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white_robe_love_syndrome:scr00704

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[001]        また、あの夢の中。

[002]     でも、今日の夢はいつもと違う。

[003]         誰もいない。

[004]         何も見えない。

[005]      真っ暗な闇が広がっている。

[006]         「…………」

[007]       いつものあの子を探して、

[008]       暗闇をさまよう。

[009]     ふと、どこかからか

[010]     さみしそうな声が聞こえてきた。

[011]     「お姉ちゃんは

[012]      引っ込み思案なわたしと違って

[013]      昔からお友達が多かったの」

[014]    「でも、わたしがあんなことになって、

[015]     お姉ちゃんは変わってしまった……」

[016]   「お姉ちゃんは、わたしのために

[017]    わたしが歩もうと思い描いていた将来を

[018]    わたしの代わりに歩もうと決心したの」

[019]   「そんなこと、しなくても良かったのに。

[020]    わたしのことなんて忘れて、

[021]    自分の幸せを求めても良かったのに」

[022]    「だから、お姉ちゃんには

[023]     幸せになって欲しいの……。

[024]     それは、本心なんだけど……でも!」

[025] 「……でも……

[026]  お願い、お姉ちゃん、

[027]  わたしから―――ちゃんを取らないで……!!」

[028]          え……?

[029]   今、何て言ったの?

[030]   サイレンの音がうるさくて聞こえないよ!

[031]       誰を取るって……!?

[032]【かおり】

[033]「…………っ!!」

[034]ハッと我に返る。

[035]……わたしの、部屋?

[036]さっきの……急ブレーキの音と

[037]何かにぶつかったような衝撃は、一体……?

[038]【かおり】

[039]「はぁ……っ」

[040]ホッとする反面、

[041]どっと嫌な汗が噴き出した。

[042]ベッドから出て、枕元に置いた時計を見る。

[043]朝の九時過ぎ。

[044]いつもなら遅刻だって慌てる時間だけど、

[045]今日はお休み。

[046]【かおり】

[047]「……今日がお休みで良かった……」

[048]今日、日勤だったら

[049]きっと仕事にならなくて、

[050]また怒られていたかもしれないもんね。

[051]まぶしい……。

[052]いい天気だなぁと思うけれど、

[053]天気とは裏腹に、心は暗く沈んだまま。

[054]思考はどうしても、ついさっきまでいた

[055]夢のことを考えてしまう。

[056]あの夢の中の女の子は、

[057]姉である主任さんを

[058]姉として恋しく思っている。

[059]そんな女の子の気持ちに、

[060]同化しそうになってる自分がいるの。

[061]主任さんを愛しいと思う気持ちや恋心は

[062]たしかに自分の中にある。

[063]それは胸を張って言える。

[064]けれど、女の子の感情に引きずられたのか、

[065]主任さんを『姉』と認識して、

[066]その『姉』に対する憧れや嫉妬の心が

[067]わたし自身の中にもあるのも事実。

[068]一瞬だけ、本当はわたしは

[069]主任さんの妹なんじゃないかと思った。

[070]でも、慌てて打ち消した。

[071]だって、もしそれが本当だとしたら、

[072]わたしが今まで家族だと思っていた

[073]お父さんやお母さん、妹の存在がウソになっちゃうから。

[074]それとも、

[075]主任さんはやっぱりわたしのお姉ちゃんで、

[076]何らかの理由で家を出て、

[077]わたしは主任さんの存在を忘れてる、とか?

[078]両親や妹は、

[079]それをわたしに気づかせないように

[080]口裏を合わせてる……?

[081]それとも、本当のわたしは大塚かおりという名前で、

[082]わたしが主任さんの家から出て、

[083]主任さんの家族だったことを忘れている……?

[084]【かおり】

[085]「あーーーーっ、もう!」

[086]くしゃくしゃと頭を指で掻き回す。

[087]混乱してきた……。

[088]ズキズキと頭の奥が痛む。

[089]思い出してはいけないと、

[090]自分の中の細胞の一粒一粒が

[091]叫んでいるような感覚。

[092]心臓が早鐘を打ち、心拍数が上がる――。

[093]【かおり】

[094]「う……」

[095]落ち着かなきゃ……、

[096]落ち着かなきゃ……。

[097]震える両手を重ね合わせて、胸を押さえる。

[098]ゆっくりと息を吸って……。

[099]いつもの、おまじない。

[100]使えないダメなわたしが、

[101]使えるわたしに変身するための、おまじない。

[102]…………。

[103]ちょっと待って。

[104]いつもやっていた自分が落ち着くための

[105]このおまじないに、今、初めて違和感を覚えた。

[106]このおまじないを始めたのは、いつから?

[107]幼い頃はやってなかったよね。

[108]じゃあ、小学生の頃は?

[109]やってた?

