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white_robe_love_syndrome:scr00702

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[001]          …………。

[002]         また、夢の中。

[003]    目の前に、膨れっ面の女の子がいる。

[004]【???】

[005]「…………」

[006]どうやらわたしに対して

[007]何か怒っているらしい。

[008]……んだけど。

[009]【かおり】

[010]「えっと……、

[011] 何か、怒ってる……の?」

[012]【???】

[013]「さぁ?

[014] わたしが怒っているように見えるなら

[015] そうなのかもしれないわね」

[016]えっと……?

[017]【かおり】

[018]「じゃあ、怒ってないの?」

[019]【???】

[020]「わたしが怒ってないように見えるなら、

[021] あなた、相当、鈍感よね」

[022]うう、取り付く島もない……。

[023]【かおり】

[024]「そ、そういう風に言われると、

[025] コミュニケーションが成り立たないんだけど」

[026]【???】

[027]「別にわたしは

[028] あなたとコミュニケートしたくて

[029] ここにいるわけじゃないわ」

[030]あ、ちょっとカチンと来たかも。

[031]【かおり】

[032]「じゃあ、根本的なことを聞くけど。

[033] あなたは一体、誰なの?

[034] どうしてわたしの夢の中にいるの?」

[035]カチンときた気持ちのまま、

[036]いつもよりも少しきつい口調で訊いてしまった。

[037]【???】

[038]「…………」

[039]途端に、女の子が悲しそうな顔をする。

[040]……うう、ちょっと罪悪感。

[041]【かおり】

[042]「あ、あのね、わたしは

[043] あなたを責めているわけじゃないの。

[044] あなたの存在が不思議だなぁって思って……」

[045]【???】

[046]「…………」

[047]【かおり】

[048]「わたしはあなたを知ってるんだよね?

[049] あなたはわたしに何かを伝えたくて、

[050] 夢の中に出てきてるんでしょ?」

[051]【???】

[052]「…………」

[053]【かおり】

[054]「お願い、何か言って!

[055] わたしのこと、知ってるんでしょ?」

[056]【かおり】

[057]「わたし、あなたのこと、知ってる気がする。

[058] でも、知っているはずなのに、何もわからない!

[059] それって、何だかおかしいよ!」

[060]【かおり】

[061]「どうして!? わたし自身のことなのに

[062] わたし自身が何もわからないのは、

[063] 理由があって、隠されてるからって気がする!」

[064]根拠なんかない。

[065]何もわからなかったけれど、

[066]わたしの中の『何か』が

[067]そうだと言ってる気がするの。

[068]【???】

[069]「…………」

[070]【かおり】

[071]「その理由も、あなたなら知ってる気がする!

[072] ねぇ、そうなんでしょ?

[073] どうして黙ってるの?」

[074]女の子は泣きそうな顔をして

[075]ただ黙ってわたしを見ている。

[076]【かおり】

[077]「あなた、ホントは知ってるんだよね!?

[078] ねぇ、お願い、

[079] 知っていることをわたしに教えて!」

[080]その瞬間。

[081]女の子がフッと消えて――。

[082]【かおり】

[083]「きゃあっ!?」

[084]ハッと我に返る。

[085]自分の部屋……。

[086]また、何もわからないまま、

[087]夢から醒めてしまった……。

[088]あの夢は一体、何なの?

[089]あの女の子は何が言いたいの?

[090]勤務が始まっても、

[091]あの夢と女の子のことが頭から離れない。

[092]【やすこ】

[093]「薬剤から連絡あって

[094] 差し替えの薬、できたらしいで。

[095] 沢井、ちょっと行ってきてくれへんか?」

[096]【かおり】

[097]「……うーん……」

[098]【やすこ】

[099]「沢井?」

[100]【かおり】

[101]「……はぁ……」

[102]【やすこ】

[103]「あー、沢井は使いモンにならんから

[104] 藤沢、行ってきてくれんか?」

[105]【なぎさ】

[106]「あ、はい。

[107] 院内薬局ですよね」

[108]【なぎさ】

[109]「ねぇ、沢井!

