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white_robe_love_syndrome:scr00416

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[001]めずらしく、今日はトラブルがなかったの。

[002]堺さんも今日はおとなしくて、

[003]とっても平穏な日。

[004]……ただ、バイトナースさんの言っていた

[005]医療用語や略語がわからなくて、

[006]ちょっと恥をかいたくらい、かな。

[007]で、それをみていた主任さんが、

[008]わたしに医療系の略語を

[009]教えてくれることになったの。

[010]【はつみ】

[011]「……というわけで、少し問題を考えてみたの。

[012] さ、解いてみて?」

[013]主任さんから、ペラッと一枚の紙を渡された。

[014]そこには、ずらっと

[015]日本語交じりのアルファベットが

[016]書かれていて……。

[017]【かおり】

[018]「主任さん、これは……」

[019]【はつみ】

[020]「空き時間にリストアップしてみたのよ。

[021] 看護学校では、こういう略語は

[022] 教えてくれないものね」

[023]にっこりと主任さんが微笑む。

[024]【はつみ】

[025]「それにしても、あなたが看護という仕事に

[026] 前向きになってくれるのは、病棟主任として以前に、

[027] 先輩看護師として、とても嬉しいわ」

[028]……この笑顔、

[029]見慣れてなくて、ちょっと照れる。

[030]照れ隠しに、

[031]わたしは手にした紙に視線を走らせたものの……。

[032]【かおり】

[033]「う……?

[034] うう……?」

[035]何ですか、これ?

[036]何の暗号ですか、これ?

[037]こんなの

[038]読める人いるんですか、これ?

[039]【はつみ】

[040]「意味、わかる?」

[041]【かおり】

[042]「……ううぅ、解読不能です。

[043] そもそも暗号にしか見えません」

[044]主任さんがクスッと笑った。

[045]【はつみ】

[046]「いいところに目をつけたわね。

[047] 医療系の略語は、暗号の役割も果たすのよ」

[048]【かおり】

[049]「そうなんですか?」

[050]【はつみ】

[051]「今は情報開示が進んでいるけれど、

[052] 昔は重病……たとえば、がんなどの不治の病は

[053] 本人に告知しなかったでしょう?」

[054]【はつみ】

[055]「どこで誰が聞いているかわからない。

[056] 病名は出せない時でも、専門用語だと

[057] 一般の人はわからないから便利だったのよ」

[058]【はつみ】

[059]「たとえば、MK、これは胃がんの略ね。

[060] ドイツ語のマーゲン・クレブスの略よ」

[061]【かおり】

[062]「Kはがん、というわけですか?」

[063]【はつみ】

[064]「そう、がんの略語は他にもあるのよ。

[065] 英語のキャンサーから取って、

[066] Cと書いたり、Caと書いたりするの」

[067]【かおり】

[068]「へぇ……」

[069]【はつみ】

[070]「これは習うより慣れろという感じね。

[071] 胃がんをMKって書く人もいれば

[072] 胃Caって書く人もいるの」

[073]【はつみ】

[074]「その時はわからなくても、

[075] 用語に触れている内に、気づいたら

[076] わかるようになっていることもあるわね」

[077]【はつみ】

[078]「だから、ここにリストアップした用語を

[079] 無理に今、全て覚える必要はないわ。

[080] その内、勝手に覚えていくものだから」

[081]【はつみ】

[082]「でも、覚えるきっかけになればと思って

[083] リストアップしてみたの。

[084] じゃあ、ひとつひとつ見てみましょうか」

[085]【かおり】

[086]「はい!」

[087]【はつみ】

[088]「あら……、もうこんな時間……」

[089]【かおり】

[090]「す、すみません!

[091] わたし、つい長居しちゃって!!」

[092]【はつみ】

[093]「いいのよ、勉強するのは良いことだわ。

[094] それにわたしも、教えることで

[095] 自分自身の勉強になっているのだし」

[096]【はつみ】

[097]「あ、そうだ!

[098] お腹が減ったでしょう?

[099] ピザでも取る?」

[100]やっぱり主任さん、

[101]詰所にいる時と雰囲気が違う……。

[102]詰所の主任さんは管理職って感じで怖いのに、

[103]お部屋の主任さんは、すごく優しくて、

[104]面倒見の良いお姉さん、って感じ。

[105]【はつみ】

[106]「どれがいい?」

[107]目の前に、宅配ピザのチラシを差し出された。

[108]思わず受け取ってしまい、

[109]チラッと主任さんの顔を見る。

[110]【はつみ】

[111]「何でもいいわよ?

[112] 頑張ったご褒美だと思って

[113] 好きなものを注文しなさい」

[114]主任さんはニコニコしている。

[115]珍しいこの笑顔を

[116]断ることで曇らせたくないな……。

[117]【かおり】

[118]「あ……、じゃあ、

[119] トロピカルのやつを……」

[120]【はつみ】

[121]「了解!」

[122]【かおり】

[123]「あ、あの……、主任さん、

[124] シナモンパウダーとオリーブオイルって

[125] ありますか?」

[126]【はつみ】

[127]「は? シナモン?

[128] ……たしかあったはずだけど……」

[129]【はつみ】

[130]「さぁ、ピザが来たわよ?

[131] 食べましょう?」

[132]結局、主任さんの部屋にあった

[133]シナモンパウダーは固まっていて使えず、

[134]オリーブオイルも怪しい臭いがした。

[135]なので、わたしは

[136]シナモンパウダーとオリーブオイルを

[137]自分の部屋から取ってきて……。

[138]そして!

