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white_robe_love_syndrome:scr00701

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[001]       ゆっくりと目を開ける。

[002]       何もない、静かな場所。

[003]      目の前に女の子が立っていた。

[004]         知らない女の子。

[005] 見覚えのある顔なんだけど、

[006] どこで見たことがあるのか、何故か思い出せない。

[007]       じっとわたしを見ている、

[008]       小学生くらいの、女の子。

[009]   ……ううん、

[010]   見ている、じゃなくて、

[011]   睨んでいる、と言ってもいいかもしれない。

[012]         怖い、険しい顔。

[013]      もの言いたげな視線。

[014]      なのに、何も言おうとしない。

[015]      どうしてだろう、

[016]      胸の中に不安が溢れてくる。

[017]【かおり】

[018]「……あなたは、誰?」

[019]【???】

[020]「わたしはあなた。

[021] あなたの中でずっと生きてきたわたし」

[022]【かおり】

[023]「……?」

[024]謎かけめいた言葉。

[025]わけがわからない。

[026]でも、この声……。

[027]夢の中でわたしにずっと

[028]呼びかけてた声……?

[029]【???】

[030]「わたしのことはいいの。

[031] あなたさえ幸せなら、それでいいの。

[032] ……でも……」

[033]【かおり】

[034]「……でも?」

[035]【???】

[036]「…………」

[037]黙り込んだ女の子の頬を、

[038]つつーっと涙が伝う。

[039]【かおり】

[040]「ど、どうしたの!?

[041] わたし、何か悪いこと言った!?」

[042]【???】

[043]「……違う。

[044] わたしが泣いているのは……」

[045]【かおり】

[046]「…………」

[047]ぱちっと目を開ける。

[048]ここは……わたしの部屋。

[049]……じゃあ、さっきの女の子は、夢?

[050]どうしてあの子は泣いてたんだろう?

[051]泣いている理由を訊きたかったのに、

[052]その寸前で目が覚めちゃうなんて。

[053]【かおり】

[054]「よいしょ……っと」

[055]夢に出てきたあの女の子は気になるけど、

[056]まずは意識を仕事に向けなくちゃね!

[057]今日も日勤。

[058]患者さんがわたしを待ってる!

[059]……はず。

[060]【かおり】

[061]「……さーてと!

[062] 顔を洗って、しゃっきりしますか!」

[063]自分に言い聞かせるように、

[064]わたしは大きく伸びをして洗面台に向かった。

[065]そして――。

[066]【かおり】

[067]「…………」

[068]洗面台に立って、

[069]鏡を見て、

[070]わたしはハッとする。

[071]――夢の中の女の子が、そこにいた。

[072]夢の中に出てきた女の子が、

[073]鏡の中からわたしを見つめている。

[074]……ううん、違う。

[075]正確には、

[076]『夢の中の女の子が成長したら

[077]こんな顔になるだろうという顔』が、

[078]鏡の中から、こちらを見てる。

[079]どうして気づかなかったんだろう、

[080]こんなにもあの子はわたしと似てるのに――。

[081]でも……、何故……?

[082]【かおり】

[083]「…………っ!!」

[084]いろいろな思いを振り切るように、

[085]わたしは勢いよく顔を洗った。

[086]堺さんの担当を外れてから、

[087]わたしの仕事は、もっぱら雑用になってしまった。

[088]言葉としては『フリー業務』って言われるんだけど、

[089]ぶっちゃけると雑用以外のなにものでもない。

[090]でも、やってみてわかったんだけど、

[091]看護師、というか、病棟の仕事って

[092]この雑用が意外と大切なんだよね。

[093]同僚にお願いされた仕事のお手伝いをし、

[094]やったケアに関しての記録を残し、

[095]伝票やカルテ、レントゲンや検査結果を手に、

[096]病棟と外来を行き来する。

[097]特定の患者さんの担当になって、

[098]一対一の看護をするのもいいけれど、

[099]こういう風に裏方の仕事に専念すれば

[100]病棟全体の流れが見えてきて、これはこれで面白い。

[101]堺さんの担当を外れたおかげで、

[102]フリー業務の仕事はかなり覚えられたし、

[103]病棟の流れが見えるようになって、看護という

[104]仕事の面白さも感じるようになったと思う。

[105]これって、

[106]ひょうたんからコマ、ってやつ?