[110] 網野さんの瞳孔、確認してくれた?」

[111]【かおり】

[112]「え……?」

[113]なぎさ先輩に呼び止められて、考える。

[114]網野さん……って?

[115]【なぎさ】

[116]「んもーぉ! 網野さんの記録、

[117] 昨日から、意識レベルと瞳孔の大きさも

[118] 併記するようにってなってるでしょ!」

[119]【かおり】

[120]「え……、あ……!」

[121]そうだった!

[122]脳腫瘍が大きく成長したせいで、

[123]脳が圧迫されて、

[124]網野さんの意識レベルが下がったんだよね。

[125]DNRオーダーは出てるけど、

[126]腫瘍による脳の圧迫程度を記録しなきゃいけないから

[127]瞳孔の大きさや意識レベルを

[128]チェックするようになったんだっけ。

[129]で、さっきなぎさ先輩に、

[130]301号室に行くんなら網野さんの瞳孔を見てきてって、

[131]言われたような気がする……。

[132]【かおり】

[133]「す、すみません!

[134] 今すぐ行ってきます!」

[135]【なぎさ】

[136]「あー、いいよ、あたし、手が空いたし。

[137] 自分で行ってくるから、

[138] 沢井は沢井の仕事してていいよ」

[139]バタバタと走り去ってく、なぎさ先輩。

[140]うう、悪いことしちゃったな……。

[141]【かおり】

[142]「……はぁ……。

[143] 今日は失敗ばかりだなぁ……」

[144]【やすこ】

[145]「ちょ……!

[146] 沢井、おるんやったら

[147] コールくらい拾わんかい!」

[148]【かおり】

[149]「え!?」

[150]【やすこ】

[151]「はーい、お待たせしました、

[152] どうされました〜?」

[153]明るい声でナースコールに出ながら、

[154]山之内さんはわたしを睨んでいる。

[155]【やすこ】

[156]「はーい、伺いますので、

[157] ええ子で待っとってくださいね〜」

[158]ナースコールの受話器を置いた山之内さんに

[159]おずおずと声をかける。

[160]【かおり】

[161]「……あ、あの……」

[162]【やすこ】

[163]「……あのなぁ、

[164] プライベートで何があったんかは知らん。

[165] が、白衣着てる間は、あんたは看護師!」

[166]そう言い捨てて、

[167]山之内さんは詰所を出て行ってしまった。

[168]……はぁ。

[169]わたし、本当に今日は失敗ばかり……。

[170]【はつみ】

[171]「沢井さん、ちょっと」

[172]検査室から回収してきた検査値のデータを

[173]カルテに貼り付けていると、

[174]戻ってきた主任さんに手招きをされた。

[175]【かおり】

[176]「あ、あの……、

[177] 何でしょうか……?」

[178]休憩室にふたりきり。

[179]いつもなら喜ぶところなんだけど、

[180]今日ばかりは喜ぶべきことじゃないってわかってる。

[181]だって、主任さん、

[182]怒った顔してるもの……。

[183]【はつみ】

[184]「どうしてここに呼ばれたのか、

[185] わかっているわね?」

[186]【かおり】

[187]「……今日、ミスだらけだったから……」

[188]【はつみ】

[189]「ミス? あれが、ミス?

