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white_robe_love_syndrome:scr00609

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[001]【はつみ】

[002]「藤沢さん、良いお話があります」

[003]なぎさ先輩と一緒に詰所に戻った途端、

[004]主任さんがなぎさ先輩を呼び止めた。

[005]【なぎさ】

[006]「はい、何でしょうか?」

[007]きっと心当たりがないからか、

[008]なぎさ先輩は目を丸くしている。

[009]なぎさ先輩に、お話ってなんだろう?

[010]でも良いお話って言ってるくらいだから

[011]きっと嬉しい話なんだろうな。

[012]【はつみ】

[013]「ここで話しても良いかしら?

[014] みなさん興味津々のようですが……?」

[015]言われてみると、

[016]詰所にいる他の看護師さんたちが、

[017]興味津々で、ふたりのやり取りに注目している。

[018]主任さんのまとう雰囲気が

[019]いつもの叱る時のそれじゃないからか、

[020]なぎさ先輩の表情は、少し不安そう。

[021]【なぎさ】

[022]「良いお話、なんですよね?

[023] お説教とかじゃなくて」

[024]主任さんは、クスッと笑った。

[025]【はつみ】

[026]「ええ、そうよ。

[027] あなたの念願が叶うお話」

[028]【なぎさ】

[029]「えっ!?

[030] それって、まさか……!」

[031]【はつみ】

[032]「藤沢さんの外科への異動願いが、

[033] 受理されることに決まりました」

[034]【なぎさ】

[035]「!!」

[036]驚きのあまり固まっているなぎさ先輩に

[037]わたしは勢いよく飛びつく。

[038]【かおり】

[039]「やっ…たぁ!

[040] なぎさ先輩、おめでとうございます!」

[041]【なぎさ】

[042]「ウソ……夢、じゃない?」

[043]【はつみ】

[044]「残念ながら、現実よ。

[045] 内科は貴重な戦力を一人、

[046] 外科に取られてしまうことになるわね」

[047]【なぎさ】

[048]「あ、ありがとうございますっ!」

[049]深く頭を下げるなぎさ先輩に、

[050]主任さんはいつになく優しい目を向けている。

[051]【はつみ】

[052]「外科病棟は内科病棟と雰囲気も全く違うし、

[053] 患者さんの様子も処置も違うから

[054] 慣れるまで大変だと思うけれど……頑張ってね」

[055]【なぎさ】

[056]「はいっ!」

[057]【かおり】

[058]「なぎさ先輩!

[059] おめでとうございます!」

[060]ぎゅっと、腕に力を込める。

[061]けれど……。

[062]【なぎさ】

[063]「ん……、ありがとう……」

[064]あれ?

[065]【かおり】

[066]「……なぎさ先輩、嬉しくないんですか?」

[067]なぎさ先輩、

[068]ずっと外科を希望してたって言ってたから

[069]もっと喜ぶかと思ったのに。

[070]【なぎさ】

[071]「そ、そんなことないよ!?

[072] すごく嬉しいよ?」

[073]【かおり】

[074]「それにしては、なんだか元気が……」

[075]【???】

[076]「念願かなった異動でも、

[077] 可愛い後輩ちゃんと離れることになるんやもんな〜。

[078] そりゃ複雑やわな」

[079]いつの間にか、わたしたちの背後に

[080]ニヤリと笑う山之内さんが立っていた。

[081]【なぎさ】

[082]「もー、山之内さん!

[083] もう、またすぐそうやってからかうんだから〜!

[084] もーもーもー!」

[085]【やすこ】

[086]「お? 否定するんか?

[087] 否定できんのか、ウシ沢?」

[088]ウリウリと指先で突かれそうになって、

[089]なぎさ先輩はその山之内さんの指先を掴んだ。

[090]【なぎさ】

[091]「何ですか、ウシ沢って!!」

[092]【やすこ】

[093]「ウシみたいやから『ウシ沢』や」

[094]【なぎさ】

[095]「ひどっ!」

[096]【やすこ】

[097]「ま、異動いうたかて、どうせ同じ院内やし、

[098] 心配することもないやん?」

[099]【やすこ】

[100]「愛しの先輩に置いてけぼりにされて傷心の沢井は、

[101] うちがしっかり手取り足取り面倒見てやるから

[102] 安心して異動してええよ〜?」

[103]【かおり】

[104]「て、手取り足取り?」

[105]【なぎさ】

[106]「ちょ……!

[107] 山之内さんが言うとヒワイですっ!」

[108]【やすこ】

[109]「んまー、失礼な子やね、ウシのくせに」

[110]【なぎさ】

[111]「ウシじゃないもん、もーもーもーもー!」

[112]ニマニマ笑う山之内さんと、

[113]なぎさ先輩のやり取りって、なんだか微笑ましいな。

[114]【なぎさ】

[115]「んもー、なによ、沢井ったらニコニコしちゃって!

[116] そんなにあたしの異動が嬉しいのねっ!

[117] 離れられるのが嬉しくて仕方ないのねっ!?」

[118]【かおり】

[119]「えぇっ!?

