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white_robe_love_syndrome:scr00423

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[001]【かおり】

[002]「うぅ〜〜〜〜ん……」

[003]記録も早く上がったし、

[004]特に何もすることがない、珍しい午後。

[005]これから薬剤部から

[006]明日の分の点滴が上がってくる十五時くらいまで

[007]ちょっと暇かも。

[008]かといって、

[009]患者さんの部屋でコミュニケーションを、というほど

[010]時間の余裕はないんだよね。

[011]大抵の患者さんは暇を持て余してるから、

[012]ここぞとばかりに長話になっちゃうし……。

[013]【はつみ】

[014]「戻りました。

[015] ……あら、沢井さんだけ?」

[016]【かおり】

[017]「あ、はい。

[018] なぎさ先輩は306号室の子供たちに捕まってて、

[019] その間に、熱型表だけでもと思って」

[020]なぎさ先輩の分だけでなく、

[021]他の看護師さんたちの残してあるメモを見ながら、

[022]病棟全員分の熱型表をつけてみた。

[023]意外と面倒なんだよね、

[024]熱型表つけるのって。

[025]わたしにできることなんて、まだまだ少ないから、

[026]こうして雑用をこなすことで

[027]他の先輩看護師さんたちをフォローできればって思う。

[028]【はつみ】

[029]「そう、

[030] いい心がけね」

[031]主任さんは軽く頷いただけで、

[032]さっさと定位置のドクターデスクについて

[033]何か伝票を書き始めた。

[034]【かおり】

[035]「…………」

[036]ううっ、

[037]こうして主任さんとふたりきりで詰所にいると

[038]何だかキンチョーする。

[039]べ、別に苦手とか嫌いとか

[040]そういうわけじゃないんだけど、

[041]白衣を着た主任さんって近寄りがたいっていうか、

[042]背中を向けてても威圧感があるっていうか……。

[043]【かおり】

[044]「あっ、あのっ、

[045] わたし、ちょっと

[046] なぎさ先輩の様子を見てきますね」

[047]【はつみ】

[048]「ええ、いってらっしゃい」

[049]【かおり】

[050]「……っぷはぁ」

[051]詰所を出て、

[052]思わず大きく息を吐き出した。

[053]ホント、なんであんなに

[054]プレッシャー感じちゃうのかな、

[055]私服の主任さんは、そんな感じしないのに。

[056]ふと、視線を感じて、

[057]廊下の奥の方を見た。

[058]一番奥の個室のドアから、

[059]ぴょこんと小さな顔が出ている。

[060]【かおり】

[061]「あ……」

[062]主任さんから『難しい患者さん』と言われてる

[063]不思議な子、まゆきちゃんが

[064]じっとこちらを見ていた。

[065]主任さんが警戒するほど

[066]まゆきちゃんが難しい患者さんなのかは

[067]いまだに良くわからない。

[068]けど、時々、こんな風にわたしがひとりでいる時に

[069]小さくドアを開けては、

[070]警戒しながらも、何かもの言いたげに

[071]こちらを見ていることがある。

[072]【かおり】

[073]「……ん、じゃあ、

[074] まゆきちゃんとコミュニケーション

[075] してこよっかな」

[076]微笑みを浮かべて近寄ってくと、

[077]まゆきちゃんは周囲をうかがうような仕草をした。

[078]【まゆき】

[079]「……おまえひとりか?」

[080]【かおり】

[081]「え……、

[082] うん、そうだけど?」

[083]【まゆき】

[084]「なら、早く入れ」

[085]素早く手を引かれて、

[086]部屋の中に引き入れられる。

[087]【まゆき】

[088]「今日はどうした。

[089] いつもなら、詰所に篭っている時間だろう」

[090]【かおり】

[091]「うん、記録が早く上がって、

[092] ちょっと患者さんたちの様子でも

[093] 見てこようかなって思って」

[094]【まゆき】

[095]「患者さん『たち』?

