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white_robe_love_syndrome:scr00410

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[001]詰所で記録を書いていると、

[002]気難しい顔で主任さんが戻ってきた。

[003]【かおり】

[004]「……どうかしたんですか?」

[005]【はつみ】

[006]「ああ、沢井さん……。

[007] これ、よろしく」

[008]【かおり】

[009]「へ?」

[010]思わず受け取ってしまった。

[011]ひんやりした、赤いパックの表面に

[012]書かれてある文字は――。

[013]【かおり】

[014]「これは……輸血、ですか……?」

[015]【はつみ】

[016]「堺さんの末血(末梢血液)データが良くないのよ。

[017] 取り敢えず、貧血が酷いから今日から濃赤開始ね」

[018]【かおり】

[019]「のうせき……」

[020]【はつみ】

[021]「濃厚赤血球を入れて、

[022] ひとまず、赤血球値の改善をはかる。

[023] わかったらルート取りに行きなさい」

[024]【かおり】

[025]「は、はい!」

[026]よくわかんないけど、

[027]堺さんは輸血をすることになったらしい。

[028]で、濃厚赤血球って輸血製剤だよね?

[029]それはともかく、わたしは輸血のために

[030]堺さんに針を入れて、

[031]輸血をスムーズに入れるための

[032]ルートを作らなくちゃいけないわけね。

[033]【さゆり】

[034]「…………」

[035]【かおり】

[036]「ご、ごめんなさい……」

[037]堺さんの血管は細くて、

[038]わたしのスキルではルート確保ができなかった。

[039]【さゆり】

[040]「……わたしの病名、ご存知ですか?」

[041]【かおり】

[042]「再生不良性貧血、です……」

[043]【さゆり】

[044]「へぇ、ご存知だとは思いませんでした。

[045] 無駄に針を刺して、血液中の赤血球を

[046] 垂れ流しにさせるんですものね」

[047]【かおり】

[048]「……ご、ごめんなさい……」

[049]【さゆり】

[050]「では、血小板値が下がって、

[051] 血が止まりにくくなってることは

[052] ご存知ですか?」

[053]【かおり】

[054]「し、知ってます……」

[055]【さゆり】

[056]「あらぁ、それも知ってらしたんですね。

[057] 血が止まりにくくなっているのがわかっていて

[058] 針を刺したんですかぁ」

[059]【かおり】

[060]「すみません……」

[061]ううう……、

[062]一度きりの失敗に、この言いよう。

[063]でも、当たり前なんだよね。

[064]患者さんにとっては、

[065]針を刺されることは痛い思いをすることなんだから。

[066]ましてや、失敗したら、

[067]その分、何度も痛い思いをするんだもんね。

[068]【かおり】

[069]「ごめんなさい」

[070]【さゆり】

[071]「ごめんなさいで済んだら

[072] ケーサツはいらないという言葉を

[073] ご存じではないんですね……」

[074]ううう……。

[075]わたしには無理だから、

[076]誰かに替わってもらおう……。

[077]【かおり】

[078]「他の人に替わってもらいますので、

[079] ちょっと待っていてくださいね」

[080]【さゆり】

[081]「……最初からそうすれば良かったのに」

[082]う。

[083]最後の最後まで嫌味を……。

[084]【かおり】

[085]「……というわけで!

[086] なぎさ先輩!

[087] お願いします!!」

[088]【なぎさ】

[089]「無理無理無理無理!!

[090] 絶対、無理!!」

[091]【かおり】

[092]「そこを何とか!

[093] わたしのプリセプターである

[094] なぎさ先輩にお願いしたいんです!!」

[095]【なぎさ】

[096]「そんなこと言ったって、

[097] あたしだって二年目のペーペーなのよ!?

[098] しかも、あたし、針刺し苦手だし!」

[099]【なぎさ】

[100]「それに、堺さんのルート確保って輸血でしょ!?

[101] しかも、アネミーきついし、難易度高すぎ!!

[102] 絶対、無理無理無理無理、絶対無理ッ!!」

[103]【かおり】

[104]「あねみー?」

[105]【はつみ】

[106]「貧血、のことよ。

[107] ドイツ語ね」

[108]へぇ……。

[109]【なぎさ】

[110]「アネミーだと、血管細いのがデフォだし!

[111] 針刺しの難易度、一気にアップじゃない!

