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[001]【かおり】

[002]「うう……」

[003]今日は初夜勤の日。

[004]ドキドキする。

[005]あまりしゃべったことのない

[006]夜勤専属の看護師さんと

[007]なぎさ先輩のペアに混じらせてもらっての、夜勤。

[008]良かった、なぎさ先輩がいてくれて。

[009]ま、なぎさ先輩はプリセプターだから

[010]しばらく一緒の夜勤に入らせてもらうのは

[011]当然なんだけど……。

[012]でも、心強いよね!

[013]着替え終わって、自分の頬を叩く。

[014]【かおり】

[015]「よし、頑張るぞ!」

[016]自分に気合いを入れた時――

[017]背後からドンと背中を叩かれた。

[018]【かおり】

[019]「……ったー!!」

[020]【???】

[021]「よし、頑張れ!」

[022]振り向くと

[023]なぎさ先輩が立っていた。

[024]【なぎさ】

[025]「沢井ったら、そんなに気合い入れて、

[026] あたしの分まで仕事してくれるのね!

[027] 先輩に楽をさせてあげようだなんて、嬉しいなぁ」

[028]【かおり】

[029]「そ、そんなぁ!」

[030]【なぎさ】

[031]「先輩思いの後輩を持って、

[032] あたしは幸せだぞう?」

[033]【かおり】

[034]「もう、

[035] なぎさ先輩ったらぁ!」

[036]【なぎさ】

[037]「もー、『もう』はそんな温い言い方しちゃだめ!

[038] もっとこう、どうにもならない苛立ちを込めて

[039] 『もう』って言うのよ、もーぉ!」

[040]【かおり】

[041]「あはは……」

[042]なぎさ先輩、今日は機嫌がいいなぁ……。

[043]夜勤帯への引き継ぎは、朝のそれとあまり変わらない。

[044]申し送りが終わったら、

[045]即、夜勤帯の仕事が始まる。

[046]なぎさ先輩と一緒に、

[047]処方箋を見ながら、配薬チェック。

[048]ご自分で薬を管理できる患者さんには

[049]処方された薬を一週間分を先に渡していて

[050]自分で三食、きちんと服薬してもらうんだけど、

[051]そんな患者さんばかりじゃないわけで。

[052]飲み忘れが多かったり、

[053]何故か薬が足りなくなったり余ったりする患者さんは

[054]詰所で薬を管理することになるの。

[055]その管理している薬を、

[056]間違っていないか、数は合っているか、

[057]渡し間違いはないか、などをチェックするのが、

[058]この夜勤開始直後にやる配薬チェック。

[059]今夜の分、そして明日の朝・昼が一日分で、

[060]毎日、夜勤帯での重症部屋を受け持っていない人が

[061]処方箋と照らし合わせてチェックするの。

[062]処方箋の字はドクターの字で、

[063]ところどころ、すっごく読みにくいんだよね。

[064]ごくたまーに、読みにくい字の下に

[065]薬剤師さんがキレイな字で

[066]訂正してくれてるけれど……。

[067]【かおり】

[068]「うーん……、

[069] 読みにくい……」

[070]こういうのって、ちょっと面倒……かも。

[071]あ、でも

[072]大切なことなんだから、しょうがないよねっ!

[073]【なぎさ】

[074]「……沢井、今、

[075] 面倒臭いとか思ったでしょ」

[076]ギクッ!

[077]バレた……?

