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white_robe_love_syndrome:scr00611

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[001]休憩室には師長さん、主任さんをはじめ

[002]何人かの内科病棟のスタッフが集まっていた。

[003]【常盤師長】

[004]「それでは、藤沢さんの外科異動を祝して、

[005] 乾杯しましょう!」

[006]【はつみ】

[007]「乾杯!」

[008]【やすこ】

[009]「カンパーイ!」

[010]【かおり】

[011]「乾杯!」

[012]【なぎさ】

[013]「ありがとうございます」

[014]みんなでカップに注いだジュースを飲み、

[015]なぎさ先輩に拍手を送る。

[016]……カップが検尿カップだってことがアレだけど、

[017]検尿カップで何か飲むのにも

[018]もう慣れちゃったよ……。

[019]【常盤師長】

[020]「勤務があるので全員が揃っているわけではないし、

[021] こんな仕事の延長みたいな祝賀会で

[022] 本当に申し訳ないわね、藤沢さん」

[023]師長さんの言葉に、

[024]なぎさ先輩はブンブンと首を振った。

[025]【なぎさ】

[026]「いえ、そんな!

[027] こうして祝っていただけるだけで

[028] もうホント幸せですから」

[029]【やすこ】

[030]「うちは勤務終わってるんやけど、

[031] やっぱジュースやないとあかんの?」

[032]【はつみ】

[033]「当たり前です!

[034] いくら勤務が終わっているとはいえ、

[035] 院内で飲酒だなんて、言語道断よ!」

[036]【やすこ】

[037]「いや、藤沢をキモチよーく送り出してやるためには、

[038] 多少アルコールの力を借りて、

[039] パーッと盛り上げてですねぇ……」

[040]【はつみ】

[041]「そんな稚拙な論理が通るとでも?」

[042]【やすこ】

[043]「あちゃ〜っ、作戦失敗!

[044] 酒飲みたいーっ、酒よこせー!!」

[045]山之内さんが騒いでいる。

[046]お酒なんかなくても、

[047]十分、場を盛り上げてるよね。

[048]【常盤師長】

[049]「まぁまぁ。本当のお酒を交えた飲み会は、

[050] 個別に藤沢さんを誘ってやってもらうとして。

[051] 藤沢さんから一言、もらいましょう?」

[052]【なぎさ】

[053]「えっ?

[054] あたし!?」

[055]【やすこ】

[056]「そりゃそうやろ。

[057] 今日の主役なんやから、

[058] 一言くらいあってもバチは当たらへんで?」

[059]【かおり】

[060]「なぎさ先輩、頑張って〜っ!」

[061]なぎさ先輩ははにかむように笑って、

[062]紙コップを置いてから、周りを見渡した。

[063]【なぎさ】

[064]「え〜と……」

[065]【やすこ】

[066]「よっ! 待ってました!

[067] いつものモーモーやって、ウシ沢〜!」

[068]【はつみ】

[069]「山之内さん……」

[070]【やすこ】

[071]「腰折ってすんまそん。

[072] はい、改めまして、ドウゾ〜」

[073]【なぎさ】

[074]「ふふ……こんな愛すべき仲間たちと離れるのは

[075] 正直とってもさみしいです」

[076]【なぎさ】

[077]「ここはあたしが看護師として

[078] 初めて勤務したところだし、

[079] 色々なことを教えてもらった大切な場所です」

[080]【なぎさ】

[081]「外科に行くのは学生時代からの希望だったから、

[082] 楽しみだし、嬉しくもありますが、

[083] その一方で不安でもあります」

[084]【なぎさ】

[085]「この内科で皆さんに教えていただき

[086] 培った知識や経験を生かして、

[087] 外科でも精一杯、頑張りたいと思いますので……」

[088]そこで言葉を切ったなぎさ先輩の瞳は

[089]涙で潤んでて……。

[090]【なぎさ】

[091]「どうか異動してからも、

[092] なにかありましたら、階をまたいでの、

[093] ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

[094]ペコリと頭を下げたなぎさ先輩に

[095]拍手の雨が降り注ぐ。

[096]【やすこ】

[097]「なんや永遠の別れみたいやな。

[098] たかが一フロアの違いやん?

