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white_robe_love_syndrome:scr00603

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[001]【かおり】

[002]「……うふぅ」

[003]肘関節の内側に張られた、小さな絆創膏。

[004]ちょっと嬉しい、名誉の絆創膏。

[005]【かおり】

[006]「……ドナー登録、してきちゃった」

[007]昨夜、ドナー登録をしようと思い立って、

[008]すぐに主任さんに電話をしたの。

[009]主任さんは驚いていたようだったけれど、

[010]わざわざ調べて、

[011]折り返し、電話で教えてくれたの。

[012]幸いなことに、

[013]神庫の献血センターで

[014]ドナー登録を受け付けてたのよね。

[015]だから、善は急げ、とばかりに、

[016]今日、お休みなのをいいことに

[017]登録してきちゃった!

[018]献血センターでは、

[019]問診表に記入してから、

[020]ちょこっと採血されただけ。

[021]その量、たった2ml!

[022]え、これだけ!? って感じ。

[023]ちょっと拍子抜けしちゃったけど、

[024]登録も済んだことだし、

[025]そろそろ帰ろうかな。

[026]おっと、その前に……!

[027]【かおり】

[028]「うふふ……」

[029]部屋に戻って、荷物を置いて。

[030]明日の勤務表を確認して。

[031]…………。

[032]あ、わたし、明日は日勤なのね、

[033]寝坊しないように気をつけないと!

[034]時間を確認するともう十九時。

[035]【かおり】

[036]「さて……」

[037]そろそろいいかな。

[038]紙袋を持って、廊下へ出る。

[039]【かおり】

[040]「うふふ〜」

[041]えへへ、喜んでくれるかなー。

[042]【???】

[043]「はーい」

[044]ドアを開けて出てきた主任さんは

[045]わたしを見て、驚いた顔をしてる。

[046]良かった、主任さん、

[047]今日は残業してなかったのね。

[048]【はつみ】

[049]「どうしたの?

[050] 何かわからないことでもあるの?」

[051]【かおり】

[052]「いえ……そういうわけじゃないんですけど……」

[053]主任さんの目の前に、紙袋を差し出す。

[054]【かおり】

[055]「ちょっと前に約束したじゃないですか」

[056]【はつみ】

[057]「え……?」

[058]【かおり】

[059]「今度、神庫へ出た時には

[060] 美味しいパンを買ってくる、って」

[061]【はつみ】

[062]「あ……!」

[063]主任さんは思い出してくれたらしい。

[064]少し戸惑った表情が

[065]嬉しそうな笑顔になった。

[066]【はつみ】

[067]「あんな約束にもなってない約束、

[068] 守らなくても良かったのに……」

[069]【かおり】

[070]「そうはいきません。

[071] 約束は約束ですから!」

[072]【はつみ】

[073]「わざわざ買いに行ってくれたの?

[074] ありがとう」

[075]【かおり】

[076]「わたしが今日、神庫へ行ってきたのは、

[077] パンを買うためじゃないですよ?」

[078]主任さんは目を丸くした。

[079]【はつみ】

[080]「あなた……!

[081] もしかして、もう登録してきたの!?」

[082]【かおり】

[083]「はい!

[084] 善は急げって言うじゃないですか」

[085]うふふ、驚いてる、驚いてる。

[086]そりゃそうだよね。

[087]わたしだって、

[088]自分がこんなに早く行動できるなんて

[089]思ってなかったんだもん。

[090]【かおり】

[091]「じゃあ、主任さん、

[092] このパン、食べてくださいね!」

[093]帰ろうとした矢先、腕を掴まれた。

[094]【かおり】

[095]「えと……、主任さん?」

[096]【はつみ】

[097]「ひ、ひとりで食べるなんて味気ないわ。

[098] あなたさえ良かったら……一緒に、どう?」

[099]頬を染めている主任さん。

[100]【かおり】

[101]「え……っと……」

[102]珍しい表情。

[103]主任さんでも

[104]こんな表情、するんだ……。

[105]わたしが主任さんに

[106]そんな顔をさせてるのかなって考えると、

[107]ちょっと嬉しくなっちゃう。

[108]【かおり】

[109]「はい!

[110] じゃあ、ご一緒させていただきます!」

[111]主任さんのお部屋。

[112]相変わらず乱雑にモノが積まれている。

[113]この間、わたしが片付けた時から、

[114]あんまり変わってないような気がする。

[115]けれど、悪化してないだけマシなのかも。

[116]…………。

[117]……うん、

[118]そう考えよう……。

[119]【はつみ】

[120]「どうぞ」

[121]奥から出てきた主任さんが

[122]カップを持ってきてくれた。

[123]ほんわか漂ってくる、紅茶の香り。

[124]けれど、だまされちゃいけない!