[078]おそるおそる、なぎさ先輩を見ると

[079]なぎさ先輩は眉を寄せて

[080]わたしに何か言いたそうな顔をしている。

[081]……面倒だなんて

[082]看護師として、あるまじき考えだよね。

[083]そう反省しかけた時――。

[084]【なぎさ】

[085]「……ここだけの話、

[086] これ、チョー面倒だよね」

[087]クスッと笑われた。

[088]その笑顔にホッとする。

[089]【なぎさ】

[090]「もう、沢井ったら、なんて顔してんのよ。

[091] あたしが叱るとでも思った?」

[092]【かおり】

[093]「だって……」

[094]顔を見合わせて、どちらからともなくクスクス笑う。

[095]【なぎさ】

[096]「ってゆーか、

[097] ドクターの字って汚いよね。解読不能。

[098] 読む人の負担を考えてくれればいいのに」

[099]なぎさ先輩の正直すぎるつぶやきに

[100]わたしは思わず吹き出してしまった。

[101]配薬のチェックが終わると、

[102]その薬の山を持って、患者さんたちに配ってゆく。

[103]薬を配りながら、

[104]患者さんの状態を聴取し、

[105]夕方のバイタルチェックもあわせて行うの。

[106]重症者はペアの人がやってくれてるけど、

[107]軽症者だけでも二十人以上だから

[108]一回りする頃には既に夕食の時間。

[109]栄養科から夕食が上がってきたら

[110]すぐに配膳して、

[111]遅出の介護士さんと手分けをしながら

[112]ひとりで食べられない人の食事介助。

[113]それが終わると、やっとわたしたちの夕食――。

[114]【かおり】

[115]「……うう」

[116]【なぎさ】

[117]「どしたの、沢井?

[118] 食欲、ない?」

[119]夕食は休憩室じゃなくて、何故か詰所で食べるらしい。

[120]見慣れた風景に

[121]栄養科から上がってきた、

[122]さっきベッドサイドで見たばかりの食事……。

[123]夕食は病院食が出るのね。

[124]夜勤の介護士さんの分もあるから、

[125]テーブルが病院食で埋まってる……。

[126]とはいえ、夜勤介護士さんは今はおむつ交換中。

[127]勤務のタイムテーブルの都合で、

[128]夜勤看護師と夜勤介護士が

[129]お食事を一緒に食べることは

[130]あまりないんだって。

[131]【なぎさ】

[132]「さー、食べましょー、食べましょー!

[133] 今日のごはんは何かなー?

[134] ……って、どうしたの、沢井?」

[135]【かおり】

[136]「なんだか目が回って……。

[137] いつもこんなに忙しいんですか?」

[138]なぎさ先輩と夜勤さんは

[139]意外そうな顔を見合わせた。

[140]【なぎさ】

[141]「今日は全然、忙しくないよ?

[142] 重症の患者さん、少ないし、

[143] 今のところは急変もステルベンもないし」

[144]【かおり】

[145]「え……」

[146]【看護師A】

[147]「沢井さんは慣れてないから慌しく感じてるだけで、

[148] 慣れれば、そうでもないわよ」

[149]……そうなのかなぁ。

[150]慣れれば平気になるのかなぁ、

[151]不安だなぁ……。

[152]ふと、窓の外を見る。

[153]もう外は真っ暗だった。

[154]【かおり】

[155]「……もう外が暗いんですね……」

[156]【なぎさ】

[157]「そりゃ、もう十九時過ぎてるもん」

[158]あっさりとなぎさ先輩が言う。

[159]うう……、

[160]わたし、夜って怖いのよね。

[161]夜、というか

[162]暗いところが怖い、というか……。

[163]でも、お仕事だもん、

[164]怖いとか言ってられないよね!

[165]頑張らなくちゃ!

