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white_robe_love_syndrome:scr00606

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[001]今日は朝から病棟が落ち着いている.

[002]詰所ものんびりとした雰囲気。

[003]カルテを書きながら、ふと思いつく。

[004]【かおり】

[005]「……看護って、何なんでしょうね」

[006]【やすこ】

[007]「なんや、今更……?」

[008]同じくカルテを記入していた山之内さんが、

[009]記録を書きながら笑う。

[010]【やすこ】

[011]「フローレンス・ナイチンゲールいわく、

[012] 『看護とは全ての患者に対し、生命力の消耗を

[013] 最小限にするよう働きかけること』、や」

[014]【やすこ】

[015]「つまり、清潔な入院環境を整え、

[016] 栄養バランスを考えた食事を与え、

[017] 身体を清潔に保つ協力をするってことやな」

[018]すると

[019]やっぱり同じく記録を書いていたなぎさ先輩が

[020]机から顔を上げて、山之内さんに反論した。

[021]【なぎさ】

[022]「それだけだと、看護師って

[023] 単なる患者の下僕みたいな印象ですよね?

[024] 看護の本質とは違うような気がします」

[025]【やすこ】

[026]「なんや、藤沢は近代看護の母たる

[027] 我らがナイチンゲール女史の言葉を

[028] 根底から否定するんか?」

[029]【なぎさ】

[030]「いや、そういうわけじゃないですけど。

[031] それだけじゃないんじゃないかって。

[032] もっとこう、具体的な……」

[033]【やすこ】

[034]「環境整備して、バランスのよい食事をして、

[035] 清潔を保つって、これ以上ないくらいに

[036] 具体的やと思うけどなー」

[037]【なぎさ】

[038]「看護学校で習ったのは、健康不健康に関わらず、

[039] 看護師を必要としている人の手助けをすることです。

[040] 確かヴァージニア・ヘンダーソンの言葉です」

[041]【やすこ】

[042]「その理論やと患者さん以外の人間でも、

[043] 看護師が必要やなーと思う人がいてたら

[044] 万人に手助けせなあかんくなるなぁ?」

[045]【なぎさ】

[046]「まぁ……そういうことでしょうね」

[047]【やすこ】

[048]「アホらし。

[049] 金ももらえんのに他人の手助けなんかできるか。

[050] うちは自分の原稿だけで手一杯や」

[051]【なぎさ】

[052]「原稿?」

[053]【やすこ】

[054]「ゲフン、ゲフン!

[055] い、いや、それは置いといて。

[056] で、そこで聞いてるだけの沢井はどうなん?」

[057]【かおり】

[058]「えっ!?

[059] わたし、ですか?!」

[060]いきなり話を振られちゃったよ!

[061]【やすこ】

[062]「新人さんの頭の中には、

[063] 夢や希望がイロイロ詰まっとるもんやろ。

[064] 新人さんには、看護ってどういうもんに見える?」

[065]【なぎさ】

[066]「そうですよね、仕事に慣れてくると

[067] 学生の頃に持っていた理想の看護師像みたいなものが

[068] 薄れてくるような気がしますね」

[069]【やすこ】

[070]「ま、それが『慣れ』ちゅーもんやねんなー」

[071]【やすこ】

[072]「で、沢井の看護論は?」

[073]【かおり】

[074]「え、いや、そんなこと

[075] 急に言われても……」

[076]【やすこ】

[077]「なんやねん、

[078] そもそも沢井が振った話やろ」

[079]【かおり】

[080]「それはそうなんですけど……」

[081]【やすこ】

[082]「沢井はどっち派なんか?

[083] ナイチンゲール派か」

[084]【なぎさ】

[085]「それともヘンダーソン派?」

[086]【かおり】

[087]「わ、わたしは……」

[088]ずいっと顔を突き出してくるふたり。

[089]うう〜ん……。

[090]【かおり】

[091]「ど、どっちでもないっていうか……」

[092]【やすこ】

[093]「どっちでも……」

[094]【なぎさ】

[095]「……ない……?」

[096]【かおり】

[097]「あ、いえ、

[098] どっちの理論もその通りだなぁと思うんですけど。

[099] だから、折衷案がいいなぁ……的な」

[100]【なぎさ】

[101]「へぇ、それで沢井の考えって?」

[102]【???】

[103]「とても有意義なお話ね。

[104] わたしも混ぜてもらえるかしら?」

[105]【かおり】

[106]「ひゃっ!? 主任さんっ?」

[107]【やすこ】

[108]「主任、毎回いいタイミングで現れるなぁ。

[109] 『話は聞いたよ』って、山さんみたいやな」

[110]【かおり】

[111]「??」

[112]【なぎさ】

[113]「???」

[114]【やすこ】

[115]「え……、あんたら、知らんの!?

