User Tools

Site Tools


white_robe_love_syndrome:scr00503

Full text: 569 lines Place translations on the >s

[001]今日は日曜日!

[002]日曜日の勤務は少し落ち着いてて

[003]患者さんのケアにも時間が取れるから好き。

[004]ゆとりがあるのがいいんだよね。

[005]【かおり】

[006]「よし!

[007] 今日も頑張って仕事するぞー!!」

[008]さすが日曜日、

[009]患者さん、誰もいないね。

[010]いつも人がいっぱいいるのに、

[011]ちょっと変な気分だな。

[012]ふぅ……。

[013]三階までって地味に遠いよね……。

[014]でも、エレベーターは患者さんのためのもの!

[015]職員は階段を使わなきゃ!

[016]あれ……なんだか騒がしいような……。

[017]【かおり】

[018]「おはようございま……」

[019]【看護師A】

[020]「ごめん、ちょっと退いて!」

[021]【かおり】

[022]「ひゃいっ!!」

[023]慌てて飛びのく。

[024]夜勤さんが飛び込んできて、

[025]戸棚をあさって、酸素マスクを掴んで

[026]また飛び出していく。

[027]……何かあったのかな?

[028]【はつみ】

[029]「ああ、沢井さん、来たのね」

[030]【かおり】

[031]「おはようございます、主任さん。

[032] 何だかバタバタしてますね」

[033]【はつみ】

[034]「おはようございます。

[035] 先週、外科に転科した酒石さんが

[036] 手術不適応で戻ってきたのよ」

[037]【かおり】

[038]「日勤も来てないような早朝に、ですか?」

[039]【はつみ】

[040]「本当は明日のお昼に

[041] 戻ってくる予定だったんだけれど、

[042] 今、外科って満床でね」

[043]【かおり】

[044]「まんしょう……」

[045]【はつみ】

[046]「ベッドの空きがないことね。

[047] それなのに、今日の明け方、外科で緊急入院があって、

[048] ひとり、出さざるを得なくなったのよ」

[049]【かおり】

[050]「なるほど……。

[051] それでこんな早朝に戻ってきたんですか」

[052]【はつみ】

[053]「しかも、状態はすこぶる悪化してるわ。

[054] 一時期の回復がウソのようよ」

[055]酒石さんはHCC、

[056]つまり肝細胞がんの患者さん。

[057]外科で手術するには状態が悪かったのと

[058]がんの数が多くて、手術できずに

[059]最初は内科で治療してたの。

[060]でも、内科での治療が効いて、

[061]肝機能も良くなってきたし、

[062]がん細胞の数も減らすことができたから

[063]先週、外科病棟へ移動になったんだよね。

[064]酒石さんも

[065]これですっぱりがんとは手を切れるって

[066]すごく喜んでたのに……。

[067]【はつみ】

[068]「まだ時間外だけど、夜勤さんだけじゃ

[069] ちょっと手が足りないみたいだから、

[070] あなたも手伝ってあげて」

[071]【かおり】

[072]「はい!

[073] 酒石さんの部屋は……?」

[074]【はつみ】

[075]「以前と同じ、303よ。

[076] 先に来た藤沢さんも

[077] 手伝ってくれてるわ」

[078]【かおり】

[079]「はい、行ってきます!」

[080]【なぎさ】

[081]「ああ、沢井!

[082] おはよ!」

[083]【かおり】

[084]「なぎさ先輩、おはようございます。

[085] 酒石さんの入院のヘルプを

[086] お願いされたんですけど」

[087]【なぎさ】

[088]「ごめん、

[089] 指示は夜勤さんに聞いてくれる?」

[090]なぎさ先輩はバタバタと詰所に入って

[091]主任さんとなにやら話し始めている。

[092]夜勤さん……は、

[093]たしかバイトの人、二人組だよね。

[094]【かおり】

[095]「おはようございます!

[096] ヘルプに来ました!」

[097]【看護師A】

[098]「ありがとう!

[099] さっき吐いてたから、口の中、吸ってあげて!」

[100]吸う?

[101]ああ、吸引かけろっていうことね。

[102]【かおり】

[103]「はい! えっと……酒石さん、

[104] 口の中に残っているものを吸引しますね」

[105]チューブを手にして

[106]スイッチをオンにする。

[107]改めて酒石さんを見て、愕然とした。

[108]顔が……、顔色が

[109]ありえないような黄土色をしてる!!