[107]【はつみ】

[108]「沢井さん、

[109] 五輪さんの透視の連絡は……」

[110]【かおり】

[111]「レントゲン室・患者さん本人、共に済んでます」

[112]【はつみ】

[113]「そう、ありがとう」

[114]主任さんがにっこり笑う。

[115]うわ……、どうしよう。

[116]直視できないくらいにステキな笑顔で、

[117]わたし、照れちゃうよ……。

[118]【かおり】

[119]「い、いえ……。

[120] 主任さんのお役に立てたなら

[121] それでいいです」

[122]主任さんのお仕事は

[123]病棟全体の管理をすること。

[124]けれど、それは

[125]ほとんど雑用ともいえる仕事なんだよね。

[126]だったら

[127]わたしがフリー業務と称して雑用を頑張れば、

[128]主任さんの仕事が減って、

[129]主任さんも少しは楽ができるようになるはず!

[130]大好きな人の役に立ててる感じって、

[131]とても嬉しいものなんだなー!!

[132]【かおり】

[133]「あ、わたし、出ます」

[134]【はつみ】

[135]「ええ、お願い」

[136]【かおり】

[137]「はーい、どうされました?」

[138]【さゆり】

[139]「……点滴、終わりそうです……」

[140]【かおり】

[141]「わかりました。

[142] 担当者にお伝えしますので、

[143] 少々お待ちくださいね」

[144]ナースコールを切って、

[145]点滴ボトルの確認をする。

[146]あとは、山之内さんに

[147]点滴交換に行ってもらうだけだよね。

[148]行ってもいいなら、わたしが行きたい。

[149]行って、堺さんとお話して、

[150]少しでも仲良くなれたらって思う。

[151]けど、わたしは堺さんの担当から外されてるし、

[152]それに、わたしみたいな新人は

[153]重症の堺さんの部屋には入っちゃダメだし……。

[154]【はつみ】

[155]「……点滴交換、あなたが行く?」

[156]【かおり】

[157]「え?」

[158]【はつみ】

[159]「堺さんの白血球値も少し上がったし、

[160] 感染に気をつけられるなら、

[161] 点滴交換くらい、あなたが行ってもいいのよ?」

[162]【はつみ】

[163]「あなたも、最近は頑張っているようだし、

[164] 今のあなたになら、堺さんの点滴交換も

[165] 任せることができるわ」

[166]主任さんの言葉を

[167]何度か頭の中で反芻する。

[168]【かおり】

[169]「……それって、

[170] わたし、堺さんの病室に行っても

[171] いいってことですか?」

[172]【はつみ】

[173]「だからそう言っているじゃないの。

[174] ……ただし、嫌味を言われるだろうけれど、

[175] その覚悟があるのなら……」

[176]【かおり】

[177]「はいっ!

[178] じゃあ、行ってきます!!」

[179]主任さんの言葉を遮って、

[180]わたしはボトルを掴んで詰所を後にした。

[181]【かおり】

[182]「ふんふんふーん♪」

[183]点滴を替えるだけなのに

[184]こんなに嬉しいのはどうしてだろう?

[185]【さゆり】

[186]「…………」

[187]ううん、点滴を替えることだけじゃなくて、

[188]主任さんが、わたしを認めてくれたことが嬉しいの。

[189]もしかしたら、今回のことは

[190]たまたまなのかもしれないけど、

[191]こうしてできることや任せてもらえることが増えて、

[192]少しずつ、信頼されてくんだよね。

[193]そう考えたら、相手が誰であっても、

[194]その人のケアをさせてもらえるんだって思えるし、

[195]感謝の気持ちで接することができるって感じ!

[196]【さゆり】

[197]「…………」

[198]【かおり】

[199]「るらるらるー♪

[200] 今日もいい天気ですね、堺さん!

