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white_robe_love_syndrome:scr00613

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[001]【かおり】

[002]「なぎさ先輩、戸井さんのカルテは……」

[003]【なぎさ】

[004]「ん、そこのレントゲンの上〜。

[005] ごめん、使ったら片付けといて〜」

[006]【かおり】

[007]「はーい」

[008]戸井さんのファイルの看護記録を見て、

[009]わたしはふと手を止めた。

[010]【かおり】

[011]「あれ?

[012] 戸井さんって狭心症で入院してる人なのに

[013] 食事制限があるんですか?」

[014]【なぎさ】

[015]「は? 何言ってるの、沢井?

[016] 狭心症の原因として考えられるものは?」

[017]【かおり】

[018]「うっ……えっとぉ……」

[019]【なぎさ】

[020]「……冠動脈の動脈硬化、でしょう?」

[021]【かおり】

[022]「ああ、それです、それ!」

[023]【かおり】

[024]「ところで、なぎさ先輩、

[025] 動脈硬化と狭心症って、関係があるんですか?」

[026]ちょっとした疑問を口にした途端、

[027]なぎさ先輩はガクッとテーブルに突っ伏した。

[028]【なぎさ】

[029]「んもー! ちょっと沢井〜、

[030] そんな初歩の質問をここでされたら

[031] あたしの指導が悪いって思われちゃうでしょー!」

[032]【かおり】

[033]「えぇっ?

[034] そうなんですか!?

[035] す、すみません〜」

[036]【なぎさ】

[037]「……狭心症って

[038] どうして起こるかわかってる?」

[039]【かおり】

[040]「えっと……、

[041] 血液や酸素を運ぶ心臓の力が弱くなって

[042] 胸の痛みを引き起こす?」

[043]【なぎさ】

[044]「んー、ちょっと違うなぁ。

[045] 心臓の筋肉に、酸素が運ばれにくくなったことで

[046] 心筋が酸素不足になって起こるのよ」

[047]【かおり】

[048]「あ、そう、それです、それ!」

[049]【なぎさ】

[050]「…………」

[051]なぎさ先輩は

[052]不安そうな顔でわたしを見てる。

[053]ああ、こんなことなら

[054]看護学校でちゃんと勉強しておけば良かった、

[055]わたしのおバカ〜!

[056]【なぎさ】

[057]「じゃあ、逆に、質問ね。

[058] どうして心筋に

[059] 酸素が運ばれにくくなっちゃうんだと思う?」

[060]【かおり】

[061]「うーん……、

[062] 血管の内側に色々こびりついたりして

[063] 血液の通り道が狭くなるから?」

[064]【なぎさ】

[065]「そういう風に、

[066] 血管内壁にプラークがこびりついた状態って

[067] 何ていうんだっけ?」

[068]【かおり】

[069]「血管の、狭窄?

[070] ……あ! 動脈硬化、ですよね!」

[071]【なぎさ】

[072]「戸井さんの場合、既に全身に動脈硬化が起こってて、

[073] 急に運動することで、ただでさえ狭くなった血管に

[074] はがれたプラークが詰まってしまうかもしれない」

[075]【なぎさ】

[076]「もしそれが冠動脈で起こると心筋梗塞になるの。

[077] 心筋梗塞になったら命があぶないでしょう?」

[078]ごくりと息を呑む。

[079]【なぎさ】

[080]「だからまず、オーバーカロリーの食事を減らして、

[081] コレステロールを減らすお薬も飲んでもらって、

[082] いろいろ体内環境を整えなきゃいけないの」

[083]【かおり】

[084]「ああ、だから、食事制限なんですね。

[085] たしかに、食事制限って重要〜」

[086]あれ、でも戸井さんって、この間、

[087]こっそりお菓子、食べてたような……。

[088]これって、なぎさ先輩に

[089]報告した方がいいのかな……。

[090]【なぎさ】

[091]「ようやく理解してくれたわねー」

[092]【かおり】

[093]「なぎさ先輩って、すごいですね!

[094] わかりやすかったです! 天才っ!!」

[095]【なぎさ】

[096]「んもう、バカにしてるわけ?