[166]【看護師A】

[167]「……沢井さんもいるし、

[168] 今夜はイベントがないといいね」

[169]【かおり】

[170]「イベント?」

[171]【看護師A】

[172]「うん、患者さんが吐いたり、落ちたり、

[173] 呼吸してなかったり」

[174]【かおり】

[175]「ひ、ひょうぅーん!」

[176]そういえば、ここは病院だもん、

[177]患者さんの具合が悪くなることもあるし、

[178]ベッドから落ちることもあるよね。

[179]……そして、呼吸が止まってることだって……。

[180]ううう、こ、怖い……。

[181]【なぎさ】

[182]「そんな不安そうな顔、しないの。

[183] 当直ドクターだっているし、

[184] あたしたちはあたしたちの仕事をするだけ!」

[185]【かおり】

[186]「そ、それはそうですけど……」

[187]【看護師A】

[188]「そうよ、藤沢さんの言う通り。

[189] わたしたちは、わたしたちのやるべきことを

[190] やればいいのよ」

[191]【看護師A】

[192]「……山之内さんはこう言ってたわ、

[193] 『要は無駄に死なさへんかったらええねん』って。

[194] ふふっ、真理よねぇ」

[195]そ、それって

[196]笑いながら言うことなのかな。

[197]【なぎさ】

[198]「あの人、極端すぎですよねー。

[199] 聞いてて、ハラハラしちゃう」

[200]【かおり】

[201]「消灯しますよー」

[202]【あみ】

[203]「はーい」

[204]消灯は二十一時。

[205]夜勤の看護師全員で

[206]手分けして各部屋の照明を落としてゆく。

[207]【看護師A】

[208]「消せた?」

[209]【かおり】

[210]「はい」

[211]全ての病室の照明を消して、

[212]最後に廊下の明かりを消す。

[213]三階から屋上にいたる階段の担当は

[214]内科病棟で、その階段は既に

[215]なぎさ先輩が消灯してくれている。

[216]【看護師A】

[217]「沢井さん、

[218] 廊下の明かりのスイッチはここね」

[219]パチンと音がして、周囲が暗くなる。

[220]唯一の光は、詰所の明かり。

[221]詰所だけは、一年三百六十五日二十四時間、

[222]常に明かりが消えることはないの。

[223]二階から三階にいたる階段は

[224]外科病棟の人が消灯してくれていて、

[225]既に廊下は詰所以外は真っ暗。

[226]うう、怖い……。

[227]暗さにぶるっと震えた、その瞬間、

[228]ふと、階段に人影がよぎったような気がした。

[229]【かおり】

[230]「ひ……!!」

[231]……怖いけど、ここで

[232]見て見ぬふりをするわけにはいかないよね。

[233]わたしは看護師だもん、

[234]患者さんの危険になるかもしれないことは

[235]見過ごしちゃダメなんだもんね。

[236]【かおり】

[237]「…………」

[238]夜の階段。

[239]こわごわと覗き込む。

[240]……誰もいない。

[241]さっきのは気のせいだったのかな。

[242]【なぎさ】

[243]「沢井〜、

[244] 記録書けたの〜?」

[245]なぎさ先輩が呼んでる。

[246]戻らなきゃ。

[247]戻って、記録書かなきゃ。

[248]やっぱ、さっきの人影は

[249]気のせいだったのかな。

[250]【なぎさ】

[251]「沢井?

[252] 何で階段まで来てるの?