[201] 窓からの風が気持ちいいですよねー!」

[202]【さゆり】

[203]「……何なんですか、

[204] キモチワル……」

[205]堺さんに嫌味を言われても、

[206]気味悪がられても、全然気にならないもんね〜!

[207]たとえ今は堺さんに心が通じなくても、

[208]わたしが心を込めて書いた手紙を破られても、

[209]でもいつか、わたしがちゃんとした看護師になれたら

[210]心が通じる日が来るかもしれないもん。

[211]そのためには、足しげく通って、

[212]話しかけることだよね!

[213]わたし、へこんでなんかいられない!

[214]主任さんの期待にも応えなきゃなんないし、

[215]堺さんと少しでも仲良くなりたいし、

[216]やるべきことはいっぱいあるんだから!!

[217]【かおり】

[218]「戻りましたー!」

[219]【やすこ】

[220]「おーやおや、内面がダダモレですがな。

[221] 沢井さんたら、恋する乙女の顔しちゃって!」

[222]うう、山之内さんが

[223]思いっきりニヤニヤ笑ってる。

[224]……スキップしながら

[225]廊下を歩いているのがバレたのかな。

[226]ってゆーか、恋する乙女の顔って、

[227]わたし、そんな顔してる?

[228]【かおり】

[229]「そ、そんなことないですよ?

[230] ねぇ、なぎさ先輩?」

[231]近くにいたなぎさ先輩に

[232]話を振ってみたけれど。

[233]【なぎさ】

[234]「楽しそうでいいわね、ってことでしょ。

[235] いちいち真に受けないの」

[236]【かおり】

[237]「うーん、たしかに

[238] 毎日が楽しいですけど〜……」

[239]でも、山之内さんに

[240]からかわれるようなことじゃないもん!

[241]なぎさ先輩の反応も微妙だし。

[242]何だかなぁ……。

[243]看護師は勤務が終わっても看護師なの、

[244]特に、わたしみたいな

[245]ダメダメ新人看護師は!

[246]勉強しなくちゃ、

[247]主任さんみたいなかっこいい看護師さんに

[248]近づけないもんねっ!

[249]ってことで、

[250]今日は心電図の勉強。

[251]心電図は、ベテランの看護師さんも

[252]苦手意識を持ってる人が多いらしいから、

[253]今、新人の内にしっかり勉強して身につけておけば

[254]武器になるわよって主任さんが言ってたっけ。

[255]【かおり】

[256]「えーっと……P波はちゃんと出てるのに、

[257] QRSが続いて出てないってことは……」

[258]ちょっと考えて……。

[259]【かおり】

[260]「……房室ブロック……?」

[261]【かおり】

[262]「あれ……、はーい!!」

[263]【なぎさ】

[264]「……こ、こんばんは」

[265]【かおり】

[266]「な、なぎさ先輩!?

[267] どうしたんですか?」

[268]いつもならパジャマで押しかけてくるのに、

[269]今日に限って、私服で来てる……?

[270]【なぎさ】

[271]「……ちょっと沢井と話、したくて……

[272] 迷惑、かな……?」

[273]不安げに、なぎさ先輩がわたしを見る。

[274]どうしたんだろう、

[275]なぎさ先輩、いつもと様子が違う……?

[276]【かおり】

[277]「迷惑なんかじゃないですよ!