[097] そのくらい看護師なら常識でしょっ!

[098] 沢井がおバカなだけでしょっ!」

[099]【かおり】

[100]「はふーん!」

[101]肩をすくめながら、

[102]手の甲にメモしてきた、戸井さんの

[103]バイタルの数値を記入して……。

[104]うーん、ちょっと血圧が高いけど、

[105]本人、お変わりなさそうだったしなぁ……。

[106]【なぎさ】

[107]「あ、沢井。

[108] 記録に特変なしって書いちゃダメだからね?」

[109]う!?

[110]今、まさに

[111]そう書こうとしていたところだったんですけど!

[112]【かおり】

[113]「なぎさ先輩、後ろにも目があるんですかっ!?」

[114]後ろからパコンと検温板で

[115]軽く頭を叩かれた。

[116]【なぎさ】

[117]「んなわけないでしょ、

[118] あたしゃ妖怪かっ!」

[119]【やすこ】

[120]「なんか用かい? なんつってー……」

[121]【かおり】

[122]「…………」

[123]今、何か聞こえたけど、スルー、スルー!

[124]【やすこ】

[125]「うわん、誰も相手してくれへんっ!」

[126]なぎさ先輩もスルーしてるし、

[127]ここはやっぱりスルーでいいんだよね。

[128]【なぎさ】

[129]「……と、とにかく!

[130] 特変なしって、何を指して『特変なし』なわけ?

[131] そこを説明できれば、そう書いてもいいわ」

[132]【かおり】

[133]「そうは言っても……。

[134] 戸井さん、普通に元気そうでしたし、

[135] 特に訴えもないですし」

[136]【なぎさ】

[137]「元気そうだったなら、そう書けばいいのよ。

[138] 記録にはありのままを書け、って習ったでしょう?」

[139]【なぎさ】

[140]「顔色が良かったなら『顔色良好』、

[141] 食欲もあったのなら食事摂取量と食事の感想、特に

[142] 訴えがないなら『胸部疼痛の訴えなし』とかね」

[143]【かおり】

[144]「あ、そっか」

[145]なるほどなるほど。

[146]【なぎさ】

[147]「大体、戸井さんの血圧はどうだったのよ?

[148] あの人、高め安定なのに、その数値で

[149] 『特変なし』なんてありえなくない?」

[150]【かおり】

[151]「……それはそうですね」

[152]なぎさ先輩は

[153]その後もいろいろ指導してくれている。

[154]わたしはカルテに

[155]なぎさ先輩の教え通りに記録を書いていく。

[156]ふと時計を見ると、

[157]そろそろ夕方の点滴を準備する時間。

[158]【なぎさ】

[159]「あ、そろそろ、アレ、準備しますかー」

[160]【かおり】

[161]「あ、はい。

[162] 夕方の点滴ですね」

[163]【なぎさ】

[164]「そうそう、わかってるねー」

[165]【かおり】

[166]「だいぶ慣れてきましたから」

[167]笑いながら、

[168]十六時の分の点滴の処方箋をめくる。

[169]ふと目に付いた堺さんの点滴指示に

[170]見慣れない薬剤名が追加されているのに気が付いた。

[171]【かおり】

[172]「……なぎさ先輩?」

[173]【なぎさ】

[174]「はいよ〜」

[175]【かおり】

[176]「堺さん、解熱剤も追加されてるんですか?」

[177]【なぎさ】

[178]「あ、うん……、堺さん、

[179] 午前中にちょっと熱発して、ね。

[180] その時、追加処方が出たの」

[181]【かおり】

[182]「……そうなんですかー」

[183]……堺さん、心配だな……。

[184]ふと、視線を外した先に、

[185]じーっとわたしを見ている山之内さんがいた。

[186]【かおり】

[187]「や、山之内さん?」

[188]【やすこ】

[189]「ん〜?」

[190]【かおり】

[191]「どうか、したんですか?」

[192]【やすこ】

[193]「ん〜?

