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white_robe_love_syndrome:scr00604

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[001]【かおり】

[002]「戻りましたー」

[003]堺さんに面会の人が来たの。

[004]四十代くらいのキレイな女性。

[005]ちょっと顔立ちがきついかな、って

[006]感じの人だったんだけど、

[007]よく見ると堺さんにちょっと似てた。

[008]あの人が

[009]堺さんのお母さんなのかな。

[010]せっかくの親子水入らずなんだから、

[011]邪魔しちゃダメだよね。

[012]そう思って、

[013]面会の人を案内して、

[014]わたしは詰所に戻ってきたところ。

[015]ああ、今頃、堺さん、

[016]お母さんと何を話してるんだろう……?

[017]【はつみ】

[018]「沢井さん。

[019] そんなにじっとできないのなら

[020] 先にトイレに行ってきてもいいのよ」

[021]【かおり】

[022]「あ、すみません……」

[023]注意されちゃった。

[024]仕事しなくちゃね!

[025]あ、ナースコール……。

[026]堺さんだ。

[027]【かおり】

[028]「はい、どうされました?」

[029]花瓶か何か

[030]持って来いってことかな〜。

[031]お見舞いの人が来ると、

[032]花瓶ないですかって、よく訊かれるのよね。

[033]【さゆり】

[034]「点滴が終わります」

[035]あれ?

[036]面会の人を案内した時に

[037]点滴の滴下、絞ってきたのに……。

[038]【かおり】

[039]「わかりました、

[040] すぐうかがいます」

[041]面会の人とお話が長引きそうだから

[042]先にボトルを交換して……とか

[043]考えたのかな。

[044]堺さんって、そういう風に先を見越して

[045]ちゃんと段取りする人だもんね。

[046]……で、

[047]あの面会の人って

[048]やっぱり堺さんのお母さんなのかな。

[049]あわわ、だとしたら、わたし、

[050]何て言ったらいいんだろう?

[051]いつもお世話になっております、とか

[052]言うのがいいのかな。

[053]……というか、入院先スタッフって

[054]そんなあいさつとかするもの?

[055]ま、あいさつなんかは

[056]その時の流れで判断すればいいかな。

[057]【さゆり】

[058]「どうぞ」

[059]【かおり】

[060]「失礼します」

[061]病室の中には

[062]堺さん本人しかいない。

[063]【かおり】

[064]「あれ?

[065] お見舞いの方は?」

[066]キョロキョロと部屋を見回す。

[067]やっぱりいない。

[068]あんなにドキドキしたのに、

[069]ちょっと損しちゃったかも……。

[070]なんてね。

[071]【さゆり】

[072]「もう帰ったわ。

[073] あの人は書類を渡しに来ただけだから」

[074]【かおり】

[075]「書類?」

[076]折り曲げられた紙を手渡された。

[077]これは……。

[078]【かおり】

[079]「見ていいの?」

[080]【さゆり】

[081]「どうぞ」

[082]紙を開く。

[083]なんだかよくわからないけれど、

[084]法律関係の書類っぽい?

[085]【さゆり】

[086]「生前分与の手続きが済んだんですって」

[087]【かおり】

[088]「は?」

[089]【さゆり】

[090]「今後、わたしとは関わりたくないって意思表示よ。

[091] まとまった金をやるから、

[092] 退院後はその金で好きにしろ、ってこと」

[093]【かおり】

[094]「は?」

[095]堺さんの言葉の意味がわからない。

[096]好きにしろ、って?

[097]えっと……、

[098]堺さんの親御さん、なんだよね?

[099]【さゆり】

[100]「わたしのような

[101] 『可愛げのない出来損ない』は

[102] 顔も見たくないんですって」

[103]【さゆり】

[104]「入院治療の全ての費用は全額出してもらう。

[105] その代わりに、退院後は一切

[106] 堺の人間に関わらない証書を作ったのよ」

[107]【さゆり】

[108]「わたしも、堺の人間は大嫌いだから、

[109] 渡りに船とばかりに署名押印してやったわ」

[110]【さゆり】

[111]「……で、その手続きが完了したから、

[112] 今日、わざわざ母親みずから持ってきた、

[113] というわけ」

[114]堺さんの言葉が

[115]どこか遠くの方から聞こえてくるような

[116]そんな感じがする。

[117]そんなことって……あるの……?

[118]【かおり】

[119]「そんな……お母さんなのに……」

[120]【さゆり】

[121]「あなたには理解できないかもしれないけど、

[122] 親子といっても、色んな形の親子があるんです。

[123] ただそれだけですから」

[124]冷たい堺さんの言葉。

[125]そんな……、

[126]そんなの、認めたくないよ!

[127]【かおり】

[128]「でも!

[129] 血が繋がっているんでしょう!?

[130] それなのに、もう二度と関わらない、なんて!」

[131]【さゆり】

[132]「そういう家族もいるってだけの話なの!!

[133] 他人のくせに、口出ししないで!

[134] 不愉快よ!」

[135]【かおり】

[136]「他人だけど……!

[137] わたしは他人だけど!!

[138] でも!」

[139]【さゆり】

[140]「でも、なに?」

[141]【かおり】

[142]「堺さんのこと、

[143] わかってあげられるかもしれないって

[144] 思ってた!」

[145]【さゆり】

[146]「はぁ? ……何それ」

[147]冷たく笑われた。

[148]堺さんにとって

[149]わたしはうざったく感じる存在かもしれない。

[150]でも、わたしにとって

[151]堺さんは……!