[253] ここはさっき、あたしが消したわよ?」

[254]【かおり】

[255]「えっと……、

[256] 人がいるのが見えたので」

[257]【なぎさ】

[258]「ふーん。

[259] で、誰かいた?」

[260]【かおり】

[261]「……いえ、誰も」

[262]後ろを振り返る。

[263]やっぱり誰もいない。

[264]【なぎさ】

[265]「沢井は恐がりさんなのね。

[266] ほら、手を繋いであげる」

[267]なぎさ先輩が手を出してくれる。

[268]【かおり】

[269]「え……」

[270]繋いでいいものやら、どうしようか迷っていると、

[271]なぎさ先輩から手を握ってくれた。

[272]【なぎさ】

[273]「んもう、何やってんのよ、

[274] 沢井ったら」

[275]……あたたかい。

[276]【なぎさ】

[277]「詰所に戻るよ?」

[278]【かおり】

[279]「……はい」

[280]夜勤の記録は量が多い。

[281]そりゃそうだよね、

[282]日勤はスタッフが多いから

[283]ひとりの負担がそんなに多くはないけれど、

[284]夜勤はそうじゃない。

[285]夜勤では三十人近い患者さんを

[286]ふたりで担当するんだから、

[287]必然的に受け持ち患者数は多くなるわけで。

[288]その分、記録量も増えるわけで……。

[289]【なぎさ】

[290]「夜勤帯の記録は夜か朝か、

[291] どちらかは必ず書かなきゃいけないのよ」

[292]【なぎさ】

[293]「夜、落ち着いていても、

[294] 朝も落ち着いてるとは限らないから、

[295] 余裕のある内に書いておいた方がいいわよ」

[296]目の前にドサドサと記録を積み上げられて

[297]その高さにめまいがした。

[298]【かおり】

[299]「……これ、全部……ですか?」

[300]【なぎさ】

[301]「メインはあたしだけど……でも沢井も書くのよ?

[302] 大丈夫、手伝ってあげるから、

[303] ふたりで頑張ろう?」

[304]【かおり】

[305]「は、はい……」

[306]なぎさ先輩がいてよかった……。

[307]こんなの、わたしひとりじゃ

[308]どうしようもないよ……。

[309]【看護師A】

[310]「あら、もう二十三時ね」

[311]【なぎさ】

[312]「もうそんな時間ですか。

[313] ラウンド行かなきゃ……」

[314]【かおり】

[315]「ラウンド?」

[316]【なぎさ】

[317]「巡回のことよ。

[318] 患者さんがちゃんと寝てるか、

[319] 息をしてるか、チェックするの」

[320]【看護師A】

[321]「沢井さん、ひとりで行ける?」

[322]【かおり】

[323]「え……、

[324] わたしひとりで、ですか?」

[325]【看護師A】

[326]「わたしも藤沢さんも記録があるでしょう?

[327] 今、手が空いているのは

[328] 夜勤デビューのあなただけ」

[329]【看護師A】

[330]「それに、こういうのは慣れが重要なんだから、

[331] ひとりでやってみることも大切よ?」

[332]【かおり】

[333]「そう……ですよね……」

[334]それが正論だとはわかってる。

[335]わかってるけど……、

[336]でも、暗いところは恐い……。

[337]【なぎさ】

[338]「んもー、しょうがないなぁ、沢井は。

[339] 暗いところが恐いんでしょ」

[340]【かおり】

[341]「…………」

[342]なぎさ先輩に言い当てられて

[343]わたしは真っ赤になってうつむいた。

[344]【なぎさ】

[345]「沢井は今夜がデビュー戦だもんね。

[346] いいよ、一緒に記録書いてくれるって言うし

[347] 今夜はあたしが手を繋いでラウンドしてあげる」

[348]【かおり】

[349]「な、なぎさ先輩……」

[350]夜勤専従の看護師さんが

[351]ため息をついたけれど。

[352]なぎさ先輩のあたたかい手に縋るように、

[353]わたしは暗い廊下へと足を踏み出した。

[354]懐中電灯を持って

[355]病室を、カーテンの向こうを

[356]ひとつひとつチェックする。

[357]ありがたいことに、

[358]患者さんはみんな自分のベッドにいて、

[359]みんなちゃんと息をしていた。

[360]寝てない患者さんもいたけど、

[361]考えてみれば、二十三時だなんて

[362]普通はおうちでテレビ見てる時間だよね。

[363]【なぎさ】

[364]「あ……」

[365]詰所に戻ろうとして、

[366]なぎさ先輩が立ち止まった。

[367]【かおり】

[368]「え?」

[369]【なぎさ】

[370]「……ううん、何でもないよ」

[371]【かおり】

[372]「ちょ……、

[373] 言いかけてやめないでください」

[374]【なぎさ】

[375]「ん……、じゃあ言うけど、

[376] さっき階段の前を通った時にね、

[377] 怪しい男の人の影が見えたんだよね」

[378]【なぎさ】

[379]「沢井、怯えてたから黙ってたけど」

[380]【かおり】

[381]「!!」

[382]怖くて、なぎさ先輩の手をぎゅっと握る。

[383]怪しい男の人、って……!!