[125]口の中に

[126]あの刺激的な味がよみがえってくる。

[127]かといって、この状況で

[128]口をつけないわけにはいかないよね……。

[129]主任さんに気づかれないように深呼吸して、

[130]おそるおそるカップに口をつけた。

[131]【かおり】

[132]「……ぐげ……っ」

[133]舌先を刺すような痺れ感。

[134]これは飲み込んではいけない……。

[135]これは、紅茶の皮をかぶった毒物!!

[136]飲んだら死んじゃうっ!

[137]【かおり】

[138]「……主任さん……、

[139] これ、何ですか?」

[140]【はつみ】

[141]「何って……、紅茶?」

[142]主任さんは微笑んで、首をかしげている。

[143]いや、そこで半疑問形で

[144]可愛く言われても困るんですけど。

[145]【かおり】

[146]「えと……、主任さん、

[147] 紅茶の淹れ方ってご存知です?」

[148]【はつみ】

[149]「淹れ方、って……?

[150] 急須にお茶っ葉入れて、

[151] お湯を注ぐだけでしょう?」

[152]わたしは耳を疑った。

[153]は? 急須!?

[154]【かおり】

[155]「主任さん、緑茶じゃなくて紅茶ですよ?

[156] 急須って何ですか、急須、って」

[157]【はつみ】

[158]「お茶ならどれも似たようなものでしょう?

[159] ただの色違いなだけで」

[160]え、そういう問題?

[161]【かおり】

[162]「こ、紅茶を淹れるなら、

[163] 専用のポットを使った方がいいですよ?」

[164]【はつみ】

[165]「弘法筆を選ばず、って言うじゃない」

[166]【かおり】

[167]「いやいやいや」

[168]ありえないから、それ!

[169]というより、

[170]主任さん、弘法でも何でもないから!!

[171]というか、

[172]全体的に間違ってますから!!

[173]【かおり】

[174]「あの……、

[175] ちょっと見せていただいていいですか?」

[176]【はつみ】

[177]「……?

[178] どうぞ?」

[179]主任さんの使っているキッチンに立つ。

[180]急須は一人用の小さな急須。

[181]おそるおそる、ふたを開ける。

[182]【かおり】

[183]「!!」

[184]ギョッとした。

[185]急須の中、半分以上が

[186]膨らんだ細かい茶葉で埋まって真っ黒!

[187]【かおり】

[188]「主任さん、主任さん!

[189] これ! この茶葉!!

[190] いったい、どれくらい入れたんですか!?」

[191]【はつみ】

[192]「どれくらい、って……、

[193] お茶っ葉を茶缶のふた半分……」

[194]【かおり】

[195]「入れすぎです!!」

[196]道理で渋いわけだ!!

[197]しかもこの茶葉、

[198]ブロークンタイプの茶葉だから、

[199]抽出時間、短いやつだよね!

[200]【かおり】

[201]「ううう……」

[202]めまいがしてきた……。

[203]今後もここへ来る度に、

[204]こんな身体に悪そうなだけでなく、

[205]茶葉のもったいないお茶を飲まされるの?

[206]そんなの辛抱できない!

[207]未来のわたしのためにも

[208]今、紅茶の美味しい淹れ方を

[209]レクチャーしなきゃ!

[210]けれど、難しいことを言ったところで、

[211]主任さんには理解して

[212]もらえないかもしれないんだよね……。

[213]というか、主任さんって

[214]家事全般が苦手なのかな?

[215]苦手、というより、

[216]やればできるはずなのに、

[217]興味がないだけのような……。

[218]【かおり】

[219]「えっと……、か、簡単に言うと、茶葉はひとり分、

[220] 三グラム程度でいいんですよ?」

[221]【はつみ】

[222]「そんなに少ないの?」

[223]【かおり】

[224]「緑茶と紅茶は違うんです」

[225]【かおり】

[226]「で、蒸らし時間も二、三分で。

[227] ものによっては五分くらい待ってから

[228] 淹れるといいんですけど……」

[229]【かおり】

[230]「この茶葉は早く飲めるように

[231] 細かくしてあるので、

[232] 一、二分も待てば飲めますよ?」

[233]チラッと主任さんを見ると、

[234]主任さんは真っ青な顔をしていた。

[235]【かおり】

[236]「えっと……、主任さん……?」

[237]【はつみ】

[238]「……わたしの淹れ方はダメダメだったのね……」

[239]ああ、主任さんを落ち込ませてしまった!

[240]フォロー……、

[241]なんとかフォローしなくちゃ!