[120] ち、違いますよぅ〜!」

[121]やぁん、とばっちり!

[122]【なぎさ】

[123]「いいえ、そうに違いないわっ。

[124] 口うるさいプリセプターがいなくなってラッキー!

[125] ……なーんて思ってるんでしょう! んもうっ!」

[126]【かおり】

[127]「そんなこと……。

[128] えと、ちょっとだけしか……」

[129]【なぎさ】

[130]「んもぉぉおおっ!

[131] 沢井、憎らしい子っ!」

[132]芝居がかった台詞を口にしながら、

[133]なぎさ先輩はわたしの両頬をムニッと引っ張った。

[134]【かおり】

[135]「い、いひゃい! いひゃい!

[136] 冗談れふってば!

[137] にゃぎふぁへんぱぁい……」

[138]【やすこ】

[139]「あーあ、藤沢が移動になったら、この内科名物の

[140] ラブラブ漫才が見られんくなるんかぁ……。

[141] それはそれで、ちょっとさみしい気がするなぁ」

[142]【なぎさ】

[143]「何ですか、ラブラブ漫才って!」

[144]【かおり】

[145]「やら〜っ!」

[146]ポンッと、なぎさ先輩の手が

[147]わたしの頬から外れる。

[148]うう……、痛かった……。

[149]【やすこ】

[150]「ありゃ、知らぬは当人ばかりなり、ってな。

[151] この春からの新たな内科病棟名物として有名やで?

[152] ま、言いふらしたんは、うちやけど」

[153]【かおり】

[154]「山之内さん……

[155] 勝手に人で遊ばないでください……」

[156]【なぎさ】

[157]「あ、あなたのように看護師として残念な大人、

[158] 看護の星に代わって、修正してやるぅっ!!」

[159]【はつみ】

[160]「はいはい、おふざけはそこまで。

[161] 嬉しい報告の後だから、今日は大目に見ましたが

[162] そろそろみなさん、仕事に戻りなさいね」

[163]主任さんの言葉に、

[164]山之内さんに飛びかかろうとしていたなぎさ先輩が

[165]シュンとしたように手を下ろす。

[166]【なぎさ】

[167]「……申し訳ありませんでした」

[168]【やすこ】

[169]「怒られてしもた……」

[170]【かおり】

[171]「す、すみません……」

[172]そうだよね、今は勤務中だもん、

[173]患者さんのために時間を使わないと!

[174]それぞれの仕事に戻ろうとした時、

[175]なぎさ先輩がこそっと耳打ちをした。

[176]【なぎさ】

[177]「沢井、今夜部屋に行くから」

[178]【かおり】

[179]「……!!」

[180]【なぎさ】

[181]「ふぅ〜、今日も疲れたね〜。

[182] 異動が決まったとはいえ、

[183] あの主任、関係ナシにこき使うんだもん」

[184]仕事が終わって、一旦それぞれの部屋に戻った後、

[185]なぎさ先輩は何本かのお酒を持って

[186]わたしの部屋に遊びにきた。

[187]わたしはお菓子やおつまみを準備して

[188]いつものように部屋飲みを始めたんだけど……。

[189]なんだかやっぱり

[190]なぎさ先輩の元気がない……みたい?

[191]【かおり】

[192]「なぎさ先輩、外科への異動って、

[193] ホントはあんまり嬉しくないんじゃ……?」

[194]【なぎさ】

[195]「え、どうして?

[196] そんなことないってばぁ、やだなぁ〜」

[197]【かおり】

[198]「……ならいいんですけど。

[199] なんとなく元気がないように見えて……」

[200]今日、詰所で異動の報告があった時も、

[201]微妙な反応だったし……。

[202]なぎさ先輩が嬉しいって言うんなら

[203]そうなんだけど……何だか釈然としないんだよね。

[204]うーん、ちょっと心配だな……。

[205]なぎさ先輩はビールを口につけたり離したりして

[206]何か考えている様子だし。

[207]……思っていること、不安なこと、

[208]なんでも言ってほしいのに……。

[209]【かおり】

[210]「……なぎさ先輩……」

[211]じっとなぎさ先輩を見つめると、

[212]なぎさ先輩は苦笑して、肩を竦めてみせた。

[213]【なぎさ】

[214]「んもう……。

[215] 沢井にはかなわないなぁ」

[216]【なぎさ】

[217]「……正直、言っちゃうとね、

[218] ホントに異動していいのかなって悩んでるのよ。

[219] このまま外科に行っちゃって後悔しないかなって」

[220]意外な言葉に、

[221]わたしは飲みかけのビールの缶をテーブルに置いて

[222]正面からなぎさ先輩の顔を見つめた。

[223]【かおり】

[224]「どうしてですか?