[278] さ、入ってください!」

[279]努めて明るい声で言うと、

[280]なぎさ先輩を導き入れて、

[281]冷やしておいたビールを出してみた。

[282]【なぎさ】

[283]「…………」

[284]けれど、なぎさ先輩は

[285]缶ビールをじっと見つめているだけで、

[286]手を伸ばそうともしない。

[287]【かおり】

[288]「あの……なぎさ先輩?」

[289]話をしたいと言った割に、

[290]口も開かない。

[291]【かおり】

[292]「あの……、どうかしたんですか?」

[293]どうしよう……、

[294]こんななぎさ先輩の様子は初めてで、

[295]どうしたらいいのかわかんないよ。

[296]【なぎさ】

[297]「あの頃は楽しかったわよね……」

[298]【かおり】

[299]「あの頃……?」

[300]【なぎさ】

[301]「生徒会室で、隠れて新発売のお菓子を食べたよね。

[302] 校則で持ち込みが禁止されてるのはわかってたけど、

[303] あたし、どうしても沢井と食べたかったの」

[304]【なぎさ】

[305]「でも、運が悪かったのよね、

[306] 初回で顧問の先生に見つかっちゃって

[307] すっごく怒られちゃったっけ……」

[308]【かおり】

[309]「ああ、そんなこともありましたね」

[310]あの時、顧問の先生は

[311]特に生徒会室に用事があったわけでもなく、

[312]ふらっと、たまたま、やってきただけだったのよね。

[313]そして、わたしたちの初めての秘密が

[314]見つかっちゃったわけだけど。

[315]ホントに間が悪いというか、何というか……。

[316]【なぎさ】

[317]「あれ以来、『生徒会長が率先して校則を破るとは

[318] けしからん!』って、あたし、

[319] 卒業までネチネチ言われる羽目になっちゃった」

[320]【かおり】

[321]「そうでしたよね。

[322] わたしも、なぎさ先輩が卒業した後、

[323] ずっと言われ続けてました、そういえば」

[324]ちょっと飲みたい気分になって、

[325]なぎさ先輩の目の前で

[326]缶ビールのプルトップを引いてみる。

[327]【なぎさ】

[328]「実はね、あたし、

[329] 沢井に巻き添えくわせて悪かったなーって、

[330] ずっと思ってたの……」

[331]クスッと笑ったなぎさ先輩は

[332]ようやく缶ビールに手を伸ばしてくれた。

[333]【なぎさ】

[334]「……ホントは、沢井を残して

[335] 卒業なんかしたくなかった……」

[336]【かおり】

[337]「なぎさ先輩、

[338] 卒業式の後で泣きじゃくってましたよね。

[339] 卒業なんかしたくない、って」

[340]【なぎさ】

[341]「……うん……」

[342]あ、あれ?

[343]なぎさ先輩、沈み込んだ顔で

[344]また黙り込んじゃった……。

[345]わたし、何か変なこと言った?

[346]また、地雷でも踏んじゃった?

[347]手にした缶ビールをごくごくと飲んで、

[348]なぎさ先輩はまっすぐにわたしを見た。

[349]【なぎさ】

[350]「ねぇ、沢井。

[351] 沢井は主任のことが、好き……なの?」

[352]【かおり】

[353]「え……」

[354]予想外のストレートな質問。

[355]どう返事をしよう……?

