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white_robe_love_syndrome:scr00501

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[001]■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

[002]0411で「黙っておく」を選択した場合。

[003]屋上が施錠されていない状態の場合のみ表示。

[004]■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

[005]さて。

[006]ちらっと腕時計を確認する。

[007]そろそろ堺さんの点滴を交換する時間。

[008]【かおり】

[009]「堺さんの部屋に行ってきます」

[010]【やすこ】

[011]「おー。

[012] 言い負かされんなよー」

[013]【かおり】

[014]「別に勝ち負けじゃないから

[015] 言い負かされてもいいんです!」

[016]自分の言った言葉にクスクス笑いながら、

[017]わたしは堺さんの点滴ボトルを手に取った。

[018]そう。

[019]堺さんは嫌味を言うけれど、

[020]その嫌味に対して言い返しちゃだめだと気づいたのは

[021]いつだったっけ。

[022]言い返すんじゃなくて、

[023]嫌味を言う気持ちごと受け止めてあげればいいんだって

[024]そう考えるようになってから、

[025]堺さんとの付き合い方が楽になった気がする。

[026]もしかしたら、堺さんは

[027]嫌味を言いたくて言ってる訳じゃないのかもしれない。

[028]ある日、お風呂の中でふとそう思ったの。

[029]堺さんが胸の内に抱えてて、

[030]誰にも言えないどうしようもない気持ちが

[031]あんな鋭い嫌味を言わせているのかもしれない。

[032]そう考えたら、

[033]嫌味を言いまくる堺さんが

[034]なんだか切なくなってしまったの。

[035]だから、その嫌味の裏側に隠された

[036]堺さんの言えない気持ちごと

[037]受け止めてあげようって思ったんだ……。

[038]あれ?

[039]返事がない。

[040]いないのかな?

[041]そっとドアを開けて

[042]中を覗いてみる。

[043]【かおり】

[044]「堺さーん、

[045] 点滴の交換に来ましたよー?」

[046]【かおり】

[047]「あれ?

[048] いない……」

[049]どこに行ったんだろう?

[050]    「わたしのことなんか

[051]     放っておけばいいのに、

[052]     わざわざ面倒なことをしようとして」

[053]……あ、屋上!

[054]取り敢えず、屋上に行ってみよう!

[055]屋上にいなかったら……、

[056]それは後で考えよう。

[057]よいしょ……。

[058]あ……いた!

[059]つくしちゃんも一緒なんだね!

[060]堺さんったら、すっかり懐かれちゃって。

[061]邪魔するのは悪いから、

[062]ちょっと見ていようかな。

[063]【つくし】

[064]「……だから、……で、

[065] さゆりお姉ちゃんにも

[066] 貸してあげるね!」

[067]【さゆり】

[068]「うわぁ、可愛いわねー。

[069] 貸してくれるの?」

[070]つくしちゃんは

[071]袋に入った帽子のようなものを

[072]堺さんに差し出していた。

[073]何だろう……、

[074]ここからじゃよく見えない……。

[075]【つくし】

[076]「うん!

[077] おすそ分け!

[078] パパに買ってもらったの!」

[079]【さゆり】

[080]「買ってもらったばかりのそんな大事なものを

[081] わたしに貸してくれるの?」

[082]【つくし】

[083]「うん! おすそ分けなの!

[084] さゆりお姉ちゃんは

[085] わたしの大切なお姉ちゃんだもの!」

[086]【つくし】

[087]「わたしはひとりっこだから

[088] お姉ちゃんができたら大事にしようって

[089] ずっと思ってたんだ〜!」

[090]うん?

[091]お姉ちゃんができたら?

[092]つくしちゃんったら、

[093]意味わかって言ってるのかな?

[094]【つくし】

[095]「じゃあ、

[096] わたしがかぶらせてあげるね!」

[097]帽子のようなものが堺さんの頭に乗せられ……。

[098]って、え……!?

[099]ネ、ネコミミ!?

[100]【さゆり】

[101]「うふ。

[102] 可愛いにゃん?」

[103]!!!

[104]今、にゃんって言った!?