[384]主任さん、

[385]もう怖い人は出てこないって

[386]言ってくれたのに……!

[387]でも……あれからまだ数日しか経ってないから、

[388]もしかしたら、怖い人にはまだ伝わってないのかも。

[389]うう、

[390]わ、わたし、負けないもん……!

[391]怖いけど、負けないんだから!

[392]【なぎさ】

[393]「大丈夫よ、沢井」

[394]なぎさ先輩がそっと抱き寄せてくれて……。

[395]【なぎさ】

[396]「あたしが守ってあげる……」

[397]その言葉だけで、

[398]こんなにも安心できる。

[399]主任さんや病院関係者が対応してくれるって

[400]言ってくれたのに……!

[401]でも……あれからまだ数日しか経ってないから、

[402]これから対応してくれることになってるのかもしれない。

[403]うう、

[404]わ、わたし、負けないもん……!

[405]怖いけど、負けないんだから!

[406]【なぎさ】

[407]「大丈夫よ、人影は下に行ったから。

[408] あそこは外科病棟の担当だから気にしないで。

[409] さ、詰所に戻るわよ」

[410]……それって

[411]怖い人はもういなくなった、って

[412]考えちゃっていいのかな?

[413]なぎさ先輩に引きずられるように

[414]わたしは詰所に戻った。

[415]零時。

[416]ここから合計四時間の仮眠に入る。

[417]今夜の夜勤は三人だけど、

[418]わたしはなぎさ先輩の付属物扱いだから、

[419]ひとりとふたりに別れて

[420]二時間ずつ仮眠を取ることになるんだって。

[421]先に、夜勤専従さんに仮眠してもらって、

[422]わたしとなぎさ先輩は記録の続き。

[423]うう、記録の山が減らない……。

[424]それに、零時と共に二人の夜勤介護士さんたちが

[425]一斉に夜のおむつ交換に回ってるから、

[426]微妙に病棟がゴソゴソしてる。

[427]一時。

[428]再びラウンドの時間。

[429]今度は二回目だからと

[430]バラバラに巡回することに。

[431]ホントは恐いけど……、

[432]恐いとか言ってられないよね。

[433]……異常なし……。

[434]うん、異常なし。

[435]大丈夫……、

[436]ここも、みんな寝てる……。

[437]【かおり】

[438]「ッ!?」

[439]今、廊下で物音がしたよね!?

[440]慌てて廊下に出ると、

[441]廊下が水っぽいもので濡れている。

[442]廊下は静まり返っていて、人の気配はない。

[443]【かおり】

[444]「だ、誰が、こんな……」

[445]足が震える……。

[446]【なぎさ】

[447]「沢井、無事だった?」

[448]なぎさ先輩が走ってきた。

[449]【かおり】

[450]「は、はい……」

[451]【なぎさ】

[452]「さっき、怪しい男の人が

[453] 沢井の後をつけようとしてたから、

[454] 声をかけたのよ」

[455]怪しい男の人……?

[456]クラッと視界が暗くなる。

[457]【なぎさ】

[458]「そしたら逃げちゃって……、

[459] あれ、沢井? 大丈夫?」

[460]思わず、その場にうずくまった。

[461]頭の中で、

[462]トラックのブレーキの音が響く。

[463]恐い顔の男の人がいる。

[464]誰かが何か言っている。

[465]震えが止まらない。

[466]……誰か、助けて……!

[467]【???】

[468]「大丈夫、大丈夫だから!」

[469]誰かが抱きしめてくれた。

[470]あたたかい……。

[471]与えられるぬくもりに顔を上げると、

[472]なぎさ先輩が抱きしめてくれている。

[473]ここは、病棟の廊下。

[474]わたしの勤務する、病棟の廊下。

[475]そう、わたしは看護師、しっかりしなくちゃ!