[099] 寮も変わらへんし、これからもよろしくな」

[100]ニカッと笑った山之内さんに、

[101]なぎさ先輩は涙の溜まった瞳を向けた。

[102]【なぎさ】

[103]「山之内さん……」

[104]主任さんが優しく微笑みながら口を開く。

[105]【はつみ】

[106]「たかが一階とは言っても、

[107] 二階さんと内科病棟ではだいぶ雰囲気が違うから……。

[108] 気を抜かないで頑張るのよ」

[109]【なぎさ】

[110]「主任さん……。

[111] はい、精一杯、頑張ります」

[112]そんな時、師長さんがゆっくりと腰を上げた。

[113]【常盤師長】

[114]「わたしは師長会議があるのでここで失礼しますね。

[115] あとは若い人達でゆっくり。ほほほ」

[116]【はつみ】

[117]「師長、お見合いじゃないんですから……」

[118]【やすこ】

[119]「しかも、ちょっとレトロちっくやし」

[120]【常盤師長】

[121]「まぁ、失礼な子たちね」

[122]【はつみ】

[123]「失礼しました。

[124] でも、一応、指摘しておくべきかと」

[125]主任さんの言葉に

[126]みんながくすくすと笑う。

[127]しんみりしていた空気が一気に明るくなった。

[128]にこやかな雰囲気を残して師長さんが去り、

[129]夜勤さんも抜けて、わたしとなぎさ先輩、

[130]主任さんと山之内さんだけになった。

[131]【なぎさ】

[132]「主任さん、沢井のこと

[133] よろしくお願いいたします」

[134]なぎさ先輩がペコリと頭を下げる。

[135]【はつみ】

[136]「わかっているわ」

[137]【なぎさ】

[138]「沢井もプリセプ変更で不安だろうけど、

[139] いろいろな人の知識や経験を吸収できる良い機会よ、

[140] あたしがいなくなっても頑張ってね」

[141]【かおり】

[142]「は、はいっ!」

[143]なぎさ先輩が異動した後は、

[144]わたしのプリセプターはなぎさ先輩に替わって

[145]山之内さんが務めてくれることになっていた。

[146]山之内さんは去年、なぎさ先輩の

[147]プリセプターをやっていたんですって。

[148]……とすると、先輩の先輩って感じで

[149]馴染みやすいかも。

[150]【やすこ】

[151]「うちは藤沢みたいに甘くないで?

[152] びしびし鍛えるから、そのつもりで!」

[153]【かおり】

[154]「ひえ〜〜ぇい」

[155]【なぎさ】

[156]「あたしの代わりに、

[157] ビシバシやってくださいね!

[158] でも、いじめはダメですよ?」

[159]【やすこ】

[160]「おうよ!

[161] 藤沢の分までしっかり可愛がったろ。

[162] せやから藤沢は、なーんも心配せんでええよ?」

[163]【なぎさ】

[164]「……な、なんか心配だなぁ……」

[165]つぶやくなぎさ先輩をスルーした山之内さんに

[166]わたしは肩をぐいと抱き寄せられた。

[167]【やすこ】

[168]「ふっふっふー。

[169] 初めて、いうんは誰もが怖いもんやで?

[170] 去年の藤沢みたいに、力を抜いてうちに任せとき」

[171]【なぎさ】

[172]「ちょっ!?」

[173]山之内さんのアヤシイ言葉に

[174]なぎさ先輩の目の色が変わる。

[175]……えーっと、

[176]ここは山之内さんの小芝居に

[177]合わせるのが楽しそうよね。

[178]【かおり】

[179]「やぁぁん、

[180] わたし、どうなっちゃうのー!?

[181] そして、去年のなぎさ先輩はどうなったのー!?」

[182]【なぎさ】

[183]「やーまーのーうーちーさぁぁぁんっ!!」

[184]なぎさ先輩がギロリと厳しい視線を向ける。

[185]……ちょっと怖い。かも。

[186]【やすこ】

[187]「あー……、あっはっは!

[188] 冗談やんか、ジョーダン!

[189] 本気にしちゃイヤン!」

[190]慌ててわたしを離して、

[191]山之内さんはカラカラと笑ってる。

[192]【なぎさ】

[193]「もう!

[194] 山之内さんが言うと、

[195] 全然冗談に聞こえないから怖いんです!」

[196]【やすこ】

[197]「うわ、元・プリセプに向かって失礼な子やね〜」

[198]【なぎさ】

[199]「元・プリセプはアテにならないみたいだし、

[200] やっぱ、主任にも頼んでおこう……」

[201]【やすこ】

[202]「なんとっ!