[190] たしかに、『失敗』という意味では、

[191] ミスかもしれないわね」

[192]【はつみ】

[193]「今朝から、あなたの様子を見ていたけれど、

[194] 心ここにあらず、という感じだったわね。

[195] 仕事を何だと思っているの?」

[196]【かおり】

[197]「すみません……」

[198]【はつみ】

[199]「別にわたしは謝れと言っているわけではないわ。

[200] 仕事を何だと思っているのか、

[201] あなたに尋ねているのよ」

[202]【かおり】

[203]「…………」

[204]【はつみ】

[205]「わたしたちの仕事は、

[206] 患者さんの日常のお世話だけでなく、

[207] 患者さんの生活ごと、生命も預かっているの」

[208]【はつみ】

[209]「人ひとりの人生に関わっている自覚があれば

[210] 心ここにあらずなんて状態になれないわよね、

[211] あなたはなれるのかもしれないけれど」

[212]痛烈な嫌味。

[213]でも、主任さんの言う通りだから仕方がない。

[214]わたしには……

[215]患者さんの人生に関わっている自覚が

[216]足りてないのかもしれない……。

[217]【かおり】

[218]「…………」

[219]【はつみ】

[220]「言い訳なら聞いてあげるわ。

[221] 言ってごらんなさい」

[222]【かおり】

[223]「言い訳なんて……ありません」

[224]【はつみ】

[225]「言っておくけど、

[226] 仕事とプライベートは別ですから。

[227] そこのところ、誤解しないでね」

[228]【かおり】

[229]「誤解……?」

[230]【はつみ】

[231]「わたしがあなたに対してどう思っていようが、

[232] 仕事は仕事ってことよ」

[233]【はつみ】

[234]「相手が誰であれ、ボケーッとしている人には

[235] 分け隔てなく、厳しく注意するわ、

[236] この病棟主任である看護師として」

[237]【かおり】

[238]「……主任さん……」

[239]【はつみ】

[240]「えこひいきはしない、そういうことよ。

[241] あなたが、わたしのえこひいきを前提に

[242] ボケーッとしていたのなら……」

[243]【かおり】

[244]「わたし、そんなこと考えてませんっ!」

[245]【はつみ】

[246]「では、気を抜いていた理由を言いなさい。

[247] 患者さんの生命に危険をもたらすかもしれないのに、

[248] 理由なく気を抜いていたわけでもないでしょう?」

[249]主任さんのきつい口調。

[250]それだけじゃなくて、

[251]主任さんがわたしを軽蔑した目で見てる。

[252]こんなに大好きな人なのに、

[253]追いつきたくて努力してるのに、

[254]その相手からこんな目で見られるなんて……。

[255]しかも、それが自業自得なんだもん……。

[256]心が、痛い……。

[257]わたし……馬鹿だ……。

[258]【かおり】

[259]「……っく」

[260]【はつみ】

[261]「泣けば済むとでも思っているの?

[262] 職場で泣くなんて、恥を知りなさい」

[263]【???】

[264]「まぁまぁ、主任!

[265] 新人イビリも、そのへんにしとき!」

[266]顔を上げると、

[267]入り口に山之内さんが立っていた。

[268]【はつみ】

[269]「新人イビリなんかじゃないわ。

[270] わたしは、仕事を軽んじていた新人に

[271] 教育的指導をしていただけよ」

[272]【やすこ】

[273]「教育的指導はええねんけど、

[274] 主任、私情が入りすぎ。

[275] 自分が何を言うてたか、自制できてへんかったで」

[276]【やすこ】

[277]「今日の沢井が悪かったんは誰の目にも明らかやけど、

[278] さっきの主任は言いすぎや。

[279] 新人を無駄に萎縮させてどないすんの」

[280]【はつみ】

[281]「…………」

[282]主任さんがわたしをチラッと見た。

[283]【かおり】

[284]「…………」

[285]冷たいその視線に、

[286]わたしは身体を小さくする。

[287]【はつみ】

[288]「そうね、私情が入っていたのは認めます。

[289] では、後は山之内さんにお願いするわね」

[290]冷たくそう言って、

[291]主任さんが出て行ってしまった。

[292]どうしよう……、

[293]わたし、主任さんに嫌われちゃったかも。

[294]【やすこ】

[295]「……あーあ、

[296] 相変わらず不器用な人やねぇ」

[297]【かおり】

[298]「山之内さん、わたし……」

[299]【やすこ】

[300]「沢井、主任の言ったことは間違っとらんよ?