[139]オリーブオイルとシナモンパウダーを、

[140]届いたばかりの熱々のピザに振り掛ける!

[141]【はつみ】

[142]「……あの、何をしてる……の?」

[143]【かおり】

[144]「こうすると美味しくなるんですよ!」

[145]【はつみ】

[146]「…………」

[147]主任さん、驚いた顔してる。

[148]そうだよね、

[149]この食べ方すると、大抵の人が驚くんだよね。

[150]うー、美味しいのにー。

[151]【はつみ】

[152]「……あなた、昔から

[153] そういう……ピザにシナモンをかけるなんて

[154] 食べ方をしていたの?」

[155]言われて、

[156]わたしは記憶を辿る。

[157]【かおり】

[158]「……うーん……、

[159] よく覚えてませんけど、小学生の頃は

[160] シナモンが苦手だったような気がするなぁ……」

[161]【かおり】

[162]「アップルパイとか、生八つ橋とか

[163] あれってシナモン系じゃないですか。

[164] もう、すっごい嫌いだったんですよね」

[165]【はつみ】

[166]「それなのに、今は大好きなの?」

[167]【かおり】

[168]「そうなんですよ!

[169] 不思議でしょう?」

[170]【かおり】

[171]「事故に遭った後くらいだったかなぁ、

[172] お見舞いでもらったアップルパイが

[173] すっごく美味しくって!!」

[174]そうだった……、

[175]事故の前後の記憶はほとんどないけど、

[176]退院後、誰が持ってきてくれた

[177]アップルパイの味だけは覚えている。

[178]あれから、すっかり

[179]シナモンにハマっちゃったんだよね。

[180]【かおり】

[181]「中学の時は、もうすでにシナモン中毒でした」

[182]【はつみ】

[183]「……そう……、

[184] シナモン中毒、なのね……」

[185]あれ?

[186]何だろう、主任さんが

[187]どこか懐かしそうな目でピザを見ている……。

[188]はっ!

[189]もしかして、主任さん、

[190]シナモン嫌いだったとか!?

[191]【かおり】

[192]「あ、すみません!

[193] わたし、盛大にシナモンパウダー

[194] 振りかけちゃって!!」

[195]【はつみ】

[196]「いいのよ、

[197] わたしもシナモンは嫌いじゃないから」

[198]そう言って、

[199]主任さんはピザを一切れ取り上げた。

[200]【はつみ】

[201]「…………」

[202]主任さんが黙々とピザを食べている。

[203]【かおり】

[204]「…………」

[205]話しかけたいけれど、

[206]何だか、主任さんの食べるのを邪魔するようで、

[207]ちょっと気が引けちゃう……。

[208]うーん、何だかビミョーな空気になっちゃったな。

[209]それにしても、主任さんって

[210]こんなに一心不乱にピザ食べちゃうほど、

[211]ピザが好きなんだなー。

[212]高級料理とかデリバリーしてそうな雰囲気だったけど、

[213]人は見かけによらないものだよね。

[214]こうしてプライベートの主任さんを見るようになって、

[215]主任さんって不思議な人だと思うようになってきた。

[216]最初の内は、ガミガミ怒って

[217]ただひたすら怖い人って感じだったけど、

[218]一緒に仕事をしている内に、

[219]不器用な真面目さに信頼を寄せるようになって。

[220]初めて主任さんのこの部屋に来た時は

[221]すごくびっくりしたっけ。

[222]まさか、あの仕事のできる主任さんが

[223]片付けられない人だとも思わなかったし、

[224]こんな汚部屋に平気な顔して住んでるなんて

[225]これっぽっちも思わなかったもの。

[226]……本当に、不思議な人……。

[227]ふと気づくと、

[228]主任さんがわたしをじっと見つめていた。

[229]その熱ささえ感じるような視線に

[230]頬がサッと赤くなる。

[231]【かおり】

[232]「な、何ですか……?」

[233]【はつみ】

[234]「……ずっと気になっていたのだけれど、

[235] あなた、昔からその髪型だったの?」

[236]【かおり】

[237]「ほへ?」

[238]左側でちょこんと結んでいる髪に触れた。

[239]【かおり】

[240]「これ……、似合ってませんか?」

[241]【はつみ】

[242]「似合っているわよ。

[243] だから訊いているの、

[244] 昔からそのヘアスタイルなのかしらって」

[245]【はつみ】

[246]「それに……その髪飾りも

[247] あなたに似合っているわ」

[248]主任さん……、

[249]昔のわたしのことまで興味を持ってくれてる!

[250]しかも似合ってるなんてっ!

[251]やだ、照れちゃう!!

[252]【かおり】

[253]「えへへ……、この髪型にすると、

[254] すごく落ち着くんですよね」

[255]【かおり】

[256]「あと、この髪飾りは

[257] 誰からかは覚えてないけど、

[258] 誰かからのプレゼントだったような……」

[259]そう、子どもの頃から

[260]いつも肌身離さず付けていたので、

[261]ちょっと古くなってきているけれど、

[262]どうしても捨てられないのよね。

[263]【はつみ】

[264]「……そう」

[265]あ、あれ?

[266]なんか、反応薄くない?

[267]もっと会話が盛り上がるって思ってたのに。

[268]【かおり】

[269]「えーっと……」

[270]【はつみ】

[271]「ピザが冷めてしまうわよ?

[272] 食べましょう?」

[273]【かおり】

[274]「あ、はい」

[275]……ホント、

[276]主任さんって不思議な人……。

white_robe_love_syndrome/scr00416.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)