[116] 有名な刑事ドラマやん。

[117] 落としの山さん、知らん?」

[118]【かおり】

[119]「すみません……」

[120]【なぎさ】

[121]「なんか聞いたことはある気がするけど……」

[122]主任さんが苦笑しながら、山之内さんを見た。

[123]【はつみ】

[124]「ちょっと世代的にわからないんじゃないかしら」

[125]【やすこ】

[126]「かーっ!

[127] 名作は時代を超えるっちゅーのに。

[128] ……っちゅーことは主任はリアルタイム世代……」

[129]【はつみ】

[130]「さぁ、本題に戻りましょう?」

[131]【やすこ】

[132]「うぐっ……」

[133]にっこりと微笑みながらも

[134]有無を言わさぬ眼力の主任さんを前に、

[135]山之内さんは目を泳がせながら口をつぐんだ。

[136]【はつみ】

[137]「沢井さんは、看護ってどういうものだと思うの?」

[138]【かおり】

[139]「わっ、わたしのは、そのっ、

[140] 看護論とか大げさなものじゃないんです。

[141] ただこうなったらいいなっていう理想だけで」

[142]【かおり】

[143]「山之内さんの、基本的なケアを患者さんに

[144] ちゃんと提供することを大前提として、その上で、

[145] なぎさ先輩の言う手助けも必要だと思います」

[146]【やすこ】

[147]「せやけど、実際は自分らの業務で手一杯やろ?」

[148]【かおり】

[149]「はい、実際にできることは

[150] どうしても時間や労力というところで

[151] 限られてしまうんですよね」

[152]【かおり】

[153]「でも看護って、具体的に何かをしてあげるだけ

[154] じゃないと思うんです……なんていうか、

[155] メンタルな部分のケアも必要かなって」

[156]【なぎさ】

[157]「それは、そうよね」

[158]【かおり】

[159]「だからなぎさ先輩のいう手助けっていうのは、

[160] 何でもかんでも代わりにしてあげるってのじゃなくて、

[161] 精神的な手助けという意味で捉えてます」

[162]【はつみ】

[163]「メンタルケアはもちろん大事だけれど、

[164] ではあなたは、どういうところで

[165] サポートしていけばいいと思うの?」

[166]【かおり】

[167]「それは、まだ経験不足でよくわかりません。

[168] これからケースバイケースで考えていきたいと

[169] 思っているんですが……」

[170]【かおり】

[171]「ただ、どの患者さんにも言えることですが、

[172] 病気への不安を抱えてることだけが

[173] 問題じゃないような気がします」

[174]【かおり】

[175]「病院という場所にいることが、

[176] 患者さんの不安や恐怖を増幅させてる……

[177] そんな気がするんです……」

[178]【かおり】

[179]「不安を口にできる患者さんもいれば、

[180] 身体のどこが痛いということは口にしても、

[181] 不安や焦りなどは口に出さない人もいます」

[182]【やすこ】

[183]「どっちかっていうと、

[184] 黙ってる人のんが多いかなぁ」

[185]【かおり】

[186]「わたし、今までは患者さんから

[187] 具体的な訴えがあった時だけ、対応してきました。

[188] でも、それじゃダメなんですよね」

[189]【かおり】

[190]「そういう不安は患者さんに共通しているもので、

[191] 大小に関わらず患者さんが言い出す前にこちらから

[192] 何かケアができたらいいなって思います」

[193]【はつみ】

[194]「なるほどね」

[195]【なぎさ】

[196]「たしかにメンタルケアに対しては

[197] 直接言われないとこちらも気づきにくいし、

[198] その分、対応も難しいわね」

[199]【なぎさ】

[200]「とはいえ、先取りすることが

[201] 必ずしも良いとは言い切れないの。

[202] だからといって後手に回っても治療に支障が出る」

[203]【やすこ】

[204]「せやね。

[205] その患者が甘えているだけなのか、

[206] 悩んでいるのかの見極めも必要やしね」

[207]【はつみ】

[208]「沢井さんの言う通り、病気や入院への不安は

[209] どんな患者さんも多かれ少なかれ持っています。

[210] 看護師としては、先回りして考えて当然よ」

[211]【はつみ】

[212]「まだ一年目なのに良いところに気づいたわね。

[213] 今のその思い、あなたがベテランになっても

[214] 決して忘れずにいてくださいね」

[215]にっこり微笑まれ、わたしは真っ赤になった。

[216]わたし、経験者ばかりの前で

[217]偉そうに語っちゃって

[218]ものすごーく恥を晒したんじゃ……。

[219]あああぁぁぁぁぁ……。

[220]穴があったら潜りたいぃぃ……!

[221]あれ?

[222]……穴があったら入りたい、だっけ?

white_robe_love_syndrome/scr00606.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)