[105]堺さんが……、あの堺さんが

[106]『可愛いにゃん?』、って!?

[107]【つくし】

[108]「うん、可愛い!

[109] やっぱり思った通りね、よく似合ってるよ!」

[110]【さゆり】

[111]「嬉しいにゃん」

[112]よ、予想外すぎる……!

[113]堺さんって、

[114]素直になったら

[115]こんなに可愛いんだ……!

[116]……あ、可愛さのあまり

[117]ちょっとめまいが……。

[118]お、落ち着かなきゃ、わたし!

[119]えっと、

[120]何か難しいことを考えたら

[121]落ち着けるかな。

[122]えっと、めまい、めまい……、

[123]医療用語で『げんうん』、

[124]漢字で書くと『眩暈』……。

[125]お、お、落ち着け、わたし!

[126]今のわたしの血中アドレナリン濃度、

[127]きっと上がってるわよね!

[128]アドレナリンを出している

[129]わたしの副腎髄質、ちょっと働きを抑えて!!

[130]ああ、アドレナリンの作用は

[131]心拍数増大、瞳孔散大、

[132]末梢血管収縮、えっとそれから……。

[133]うわわん、

[134]頭が働かないよぅ!

[135]【さゆり】

[136]「にゃーん、

[137] 眠くなってきたにゃん。

[138] 甘えていいかにゃん?」

[139]【つくし】

[140]「いいよ、

[141] お膝にどうぞ」

[142]!!

[143]堺さんがつくしちゃんの膝枕に

[144]寝転がった。

[145]堺さんったら、気を遣って、

[146]頭の重さがつくしちゃんの足にかからないように

[147]腕で支えてる。

[148]堺さん、優しいなぁ……、

[149]可愛いなぁ……。

[150]はっ、そうじゃなくて!!

[151]【さゆり】

[152]「っ!!」

[153]寝転がった堺さんがビクッとした。

[154]堺さんがわたしをじっと見てる。

[155]気まずそうに目を伏せる堺さん。

[156]どうしよう……わたしもヒジョーに気まずいんですが。

[157]【つくし】

[158]「ん? どしたの?

[159] 誰かいるの?」

[160]堺さんの視線に気づいたらしく

[161]つくしちゃんがわたしを見た。

[162]【つくし】

[163]「あー、看護婦さんだー。

[164] 看護婦さんも一緒に遊ぼ?」

[165]【かおり】

[166]「え、えっと……」

[167]断るのも気が引けるし、

[168]わたしは愛想笑いを浮かべて

[169]ふたりに近づく。

[170]【かおり】

[171]「あ……じゃあ、

[172] お言葉に甘えて……」

[173]モゾモゾと堺さんが起き上がる。

[174]やっぱり

[175]わたしと目を合わせてくれない。

[176]横になったからか、

[177]少しずれたネコミミが気になる……。

[178]【つくし】

[179]「えー、もう起きちゃうの?

[180] もっと寝ててもいいのに」

[181]【さゆり】

[182]「え……うん、

[183] 目が冴えちゃったから……」

[184]【つくし】

[185]「にゃん!」

[186]【さゆり】

[187]「め、目が冴えちゃったにゃん……」

[188]…………。

[189]えと……、

[190]可愛いんだけど、何となく

[191]いたたまれない気分になってきちゃったのは

[192]どうしてだろう?

[193]なんだか、ごめんね、という気分になってしまう。

[194]【つくし】

[195]「ほらー、

[196] 耳がずれてるよー?

[197] ちゃんとしなきゃ」

[198]【さゆり】

[199]「にゃ、にゃん……」

[200]つくしちゃんが

[201]堺さんのネコミミを直してあげている。

[202]え、えっと、

[203]何か話さなきゃ……。

[204]【かおり】

[205]「つくしちゃん、そのお帽子、

[206] パパに買ってもらったんだって?」

[207]【さゆり】

[208]「ちょっ……!!