[203] もう沢井はうちのもんやなかったん!?」

[204]ほへ?

[205]ば、爆弾発言です、山之内先輩!!

[206]いつの間にわたしは

[207]山之内さんのものになったんですか!?

[208]【なぎさ】

[209]「なっ!?

[210] 沢井はあたしのもんです!」

[211]はえっ!?

[212]【かおり】

[213]「ほえぇぇっ!?」

[214]何でそうなるの!?

[215]なぎさ先輩まで、爆弾発言だぁ!!

[216]【やすこ】

[217]「ふっふっふ、おらんくなる人間に何ができる。

[218] うちやったら夜勤中の沢井の隙をみて、

[219] あ〜んなことや、こ〜んなことを……むふふ……」

[220]【なぎさ】

[221]「……やっぱり山之内さん、

[222] 全然シャレになってません」

[223]なぎさ先輩の冷ややかな視線。

[224]【やすこ】

[225]「いややわ、藤沢ったら

[226] マジになっちゃって」

[227]冗談めかした山之内さんの言葉を無視し、

[228]なぎさ先輩はポツリとつぶやいた。

[229]【なぎさ】

[230]「……だって

[231] 沢井は、あたしのものなんだから……」

[232]なぎさ先輩はきゅっと唇を噛んで下を向いていた。

[233]なぎさ、先輩?

[234]【やすこ】

[235]「藤沢?」

[236]山之内さんも軽く小首をかしげてなぎさ先輩を見た。

[237]そんなわたしたちの視線には気づかないかのように

[238]なぎさ先輩はなおも低い声で続けた。

[239]【なぎさ】

[240]「あたしがずっと、昔から見てきたんだから」

[241]【かおり】

[242]「なぎさ、先輩?」

[243]オロオロするわたしの肩を、

[244]主任さんがポンと軽く叩いた。

[245]その顔は笑ってるけれど……、

[246]……目が、ちっとも笑ってない……。

[247]【はつみ】

[248]「はいはい、おふざけはそのくらいにして。

[249] 沢井さんはこの内科病棟の大切なスタッフですから

[250] みんなで大事にしてあげてください」

[251]【やすこ】

[252]「なーんや、

[253] 結局『みんなのもん』で決着するんかいな〜」

[254]大げさにがっかりしたような山之内さんの言葉に、

[255]ようやく顔を上げたなぎさ先輩は、

[256]バツが悪そうに笑う。

[257]【なぎさ】

[258]「あはっ……、

[259] そ、そうですよね〜」

[260]さっきのは一体、何だったんだろう……?

[261]なぎさ先輩、

[262]異動のことでナーバスになってるのかな?

[263]【はつみ】

[264]「藤沢さん」

[265]突然なぎさ先輩を呼んだ主任さんの表情から

[266]スッと笑みが消えた。

[267]【はつみ】

[268]「最初は色々と大変でしょうけれど……

[269] 頑張るのよ」

[270]【なぎさ】

[271]「えっ?

[272] あ、はい」

[273]突然の言葉に

[274]なぎさ先輩はきょとんとしてる。

[275]今までの言葉とは違って

[276]何だかとてもシビアで、かつ、特別なニュアンスが

[277]含まれているように感じるのよね……。

[278]【はつみ】

[279]「ああ、ごめんなさい。

[280] わたしもそろそろ仕事に戻るわ。

[281] あなたたちも程ほどにして切り上げなさいね」

[282]【やすこ】

[283]「はーい」

[284]【なぎさ】

[285]「あ!

[286] ありがとうございました!」

[287]フッと笑って

[288]休憩室から出て行く主任さんの背中を見送りながら、

[289]わたしは軽く首をかしげた。

[290]さっきの言葉……、

[291]何だったんだろう?

[292]【やすこ】

[293]「さて、と。

[294] うちもそろそろ帰るかなー」

[295]【なぎさ】

[296]「えぇっ!?

[297] あたしの異動祝いってこれで終了ですか!?」

[298]【やすこ】

[299]「酒もないとこで祝いも何もあるかい」

[300]【なぎさ】

[301]「まぁ、そうですけど……」

[302]【やすこ】

[303]「ほな、後はおふたりさんで、ごゆっくり」

[304]【なぎさ】

[305]「またそれですかぁ〜!?」

[306]【やすこ】

[307]「お先に〜」

[308]さっさと休憩室を出て行く山之内さんに

[309]わたしは慌てて頭を下げた。

[310]【かおり】

[311]「あ、お疲れ様でした!」

[312]残されたなぎさ先輩はとても不満そう……。

[313]【なぎさ】

[314]「むむむー。

[315] 念願の異動だってのに、みんな冷たくない?