[110]【看護師B】

[111]「吸引チューブ入れすぎないで!

[112] また吐くわよ!」

[113]ひぇぇぇ!!

[114]夜勤さんのアドバイスに注意しながら、

[115]わたしは酒石さんの口の中のものを

[116]注意深く吸引した。

[117]そんなこんなで、酒石さんのケアをして

[118]普段より一時間近く遅い申し送り開始。

[119]おむつ交換は介護士さんが

[120]全員分、やってくれたそうだ。

[121]ありがたいな。

[122]っていうか、日曜日なのに、

[123]全然、落ち着いてないよ……。

[124]【はつみ】

[125]「緊急入院、お疲れ様でした。

[126] 夜勤さん、ゆっくり休んでください。

[127] 超勤簿の記入、忘れないでくださいね」

[128]【かおり】

[129]「超勤簿……?」

[130]聞き慣れない言葉に首をかしげる。

[131]主任さんがチラッとわたしを見た。

[132]【はつみ】

[133]『超過勤務命令簿』のことよ。

[134] 時間外勤務……つまり残業はこれで管理をするの」

[135]……あ、そうなんですか、

[136]すみません、話の腰を折ってしまって……。

[137]【はつみ】

[138]「というわけで、日勤のみなさん、今日は一日

[139] ばたばたしているかもしれないけれど

[140] 夕方まで頑張って乗り切りましょう」

[141]【はつみ】

[142]「今日も一日、よろしくお願いします。

[143] お疲れ様でした」

[144]【看護師B】

[145]「はふー!

[146] やっと帰れるわー!」

[147]【看護師A】

[148]「帰りに牛丼でも食べてかない?」

[149]【看護師B】

[150]「あ、それいいわね!」

[151]夜勤さんが大きく伸びをしながら笑い合う。

[152]ふと、夜勤さんと目が合った。

[153]【看護師B】

[154]「あ……、沢井さん、

[155] 先に謝っておくわね、ごめん!」

[156]【かおり】

[157]「何がですか?」

[158]【看護師B】

[159]「点滴、思いっきり遅れちゃったでしょう、

[160] 面倒臭い患者さんの」

[161]……面倒臭い患者さん……?

[162]【かおり】

[163]「ぴゃ!!」

[164]さ、堺さんの点滴!!

[165]また嫌味言われちゃう!!

[166]堺さんの点滴は今、

[167]本体ボトルは六時間交換になっていて

[168]日勤では十時と十六時に

[169]交換するようになっているの。

[170]ただいまの時間、十時半……。

[171]やばい……!

[172]堺さん、

[173]絶対に怒ってる……!

[174]【さゆり】

[175]「どうぞ」

[176]【かおり】

[177]「し、失礼します!

[178] 点滴、遅くなってごめんなさい!」

[179]【さゆり】

[180]「いえ、遅くなりそうだとわかってたので

[181] 点滴は絞っておきました」

[182]……わー、

[183]さすが堺さんだ……。

[184]まだ学生さんなのに

[185]この臨機応変ぶりはプロ級だよね。

[186]【さゆり】

[187]「それより、何かあったんですか?

[188] 病棟が騒がしかったようですが」

[189]う……、

[190]これって、患者さんに

[191]言っちゃってもいいのかな?

[192]プライバシーに関わることじゃなければ

[193]別に言っちゃってもいいよね。

[194]【かおり】

[195]「うん、ちょっとね。

[196] 緊急入院があって……」

[197]【さゆり】

[198]「緊急入院?

[199] 救急車のサイレンの音は

[200] 聞こえなかったと思いますが」

[201]【かおり】

[202]「あ、うん。

[203] 外部の人の入院じゃなくて、

[204] 外科に行った人が内科に戻ってきただけで」

[205]堺さんが表情を曇らせた。

[206]【さゆり】

[207]「……もしかして

[208] それって、酒石さん?」

[209]【かおり】

[210]「どうして知ってるの?」

[211]【さゆり】

[212]「先週、屋上で少しお話したんです。

[213] 肝機能が良くなって、手術適応になったから

[214] 外科に転科するんだって喜んでらした……」

[215]堺さんがしょんぼりしている。

[216]【かおり】

[217]「……うん、

[218] 残念だよね」

[219]本当は優しいんだよね、堺さんって。

[220]酒石さんの状態が悪いことは

[221]黙ってないと……。

[222]点滴のボトルを交換して、

[223]滴下を合わせる。

[224]【かおり】

[225]「じゃあ、何かあったら

[226] ナースコールしてね……」

[227]【さゆり】

[228]「…………」

[229]ああ、堺さん、

[230]酒石さんのことで落ち込んでる……。

[231]堺さんを刺激しないように、

[232]わたしはそっと部屋を出た。

[233]それはお昼前だった。

[234]【かおり】

[235]「はーい、どうされました?」

[236]【なぎさ】

[237]「救急カート持ってきて!