[301] ただ私情入りまくりで、必要以上にキツかっただけで。

[302] あんたが反省すべきなのは変わらへん」

[303]【やすこ】

[304]「プライベートで何があったのかは知らん。

[305] 興味もないし、報告もいらん。

[306] ただ、仕事場に引きずってくんな、迷惑や」

[307]【やすこ】

[308]「泣かれるんも迷惑。患者さんが気にするやろ?

[309] わかったら、さっさと泣き止んで、

[310] 主任に謝って、仕事に戻り」

[311]山之内さんに

[312]頭をポンポンと叩かれた。

[313]優しい手つきに

[314]また涙が溢れそうになったけど、

[315]ここはグッと我慢して、無理に笑顔を作る。

[316]【かおり】

[317]「……すみませんでした」

[318]【やすこ】

[319]「ええよ、

[320] あんたが反省しとんのはわかっとるし。

[321] たぶん、主任もわかっとるはずやで」

[322]【かおり】

[323]「でも……主任さん、

[324] 機嫌悪そうだった……」

[325]【やすこ】

[326]「ああ、あれな。

[327] ちょっとバツ悪くて、拗ねてるだけやろ、

[328] あんたが気にすることやない」

[329]山之内さんは

[330]そう言って笑ってくれたけど……。

[331]でも……。

[332]【かおり】

[333]「……はぁ」

[334]もうすぐ今日の仕事が終わる。

[335]わたし、今日は本当に失敗だらけで

[336]自分でもすごくへこんじゃう……。

[337]主任さんに叱られてから

[338]ボーッとするのはマシになったけど、

[339]でも、へこむ。

[340]……やっぱ、嫌われちゃったかなぁ……。

[341]主任さんは看護という仕事に対して

[342]誇りを持って臨んでる。

[343]なのに、わたしは……。

[344]【かおり】

[345]「……はぁ」

[346]叱られるのは自業自得だけど、

[347]嫌われちゃうのは……自業自得だってわかってても

[348]やっぱり切ないよ。

[349]【かおり】

[350]「戻りました……」

[351]【はつみ】

[352]「あ、あの……沢井さん。

[353] ちょっといいかしら……?」

[354]詰所に戻ると

[355]すぐに主任さんが近づいてきた。

[356]【かおり】

[357]「えと……はい」

[358]また何か言われちゃうのかな……。

[359]うう、また主任さんと

[360]ふたりきりで休憩室……今日二回目。

[361]何、言われちゃうんだろう、

[362]緊張する……。

[363]【はつみ】

[364]「……さっきはごめんなさい、

[365] わたし、言い過ぎたわ」

[366]申し訳なさそうな主任さんの表情。

[367]これって……?

[368]【はつみ】

[369]「お詫びと言ってはなんだけれど……、

[370] 今夜、わたしの部屋に来てほしいの」

[371]【かおり】

[372]「え……」

[373]予想外の展開に、頭がついていかない。

[374]【はつみ】

[375]「夕食、ごちそうするわ。

[376] お詫びになるかはわからないけれど……」

[377]主任さんが目の前でモジモジしてる。

[378]もしかしないでも、

[379]わたし、まだ嫌われてない?

[380]【はつみ】

[381]「あの……、

[382] 来て、くれる……?」

[383]不安そうな主任さんの眼差しに、

[384]わたしは一気に舞い上がった。

[385]【かおり】

[386]「も、もちろん行きます、もちろんです!

[387] 嬉しいです!

[388] 絶対に、行きます!!」

[389]【はつみ】

[390]「本当?

[391] 来てくれるの?

[392] 嬉しい!」

[393]笑顔の主任さんに、

[394]わたしも全開の笑顔を返す。

[395]嬉しい、嬉しい、嬉しい!