[242]【かおり】

[243]「じゃ……じゃあ、わたし、淹れ直しますね!

[244] 主任さんはそこで見ててくださいね」

[245]急須を取り上げ、洗おうとすると、

[246]主任さんが声を上げた。

[247]【はつみ】

[248]「ああ!」

[249]ビクッとして手を止める。

[250]【かおり】

[251]「……な、何ですか?」

[252]【はつみ】

[253]「お茶っ葉、捨てちゃうの!?」

[254]【かおり】

[255]「……捨てますよ、

[256] これはもう使えませんから」

[257]【はつみ】

[258]「…………」

[259]何か言いたげな主任さん。

[260]……よくわからないけど、

[261]取り敢えず、先に進めてみよう。

[262]【かおり】

[263]「えっと、茶葉の量ですけど……、

[264] 急須が大きくないので、茶葉は三グラムくらいで」

[265]【はつみ】

[266]「ふたり分なのに?」

[267]【かおり】

[268]「ポットが大きければ

[269] 分量通りで良かったんですけどね」

[270]【かおり】

[271]「でも、ポットが小さいと

[272] 比例して少ないお湯の量しか入れられないから、

[273] その分、茶葉を少なくするんです」

[274]【かおり】

[275]「お代わりがほしければ、

[276] また淹れ直せばいいだけの話ですから」

[277]【はつみ】

[278]「…………」

[279]ちょっと不満そうな顔をしてる主任さん。

[280]……うーん、何だろう?

[281]【はつみ】

[282]「…………」

[283]主任さんは

[284]ザーッと三角コーナーに流される茶葉を

[285]じっと見てる……。

[286]その視線が

[287]ものすごく名残惜しそうな視線だったから、

[288]わたしは何となくピンと来た。

[289]……要するに主任さんって

[290]もったいない星人なんだな。

[291]何でも、もったいないって思っちゃう人?

[292]……ちょっと可愛い。

[293]年上の、しかも仕事がデキる女の人に

[294]可愛いって言うのは変かもしれないけど。

[295]【かおり】

[296]「……で、急須にお湯を入れます。

[297] あとで急須を回すので、

[298] お湯を入れすぎちゃダメですよ」

[299]【はつみ】

[300]「こぼれちゃうから?」

[301]【かおり】

[302]「そうです。

[303] お湯の中で、茶葉をジャンピングさせるのが

[304] ミソなんですよ」

[305]【かおり】

[306]「そして、カップに入れる直前に、

[307] しっかり急須を回してジャンピングさせると、

[308] もっと美味しくなるんですよ」

[309]【はつみ】

[310]「ふーん……」

[311]気がつくと、

[312]主任さんは傍にあった紙にメモしてる。

[313]……こんなの、メモしなくてもいいのに。

[314]【かおり】

[315]「で、待ち時間は取り敢えず一分半で」

[316]【はつみ】

[317]「一分半」

[318]【かおり】

[319]「主任さんはどんな紅茶が好きなんですか?」

[320]【はつみ】

[321]「どんなって……どういう意味?」

[322]【かおり】

[323]「濃いとか薄いとか……、

[324] あと、フレーバーとか……」

[325]主任さんが何か考えてるような仕草をしてる。

[326]白衣を着てない主任さんって

[327]仕草までがいつもと違うように見えるな……。

[328]【はつみ】

[329]「……何でもいいわ、飲めるなら」

[330]【かおり】

[331]「…………」

[332]聞いたわたしがバカでした。

[333]本当にこういうことに興味がないのね……。

[334]【かおり】

[335]「そろそろ一分ですね。

[336] 急須を大きく円を描くように回して、

[337] 中の茶葉をお湯の中で元気に泳がせるように……」

[338]【はつみ】

[339]「ふむふむ」

[340]【かおり】

[341]「で、カップに少し注ぎます。

[342] 味見してくださいます?」

[343]【はつみ】

[344]「……あ、美味しい!」

[345]【かおり】

[346]「じゃあ、全部淹れちゃいましょう!

[347] ここで味が薄いと思ったら、

[348] もう少し蒸らせばいいんですよ」

[349]【はつみ】

[350]「なるほどー」

[351]メモをしている主任さん。

[352]……少なくとも、これで次から

[353]あんな凶悪な紅茶が出ることはない……って

[354]考えてもいいんだよね。

[355]和やかにお茶とパンを楽しんだ、わたしたち。

[356]時間も遅くなったので、

[357]わたしは主任さんのお部屋を後にしたんだけど……。

[358]【かおり】

[359]「あ」

[360]しまった……。

[361]パンと紅茶で、

[362]買ってきた夕食が入らないよ……!

white_robe_love_syndrome/scr00603.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)