[238] 酒石さん、吐血した!!」

[239]【かおり】

[240]「へ!?」

[241]頭の中が真っ白になる。

[242]吐血?

[243]救急カート?

[244]【はつみ】

[245]「何をしているの、沢井さん!

[246] わたしといっしょにいらっしゃい!」

[247]主任さんに腕を取られて

[248]処置机の隣においてある台車の前に引っ張られる。

[249]【はつみ】

[250]「救急カートはこれ!

[251] これを押して、先に303に行っていて!」

[252]【かおり】

[253]「は、はい!」

[254]【はつみ】

[255]「あなたはドクターコールお願い!

[256] わたしはご家族に電話するから!」

[257]【看護師A】

[258]「わかりました!」

[259]バイトの看護師さんと主任さんが

[260]詰所で電話している。

[261]わたしは、救急カートと言われた台車を押して

[262]303号室へと向かう。

[263]あああ、わたし、

[264]どうすればいいんだろう……?

[265]【かおり】

[266]「な、なぎさ先輩!

[267] 救急カート持って来ました!」

[268]なぎさ先輩は血まみれになりながら

[269]吸引チューブを手に

[270]酒石さんの吐いた血液を吸引していた。

[271]血……!

[272]血が……!!

[273]【なぎさ】

[274]「ありがと、沢井!」

[275]そう言ったまま、

[276]なぎさ先輩は酒石さんに向き直った。

[277]わたし、何をしたらいいの?

[278]わたしに今、何ができるの!?

[279]漂う血の……鉄の錆びたような臭いと、

[280]張り詰めた緊張感。

[281]血が怖い……、

[282]怖いなんて言ってられないのに、

[283]足が震える……。

[284]どうしたらいいの?

[285]何をしたらいいの?

[286]何もわからない。

[287]わたし、役立たずだ……。

[288]主任さんが駆けつけてくれた。

[289]【はつみ】

[290]「こういう時は、まずは気道確保よ!

[291] 気道閉塞物を取り除いたら、

[292] 次は肺に空気を送り込まないと!」

[293]主任さんの存在にホッとする。

[294]ホッとしたら

[295]足の震えが少しマシになったような気がした。

[296]【はつみ】

[297]「蘇生バッグを使って!

[298] 口元にマスクを当てて、

[299] バッグを押して送気するの」

[300]【かおり】

[301]「は、はい!」

[302]【はつみ】

[303]「次からはお願いね。

[304] 今は、血圧をはかって!

[305] それならできるわね?」

[306]【かおり】

[307]「はい、できます!」

[308]大きくうなずいて、

[309]救急カートの上から血圧計を取り上げた。

[310]【なぎさ】

[311]「酒石さーん!?

[312] わかりますかー!?

[313] しっかりしてくださーい!」

[314]なぎさ先輩が

[315]意識のない酒石さんに呼びかけてる。

[316]足の震えは治まったけれど、

[317]現場の雰囲気に飲まれているからか、

[318]手がひどく震えてる。

[319]でも、

[320]いつものおまじないをしてる暇はない。

[321]おまじないができない場面でも、

[322]今はわたしが動かなくちゃいけない。

[323]やらなくちゃいけないんだ!

[324]血圧くらい、

[325]おまじないナシでもはかれるよね!

[326]血圧測定なんて、学生の頃から

[327]何度となくやってきたことだもんね!

[328]【かおり】

[329]「酒石さーん、

[330] 血圧、はかりますねー!!」

[331]腕にマンシェットを巻きつけて、

[332]聴診器を当てる。

[333]ゴム球を押して加圧して……

[334]血管内を血液が流れる音を聞くんだけど。

[335]……き、聞こえない……?

[336]【はつみ】

[337]「藤沢さん、

[338] 沢井さんが血圧測定してるから、

[339] 少し静かに」

[340]【なぎさ】

[341]「は、はい、すみません」

[342]もう一度、加圧して……。

[343]ダメ、やっぱり何も聞こえない。

[344]……わたし、

[345]血圧さえもはかれないの?