[194] いや、ちょっとな……。

[195] あんたらみたいな関係ってええなー思うて」

[196]【やすこ】

[197]「看護学校絡みやったら

[198] 先輩・後輩ってもうちょっと

[199] 殺伐としとるもんやん?」

[200]【かおり】

[201]「だって、なぎさ先輩は高校の時の先輩だし、

[202] あの頃から、ずっとこんな感じだったし……」

[203]【やすこ】

[204]「それや。

[205] そういうの、めっさ微笑ましいわー!

[206] めっさ羨ましいー!!」

[207]【やすこ】

[208]「なぁ、沢井?

[209] うちのこと、可愛く『先輩』って呼べへん?

[210] こう、上目遣いでな、モジモジしながら」

[211]【やすこ】

[212]「そんでこう、何かチョコとかお弁当とか差出して

[213] 『頑張ってくださいっ!』とか言って押し付けて、

[214] ダーッと走り去っていく、みたいな?」

[215]【かおり】

[216]「……はへ?」

[217]【なぎさ】

[218]「……何ですか、その妄想」

[219]【やすこ】

[220]「青春やんか、青春!

[221] わかりやすい青春やろ?

[222] そりゃ、うちの妄想でもあるけど!」

[223]うーん、たしかに

[224]山之内さんもこの職場では先輩なんだけど、

[225]なぎさ先輩以外の人って

[226]あまり先輩って感じじゃないのよね。

[227]【???】

[228]「先輩後輩、仲が良いのもいいけれど、

[229] 職場では同僚でもあるのだから

[230] 省略せずに共通用語を使いなさい」

[231]ドキーン!

[232]振り返ると、お昼を終えた主任さんが

[233]休憩室から出てくるところだった。

[234]ホント、神出鬼没だよね、この人……。

[235]【はつみ】

[236]「いくらお互いわかりあっていても馴れ合いはだめ。

[237] 藤沢さん、それを踏まえると、さっきの『アレ』は

[238] あまり褒められたことではないと思わない?」

[239]【なぎさ】

[240]「す、すみませんっ」

[241]【やすこ】

[242]「ま、基本やね、

[243] 医療現場で『アレ』『コレ』『ソレ』は

[244] ミスの元」

[245]【はつみ】

[246]「山之内さんもわかっているなら、

[247] 藤沢さんの元プリセプターとして

[248] きちんと指導しなさい」

[249]……へー、山之内さんって

[250]なぎさ先輩の元・プリセプターだったんだ……。

[251]【やすこ】

[252]「うわ、とばっちりキター!」

[253]【はつみ】

[254]「山之内さんっ!」

[255]【やすこ】

[256]「はいはい、わかってますよー」

[257]【はつみ】

[258]「沢井さんも……」

[259]主任さんの視線がわたしへ向けられる。

[260]わたしは思わず首をすくめた。

[261]【はつみ】

[262]「藤沢さんを頼る気持ちはわかるけれど、

[263] 頼りすぎはいけないわ」

[264]【はつみ】

[265]「他の同僚にも手助けやアドバイスを求めてもいいから、

[266] 何もかも、藤沢さんにおんぶに抱っこではなく、

[267] 自分の力でも解決できるようになりなさい」

[268]【かおり】

[269]「はい」

[270]そう返事をして、

[271]おそるおそる視線を上げると、

[272]主任さんは何だか微妙な表情をしていた。

[273]何だろう、上手くいえないけれど……

[274]迷っているような、困ったような、そんな表情。

[275]わたし、そんなに困らせてるのかな?

[276]そのことを聞こうかと口を開きかけた時、

[277]主任さんは、またいつもの無表情に戻った。

[278]【はつみ】

[279]「さ、雑談は終わりです。

[280] 自分の業務に戻ってください」

[281]【やすこ】

[282]「主任にも叱られたことやし、

[283] 仕事でもしますかー」

[284]途端に、みんなが散らばってゆく。

[285]【なぎさ】

[286]「沢井、何してるの?

[287] 夕点の読み合わせするよー?」

[288]【かおり】

[289]「あ、はーい」

[290]さっきの主任さん、一体なんだったんだろう……?

[291]もしかして、何か言いたいことでもあったのかな?

white_robe_love_syndrome/scr00613.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)