを言葉に乗せて伝える。

[671]【かおり】

[672]「看護師として、尊敬しています。

[673] けれど、それ以上に、

[674] 一人の人間として、はつみさんが好きです!」

[675]【かおり】

[676]「はつみさんならわかりますよね?

[677] わたしの気持ち……、

[678] わたしがウソなんか言ってないってこと」

[679]【はつみ】

[680]「…………」

[681]ぽたり、と

[682]首筋に生暖かいものが落ちてきた。

[683]これは……はつみさんの、涙……?

[684]【はつみ】

[685]「……ばか」

[686]わたしの首筋に

[687]はつみさんが顔をうずめてくれる。

[688]ぽたりぽたりと落ちてくる感情のしずく。

[689]わたしの心があたたかいものに満たされてゆく……。

[690]【かおり】

[691]「はい、バカです、わたし。

[692] でも、恋をすると、

[693] 誰でもバカになるものでしょう?」

[694]はつみさんをもっとギュッとする。

[695]【かおり】

[696]「ふたりでバカになりましょう?

[697] イヤですか?」

[698]はつみさんは顔を上げた。

[699]泣き笑いの、すごくキレイな顔。

[700]【はつみ】

[701]「……困るわ……

[702] その誘惑は、魅力的すぎて……」

[703]近づく顔。

[704]はつみさんが目を閉じるのが見えた。

[705]わたしもそっと目を閉じる。

[706]触れ合う、唇。

[707]甘く、柔らかな感触。

[708]舌で確かめるように舐めてみる。

[709]心がしびれそうなほどに、あまい。

[710]……もっと、ほしい……。

[711]そっと、はつみさんの唇を舐めると、

[712]きゅっと唇が引き結ばれた。

[713]【かおり】

[714]「……主任さん、唇を……、

[715] 口を、開けてくださいませんか」

[716]ぴくりと、はつみさんが震えた。

[717]濡れたまつげが震えて、

[718]不思議そうにはつみさんがわたしを見つめている。

[719]【はつみ】

[720]「口を……?」

[721]【かおり】

[722]「はい、お口を開けてください……」

[723]きょとんとしたはつみさんは――。

[724]エサを待つ雛のように大きく口を開けた。

[725]【はつみ】

[726]「こう? あーん……」

[727]【かおり】

[728]「…………」

[729]天然なのか、わざとなのか。

[730]……きっと、

[731]ううん、間違いなく、『天然』なのね。

[732]【かおり】

[733]「はつみさんったら……

[734] わたしを食べちゃうつもりですか?」

[735]【はつみ】

[736]「あ……っ!」

[737]さぁっとはつみさんの顔が朱に染まった。

[738]【はつみ】

[739]「だ、だって、わたし、

[740] こういうこと、何も知らなくて……!!」

[741]【かおり】

[742]「……んもう、こういうところが

[743] たまらなく可愛いんです。

[744] 年上のくせに、反則ですよ……っ!」

[745]何か言おうとしたはつみさんの唇をふさぐ。

[746]深いキス。

[747]ああ、このままはつみさんと

[748]ひとつに溶けて混じり合ってしまえればいいのに……!

[749]息が苦しい。

[750]幸せすぎて、頭がクラクラする。

[751]【はつみ】

[752]「ん……っ、

[753] し、仕方がないでしょう!?

[754] 初恋なんだから!」

[755]初恋!!

[756]うすうすそうじゃないかなーって思ってたけど、

[757]はつみさん、誰も好きになったことがないのね!

[758]わたしとのこの恋が

[759]はつみさんの初めての恋なのね!

[760]【かおり】

[761]「嬉しいです、はつみさん。

[762] はつみさんをわたしの色に染めちゃっても

[763] いいんですよね!」

[764]【はつみ】

[765]「……ん、もう……っ」

[766]はつみさんは照れまくった顔で

[767]小さく呟いた。

[768]【はつみ】

[769]「……ばか……っ」

white_robe_love_syndrome/scr00706.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)