[110]――思い出せない。

[111]でも、中学生の頃には

[112]既にやっていたような気がする。

[113]その間に、何があった?

[114]――あの事故があった。

[115]わたしが瀕死の重傷を負ったという交通事故が。

[116]【かおり】

[117]「…………っ!」

[118]唐突にひらめいた。

[119]このおまじないは、もしかして

[120]あの女の子……夢の中に現れた、もうひとりのわたしを

[121]呼び出している『儀式』なのかもしれない。

[122]いつもの自分とは違う感覚に支配されて、

[123]当事者なのに第三者のように客観的になれる『儀式』。

[124]それは、おまじないをする『儀式』をきっかけにして、

[125]もうひとりのわたし……あの女の子を

[126]呼び出したから、じゃないかな。

[127]だから、おまじないをすると、

[128]冷静になれる……。

[129]…………。

[130]……うん、

[131]きっと、わたしの直感は外れてない。

[132]【かおり】

[133]「…………」

[134]そりゃ、このおまじないをすれば

[135]落ち着きもするわよね、

[136]自分じゃない、もうひとりの自分に

[137]その場の責任をかぶせてるんだから。

[138]……だとしたら、

[139]あの女の子はかなり昔から、

[140]自分の中にいたことになるよね……。

[141]何故?

[142]どうして?

[143]昔の自分に何があったの?

[144]何がきっかけで、あの女の子は

[145]わたしの中に存在するようになったの?

[146]あの女の子は主任さんの妹さん。

[147]これは確実だと、同じくわたしの直感が告げている。

[148]だったら、どうして

[149]主任さんの妹さんがわたしの中にいるの?

[150]いつから?

[151]きっかけはやっぱりあの事故?

[152]それしか考えられない。

[153]けれど、わたしは

[154]あの事故について、ほとんど何も覚えてない。

[155]それはどうして?

[156]【かおり】

[157]「…………」

[158]思考はぐるぐると同じところを堂々巡り。

[159]頭の奥がガンガン痛い。

[160]事故について考えるのをやめたら、

[161]きっとこの頭痛は消えてくれる。

[162]それでも、

[163]どんなに頭が痛くても、

[164]今より一歩でも進みたくて、

[165]わたしはずっと考え続けた。

[166]今日は一日中、ずっと部屋にいた。

[167]太陽は既に西に傾いてて、

[168]オレンジ色を含んだ日差しが

[169]やわらかく部屋に差し込んでる。

[170]【かおり】

[171]「…………」

[172]携帯電話を取り上げて

[173]メールを打つ。

[174]……だって、わたしにはもう

[175]この方法しか残されてないから。

[176]【はつみ】

[177]「……いらっしゃい」

[178]嬉しそうな顔をした主任さんに

[179]部屋に招き入れられた。

[180]【かおり】

[181]「すみません……、

[182] お仕事が終わったばかりなのに……」

[183]【はつみ】

[184]「バカね、何を遠慮しているの?

[185] あなたがわたしの部屋に来たいだなんて

[186] ワガママを言ってくれるのは嬉しいわ」

[187]【かおり】

[188]「あの……主任さん……」

[189]【はつみ】

[190]「…………」

[191]どう言おうかと悩みながら、呼びかけた。

[192]と、

[193]主任さんは、何故か不満そうな顔で

[194]モジモジしてる。

[195]……いつもと様子が違う?

[196]本当はすぐにでも訊きたいことがあったけど、

[197]それらは一旦、脇において。

[198]【かおり】

[199]「主任さん……?

[200] どうかしたんですか?」

[201]主任さんはムッとした顔になって、

[202]プイッと顔を背けた。

[203]【はつみ】

[204]「……プライベートでまで

[205] 役職で呼ばれるのは……さみしいわ」

[206]【かおり】

[207]「え……」

[208]それはつまり……。

[209]【かおり】

[210]「ご、ごめんなさい。

[211] 何だか名前で呼ぶのが照れくさくて……」

[212]じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。

[213]【はつみ】

[214]「…………」

[215]【かおり】

[216]「でも、はつみさんがそうやって素直に

[217] さみしいって言ってくださって、嬉しいです」

[218]【はつみ】

[219]「…………っ」

[220]主任さん……じゃなくて、はつみさん、

[221]すっごくモジモジしてる。

[222]……か、可愛い……っ!!

[223]うつむいて、指をモジモジさせて、

[224]耳まで赤くなってるし!!

[225]けれど。

[226]そんなはつみさんを愛しいと思ってるのは事実なのに、

[227]夢の中の女の子とか、事故とかの件もあって、

[228]嬉しい気持ちは、まるでわたしの中の別人が

[229]感じてるように、どこか遠くに感じてる。

[230]……今、訊いちゃってもいいかな。

[231]幸せな気分が壊れちゃうかもだけど、

[232]訊いてもいいかな?