[209] あなた、立ち聞きしていたの!?」

[210]真っ赤な顔のまま、

[211]堺さんがわたしを怒鳴りつけた。

[212]それで初めて

[213]わたしは自分が立ち聞きしていたことを

[214]自己申告しちゃったことに気づいた。

[215]【かおり】

[216]「え……っと、

[217] あ、の……、ごめんなさい」

[218]【さゆり】

[219]「信じられないわ、

[220] 立ち聞きするなんて!」

[221]【つくし】

[222]「もー、さゆりお姉ちゃん!

[223] ダメでしょ、看護婦さんは

[224] わたしにきいてるんだよー?」

[225]【さゆり】

[226]「あ、ごめんなさい」

[227]堺さん……、

[228]つくしちゃんには素直なのね。

[229]【つくし】

[230]「ねーねー、

[231] 看護婦さんもネコミミつける?」

[232]え!?

[233]わたしが!?

[234]【かおり】

[235]「えー、わたしはいいよ」

[236]【つくし】

[237]「そんな遠慮しないで。

[238] さゆりお姉ちゃん、看護婦さんに

[239] ネコミミつけてあげて」

[240]つくしちゃんの言葉に

[241]堺さんは自分の頭のネコミミを外した。

[242]そして、

[243]憮然とした表情で

[244]ネコミミをわたしに差し出してくれる。

[245]もちろん、視線は逸らしたまま。

[246]【さゆり】

[247]「……どうぞ」

[248]【つくし】

[249]「んもう、どうぞじゃなくて

[250] さゆりお姉ちゃんが看護婦さんに

[251] つけてあげるの!」

[252]【つくし】

[253]「さゆりお姉ちゃんの方が先に

[254] わたしのお姉ちゃんになったんだから、

[255] 看護婦さんに優しくしなきゃダメでしょ!」

[256]つくしちゃんに叱られて

[257]堺さんは微妙な表情を浮かべた。

[258]わたしも微妙な顔をする。

[259]ネコミミ……。

[260]白衣にネコミミ……。

[261]しかも、それをつけてくれるのが堺さん……。

[262]【さゆり】

[263]「……なんでわたしが……」

[264]うん、激しく同意……。

[265]楽しそうなつくしちゃんの手前、

[266]口にはできないけど。

[267]頭の上に

[268]ネコミミが乗せられる。

[269]【さゆり】

[270]「…………」

[271]わたしを見た堺さんが

[272]真っ赤になった。

[273]え、何なの、その反応!?

[274]>

[275]【つくし】

[276]「やーん、可愛い!

[277] ね、さゆりお姉ちゃん!

[278] 看護婦さん、可愛いよねぇ!」

[279]つくしちゃんの賞賛の言葉に、

[280]堺さんはわたしから視線を逸らせて言った。

[281]【さゆり】

[282]「そ、そうね……」

[283]ねぇ、それって

[284]堺さんのその反応って

[285]どういう意味!?

[286]わたし、可愛くないってこと!?

[287]直視できないほど可愛くないから

[288]視線を逸らしてるってこと!?

[289]か、鏡を見たい!

[290]自分自身の姿をチェックしたい!

[291]ああ、でも、

[292]こんな自分の姿は見たくないかも!

[293]誰か助けてー!!