[152]【かおり】

[153]「わたしは……、わたしは昔、

[154] 瀕死の重傷を負ったことがあるの。

[155] だから……」

[156]【かおり】

[157]「だから、堺さんも

[158] 今の状況を乗り越えて欲しいの!

[159] 病気だけじゃなくて、ご家族のこととか……!」

[160]【さゆり】

[161]「うるさいっ!

[162] 黙れ、この偽善者!」

[163]怒鳴りつけられた。

[164]【さゆり】

[165]「あなたの価値観をわたしに押し付けないで!

[166] わたし、あなたのそういうところ、大嫌い!!」

[167]【かおり】

[168]「さ、堺さん……!」

[169]わたしは堺さんの言葉に

[170]一瞬、絶句した。

[171]価値観を押し付けたつもりなんてない。

[172]わたしに事故の記憶はないけど、

[173]でも、わたしが事故で入院した後、

[174]両親や妹がとても協力してくれたのは、

[175]うっすらと覚えている。

[176]術後のケアでは、

[177]家族の支えがとても重要だってこと、

[178]それは看護師を目指して勉強しているなら

[179]誰でも……堺さんでもわかるはずなのに。

[180]【さゆり】

[181]「わたしの……堺の家のこと、

[182] 何も知らないくせに!

[183] 何も知らない他人のくせに、口出ししないで!」

[184]【かおり】

[185]「きゃっ!?」

[186]何かを投げつけられた。

[187]それは肩にぶつかり、

[188]派手な音を立てて足元に落ちる。

[189]――時計、だった。

[190]文字盤が中で壊れている。

[191]時計をぶつけられた肩が

[192]じんじんと痛い……。

[193]【さゆり】

[194]「……出てって!

[195] あなたのことなんか……っ、

[196] 顔も見たくない!」

[197]【かおり】

[198]「…………」

[199]傷めた肩をかばいながら

[200]時計を拾い上げる。

[201]わたしに背を向けてしまった

[202]堺さんのベッドに近づいて、

[203]壊れた時計を元の場所に戻して、

[204]わたしは病室を出て行く。

[205]【かおり】

[206]「……失礼します」

[207]【かおり】

[208]「……はぁ」

[209]何でこうなっちゃうかなぁ。

[210]盛大にため息をつく。

[211]【やすこ】

[212]「よぅ、新人!

[213] あのワガママ娘とケンカしてんて?」

[214]ムッとした。

[215]デリカシーのない言葉に対してもカチンとくるけど、

[216]何よりもカチンとくるのは

[217]いつまで経っても新人と呼ばれること。

[218]たしかに新入りであることには変わらないけれど、

[219]もう六月なのに。

[220]この前、夜勤デビューもしたし、

[221]そろそろ新人呼ばわりはやめてほしい。

[222]【かおり】

[223]「……なんで知ってるんですか?」

[224]【やすこ】

[225]「あのワガママ娘、

[226] 主任を呼び出して、クレームつけよった。

[227] うちもその場にいて、ビックリよ」

[228]【やすこ】

[229]「それにしても、

[230] 患者とケンカするなんざ

[231] あんたもまだまだやね」

[232]【かおり】

[233]「…………」

[234]【やすこ】

[235]「んで、ケンカの時に、

[236] あんた、あの子の時計を壊してんて?」

[237]【かおり】

[238]「堺さんがわたしに投げつけてきたんです!

[239] わたしが壊したわけじゃありません!」

[240]思わず怒鳴ってしまった。

[241]【やすこ】

[242]「おお、怖いこわい」

[243]飄々とした山之内さんの態度に、

[244]どんどんイライラが募る。

[245]【かおり】

[246]「……っ!」

[247]どうしようもない感情に、思い切り机を叩いた。

[248]【やすこ】

[249]「モノに当たるな、見苦しい」

[250]【かおり】

[251]「だって……っ!」

[252]【やすこ】

[253]「沢井、患者に入れ込みすぎ。

[254] 看護師は公正な立場でいなくてはいけないの。

[255] 何度も言われてるし、学校でも習ったでしょう?」

[256]山之内さんの言葉で

[257]頭に上っていた血がスッと下がった。

[258]【やすこ】

[259]「患者に入れ込むことで

[260] 親身になった看護はできるけど、

[261] 看護の本質はソコじゃない」

[262]【やすこ】

[263]「親身になること、

[264] それ以上に大事なことがあるでしょう?

[265] それを考えなさい」

[266]【かおり】

[267]「……すみません」

[268]謝罪の言葉が

[269]素直に口をついて出た。

[270]フッと笑った山之内さんが

[271]ポンポン、と頭を軽く叩いてくれる。

[272]【やすこ】

[273]「わかったら、それでええ。

[274] まだあんたは新人なんやもん、

[275] これから成長していけばええねん」

[276]【かおり】

[277]「……はい」

[278]優しい口調に涙が出そうになる。

[279]つまり……。

[280]……つまり、今回のことはわたしが悪い、ってこと?

[281]患者である堺さんに

[282]感情をむき出しにして接してしまった

[283]わたしのミスってこと?

[284]……わたし、

[285]堺さんの担当を外されるのかな。

[286]…………。

[287]もういいや。

[288]外されるんなら、

[289]外されたって、もういいよ。

[290]もう……、

[291]あんな子、知らない……。

white_robe_love_syndrome/scr00604.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)