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white_robe_love_syndrome:scr00504

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[001]この間から、

[002]詰所の雰囲気がなんとなく重い気がする。

[003]【なぎさ】

[004]「あ、沢井。

[005] 悪いけど午後の検温、一人で回ってくれる?

[006] ちょっと手が離せなくって」

[007]【かおり】

[008]「あ、はい。わかりました」

[009]理由は立て続けのステルベン。

[010]酒石さんに続いて、

[011]昨日の夜、また患者さんが亡くなったから。

[012]病院は、常に患者さんの死を

[013]覚悟しなければいけない場所とはいえ

[014]やっぱり、かなしいものはかなしいし、

[015]ショックであることも否定できない。

[016]特に長く入院すればするほど、

[017]患者さんとも仲が良くなってしまうわけだし。

[018]……仲が良くなった患者さんの死は……辛いよ。

[019]堺さんも、酒石さんのことでショックを

[020]受けちゃって、いつも通りに振舞おうとしてるけど、

[021]やっぱり少し元気がない。

[022]精神面でのケアが必要ということで、

[023]主任さんをはじめとしたベテラン看護師さんが

[024]フォローしてくれてるけれど……。

[025]ああ、ダメダメ!

[026]わたしまで暗くなってどうするの!

[027]【かおり】

[028]「……さて!」

[029]検温は、ある意味、一番大変で、

[030]一番癒される部屋から回ろうかなっ!

[031]【かおり】

[032]「良い子のみんな〜、

[033] 検温が、はーじまーるよ〜!」

[034]子どもたちの好きな某アニメの真似をして、

[035]無理やり元気よく声をかけてみたけれど……。

[036]【ショウ】

[037]「それってぽりきょあ〜?

[038] 似てないよねーっ」

[039]【ひろくん】

[040]「滑ったってやつだな!」

[041]子どもたちの反応は冷たかった。

[042]がっくり……。

[043]【かおり】

[044]「と、とにかくみんな検温の時間だよ。

[045] ほらちゃんとベッドに入って!」

[046]子どもたちに指示を出しつつ、

[047]手前のベッドから検温をしていく。

[048]子どもたちはいつもどおり元気いっぱいで、

[049]その姿にやっぱり救われるような気がした。

[050]【かおり】

[051]「あれ?」

[052]奥に行こうとして、足が止まる。

[053]あみちゃんのベッドには、

[054]珍しくカーテンが引かれていた。

[055]【こはく】

[056]「あーみんちゃん、

[057] ずっと、何だか元気がないの」

[058]こはくちゃんが心配そうに言う。

[059]具合でも悪いのかな?

[060]申し送りでは特別な報告は何もなかったけど……。

[061]【かおり】

[062]「あみちゃん?

[063] 開けてもいい?」

[064]【あみ】

[065]「……かおりんさん?」

[066]【かおり】

[067]「そうだよ」

[068]【あみ】

[069]「あまり開けないで入ってきてほしいな。

[070] みんなに心配かけちゃうから」

[071]【かおり】

[072]「うん、わかった」

[073]あみちゃんの言葉に、

[074]わたしは他の子の検温を手早く済ませてメモすると、

[075]あみちゃんのベッドに向かった。

[076]【かおり】

[077]「入るね」

[078]カーテンをそっと開けて中に滑り込むと、

[079]あみちゃんは枕元の電気をつけて本を読んでいた。

[080]【かおり】

[081]「あみちゃん、どうしたの?