[294]つくしちゃんと堺さんは

[295]本当に仲がいい。

[296]ふたりで仲良く話している場面は

[297]微笑ましい。

[298]……微笑ましいんだけど……。

[299]わたしの頭に

[300]ネコミミが乗っていないかのように

[301]進んでいく会話……。

[302]しかも、堺さんは

[303]わたしを見ないようにしている。

[304]つくしちゃんは

[305]堺さんがわたしから目を逸らしていることに

[306]気づいてないみたいだけど。

[307]うーん……、やっぱり地味にへこむよね、

[308]堺さんのこの対応って。

[309]いつものことといえば、いつものことなんだけど。

[310]【さゆり】

[311]「あ、今、何時?」

[312]言われて、わたしは

[313]自分の腕時計を見る。

[314]【かおり】

[315]「十四時……二時を過ぎたところかな」

[316]看護師やってると、

[317]二十四時間表記で言っちゃうのよね。

[318]つくしちゃんにもわかるように

[319]二時って言い直したけど。

[320]【さゆり】

[321]「つくしちゃん、

[322] そろそろ検査の時間でしょ」

[323]あ、そうか……。

[324]つくしちゃん、今日は検査で、

[325]一日血糖が入ってたよね。

[326]一日血糖っていう検査は、

[327]朝昼晩の食事の前と食後二時間、

[328]そして、睡眠前の、合計七回の採血と

[329]五回の採尿が行われるの。

[330]ターゲスとも言われるこの検査は

[331]血糖値の一日変動を見ることで

[332]糖尿病の確定診断や治療に役立てることが

[333]できるんだけど……。

[334]こんな小さいのに、

[335]毎回、針を刺されるなんて、可哀想……。

[336]【つくし】

[337]「えー、まだ遊びたいよぅ!」

[338]【さゆり】

[339]「ダメだよ、つくしちゃん。

[340] 今日は検査なんだから、

[341] ちゃんと検査受けなきゃ退院できないよ?」

[342]【さゆり】

[343]「つくしちゃんは早く退院して、

[344] お仕事から帰ってきた

[345] パパの肩を叩いてあげるんでしょう?」

[346]【つくし】

[347]「うー……」

[348]つくしちゃん、

[349]ちょっと涙目になっている。

[350]堺さんの言葉は優しいけれど、

[351]こんな風に理詰めで逃げ場を塞がれちゃうと

[352]つくしちゃんも反論しようがないよね。

[353]【さゆり】

[354]「また遊んであげるから。

[355] そうだ、今度はつくしちゃんの好きな

[356] ご本、読んであげようか?」

[357]【つくし】

[358]「うー……、

[359] 白雪姫がいい。

[360] 白雪姫、読んでくれる?」

[361]【さゆり】

[362]「お安いご用ですよ、お姫様」

[363]【さゆり】

[364]「検査をしない悪い姫は

[365] この悪い魔法使いのババが眠らせちまうよ?」

[366]【つくし】

[367]「きゃー!

[368] 魔法使いのおばあさんだー!」

[369]つくしちゃんが

[370]ぴょんと立ち上がった。

[371]【つくし】

[372]「しようがないなぁ。

[373] さゆりお姉ちゃんを困らせたくないから

[374] わたし、お部屋に戻るね!」

[375]……すごいなぁ、堺さん。

[376]つくしちゃんを

[377]検査に向かわせる気にさせるなんて。

[378]【さゆり】

[379]「あ、待って!」

[380]呼び止めた堺さんは

[381]わたしの頭の上のネコミミを取り上げて、

[382]つくしちゃんの頭にちょこんと乗せた。

[383]【さゆり】

[384]「やっぱりパパの愛情かな、

[385] つくしちゃんが一番、似合ってるよ」

[386]【つくし】

[387]「当然でしょ?」

[388]自慢げに、その場でくるっと回って

[389]つくしちゃんがポーズをつける。

[390]【つくし】

[391]「じゃあ、またね、看護婦さん!

[392] さゆりお姉ちゃん、

[393] 約束忘れちゃダメだよー?」

[394]そのまま、手を振って

[395]つくしちゃんは走り去っていった。

[396]後に残されたのは

[397]わたしと堺さん。

[398]気持ちのいい風が吹いている。

[399]えと……、

[400]何か話しかけた方がいい……よね?