[233]それとも……、

[234]別の機会にした方がいいかな……。

[235]訊く

[236]訊かない

[237]うん、せっかくのチャンス、

[238]今、訊いた方がいいよね。

[239]【かおり】

[240]「あ、あの、はつみさん……、

[241] わたしが昔、事故に遭ったってこと、

[242] 知ってますか?」

[243]もし、はつみさんが

[244]夢の中の女の子と関係があるのなら、

[245]事故についてもよく知ってるはず。

[246]だから、ちょっとカマをかけてみた。

[247]はつみさんはピクッと眉をひそめた後、

[248]きゅっと唇を引き結んだ。

[249]それから、小さくため息をつく。

[250]【はつみ】

[251]「……知っている、と言ったら

[252] あなたはどうするの?」

[253]【かおり】

[254]「詳しいことを聞き出します。

[255] わたし、あの事故については

[256] ほとんど何も覚えてないので」

[257]はつみさんはフッと笑った。

[258]【はつみ】

[259]「わたしが知っているのは、

[260] あなたが事故で一時重体に陥ったことと、

[261] 記録で読んだ退院までの経緯だけよ」

[262]【かおり】

[263]「記録で、読んだ……?」

[264]【はつみ】

[265]「あなたが運び込まれた病院は、

[266] わたしが後に新人として入った病院だった。

[267] ただそれだけ」

[268]【はつみ】

[269]「勤務している看護師が

[270] 過去の記録を遡って読むことは

[271] 別に珍しいことでも何でもないわ」

[272]何か引っかかる、主任さんの言葉。

[273]どこが引っかかるのかは

[274]具体的には言えないんだけど……。

[275]【はつみ】

[276]「あなた、明日、日勤でしょう?

[277] そろそろ寝た方がいいわね」

[278]【かおり】

[279]「え、でも……」

[280]時計を見ると、まだ二十一時過ぎ。

[281]寝るにはまだ早いんじゃないかな。

[282]【はつみ】

[283]「それにわたしも仕事を持ち帰っているの」

[284]【かおり】

[285]「……はい」

[286]仕事だって言われてしまえば

[287]ワガママを言えるはずもない。

[288]【かおり】

[289]「……じゃあ、また、明日」

[290]【はつみ】

[291]「ええ、また明日」

[292]ううん、今は

[293]この幸せな雰囲気にひたっていたい……。

[294]はつみさんから

[295]わたしのことを好きだという感情が伝わってくる。

[296]モジモジさせている指を押さえるように握ると、

[297]逆に手を取られるように握られた。

[298]手を取り合って、

[299]お互い、見つめ合う。

[300]視線が絡まって、

[301]身動きが取れない。

[302]どんどん顔が近づいていく。

[303]【かおり】

[304]「…………」

[305]目を閉じたのは、

[306]どちらが先だったのかわからない。

[307]【かおり】

[308]「…………」

[309]【はつみ】

[310]「…………」

[311]唇に、ふわりと優しい感触。

[312]至近距離で見つめ合った。

[313]見ている内に、

[314]はつみさんの顔がどんどん赤くなる。

[315]【はつみ】

[316]「…………っ」

[317]はつみさんがうつむいた。

[318]頬だけでなく、

[319]耳も首筋も、真っ赤に染まってる。

[320]……わたし、

[321]はつみさんとキスをしたんだ……。

[322]【かおり】

[323]「あ、あの、主任さん……」

[324]【はつみ】

[325]「主任さん?」

[326]とがめる口調に、慌てて言い直した。

[327]【かおり】

[328]「じゃなかった、はつみさん。

[329] わたし、はつみさんが好き……」

[330]【はつみ】

[331]「…………」

[332]はつみさんは嬉しそうに

[333]視線をさまよわせた後、また指をモジモジさせた。

[334]【はつみ】

[335]「……わたしも、好き、よ」

[336]【かおり】

[337]「…………」

[338]あたたかいお湯の中、

[339]そっと唇を触ってみる。

[340]わたし、はつみさんとキスしちゃったんだ……。

[341]初めての、はつみさんとの、キス。

[342]わたしの手を握りしめてくれてたはつみさんの手、

[343]ちょっと震えてた……。

[344]【かおり】

[345]「…………」

[346]幸せだなぁって思う。

[347]大好きな人と、初めてのキスをして

[348]胸の奥からじわじわと、あたたかくて、優しくて、

[349]くすぐったい気持ちがあふれ出してくる。

[350]けれど。

[351]頭の片隅で、

[352]わたしは幸せになってはいけないんだと

[353]つぶやいてるわたしもいるの……。

[354]どうしてそう感じるのかはわからないけれど。

white_robe_love_syndrome/scr00704.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)