[356]正直に言う

[357]誤魔化す

[358]誤魔化すのは、良くない……よね。

[359]【かおり】

[360]「うん、好き」

[361]素直にうなずいて、ニコッと笑う。

[362]ごめんなさい、なぎさ先輩。

[363]なぎさ先輩が否定してほしがっているのは

[364]わかってる。

[365]でも、それがわかってても、

[366]敢えて、わたしは

[367]自分の正直な気持ちを伝えたいの。

[368]それが、一番大好きだったなぎさ先輩に対する

[369]わたしからの誠意だと思うから。

[370]【かおり】

[371]「うん……、

[372] わたし、主任さんが好き」

[373]【かおり】

[374]「看護師としての憧れもあるけど、

[375] それだけじゃなくて、

[376] そういう意味で好き、なんです」

[377]【なぎさ】

[378]「……んもー、

[379] はっきり言ってくれちゃって!」

[380]明るく言ってるけれど、

[381]なぎさ先輩の顔が泣き笑いになってる。

[382]わたしは……

[383]気づかないフリをするしかない。

[384]正直になんて言えないよ、

[385]主任さんに迷惑かけちゃうかもしれないし。

[386]【かおり】

[387]「そ、そんなこと……」

[388]【なぎさ】

[389]「それで隠してるつもり?」

[390]鼻で笑われた。

[391]【なぎさ】

[392]「見てればわかるわよ、

[393] あたしが何年、沢井を見てたと思ってるの!」

[394]【かおり】

[395]「あいたっ!」

[396]ビシッとおでこを指で弾かれた。

[397]ひりひりするおでこに

[398]視界がかすむ。

[399]かすんだ視界の向こう、

[400]泣きそうな顔で笑っているなぎさ先輩が見えた。

[401]なぎさ先輩は表情を誤魔化すように、

[402]ぐびぐびとビールを飲んだ。

[403]【なぎさ】

[404]「……そっかー、

[405] 沢井は主任に取られちゃったかー」

[406]【かおり】

[407]「…………」

[408]【なぎさ】

[409]「沢井はあたしが先に目をつけたのになぁ、

[410] 悔しいなぁ……」

[411]なぎさ先輩は、

[412]空になった缶をテーブルに置いて、

[413]新しいビールの缶を取り上げた。

[414]またぐびぐびと一気に飲んでいる。

[415]わたしは黙って

[416]なぎさ先輩がビールを空けていくのを見てる。

[417]見ている間に

[418]ビールが一本、空になった。

[419]【なぎさ】

[420]「もう一本、もらうね」

[421]けれど、なぎさ先輩は

[422]プルトップを引いただけで、

[423]口をつけようとしない。

[424]そして、大きなため息をついて、

[425]泣きそうな顔でわたしを見つめる。

[426]【なぎさ】

[427]「……でも、ま、しょーがないよね。

[428] あたし、先輩としても、看護師としても、

[429] 沢井の見本になれなかったもんね」

[430]【かおり】

[431]「なぎさ先輩……」

[432]【なぎさ】

[433]「……主任にバリバリ鍛えてもらうんだよ?」

[434]くしゃっと髪を撫でられた。

[435]【なぎさ】

[436]「あの人は看護師の鑑のような人だから、

[437] あたしには教えてあげられないことも、

[438] 沢井に教えてあげられるから……さ」

[439]よいしょ、となぎさ先輩が立ち上がる。

[440]立ち上がりざま、

[441]ぐいっと目元を乱暴にぬぐったのが見えた。

[442]【なぎさ】

[443]「これ、もらってくね」

[444]わたしに背中を向けたまま、

[445]手にしたままのビールをかざす。

[446]【かおり】

[447]「なぎさ先輩……!」

[448]【なぎさ】

[449]「これ以上、ここで飲んだら悪酔いしそうだから、

[450] 続きは自分の部屋で飲むわね。

[451] ……じゃ、おやすみなさい」

[452]【かおり】

[453]「…………」

[454]なぎさ先輩が行ってしまう。

[455]けれど、わたしには、

[456]その背中を呼び止めることはできないの。

[457]誰もいなくなった部屋の真ん中で立ち尽くす。

[458]ドアが閉まってから、

[459]わたしは、いなくなったなぎさ先輩に

[460]深く頭を下げた。

[461]勉強の続きを開始したけれど、

[462]どうにも身が入らない……。

[463]こういう時は、さっさと寝て、

[464]明日、早めに起きて

[465]今日の続きをした方がいいんだよね。

[466]うん、そうしよう。

[467]明日はちょっと早めの六時に起きることにして、

[468]今日はもう寝よう……。

[469]アラームを六時に――

[470]【かおり】

[471]「ひょわぁぁ!」

[472]手の中の携帯電話が

[473]いきなり震えて鳴り始めた。

[474]なんというタイミング!!

[475]思わず放り投げてしまった電話を取り上げようとして、

[476]一瞬、不安が横切る。

[477]もしかしたら、

[478]またいたずら電話かなと思っちゃったの。

[479]でも、あの件に関しては

[480]主任さんが解決したって言ってくれてたし、

[481]実際、あの後、いたずら電話もメールも

[482]ぴたっと止まったんだよね。

[483]不審な人影も見なくなったし。

[484]だから……きっと大丈夫!

[485]勇気を出して、

[486]鳴り続けている電話を取り上げる。

[487]表示を見たら……

[488]『大塚はつみ』。

[489]【かおり】

[490]「大塚、って……しゅ、主任さん!?」

[491]まさか、と思う気持ちと、

[492]そうだったらいいなって思う気持ちが

[493]ない交ぜになって、ボタンを押した。

[494]【かおり】

[495]「も、もしもし……っ!?」

[496]【はつみ】

[497]「ああ、やっと

[498] 出てくれたわね……うふふ」

[499]【かおり】

[500]「ホギャ!?