[096] たしか、おまえの担当患者は

[097] ひとりだけだったのではなかったか?」

[098]う……っ、

[099]まゆきちゃん、痛いところを突いてくるなぁ。

[100]しかも、わたしの担当患者さんまで知ってるなんて、

[101]さすが患者さん同士の情報網は

[102]侮れないってところか……。

[103]【かおり】

[104]「うん……、わ、わたしが担当してる患者さんは、

[105] わたしが顔を見せると怒ると思うから……

[106] だから他の患者さんたちを見てこようかと……」

[107]【まゆき】

[108]「なんだ、おまえ、

[109] 嫌われているのか」

[110]【かおり】

[111]「ふぐっ……!」

[112]ぐさっと来た。

[113]予想してなかったところに

[114]ストレートに言われると、傷つくなぁ。

[115]【まゆき】

[116]「仕事とはいえ、人間同士のことだ、

[117] 気の合う者もいれば、気の合わない者もいる。

[118] そう気にしないことだ」

[119]これって、もしかして慰められてる……?

[120]【かおり】

[121]「そ、そうだよね……」

[122]こんなに小さい子にまで慰められるなんて、

[123]わたしって、立場ないなぁ。

[124]【まゆき】

[125]「…………」

[126]あれ?

[127]ノックの音に

[128]まゆきちゃんは何故か嫌そうな顔をしてる。

[129]【かおり】

[130]「まゆきちゃん?」

[131]【まゆき】

[132]「放っておけ」

[133]【かおり】

[134]「そうは言っても……」

[135]【かおり】

[136]「はーい!」

[137]まゆきちゃんが嫌そうな顔をしてるのは気になったけど、

[138]誰が来たのかわからない以上、

[139]ノックを無視するなんてできないし。

[140]わたしの返事に、そっとドアが開けられる。

[141]【かおり】

[142]「あ、あみちゃん!?」

[143]【あみ】

[144]「えへ。

[145] かおりんさんが若本さんの部屋に

[146] 入ってくのが見えて……来ちゃった」

[147]屈託なく笑う、あみちゃん。

[148]一方のまゆきちゃんは、というと、

[149]本当に嫌そうな顔で、そっぽを向いている。

[150]【あみ】

[151]「こうして面と向かってお話するのは初めてだよね!

[152] かおりんさんのおかげで、

[153] やっとこうしてゆっくりお話できるね!」

[154]ん?

[155]わたしのお陰?

[156]っていうことは、

[157]あみちゃんは何度かまゆきちゃんと

[158]話をしようとしてたってこと?

[159]【あみ】

[160]「改めまして、初めまして!

[161] わたし、306に入院してる浅田あみって言うの!

[162] よろしくね」

[163]笑顔であみちゃんが手を差し出してくる。

[164]【まゆき】

[165]「…………」

[166]まゆきちゃんは視線を反らしたまま、

[167]あみちゃんの差し出した手を

[168]握ろうとする様子もない。

[169]仕方がなくあみちゃんも

[170]差し出した手を引っ込める。

[171]【あみ】

[172]「わたしね、ずっと気になってたの。

[173] 310に入院してる若本さんって子は、

[174] わたしがこの病院にお世話になる前からいるって」

[175]【あみ】

[176]「ね、

[177] 個室にひとりでいるのってさみしくない?」

[178]【まゆき】

[179]「……別に」

[180]【あみ】

[181]「人見知りしてるのかな?

[182] 恥ずかしがらなくても大丈夫だよ?」

[183]【まゆき】

[184]「…………」

[185]【あみ】

[186]「ひとりでいると退屈だよね。

[187] わたしで良ければ、時々、遊びに来るね!」

[188]【まゆき】

[189]「いや、いい」

[190]【あみ】

[191]「そういえば、若本さん……まゆきちゃん、だっけ。

[192] あ、そうだ!

[193] 可愛いあだ名、考えてあげなきゃ!」

[194]【かおり】

[195]「え」

[196]思わず声が出た。

[197]あみちゃん……。

[198]まゆきちゃんの嫌そうな態度は

[199]全部、スルーなの!?