[401]でも、何て話しかけようか……。

[402]【さゆり】

[403]「……子どもっていいな、

[404] 純粋で、無邪気で……」

[405]堺さんの言葉に、

[406]わたしは無言でうなずいた。

[407]【さゆり】

[408]「わたし、小児科のナースになるのが

[409] ずっと夢だったんです」

[410]【かおり】

[411]「え?」

[412]意外だった。

[413]堺さんだったら

[414]どこの科でも何の問題もなさそうなのに。

[415]【さゆり】

[416]「そんな意外そうな顔、しないで……」

[417]【かおり】

[418]「え、そんなことは……」

[419]【さゆり】

[420]「いくらわたしでも

[421] 子ども相手にイジワルはしません」

[422]うーん、

[423]そういうことを考えたわけじゃないんだけど。

[424]子どもを前にすると

[425]堺さんがあんなに優しい顔をするなんて

[426]思わなかっただけで。

[427]というか、

[428]堺さんが意地の悪いことを言うのは

[429]わたしや、なぎさ先輩限定だもんね。

[430]本当は、優しい子なんだよね……、

[431]不器用なだけで。

[432]【さゆり】

[433]「これはわたしの独り言で、

[434] あなたは立ち聞きしているだけ」

[435]【かおり】

[436]「え……?」

[437]一瞬、意味がわからずに

[438]反論しようとしたけれど。

[439]ハッとして、

[440]思いとどまった。

[441]黙って聞いてほしい。

[442]堺さんの横顔が

[443]そう言ってたように見えたから。

[444]だからわたしは、わたしの直感に従って、黙ったまま、

[445]堺さんから視線を外して、

[446]空を見上げることにした。

[447]【さゆり】

[448]「去年、小児科に実習に行ったの」

[449]【さゆり】

[450]「わたしの担当になった子は喘息児だったわ。

[451] ちょっと生意気な小学生の女の子だった」

[452]【さゆり】

[453]「二人部屋の子だったの。

[454] で、相部屋の子が脳腫瘍の子。六歳児よ」

[455]【さゆり】

[456]「脳の奥深くの難しい場所に腫瘍ができていて、

[457] 手術しても、摘出できるかどうかだけでなく

[458] 手術室から戻ってくるのも厳しいという話だった」

[459]【さゆり】

[460]「担当じゃなかったけど、担当患児の相部屋だし、

[461] その脳腫瘍の子ともしゃべったの。

[462] すごくいい子だった……」

[463]【さゆり】

[464]「お父さんが好きで、お母さんが好きで、

[465] 可愛い弟がいて……。

[466] それをね、すごく幸せそうに話すの」

[467]【さゆり】

[468]「わたしにもすごくなついてくれて、

[469] 舌っ足らずにしゃべる、その喋り方が可愛い子だった。

[470] その喋り方は呂律障害だったのかもしれないけど」

[471]【さゆり】

[472]「ある日、その子の手術が決まったの。 看護師さんの

[473] 話を聞いていた限りでは、そのまま脳腫瘍が

[474] 大きくなるまで経過観察だと思ってたのに」

[475]【さゆり】

[476]「難しい手術だって、みんなわかってた。

[477] 手術室に入れば、生きて出られる可能性が低いことも

[478] 十分にムンテラされたはず」

[479]【さゆり】

[480]「それでも、家族は手術同意書にサインをしたの。

[481] わたしは思ったわ、

[482] あの子は家族に見捨てられたんだって」

[483]【かおり】

[484]「……それで……

[485] その子は、どうなったの……?」

[486]【さゆり】

[487]「…………」

[488]堺さんは

[489]かなしそうにフッと笑った。

[490]【さゆり】

[491]「案の定、術中死」

[492]【かおり】

[493]「!!」

[494]【さゆり】

[495]「エンゼルケアの済んだ霊安室で

[496] 泣き崩れていたあの子の両親に向かって、

[497] わたし、暴言を吐いたの」

[498]【さゆり】

[499]「『手術なんかしなければ、

[500] この子はもっと長生きできたのに』って」

[501]……堺さんの悲しみが流れ込んでくる。

[502]わかるよ、堺さん。

[503]幼くして亡くなった子が

[504]可哀想で仕方がなかったんだね……。

[505]【さゆり】

[506]「後で、看護師さんに叱られたわ。

[507] 子どもを亡くして嘆いている人に

[508] 言うべき言葉ではなかった、って」

[509]風が、優しく吹いている。

[510]堺さんが泣いている気がして、

[511]わたしはそっと堺さんから視線を逸らして