[396]主任さんが嬉しい時は、

[397]わたしも嬉しい!

[398]【はつみ】

[399]「じゃあ、そういうことだから。

[400] あとでメールするから、

[401] 絶対に来てね」

[402]そそくさと主任さんが休憩室から出て行く。

[403]少し遅れて、

[404]わたしも軽い足取りで休憩室を出た。

[405]よーし!

[406]嫌われてないってわかったことだし、

[407]もう主任さんに軽蔑されないよう、

[408]気を引き締めて仕事するんだから!!

[409]【かおり】

[410]「あ、わたし、出ます〜!」

[411]今のわたし、ウキウキ無敵状態!

[412]堺さんの嫌味だって、屁でもないんだから!!

[413]【かおり】

[414]「はーい、点滴ですねー!

[415] 今、うかがいます〜!」

[416]【かおり】

[417]「もっどりましたー」

[418]案の定、堺さんから「何ニヤニヤしてるの」とか、

[419]「気持ち悪い」とか、キッツイ口撃を食らったけど、

[420]今のわたしはノーダメージだもんね〜!

[421]【なぎさ】

[422]「あ、沢井。

[423] 堺さんのコール対応、時間かかってたみたいだけど

[424] 大丈夫だった?」

[425]【かおり】

[426]「はーい、全然平気ですー!」

[427]【なぎさ】

[428]「そう? ならいいんだけど……。

[429] 申し送り、さっき終わったけど、

[430] 何か夜勤さんに伝えることある?」

[431]わたし、フリー業務だから

[432]申し送りにはあんまり関係ないのよね。

[433]だから、わたしがコール対応でいない間に

[434]申し送りが終わってることもよくある話なの。

[435]夜勤さんに、申し送り内容以外で

[436]何か伝えたいことがあれば、別途、伝えるって感じ。

[437]【かおり】

[438]「うーん、堺さんの機嫌が悪いこと以外は

[439] 特にありません」

[440]【やすこ】

[441]「ほな、日勤さんも、

[442] 夜勤さんの邪魔にならんように

[443] 仕事が終わった人は早よ帰りや〜!」

[444]山之内さんに促されて、

[445]記録がまだ終わってないなぎさ先輩を残して、

[446]わたしは自分のカバンを掴んだ。

[447]……って、あれ?

[448]いつもなら、早く帰るよう言うのは

[449]主任さんなのに、今日は山之内さんが言ってた……。

[450]【やすこ】

[451]「ちなみに、わが内科病棟のワーカホリックは、

[452] 今日は珍しく急いで帰ったで?

[453] 何か用事でもあったんかなぁ〜?」

[454]ワーカホリック、って主任さんのこと?

[455]【かおり】

[456]「……なんでそれを

[457] わたしに向かって言うんですか?」

[458]【やすこ】

[459]「いや、何となく。

[460] ほれ、仕事終わったんやったら、

[461] とっとと帰れ帰れ」

[462]【かおり】

[463]「うわぁ……!」

[464]ちょっと散らかり気味の

[465]相変わらずな主任さんの部屋。

[466]でも、今日は少し片付いていて、

[467]テーブルの上には美味しそうな料理が

[468]並べられている。

[469]【はつみ】

[470]「何だか殺風景な部屋でごめんなさいね」

[471]【かおり】

[472]「全然そんなことないですよ!

[473] すごくステキです!

[474] 美味しそう〜!」

[475]【はつみ】

[476]「本当はテーブルクロスをかけて、

[477] ろうそくの明かりで……とか

[478] イロイロ考えていたのだけれど……」

[479]【はつみ】

[480]「でも、わたしのキャラじゃないって思うと、

[481] 恥ずかしくて、できなかったの」

[482]【かおり】

[483]「しゅ、主任さん……!」

[484]美味しい料理を用意してくれただけじゃなくて、

[485]そんな風にいろいろと計画してくれてたなんて……!

