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white_robe_love_syndrome:scr00419

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[001]【はつみ】

[002]「……はぁ」

[003]朝から主任さんがため息ばかりついている。

[004]どうしたんだろう……?

[005]【はつみ】

[006]「う……」

[007]ナースコールを取ろうとした

[008]主任さんの手が止まってる。

[009]点滅しているランプ、

[010]部屋番号は312!

[011]龍角さんね!

[012]【かおり】

[013]「あ、わたし、行きましょうか?」

[014]【はつみ】

[015]「え!?」

[016]驚いた主任さんが振り向いた拍子に

[017]横からサッとナースコールを取る。

[018]だって、患者さんを待たせるのは悪いしね!

[019]【かおり】

[020]「はい、どうされました?」

[021]【龍角】

[022]「いいから……来てくれ、んかのう?」

[023]【かおり】

[024]「わかりました、伺いますね!」

[025]【はつみ】

[026]「さ、沢井さん……」

[027]【かおり】

[028]「何だかよくわからないけど

[029] 龍角さん、来てくれって言ってるので

[030] わたし、行ってきますね!」

[031]【はつみ】

[032]「え、ちょ……?」

[033]【かおり】

[034]「行ってきます!」

[035]【かおり】

[036]「失礼します、

[037] お呼びですか?」

[038]【龍角】

[039]「おお、待っておった……、

[040] ……何じゃ、新入りか……」

[041]む。

[042]何なの、その態度。

[043]【かおり】

[044]「もー、何ですか?

[045] わたしじゃダメだってことですか?

[046] せっかく来たのに」

[047]ちょっと冗談めかして言ってみる。

[048]龍角さんは

[049]筋の通っていないことにはすごく怒る人だけど、

[050]こちらがちゃんと筋を通せば

[051]いろいろと便宜をはかってくれる。

[052]慣れてしまえば、

[053]気さくな、いいおじいちゃんって感じ。

[054]それなのに……。

[055]【龍角】

[056]「別に、あんたでも……エエん、じゃが、のう……」

[057]しゃべりながら、息が苦しそうにしてる。

[058]状態、明らかに悪くなってるよね。

[059]担当じゃないからカルテや記録を見るのは

[060]遠慮してたけど……。

[061]わたしもこうして

[062]龍角さんの看護に少しでも携わるんなら

[063]やっぱり龍角さんの記録物には

[064]目を通しておいた方がいいかも。

[065]【龍角】

[066]「やっぱり、最高の適任者は

[067] はつみさん、なんじゃ……ゲホゲホ」

[068]あああ、咳まで!!

[069]どうしよう!

[070]背中でもさすってあげればいい?

[071]【かおり】

[072]「主任さんは詰所で仕事があって、

[073] だからわたしが代わりに……」

[074]【龍角】

[075]「そう、じゃろうなぁ。

[076] はつみさん、は、有能じゃ、からなぁ」

[077]うう、龍角さん、

[078]ゼイゼイ言いながらしゃべってる。

[079]そんな無理してしゃべらなくてもいいのに。

[080]【龍角】

[081]「わしの、息子には、娘が、おっての。

[082] その娘がの、これまた

[083] どうしようもない、娘なんじゃ……グホッ」

[084]【かおり】

[085]「りゅ、龍角さん、

[086] 苦しいならしゃべらないで……」

[087]慌てて龍角さんの背中をさする。

[088]少しでも楽になってもらいたくて。

[089]【龍角】

[090]「しゃべらせてくれんか……。

[091] 死んだら、もう、

[092] しゃべれなくなるから、のう」

[093]死んだらしゃべれなくなる……。

[094]その言葉に、思わず手が止まった。

[095]【かおり】

[096]「龍角さん……」

[097]【龍角】

[098]「孫娘は、研究バカで、

[099] 人間、というものに、興味が、ないんじゃ。

[100] おのれも、人間、のくせに、のう」

[101]苦しそうに、何度も区切って

[102]懸命にしゃべる、龍角さん。

[103]わたしは黙って龍角さんの言葉を聴く。

[104]【龍角】

[105]「人間味、あふれる……はつみさん、じゃったら、

[106] あの、バカ娘に、ひとの、ぬくもりを

[107] 教えてくれる、やもしれ、ん……」

[108]【龍角】

[109]「あの……孫娘を、再教育、して……、

[110] バカ娘、を、盛り立てて、くれそうじゃ」

[111]【かおり】

[112]「……盛り立てて……?」

[113]【龍角】

[114]「うちの、グループの、次期総帥の、

[115] 秘書、兼、配偶者に、

[116] はつみさんなら……」

[117]配偶者!?