[512]向こうに広がる水平線を見た。

[513]【さゆり】

[514]「実習が終わって、学校経由で

[515] あの子のご両親から手紙をいただいたの」

[516]【さゆり】

[517]「……お礼の手紙、だった」

[518]【かおり】

[519]「…………」

[520]【さゆり】

[521]「あの子と仲良くしてくれてありがとう、

[522] 短い一生だったのに、自分の立場を省みず

[523] 怒りをぶつけてくれた『友達』がいて嬉しい」

[524]【さゆり】

[525]「……手紙には、そんなことが書いてあったの。

[526] わたし……恥ずかしかった」

[527]【さゆり】

[528]「わたしはね、あの両親が

[529] あの子を見捨てたんだって思ってたの。

[530] でも……違ってたの」

[531]【さゆり】

[532]「鎮痛剤が効いていたから知らなかったけれど、

[533] あの子、腫瘍の痛みに耐えていて、ご両親は

[534] 痛みに耐えるわが子を見ていられなかった」

[535]【さゆり】

[536]「だから、痛みを取ってやりたくて、

[537] たとえわずかな可能性しかなくても、

[538] その可能性に賭けたのよ」

[539]【かおり】

[540]「…………」

[541]【さゆり】

[542]「結果は、術中死。

[543] きっとご両親は自分たちを責めていたはず。

[544] そこへ、わたしが暴言を吐いた……」

[545]【さゆり】

[546]「なのに、怒るどころか、

[547] 『娘のために怒ってくれてありがとう』なんて、

[548] わたし、どんな顔をすればいいのよ」

[549]そうか……、

[550]その親御さんを無駄に傷つけてしまったことが、

[551]堺さんのトラウマになってるんだね……。

[552]傷ついたんだ、堺さん……。

[553]【さゆり】

[554]「まだ六歳だった。

[555] あの子は何のために、この世に生を受けたんだろう。

[556] そう思うとやりきれなかったけれど……」

[557]【さゆり】

[558]「ある日、違う、そうじゃないって思ったの。

[559] 短い命だったかもしれないけれど、

[560] あの子は生まれてきて幸せだったはずだって」

[561]【さゆり】

[562]「あの子は両親に愛されて、弟にも愛されて、

[563] 入院先のスタッフにも愛されていた。

[564] 人生が短くても、だからって不幸なわけじゃない」

[565]【さゆり】

[566]「病気になってしまった子に罪はない。

[567] 運が悪かっただけで、

[568] 誰が悪いわけでもない……」

[569]【さゆり】

[570]「だから、わたしは考えたの。

[571] 小児科のナースになって、

[572] 子どもたちの笑顔を守ってあげようって」

[573]【さゆり】

[574]「助からない病気だったとしても、

[575] 生まれてきて良かったと思えるような

[576] 最期の場所にしてあげようって……」

[577]そっと堺さんを抱きしめる。

[578]腕の中で堺さんはビクッとした。

[579]その反応で、わたしも我に返る。

[580]わたしが堺さんを抱きしめるなんて……。

[581]【さゆり】

[582]「……同情してるつもりですか」

[583]【かおり】

[584]「そんなんじゃないよ。

[585] でも……」

[586]【さゆり】

[587]「でも、何ですか?」

[588]【かおり】

[589]「抱きしめてあげたいって。

[590] ……そう思ったの」

[591]【さゆり】

[592]「…………」

[593]そっと堺さんが

[594]わたしの肩を押した。

[595]腕を緩めると、

[596]堺さんがわたしから離れる。

[597]……また顔が真っ赤になってる。

[598]【さゆり】

[599]「今の話は、あなたが勝手に

[600] わたしの独り言を聞いただけですから」

[601]意地っ張りな堺さん。

[602]やっぱり、本当は

[603]とても優しい女の子なのね。

[604]関わった患児の死に、

[605]こんなに傷ついている。

[606]堺さんが意地の悪いことを言うのは、

[607]優しすぎる自分を守るために

[608]周囲に対して尖った対応をしてるだけなのかも。

[609]【かおり】

[610]「うん、

[611] 最初からそういうことだったもんね」

[612]胸の中で小さく笑う。

[613]堺さんが思ってること、

[614]感じていること、

[615]……もっと知りたい。

[616]でも、焦ってはダメ。

[617]もっと堺さんの信頼を得てからでないと……。

white_robe_love_syndrome/scr00501.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)