[486]【はつみ】

[487]「実はね、あなたを招待すること、

[488] 前から計画していたの」

[489]【はつみ】

[490]「でも、今日、あなたを傷つけるようなことまで

[491] 言ってしまって……」

[492]【はつみ】

[493]「もう来てくれないかもしれないかと思ったわ……。

[494] 今日は本当にごめんなさい」

[495]【かおり】

[496]「そ、そんなことないです!

[497] あれは、わたしが悪いんです、

[498] 主任さんは悪くありません!」

[499]【はつみ】

[500]「でも、わたしは

[501] 自分の私情を差し挟んで

[502] 無駄に強い言葉であなたを傷つけてしまったわ」

[503]【かおり】

[504]「主任さんのせいじゃありません。

[505] きっかけを作ったのはわたしです。

[506] だから、やっぱり、わたしが悪いんです!」

[507]まだ迷っている様子の主任さんに、

[508]用意されていたフォークの柄を差し出した。

[509]【かおり】

[510]「それより、食べましょう? こんな美味しそうな

[511] 料理を前にしたら、どっちが悪いかとか、

[512] どうでもよくなっちゃいます」

[513]主任さんは目を丸くして……。

[514]それから、プッと吹き出した。

[515]【はつみ】

[516]「そうね、あなたの言う通りよ。

[517] 過ぎたことは忘れて、

[518] 悪かったことは改善していけばいいのよね」

[519]わたしが渡したフォークを手に取って、

[520]主任さんはニッコリと笑ってくれる。

[521]【はつみ】

[522]「さ、食べましょう?

[523] あなたと食べるのですもの、

[524] きっと美味しいわ!」

[525]【かおり】

[526]「はい!

[527] いただきます!」

[528]主任さんのお料理は

[529]本当に美味しかった。

[530]汚部屋住人だし、

[531]片付けとか家事が苦手っぽいし、

[532]正直、主任さんがこんなにお料理が上手だなんて

[533]想像もしてなかったけれど。

[534]でも、こんなにお料理上手だったんなら、

[535]ふたりで一緒にキッチンに……なんてことも

[536]できるかもね!

[537]【かおり】

[538]「ご馳走様でしたー!

[539] もうお腹いっぱい!」

[540]【はつみ】

[541]「ふふ……、

[542] お口に合ったようで嬉しいわ」

[543]【かおり】

[544]「はい!

[545] すっごく美味しかったです!」

[546]ニコッと笑って

[547]わたしは、よいしょっと立ち上がった。

[548]【かおり】

[549]「じゃあ、わたし、

[550] 洗い物とお片づけ、しますね!」

[551]【はつみ】

[552]「え!? いいわよ、そんな!

[553] あなたは招待客なのよ?

[554] お客様にそんなこと……!」

[555]慌てて立ち上がって、

[556]わたしの行く手を阻もうとする主任さんを

[557]やんわりと押しのける。

[558]【かおり】

[559]「やらせてください!

[560] わたし、嬉しい気持ちを

[561] カラダで返したいんです!」

[562]【はつみ】

[563]「え、遠慮するわ!

[564] お願いだから、見ないで……!」

[565]見ないで、って大げさだなぁ。

[566]そう思いながら、

[567]主任さんの制止を振り切って

[568]シンクに立ってみたら。

[569]【かおり】

[570]「…………」

[571]【はつみ】

[572]「ああぁ……、

[573] ……だから見ないでって言ったのに」

[574]なるほど、主任さんがあれだけ遠慮した理由が

[575]『そこ』にあった。

[576]シンクにはプラトレイの山!

[577]そして、三角コーナーには、

[578]コゲコゲになった元・食材の山!

[579]【かおり】

[580]「主任さん……、

[581] あの、これ……」

[582]【はつみ】

[583]「さ、最初はちゃんと、手作りの料理を

[584] 振舞おうって思っていたのよ?