[082] 具合、悪い?」

[083]わたしの言葉に、

[084]あみちゃんは軽く首を振る。

[085]パタンと本を閉じた。

[086]【あみ】

[087]「わたし、怖いんです……」

[088]【かおり】

[089]「えっ?」

[090]あみちゃんは、縋るような目でわたしを見つめた。

[091]【あみ】

[092]「今まで何度も入院したし、

[093] 病気も全然治らなくて、

[094] もうこんなものかなって思ってたのに……」

[095]【あみ】

[096]「もうずっとこのままで、

[097] 大人になっても健康にはなれなくて、

[098] 入院と退院を繰り返すのかなって……」

[099]【かおり】

[100]「そんなこと……」

[101]言いかけたわたしに、あみちゃんは軽く首を振る。

[102]【あみ】

[103]「……バカな考えだってわかってます。

[104] いつか病気は治って元気になれるかもしれない。

[105] そのためにみんな一生懸命になってくれてるって」

[106]【あみ】

[107]「それはわかってるけど、でも、退院して

[108] またすぐ入院とか繰り返してると、

[109] 治るって思わない方が楽かもって思っちゃうの」

[110]【あみ】

[111]「退院できても、また入院するかもしれないし。

[112] その時がきても、あまりがっかりしないために、

[113] 期待しない方が気が楽だって」

[114]【かおり】

[115]「あみ、ちゃん……」

[116]【あみ】

[117]「けど、わたし、本当の意味で、わかってなかった。

[118] 病院にいるってことや、入院するってこと、

[119] ……治らないってことの意味が」

[120]【かおり】

[121]「え?」

[122]【あみ】

[123]「わたしの病気は、今すぐ悪化して、

[124] すぐに死んじゃうような病気じゃないから、

[125] 今までそういう意識が薄かったんですよね」

[126]【あみ】

[127]「生死に関わる病気があることとか、

[128] 人が死ぬことが病院では日常的だってこと、

[129] 知ってたつもりだけど、理解してなかったんです」

[130]【かおり】

[131]「…………」

[132]【あみ】

[133]「病気は辛いし、入院は不自由なこともいっぱいだけど、

[134] みんな優しい人ばかりだし、仲良くもなれたし、

[135] 入院は結構楽しいって思ってた」

[136]【あみ】

[137]「……でも、本当は、必死で死に立ち向かって

[138] 生きるために戦っている人のための場所だって

[139] 全然、わかってなかった……」

[140]【あみ】

[141]「わたしはお気楽に、

[142] みんなと仲良くなれて嬉しいって……

[143] そんな上辺しか見てなくて……」

[144]【あみ】

[145]「…………」

[146]あみちゃんが言葉を切る。

[147]そして、じっとわたしを見つめた。

[148]【あみ】

[149]「仲が良かった人が、

[150] ある日突然、いなくなってしまうこともある……。

[151] そのことを実感しました、今更ですけど」

[152]【かおり】

[153]「…………」

[154]酒石さんのことを言ってると

[155]直感でわかった。

[156]あみちゃんは、病棟を自由に歩き回り、

[157]誰とでも気軽に接してたから、

[158]もしかしたら、……ううん、きっと

[159]酒石さんともおしゃべりしてたはず。

[160]【あみ】

[161]「前の日まで元気にしてて、

[162] 手術して元気になるんだって言ってた人が、

[163] 突然、いなくなっちゃった……」

[164]【あみ】

[165]「病院って、

[166] それが当たり前に起こる場所なんだって

[167] 思い知りました……」

[168]【あみ】

[169]「そう考えたら、なんだか怖くて。

[170] わたしも、そうなっちゃうのかな……

[171] うちにも学校にも帰れないまま、ここで……」

[172]【かおり】

[173]「ば、バカなこと言わないの!」

[174]わたしはあみちゃんの頬を両手で包んだ。

[175]【かおり】

[176]「たしかに、病院は生と死が隣り合わせで、

[177] そういうイメージがあるよ。

[178] でもね、あみちゃん!」

[179]【かおり】

[180]「わたしたちは、患者さんが元気になって、

[181] ここの玄関を笑顔で歩いて出てほしいって願ってるし、

[182] そのために努力してる」

[183]【かおり】

[184]「あみちゃんたち患者さんは、

[185] 元気になるためにここにいるの。

[186] わかるよね?」

[187]【あみ】

[188]「かおりん、さん……」

[189]【かおり】

[190]「わたしたちができることは、

[191] 患者さんが治りたいと思う気持ちを

[192] 手助けすることだけ」

[193]【かおり】

[194]「あみちゃんが治りたいって思わないなら、

[195] 誰も、あみちゃんを治せないんだよ?

[196] だから、諦めちゃダメ」

[197]あみちゃんは不安げな表情をほんの少しだけ緩め、

[198]わたしの両手に頬を擦り付ける。

[199]【あみ】

[200]「やっぱり、かおりんさんの手……安心できる。

[201] この前は痛みが取れたけど、

[202] 今は心が落ち着く感じがします……」

[203]【かおり】

[204]「こんなことで落ち着けるなら、

[205] いくらでも撫でてあげる」

[206]苦笑しながらあみちゃんの頬を撫で、

[207]それから、頭を撫でる。

[208]【あみ】

[209]「わたし、この病院、好きです。

[210] この病院の人、みんな優しいもの」

[211]【かおり】

[212]「うん……」

[213]【あみ】

[214]「だから、みんな……この病院に入院してる人みんなに

[215] 元気になってもらいたいんです。

[216] もちろん、わたしも元気になりたいです」

[217]【かおり】

[218]「うん、うん……そうだね……」

[219]優しいあみちゃん。

[220]だから、酒石さんの亡くなるところを

[221]同じ部屋の子どもたちに見せないよう

[222]一箇所に集めていてくれたんだよね……。

[223]きっと、あみちゃん自身も不安だったろうに。

[224]【あみ】

[225]「ねぇ、かおりんさん。

[226] ワガママ言っていいですか?」

[227]あみちゃんの言葉に、

[228]わたしはクスッと笑う。

[229]【かおり】

[230]「内容にもよるかな?」

[231]【あみ】

[232]「あの……、

[233] ナデナデして……ほしい、な」

[234]【かおり】

[235]「…………」

[236]思わず絶句したわたしに、

[237]あみちゃんは慌てて首を振った。

[238]【あみ】

[239]「この前みたいなやつじゃなくて!!

[240] ただ、ぎゅっとして、

[241] ナデナデってしてほしいんです」

[242]【かおり】

[243]「……うん」

[244]わたしはあみちゃんの細い肩に手を回して、

[245]そっと抱き寄せた。

[246]病院という場が作り出す、生命への不安と恐怖。

[247]日常からそこへと放り込まれる患者さんたちに、

[248]わたしたち看護師はどんな対応ができるんだろう?

[249]今までは、少しでも

[250]痛みや辛さが和らぐことを考えてきた。

[251]痛みなどの訴えがない、一見元気な患者さんには、

[252]ルーチンとしての医療行為はしてきたけれど。

[253]どこかでこの人は重症じゃないからって区別して、

[254]それ以上のケアまでは考えてなかったように思う。

[255]でも……。

[256]痛みや苦痛の訴えがない患者さんだって、

[257]自分の病気や入院に際しての不安があるはず。

[258]わたしたちは、そういうところも

[259]ケアしていかなきゃいけないんじゃないのかな。

[260]患者さんへの心のケア。

[261]どうしたら不安を軽減することができるだろう。

[262]新たな課題を胸に、

[263]わたしは、ただあみちゃんの髪を

[264]優しく撫でていた。

white_robe_love_syndrome/scr00504.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)