[501] や、やっぱり主任さん!」

[502]【はつみ】

[503]「まぁ、あなたみたいな可愛い子がホギャ、だなんて。

[504] ギャップがあって可愛いけれど、もう少し

[505] 可愛らしい声を聞かせてもらいたいわ、ふふ」

[506]【かおり】

[507]「か、かわ……、ぉえ、そんな……」

[508]【はつみ】

[509]「うふふ、本当に可愛いわね。

[510] その反応がたまらないわ、うふふ」

[511]【かおり】

[512]「しゅ……主任さん?」

[513]電話の向こうで、

[514]主任さんはクスクス笑っている。

[515]もしかして、酔っぱらってる……?

[516]【かおり】

[517]「あ、あの、主任さん、

[518] お酒でも飲んでるんですか?」

[519]【はつみ】

[520]「お酒にチーズが合うっていうのは本当なのね。

[521] チーズをチンしたらスナックになったわ、

[522] 教えてもらっちゃったの、うふふふ……」

[523]【かおり】

[524]「……はぁ」

[525]あらら。

[526]完全に酔っ払ってるみたい。

[527]珍しいな、主任さん。

[528]わたし、主任さんって

[529]何でも完璧にこなして、ピシッとしてて、

[530]背筋なんてまっすぐで……って思ってたけど、

[531]そうじゃないんだよね。

[532]汚部屋に住んでて、片付けられない人で、

[533]もったいないオバケに取り憑かれてて、

[534]ちょっと口うるさくて、しかも看護バカで、

[535]なのに、笑うととても優しくて……。

[536]……そして、わたしの大好きなひと。

[537]【はつみ】

[538]「ねぇ、なにを黙り込んでいるの?

[539] 電話は話をするためのツールなのだから、

[540] 黙っていてはお話にならないわ」

[541]【かおり】

[542]「そ、それはそうなんですけど、

[543] 主任さん、酔っ払ってるみたいだし

[544] 早く寝た方がいいですよ?」

[545]【はつみ】

[546]「言われなくても、もう寝ますー。

[547] 何よ、ちょっとくらい

[548] わたしとお話してくれたっていいじゃないー」

[549]……あ。

[550]今度はちょっと拗ねてる?

[551]主任さんにも

[552]こんな普通の一面があるんだな……。

[553]そう思うと、

[554]何だかすごく親近感が沸いちゃう。

[555]【はつみ】

[556]「……ふふ、

[557] あなたはいい先輩を持っているのね」

[558]【かおり】

[559]「え?」

[560]【はつみ】

[561]「何でもないわ。

[562] ごめんなさいね、こんな時間に電話をかけて。

[563] あなたの声が聞きたくなったの」

[564]思わず自分の耳を疑った。

[565]今、主任さん、

[566]わたしの声が聞きたくなった……って言った?

[567]言ったよね!?

[568]【はつみ】

[569]「じゃ、おやすみなさい。

[570] あなたも明日は日勤だったわね、

[571] しっかり寝るのよ?」

[572]【かおり】

[573]「あ、主任さ……、もうっ!」

[574]言いたいことだけ言って、

[575]こっちが何か言おうとした時には

[576]もう切れてるんだもん、やんなっちゃう。

[577]でも……。

[578]酔っ払って

[579]わたしに電話かけてきてくれるなんて、嬉しいな。

[580]念のためにって

[581]主任さんのケータイ番号を登録してたけど、

[582]私用で使われることはないだろうなって

[583]ちょっと諦めてたから、すごく嬉しい。

[584]主任さんらしくないといえば、らしくない行動だけど、

[585]らしくない行動が可愛いって思っちゃう。

[586]わたし、重症かも……主任さんが好きすぎて。

[587]でも、今のままのわたしだと

[588]デキる主任さんとは釣り合わないから、

[589]ちゃんと勉強して、

[590]主任さんに相応しい子にならないとね!

[591]さ、明日に備えて、早く寝ようっと!

white_robe_love_syndrome/scr00701.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)