[585] でも、わたし、料理なんかしたことなくて……!」

[586]しどろもどろの主任さん。

[587]【はつみ】

[588]「でも、失敗だらけで真っ黒に焦げちゃったし、

[589] 焦げた部分には発がん性があるっていうし、

[590] そんなの、あなたに食べさせられないし……!」

[591]主任さんのこういう様子は初めてで、

[592]ちょっと親近感……。

[593]【かおり】

[594]「……だから、買ってきたんですか?」

[595]【はつみ】

[596]「だ、だって……!」

[597]うわぁ、主任さん、真っ赤になってる!

[598]そういえば、今日の主任さん、

[599]わたしが堺さんのコール対応してる間に

[600]さっさと上がってたんだよね。

[601]帰宅してすぐお料理したけど、失敗して、

[602]慌てて神庫へ行って、お店でお惣菜を買って、

[603]大急ぎで戻ってセッティングしたのかな。

[604]そう考えると、愛しさがこみ上げてくる。

[605]【かおり】

[606]「主任さん、可愛い……」

[607]【はつみ】

[608]「か、可愛くなんかないわ!

[609] わたしはあなたよりもずっと年上の

[610] オ、オバサンなのよ?」

[611]拗ねた仕草が可愛くて、

[612]素直に「可愛い」って言っただけなのに、

[613]主任さんは素直に取ってくれないの。

[614]さて、どう言ったら、

[615]主任さんの心を開けるのかな?

[616]オバサンなんかじゃないですよ

[617]でも、可愛いんだもん

[618]【かおり】

[619]「主任さんは

[620] オバサンなんかじゃないです」

[621]【はつみ】

[622]「……でも、

[623] わたしが年増だってことは事実だもの……」

[624]ムスー、と主任さんがムクレてる。

[625]……ああ、もう

[626]こういうところがたまんない……!!

[627]きっと、306号室の子どもたちに

[628]『年増』って言われたことを引きずってるのね!

[629]わたしが慰めてあげなくちゃ!!

[630]わたしは主任さんに手を伸ばして、

[631]膨れっ面をしている頬を

[632]ちょん、と突付いてみた。

[633]【かおり】

[634]「もう、そんな顔、しないでください。

[635] 膨れっ面も可愛いですけど、

[636] 主任さんの笑顔が見たいなぁ、わたし」

[637]【はつみ】

[638]「もうっ、あなたって人は!」

[639]クスクスと主任さんが笑う。

[640]良かった、

[641]機嫌、直してくれたみたい。

[642]【かおり】

[643]「でも、可愛いんだもん」

[644]【はつみ】

[645]「か、可愛いだなんて……」

[646]真っ赤になったまま、

[647]主任さんはモジモジしてる。

[648]ああ、もう!

[649]そんなところが可愛いっていうのに!

[650]【かおり】

[651]「主任さんのそんなところ、

[652] 可愛いって思う気持ちは本当です。

[653] しかもこんな可愛いことまでしてくださって……」

[654]そっと手を伸ばして。

[655]ぎゅっと主任さんを抱きしめてみる。

[656]主任さんは逃げない。

[657]……ってことは、

[658]嫌がってない、ってことだよね?

[659]【かおり】

[660]「主任さんのこういう可愛いところ、

[661] わたし、もっと見たいです……」

[662]【はつみ】

[663]「い、いやよ、

[664] 恥ずかしいわ……」

[665]【かおり】

[666]「恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。

[667] それとも、わたしみたいなお子様には

[668] 見せたくないとか?」

[669]【はつみ】

[670]「バカ言いなさい」

[671]至近距離で見詰め合って……。

[672]そして、わたしたちは

[673]どちらからともなく笑い合った。

[674]どうしよう、

[675]わたし、こんなに幸せでいいのかな……。

white_robe_love_syndrome/scr00702.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)