[225] 外科への異動は、なぎさ先輩がずっと前から

[226] 希望してた夢だって言ってましたよね?」

[227]【なぎさ】

[228]「うん、そうなんだけどねー」

[229]神妙な顔で

[230]なぎさ先輩がビールの缶を置いた。

[231]【なぎさ】

[232]「……沢井はさ、平気なわけ?」

[233]【かおり】

[234]「えっ!?」

[235]【なぎさ】

[236]「あたしが外科に行っちゃっても、

[237] 沢井は……平気?」

[238]【かおり】

[239]「そ、れは……」

[240]平気じゃない。

[241]でも、平気じゃないけど、

[242]なぎさ先輩のために、平気です、って

[243]言うしかない。

[244]けれど……。

[245]本当にわたしが『平気です』って言うだけで

[246]なぎさ先輩は何も心配することなく

[247]外科へ異動することができる?

[248]わたしは……。

[249]【かおり】

[250]「わたし、は……」

[251]【なぎさ】

[252]「あー、ごめんごめん!」

[253]わたしの言葉を打ち消すように、

[254]なぎさ先輩は軽く笑って、手をヒラヒラと振った。

[255]【なぎさ】

[256]「なんか変なこと言っちゃったね〜。

[257] 沢井は大丈夫だよね、うん、大丈夫!

[258] あたし、外科に行くね!」

[259]今までの様子はどこへやら、

[260]なぎさ先輩はサバサバした様子で

[261]笑ってビールを飲んだ。

[262]【かおり】

[263]「なぎさ先輩?」

[264]【なぎさ】

[265]「いやー、ひとりだけ異動で飛び出すなんて、

[266] こんな不出来な後輩を見捨てる形になるわけでしょ、

[267] ちょっと後ろめたいなぁって思ってたのよね〜」

[268]【かおり】

[269]「なぎさ先輩、ひっどーい!」

[270]【なぎさ】

[271]「沢井の教育をあたしが途中で放棄するとさ、

[272] 残された内科が大変になるわけじゃなーい?

[273] 不出来な後輩でゴメンナサイ、みたいな?」

[274]【かおり】

[275]「そんなことないですよ〜だ!

[276] わたしだって、すごく頑張ってるんですー!」

[277]【なぎさ】

[278]「はいはい。

[279] じゃあ、その言葉、

[280] 取り敢えず信じてあげましょう〜」

[281]【かおり】

[282]「取り敢えずって何ですか〜!」

[283]なぎさ先輩は少し笑って、

[284]まっすぐにわたしを見つめてきた。

[285]【なぎさ】

[286]「……頼りになるなぎさ先輩がいなくなっても、

[287] しっかり頑張って、一人前の看護師を目指すのよ?」

[288]その表情に、ドキッとする。

[289]【かおり】

[290]「な、なぎさ先輩こそ、

[291] 外科なんて新天地に飛び込んでくんだから、

[292] イチから修行するつもりで頑張ってくださいね」

[293]【なぎさ】

[294]「むぅ〜っ! 生意気ね〜。

[295] そんな子はこうしてやる〜」

[296]頬をムニーンとつまんで伸ばされる。

[297]【かおり】

[298]「いひゃい!

[299] なぎさ先輩っ、いひゃいですっ!」

[300]なぎさ先輩が異動しちゃうのは、

[301]すごく、すごく、寂しい。

[302]同じ詰所でワイワイやることもできなくなるし、

[303]困った時に、すぐに助けてもらえない。

[304]「もー、沢井ったらぁ」と

[305]笑ってもらえることも、もうなくなっちゃう。

[306]【かおり】

[307]「……でも……やっぱさみしいです……」

[308]ぽつりとつぶやいた言葉は、飾らないわたしの本心。

[309]なぎさ先輩はクスッと笑って、

[310]わたしの頭を撫でてくれた。

[311]【なぎさ】

[312]「んもー、沢井ったら、相変わらずおバカなんだから。

[313] 外科へ行っちゃっても、勤務場所が変わるだけで、

[314] その他は、寮の部屋も、何も、変わらないのよ?」

[315]【なぎさ】

[316]「異動したって、あたし、

[317] 沢井の部屋に通ってくるからね?

[318] ちゃんとビール用意しといてよね」

[319]今回の異動は、

[320]なぎさ先輩がずっと願っていた場所への異動だから。

[321]すごくお世話になった後輩のわたしが、

[322]一番、なぎさ先輩を応援してあげなくちゃ!

[323]【かおり】

[324]「……も、もー、しょーがないなぁ。

[325] なぎさ先輩のために、好みのビールとおつまみ、

[326] 常にストックしておきますよ」

[327]【なぎさ】

[328]「さっすがあたしの後輩!

[329] 理解の早い優秀な後輩がいて

[330] あたしは幸せ者だわ〜」

[331]【かおり】

[332]「なぎさ先輩ったら

[333] こういう時ばっかり!」

[334]【なぎさ】

[335]「あはははっ」

[336]【かおり】

[337]「あははっ!」

[338]【なぎさ】

[339]「お互い、頑張ろうね」

[340]【かおり】

[341]「はいっ!」

[342]一足早い、なぎさ先輩の異動祝い。

[343]働く病棟は変わっても、

[344]これからも、わたしたちは一緒ですから!

[345]ね、なぎさ先輩!

white_robe_love_syndrome/scr00609.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)