[118]それに、秘書!?

[119]【???】

[120]「ひとのプライバシーを

[121] ペラペラ話さないでください」

[122]はっ!?

[123]【かおり】

[124]「しゅ、主任さん!?」

[125]いつの間にか、

[126]背後に主任さんが立っていた。

[127]ぜんぜん気配とか感じなかったよ!?

[128]【龍角】

[129]「おおお、はつみさん、かえ。

[130] よぉ来て、くださった、のう……ゲホゲホ」

[131]【はつみ】

[132]「わたしは困っている部下を助けにきたんです。

[133] あなたの孫娘との政略結婚をOKするつもりで

[134] 来たわけではありません」

[135]【龍角】

[136]「つれないのぉ……。

[137] あんたの、冷たさに、

[138] わしゃ、心臓が、止まりそう、じゃ……」

[139]【はつみ】

[140]「それとこれとは話が別です」

[141]【龍角】

[142]「女同士の、結婚を、気にしとる、のか?

[143] その気持ちは、わしも、わからんでもない。

[144] が、わしの、孫娘なら、だいじょ……ゲホゲホ」

[145]【かおり】

[146]「龍角さんっ!」

[147]龍角さんが咳き込んだ。

[148]慌ててその背中をタッピングする。

[149]リズミカルに叩くことで

[150]絡んだ痰を少しでも排出しやすくなるように。

[151]【かおり】

[152]「しゅ、主任さん、

[153] 興奮させてどうするんですか」

[154]目の前で龍角さんが苦しそうにしてるのに

[155]主任さん、冷たいよ!

[156]【はつみ】

[157]「……そういう問題ではないのです。

[158] わたしには、心に決めた相手が

[159] 既にいると申し上げました」

[160]【かおり】

[161]「え!!」

[162]主任さんの言葉に絶句する。

[163]主任さん、婚約者がいたの!?