[476]【なぎさ】

[477]「大丈夫よ……、

[478] あたしが守ってあげるから」

[479]【なぎさ】

[480]「それに、さっきの人だって、

[481] 単に、夜間外来の患者さんが紛れ込んだだけで、

[482] 沢井を狙ったわけじゃないかもよ?」

[483]【かおり】

[484]「なぎさ先輩……」

[485]そっとなぎさ先輩の背中に腕を回した。

[486]【かおり】

[487]「取り乱してすみません……。

[488] もう、大丈夫ですから」

[489]なぎさ先輩が不安そうな顔をする。

[490]【なぎさ】

[491]「本当に?

[492] 沢井、無理してない?」

[493]そんななぎさ先輩に、わたしは微笑みかける。

[494]【かおり】

[495]「大丈夫です。

[496] わたしは……看護師だから」

[497]【かおり】

[498]「患者さんを守らなきゃいけないのに取り乱して、

[499] なぎさ先輩に心配かけて、すみませんでした」

[500]なぎさ先輩は

[501]まだ心配そうな顔をしていたけれど、

[502]わたしを立たせてくれた。

[503]【なぎさ】

[504]「沢井が大丈夫って言うんならいいけど……。

[505] でも、無理はしちゃダメよ?」

[506]そして、ふたりで廊下の水を拭いて、

[507]詰所に戻った。

[508]二時。

[509]夜勤専従さんが起きてきて、仮眠交代。

[510]休憩室のソファに

[511]お布団を敷いて寝るんだけど……。

[512]【なぎさ】

[513]「うふふ。

[514] 両方のソファ、どっちにもお布団が敷かれてるのって

[515] ちょっと新鮮かも……」

[516]【かおり】

[517]「……そうなんですか?」

[518]わたしにとっては、

[519]見慣れた休憩室が

[520]お布団仕様になってるのが新鮮ですけど。

[521]【なぎさ】

[522]「だって、いつもひとりずつで寝てるから、

[523] お布団は一組だけしか敷かないもん」

[524]【かおり】

[525]「あ、そうですよね……」

[526]【なぎさ】

[527]「ほらほら、慣れない夜勤で疲れてるでしょ?

[528] 二時間しか寝れないけど、

[529] 少しでも体力を回復させなきゃ!」

[530]【かおり】

[531]「はーい!

[532] じゃあ、寝ましょうか!」

[533]【なぎさ】

[534]「よしよし、

[535] 沢井は素直ないい子ね〜、

[536] 起きたらまたこき使ってあげるわね」

[537]【かおり】

[538]「ううう、

[539] お手柔らかにお願いします……」

[540]隣り合った寝床。

[541]部屋の明かりを暗くするのは恐かったけれど、

[542]なぎさ先輩が手を繋いでくれている。

[543]あたたかい手に安心して、

[544]わたしはそっと目を閉じた。

[545]四時に起きて、

[546]八時間おきの持続点滴の患者さんの

[547]点滴ボトルを交換して、

[548]また五時にラウンド。

[549]わたしとなぎさ先輩が仮眠中の三時にも

[550]ラウンドがあったらしい。

[551]夜勤帯での主な仕事って

[552]ラウンドなんじゃないかって思う。

[553]五時のラウンドは一緒に採血も行うらしい。

[554]五時なんてまだ暗いのに、

[555]暗い中、ベッドランプをつけさせてもらって

[556]その明かりの中で採血。

[557]お昼の採血と同じはずなのに、

[558]難易度が高いように感じるのは

[559]気のせいかな……。

[560]ラウンド兼採血が終わって詰所に戻ると、

[561]窓の外はうっすらと明るくなってきていた。

[562]【かおり】

[563]「……もうすぐ朝なんですね……」

[564]【なぎさ】

[565]「今日はイベントがなくて良かったね」

[566]……こんな忙しいのに

[567]これで何らかの『イベント』が起こってたら……。

[568]うう、ゾッとする……。

[569]【なぎさ】

[570]「ほら、ボケッとしてるヒマはないのよ!