[316] んもー、今日は飲むわよ、飲んでやるー!」

[317]【かおり】

[318]「ええええっ!?

[319] お祝いならわたしの部屋でもしたじゃないですか。

[320] それなのに、また飲むんですかー!?」

[321]【なぎさ】

[322]「なぁ〜によ、沢井ったらお祝いしてくれないつもり?

[323] 祝う気持ちが足りないんじゃないの〜?」

[324]ジロリと睨まれて

[325]わたしは慌てて首を左右に振る。

[326]【かおり】

[327]「めめめ、滅相もありましぇん!

[328] 祝います、めいっぱいお祝いします、

[329] 祝いたいです、祝わせてくださいっ!」

[330]その言葉に、なぎさ先輩はニコッと可愛く笑った。

[331]【なぎさ】

[332]「んじゃ、目一杯祝ってもらおうっと、うふ!

[333] さ、コンビニ寄ってから寮に帰ろうねー。

[334] 今夜も沢井の部屋で酒盛りだ!」

[335]【かおり】

[336]「ちょっ、なぎさ先輩!

[337] またわたしのお部屋!?」

[338]【なぎさ】

[339]「えー。 だってあたしのお祝いだもーん!

[340] やっぱ沢井の部屋で祝って

[341] もらいたいじゃない〜?」

[342]【かおり】

[343]「えええー、そんなぁ〜」

[344]【はつみ】

[345]「あなたたち、騒がしいわよ!

[346] ほどほどに切り上げなさいと言ったでしょう。

[347] ここは病棟で、夜勤さんが仕事をしているのよ?」

[348]はしゃいでいるわたしたちに、

[349]隣の詰所から顔を出した主任さんのお小言が降ってくる。

[350]あちゃー。

[351]【なぎさ】

[352]「は、はいっ!」

[353]【かおり】

[354]「す、すみませんっ!」

[355]首をすくめるようにして謝った後、

[356]なぎさ先輩と顔を見合わせた。

[357]【なぎさ】

[358]「もうっ、

[359] 沢井のせいで怒られちゃったじゃない」

[360]【かおり】

[361]「ちょっ!?

[362] わたしのせいにするんですか!?

[363] なぎさ先輩も同罪ですよ、同罪!」

[364]とたんになぎさ先輩の人指し指が

[365]わたしの唇にそっと触れた。

[366]【なぎさ】

[367]「しー……。

[368] ……また怒られちゃうでしょ?」

[369]わたしは、おそるおそる、コクリとうなずく。

[370]なぎさ先輩の指が触れている唇が、なんだか熱い。

[371]ドキドキと心臓の鼓動が

[372]耳元で聞こえてきて……。

[373]ああ、どうしよう、

[374]どんどん音が大きくなってくよぅ……。

[375]【なぎさ】

[376]「沢井の部屋に、行ってもいいよね?」

[377]耳元でささやかれる。

[378]なんだか足元がふわふわしてる。

[379]……わたし、どうしちゃったんだろう。

[380]これがシアワセって気分なのかな。

[381]【なぎさ】

[382]「じゃ、お先に失礼しますー」

[383]【かおり】

[384]「お疲れ様でしたー」

[385]【はつみ】

[386]「……お疲れ様」

[387]ふたり並んで詰所から出る。

[388]【かおり】

[389]「なぎさ先輩、

[390] おつまみ、何にします?」

[391]【なぎさ】

[392]「そうね。

[393] 今日は洋食系にしてみよっかー」

[394]【かおり】

[395]「そうですねっ!

[396] スルメもいいけど、

[397] たまにはお洒落にしたいです!」

[398]なぎさ先輩との些細なやりとりが、すごく楽しい。

[399]こんな小さなことが、すごく幸せ。

[400]でも、もう病棟の中じゃ

[401]なぎさ先輩の姿を見ることも

[402]言葉を交わすこともできなくなっちゃうんだ……。

[403]さっきまでの幸せな気持ちとは正反対に、

[404]なんだか急にわたしの足は重くなった気がした。

[405]明日から、頑張れるのかな。

[406]ううん、頑張らなきゃ。

[407]わたしは内科病棟の看護師なんだから!

white_robe_love_syndrome/scr00611.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)