[346]ベッドヘッドにくくりつけてあるナースコールから

[347]詰所にいるはずのバイトさんの声がしている……

[348]らしい。

[349]動揺しているのか、ナースコールからの声が、

[350]頭にぜんぜんに入ってこない。

[351]【はつみ】

[352]「いるわよ。

[353] ドクターは何て?」

[354]主任と、詰所にいるバイトさんとの、

[355]ナースコール越しでの会話が続く。

[356]【はつみ】

[357]「了解!

[358] 沢井さん、ストレッチャー持ってきて!」

[359]【かおり】

[360]「は、はい!」

[361]主任さんに指示されて、

[362]血圧計をそのままに、聴診器を置いて、

[363]廊下のストレッチャーを持ってくる。

[364]【はつみ】

[365]「一・二・三で移動するわよ!

[366] 一、二……」

[367]【なぎさ】

[368]「さんっ!」

[369]三人がかりで

[370]酒石さんをストレッチャーに乗せた。

[371]血まみれの布団を

[372]血が見えないように逆さにして

[373]酒石さんの身体が冷えないようにかける。

[374]【はつみ】

[375]「オペ室は二階よ。

[376] 藤沢さん、先に行って

[377] エレベーター、呼んできてくれる?」

[378]【なぎさ】

[379]「わかりました!」

[380]血のついた白衣のままで駆け出していく、

[381]なぎさ先輩。

[382]ストレッチャーを押して廊下へ出ると

[383]他の部屋の患者さんが

[384]廊下へ出てきていた。

[385]これって、まずいんじゃ……?

[386]【はつみ】

[387]「他の患者さんには後で説明するから、

[388] 今は搬送に集中しなさい!」

[389]【かおり】

[390]「は、はいっ!」

[391]わたしだって

[392]少しくらいは役に立ちたい。

[393]血圧もはかれなかったんだから、

[394]せめて搬送くらいはちゃんとやらないと!

[395]これ以上、

[396]足を引っ張らないように……!

[397]【かおり】

[398]「あ!」

[399]視界の端に

[400]青い顔をした堺さんが見えて――。

[401]【かおり】

[402]「堺さん!!」

[403]その堺さんが

[404]ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

[405]【はつみ】

[406]「沢井さん、

[407] あなたは堺さんをお願い!」

[408]【かおり】

[409]「え、でも、搬送は……」

[410]【はつみ】

[411]「藤沢さんがいるから大丈夫よ。

[412] 堺さんのケアをしてあげて」

[413]【かおり】

[414]「わかりました!」

[415]なぎさ先輩と場所を代わって、

[416]わたしは堺さんへと駆け寄った。

[417]堺さんをベッドに寝かせて

[418]血圧をはかる。

[419]【かおり】

[420]「……102/64。

[421] 血圧、いつもより少し下がってるね」

[422]ふと、酒石さんのことが頭をよぎった。

[423]さっき、血圧をはかれなかったのは

[424]血圧が低下してたからかもしれないと思い至る。

[425]【さゆり】

[426]「あの人……どうなるの?」

[427]真っ青な顔で堺さんが訊いてくる。

[428]な、何か言わないと……。

[429]堺さんを不安にさせないようなことを

[430]ちゃんと言わないと……。

[431]【かおり】

[432]「だ、大丈夫だよ、

[433] 主任さんもなぎさ先輩もいるし、

[434] 先生もいるから」

[435]【さゆり】

[436]「でも、医学は万能じゃないのよ!

[437] 人はいずれ死ぬんだから!」

[438]【かおり】

[439]「死ぬなんて!

[440] そんなこと言わないで!」

[441]聞きたくない、そんな言葉。

[442]思わず強い口調で言ってしまったけれど、

[443]堺さんは青い顔で、わたしの言葉なんか

[444]少しも聞いてない。

[445]【さゆり】

[446]「わたしも死ぬのよ!

[447] 出血が止まらずに、

[448] あんな風に、大量の血の中で死ぬの!」

[449]ガタガタと震えている。

[450]【かおり】

[451]「そんなこと、考えちゃダメ!」

[452]抱きしめようと伸ばした腕を振り払われた。

[453]いやいやと首を振っている堺さんにかまわず、

[454]ぎゅっと抱き寄せる。

[455]拒絶されてもかまわない。

[456]【かおり】

[457]「そんなこと、考えちゃダメよ!