[200]【あみ】

[201]「そうだなぁ……

[202] まゆきっちゃんってどう?」

[203]【まゆき】

[204]「……ま……まゆきっちゃん……」

[205]【あみ】

[206]「最初はまゆきちちゃんにしようかなって思ったけど、

[207] こんなに可愛い子に『きち』はないかなって」

[208]あみちゃんが言うところの『まゆきっちゃん』は、

[209]ただ不快げに眉間に縦ジワを刻んでいる。

[210]【あみ】

[211]「まゆきっちゃん、小学校では……。

[212] あ、ごめん、ずっと入院してるんだよね。

[213] わたし、勉強教えてあげようか?」

[214]【あみ】

[215]「わたし、こう見えても高校生だし、

[216] 自分で言うのも恥ずかしいけど成績は良いから、

[217] きっとまゆきっちゃんの役に立つよ」

[218]【まゆき】

[219]「勉強は間に合っている」

[220]視線も合わさずに、

[221]まゆきちゃんは冷たく言い放つ。

[222]それでも、あみちゃんは引き下がらない。

[223]【あみ】

[224]「そんなこと言って!

[225] 勉強の成績って子供の間は面倒臭いものだけど、

[226] 社会に出た時の武器になるんだよ?」

[227]【まゆき】

[228]「……結構だ」

[229]【あみ】

[230]「入院してる分、

[231] 同級生より遅れがちになっちゃうから、

[232] 人一倍、勉強しないと……」

[233]【まゆき】

[234]「……う……ううっ!!」

[235]突然、まゆきちゃんが頭を押さえて、

[236]ベッド上でうずくまった。

[237]【かおり】

[238]「ま、まゆきちゃん!?」

[239]【あみ】

[240]「どうしたの!?」

[241]またあの頭痛かも……!?

[242]まゆきちゃんはあみちゃんを心配させないようにか、

[243]追い払うような素振りをしている。

[244]【かおり】

[245]「ごめんね、あみちゃん。

[246] ちょっと遠慮してもらってもいい?」

[247]【あみ】

[248]「あ……はい、ごめんなさい。

[249] わたし……部屋に戻ります」

[250]少しでも楽な姿勢を取らせようと。

[251]まゆきちゃんをベッドに寝かせた。

[252]【かおり】

[253]「大丈夫……?」

[254]深呼吸をして、

[255]再び手で頭を撫でてあげる。

[256]今回も効くかどうかわからないけど、

[257]効くことを祈って……!

[258]【まゆき】

[259]「……もういい。

[260] だいぶ治まった」

[261]良かった、

[262]今回も効いてくれたみたい。

[263]【かおり】

[264]「ごめんね、

[265] わたしがあみちゃんを引き入れちゃったような

[266] ものだよね」

[267]【まゆき】

[268]「まったくだ。

[269] だから放っておけと言ったのに」

[270]ふん、と不愉快そうに

[271]まゆきちゃんが鼻を鳴らした。

[272]今後のために、

[273]疑問に思ったことを訊いてみる。

[274]【かおり】

[275]「あの……、

[276] まゆきちゃん……あみちゃんが嫌いなの?」

[277]【まゆき】

[278]「あの娘が嫌いなのではない。

[279] 空気の読めない子供が嫌いなだけだ」

[280]【かおり】

[281]「…………」

[282]うーん、

[283]たしかにあみちゃんは空気を読めないところがあるけど、

[284]今日のあみちゃんは、読めない、というより

[285]最初から読む気がなかったような感じがするなぁ。

[286]っていうか、

[287]まゆきちゃんも子供だよね。

[288]――というツッコミ入れると、

[289]怒り出しそうだから黙っておこう。

[290]どっちにしても、

[291]どうやらまゆきちゃんはあみちゃんが苦手らしい。

[292]それにしても……『まゆきち』……。

[293]あみちゃんは訂正したけど、

[294]個人的にはちょっと可愛くて好きかも。

[295]そんな名前で呼んだら

[296]絶対怒るだろうから呼ばないけど。

white_robe_love_syndrome/scr00423.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)