[571] 検温行くわよ、バイタルチェック!」

[572]【かおり】

[573]「ふぇ、また!?」

[574]【なぎさ】

[575]「それが終わったら、検体を検査科に回して、

[576] レントゲンのフィルムを下ろして、

[577] おむつ交換、記録、朝食の準備!」

[578]【なぎさ】

[579]「朝はホント忙しいのよ、

[580] キリキリ働く!」

[581]【かおり】

[582]「ふぁ〜いぃ……」

[583]なぎさ先輩の言った通り、

[584]そこからは一息つくヒマもなかった。

[585]バイタルチェックの後、

[586]おむつ交換をしてから、

[587]明るくなり始めた外来の検査室と

[588]レントゲン室を回る。

[589]病棟に戻ったら、また記録。

[590]夜の間に全員分が終わってたし、

[591]今夜は特別なことがなかったので、

[592]今はバイタルくらいしか書くことがない。

[593]八時になったら栄養科から朝食が上がってくるので、

[594]その前に患者さんの準備。

[595]モーニングケアっていって

[596]寝たきりの患者さんのベッドを起こして、

[597]洗顔代わりに顔を拭いて、歯を磨く手伝いをするの。

[598]これが意外と時間がかかる。

[599]【???】

[600]「さすがに疲れた顔をしているわね」

[601]懐かしい声。

[602]振り向くと主任さんが立っていた。

[603]【はつみ】

[604]「初夜勤はどうだった?」

[605]【かおり】

[606]「しゅ、主任さん……」

[607]何故か、無性にホッとした。

[608]ホッとしたからか、ポロッと涙が出た。

[609]【かおり】

[610]「主任さん〜〜〜」

[611]【はつみ】

[612]「あらあら、何を泣いているの?」

[613]【かおり】

[614]「だ、だってぇ、

[615] 主任さんの顔を見ると安心しちゃって〜、

[616] ふえ〜ぇん」

[617]【はつみ】

[618]「夜勤帯は落ち着いていたんでしょう?

[619] ほら、しゃきっとしなさい、

[620] 藤沢さんが呆れているわよ?」

[621]すぐ後ろに、

[622]戻ってきたなぎさ先輩が立っていた。

[623]【なぎさ】

[624]「沢井、まだ夜勤帯は終わってないでしょ、

[625] 泣くのは後にして」

[626]なぎさ先輩はプイッとして、

[627]そのまま振り向きもせず、

[628]さっさと出て行ってしまった。

[629]そうだよね、

[630]なぎさ先輩の言う通りだよね。

[631]まだ夜勤帯は終わってない、

[632]泣いてるヒマなんてないよ、わたし!

[633]涙を拭いて、

[634]主任さんにぺこりと頭を下げる。

[635]【かおり】

[636]「すみませんでした。

[637] わたし、仕事に戻ります」

[638]【はつみ】

[639]「ええ、そうしなさい」

[640]八時。

[641]少し遅れて、

[642]栄養科から朝食が

[643]エレベーターで送られてきた。

[644]夜勤スタッフだけでなく、

[645]早く来てくれた主任さんと、早出の介護士さん、

[646]全員で手分けして、患者さんに朝食を配っていく。

[647]後は、食事介助をして、

[648]残りの記録を書いて、申し送りをすれば、夜勤終了!

[649]なぎさ先輩には

[650]本当にお世話になっちゃった。

[651]しばらくの間、

[652]夜勤はなぎさ先輩の監視(?)つきで入るから

[653]まだまだ迷惑をかけちゃうけど、

[654]なぎさ先輩に呆れられてないといいな。

[655]早くひとり立ちして

[656]なぎさ先輩を楽にしてあげなきゃね!

[657]さ、あともう少し、

[658]頑張らなきゃ!

white_robe_love_syndrome/scr00514.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)