[164]【はつみ】

[165]「わたしはまだまだ若輩者で、

[166] 看護の道を究めるのに精一杯なんです、

[167] 恋なんてしている暇はありません」

[168]【龍角】

[169]「……潤いがない、のう」

[170]【はつみ】

[171]「潤いなんていりません。

[172] 恋も愛も、わたしには不要です。

[173] それがわたしの選んだ人生ですから」

[174]【はつみ】

[175]「わたしの恋人は仕事です」

[176]きっぱり言い切った主任さん……。

[177]……なんだか、カッコイイ、な。

[178]でも……、

[179]恋愛が不要だなんて、少しさみしい。

[180]気がつくと

[181]主任さんがわたしの背中に回っていた。

[182]【はつみ】

[183]「では、失礼いたします。

[184] 秘書の方から、もうすぐいらっしゃると

[185] 連絡がありましたよ」

[186]主任さんに背中を押され、

[187]一緒に病室を出ようとした。

[188]【龍角】

[189]「沢井さん、と、いったかの?」

[190]【かおり】

[191]「はい?」

[192]【龍角】

[193]「あんたに、さすって、もらって、

[194] 少し、楽になった……。

[195] つき合わせて、悪かった……な」

[196]【龍角】

[197]「あんたの、その優しさ、

[198] 失くさんように、頑張るんじゃ、ぞ」

[199]苦しそうな息の下、

[200]それでも、龍角さんが笑ってくれる。

[201]【かおり】

[202]「……はい」

[203]少し、泣きそうになった。

[204]優しい、おじいちゃん。

[205]遺してゆく孫娘の心配をして、

[206]しゃべるのも苦しい状態で、主任さんを頼って、

[207]わたしみたいな新入りに気持ちを伝えて。

[208]【はつみ】

[209]「……驚いたでしょう?」

[210]【かおり】

[211]「はい、驚きました」

[212]浮かんだ涙をさりげなく拭いて、

[213]主任さんを見上げた。

[214]まさか主任さんに

[215]結婚話が持ち上がっていたなんて。

[216]【はつみ】

[217]「半年ほど前だったかしら、

[218] 看護部長からの呼び出しで食事会に行ったの。

[219] そこにね、龍角さんの孫娘がいたのよ」

[220]【かおり】

[221]「それって……」

[222]【はつみ】

[223]「職業人として魅力的な女性だったわ。

[224] けれど、親友以上にはなれそうもない。

[225] ……それが、仕組まれた食事会の感想よ」

[226]クスッと主任さんが笑った。

[227]【はつみ】

[228]「沢井さんがわたしの立場だったら、どうする?」

[229]【かおり】

[230]「え?」

[231]【はつみ】

[232]「龍角さんはこの病院のスポンサーでもある人よ。

[233] そんな人の身内とお見合いを設定され、

[234] 参加は院長と看護部長からの命令だった」

[235]【はつみ】

[236]「あなただったら、どうする?」

[237]主任さんの質問に息を呑む。

[238]今のわたしなら、ありえない話だけど。

[239]でも、今後、

[240]絶対に出てこないとは言い切れない話で……。

[241]【かおり】

[242]「……わたしだったら」

[243]少し考えて、

[244]自分の結論を口にする。

[245]押し切られて結婚しちゃうかも

[246]土壇場で逃げる、かな

[247]【かおり】

[248]「きっと、押し切られて

[249] そのまま結婚しちゃいそうです」

[250]だって、わたし、

[251]何だかんだで押しに弱い性格だもの。

[252]そういうの、

[253]絶対に断りきれないよ。

[254]【かおり】

[255]「でも……悪いことばかりじゃ

[256] なさそうですよね」

[257]【はつみ】

[258]「たとえば?」

[259]【かおり】

[260]「うーん……、龍角さんって

[261] お金持ちじゃないですか。

[262] 開き直って、玉の輿を気取るのもいいかも」

[263]【はつみ】

[264]「……忘れてちょうだい」

[265]【かおり】

[266]「はい?」

[267]【はつみ】

[268]「……あなたに訊いたわたしが

[269] バカだったわ……」

[270]そ、そんなぁ〜。

[271]【かおり】

[272]「土壇場で逃げる、かな。

[273] 卑怯だけど……それ以外の方法がないなら

[274] 仕方がないかも、です」

[275]ぎりぎりまで逃げ道は探すけど

[276]わたし、自分でもどんくさいのがわかってるから、

[277]何だかんだで、自分の意思を押し通すのは

[278]きっと無理そうだもの。

[279]だったら、卑怯だけど、

[280]いろんな人に迷惑かけちゃうけど、

[281]土壇場で逃げるしかないかな。

[282]【はつみ】

[283]「……逃げちゃうの?」

[284]【かおり】

[285]「だって……」

[286]からかうように言われて、

[287]サッと頬が熱くなる。

[288]他に言いようがなかったのかな、わたし!

[289]【かおり】

[290]「一緒になるなら好きな人がいいです。

[291] 恋をした相手と、ずっと一緒にいたいですから!」

[292]そう言い切ったら

[293]主任さんが驚いたような顔をしていた。

[294]それから、ふっとさみしそうに笑った。

[295]【はつみ】

[296]「……恋、か……。

[297] 若いのね、あなたは」

[298]どういう意味だろう?

[299]恋をした相手とずっと一緒にいたいって思うことは

[300]若さゆえの考えだと、そう主任さんは思ってるの?

[301]……うう、気まずい……。

[302]話題、変えなきゃ!

[303]【かおり】

[304]「で、でも、先方の孫娘さんも研究者、わたしは看護師!

[305] ふたりとも手に職があるから、

[306] 逃げても大丈夫ですよね!」

[307]【はつみ】

[308]「何が大丈夫なの?」

[309]【かおり】

[310]「え……、職場に居づらくなったところで、

[311] 辞めちゃっても平気かなーって……」

[312]【はつみ】

[313]「……そういう考えもあるわね。

[314] 褒められはしないけど」

[315]【はつみ】

[316]「さ、無駄話はこのへんにして。

[317] 勤務時間はまだ終わっていないわよ?」

[318]主任さんに軽く肩を叩かれた。

[319]この話はこれでおしまい、ということね。

[320]【かおり】

[321]「はい」

white_robe_love_syndrome/scr00419.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)