[458] 堺さんは生きてるんだよ、

[459] 今は生きることを考えようよ!」

[460]今度こそしっかりと抱き締める。

[461]【かおり】

[462]「堺さんは、今、生きてる!

[463] そうでしょう!?」

[464]【さゆり】

[465]「…………」

[466]どれくらい

[467]堺さんを抱きしめていたんだろう?

[468]しばらくして

[469]腕の中で堺さんが身じろいだ。

[470]【さゆり】

[471]「……苦しいんですけど」

[472]【かおり】

[473]「ぴゃっ!?」

[474]慌てて離れる。

[475]怒ってない?

[476]怒ってない……よね?

[477]おそるおそる見ると、

[478]ほんのりと頬を染めて、

[479]堺さんは横を向いている。

[480]【さゆり】

[481]「……生きることだけ考えよう、か。

[482] あなたにしては良いこと言うんですね」

[483]強がった独り言。

[484]【さゆり】

[485]「あなたなんかに元気付けられるなんて

[486] ……屈辱だわ」

[487]相変わらず生意気なんだから。

[488]でも、いつもの堺さん節が出たってことは

[489]堺さんが元気になった証拠みたいで

[490]少し嬉しい。

[491]【かおり】

[492]「……うん、わたしの言葉で

[493] 堺さんが元気になってくれたなら嬉しい」

[494]【さゆり】

[495]「……ふん、患者を落ち着かせるのも

[496] 看護師の仕事でしょう?

[497] できて当たり前のことを喜ばないでください」

[498]詰所に戻ってしばらくして、

[499]白衣を着替えたなぎさ先輩が帰ってきた。

[500]そして――

[501]主任さんが病棟に戻ってきた。

[502]……白い布を顔にかけられた

[503]酒石さんと一緒に。

[504]【なぎさ】

[505]「酒石さん……、

[506] 残念だったね」

[507]【かおり】

[508]「……はい」

[509]あの黄土色の顔……。

[510]元気だった頃の酒石さんと

[511]何度も話した記憶があるはずなのに、

[512]今朝のあの酷い顔色で目を閉じてる顔しか

[513]思い出せない……。

[514]主任さんとバイトの看護師さんが

[515]最後のケア――エンゼルケアをして、

[516]駆けつけたご家族が酒石さんを連れて帰った。

[517]【なぎさ】

[518]「元気出して?

[519] 沢井が落ち込んでても仕方がないよ?」

[520]【かおり】

[521]「……落ち込んでるわけじゃないです……。

[522] ただ……、あんまり急だったから……」

[523]そう、落ち込んでいるわけじゃない。

[524]堺さんも言ってたように、

[525]人はいずれ死ぬのだから。

[526]ただ、本当に急すぎて、

[527]感情がついてこない。

[528]   「……生きることだけ考えよう、か。

[529]    あなたにしては良いこと言うんですね」

[530]そう言えば、あの言葉、

[531]わたし自身が言ったことだけど、

[532]あれは昔、わたしが言われた言葉に似てる。

[533]記憶の中、

[534]痛くて、苦しくて、辛い闇の中で

[535]誰かが「生きなさい」って言ったんだっけ。

[536]生きることは

[537]苦しいし、怖いし、辛い。

[538]それでも、

[539]生きてて良かったって思えることは

[540]いっぱいある。

[541]実際、わたしは

[542]生きてて良かったって思う。

[543]だからこそ、わたしは

[544]死の恐怖と戦う、堺さんの

[545]その力添えをしてあげたいと願う。

[546]わたしが堺さんにしてあげられることって

[547]何があるんだろう……?

[548]【なぎさ】

[549]「沢井……、大丈夫?」

[550]心配そうになぎさ先輩が覗き込んでくる。

[551]なぎさ先輩を心配させちゃダメだよね。

[552]【かおり】

[553]「大丈夫、です。

[554] こんな顔してちゃ、

[555] 患者さんにも心配かけちゃいますよね」

[556]【なぎさ】

[557]「しょうがないよ。

[558] 初めてのステルベンだったんでしょう?」

[559]【かおり】

[560]「すてるべん?」

[561]【なぎさ】

[562]「患者死亡のこと。

[563] 心の準備ができてないとショックだよね。

[564] でも、その内、慣れるから」

[565]【かおり】

[566]「……はい」

[567]こういうのに慣れるのかな……、

[568]慣れられるのかな、わたし。

[569]……慣れたくないな……。

white_robe_love_syndrome/scr00503.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)