[112] 無理無理無理! 絶対に、無理〜!」

[113]なぎさ先輩は断固拒否の姿勢。

[114]わたしは困って、主任さんを見た。

[115]……ん?

[116]主任さん?

[117]そうだよ、

[118]最初っから主任さんにお願いすれば

[119]良かったんじゃない?

[120]いつぞやも、主任さんに

[121]点滴針の刺し直しをしてもらったんだし!

[122]【かおり】

[123]「あ、あの……、

[124] なぎさ先輩もこう言ってるし、

[125] 主任さんにお願いできれば……」

[126]【なぎさ】

[127]「あ、あたしからもお願いします!」

[128]ふたりして頭を下げる。

[129]主任さんは困った顔をしていたけれど、

[130]何度も頭を下げると、

[131]だんだん仕方がないかという表情になってきた!

[132]だって、主任さんだと確実なんだもん、

[133]この間も、堺さんの点滴、成功させてたし!

[134]【かおり】

[135]「お願いします、主任さん!」

[136]【はつみ】

[137]「……仕方がないわね」

[138]ため息をついて

[139]主任さんが立ち上がった。

[140]【はつみ】

[141]「物品は用意できているの?」

[142]【かおり】

[143]「はい! バッグとルート類は既に部屋にあるので、

[144] 新しい留置針と防水布!

[145] あと、絆創膏と表面保護フィルム!」

[146]【はつみ】

[147]「どれどれ……」

[148]主任さんが、トレイに入った物品を

[149]ひとつひとつチェックする。

[150]【はつみ】

[151]「……あのね、沢井さん」

[152]あれ?

[153]またため息?

[154]わたし、また何かミスしてた?

[155]【はつみ】

[156]「この22Gの黒針を

[157] わざわざ用意した根拠は何?」

[158]【かおり】

[159]「え……、

[160] いつも留置針は22Gだから……」

[161]【はつみ】

[162]「……いつもは輸液でしょう?

[163] 今回は輸血なの。

[164] 赤血球が針の中を通るのよ?」

[165]言われて初めて気づく。

[166]【はつみ】

[167]「22Gで刺してもいいけど、すぐ詰まるわよ?

[168] 詰まる度に刺し直しをするの?」

[169]そっか……。

[170]輸液の針と輸血の針、

[171]太さを変えなきゃいけないんだ。

[172]【はつみ】

[173]「……そういうこと。

[174] 輸血の時にはもっと太い、

[175] 18Gのピンク針を用意しなさい」

[176]【かおり】

[177]「はい、すみません!」

[178]【はつみ】

[179]「藤沢さんも。こういうことは

[180] プリセプターのあなたが教えておくべきことよ?

[181] 断る前に物品チェックくらいしなさい」

[182]【なぎさ】

[183]「……すみません」

[184]うわ、ごめんなさい、なぎさ先輩。

[185]わたしのせいで

[186]主任さんに叱られてしまって……。

[187]【はつみ】

[188]「ほら、行くわよ、ふたりとも、

[189] 手技を実地で指導するからいらっしゃい。

[190] しょんぼりするのは後にして」

[191]さすが主任さんだった。

[192]あの細くて出にくい堺さんの血管を探し当て、

[193]またたく間に針を入れ、固定してしまった。

[194]その手際の良さに驚いて、

[195]同時にちょっと落ち込んじゃう。

[196]これが経験の差、か……。

[197]【はつみ】

[198]「沢井さんも頑張っているのはわかるけど

[199] 基礎的な理解が不十分なのよね……」

[200]うっ、

[201]根本的なところをダメ出しされちゃったよ!

[202]【はつみ】

[203]「今日の勤務ももうすぐ終わりね。

[204] わたしの部屋で、勉強会をします。

[205] 来なさい」

[206]【かおり】

[207]「はい……、お願いします……」

[208]主任さんの部屋か……。

[209]また片付けさせられるのかな。

[210]お片づけは嫌いじゃないから、

[211]それはそれで別にいいんだけど。

[212]【なぎさ】

[213]「なによ、沢井ったら

[214] 今日、飲みに誘おうと思ったのに……。

[215] 主任には絶対服従しちゃってさ」

[216]【はつみ】

[217]「藤沢さんの場合は、基礎はできているけれど

[218] 応用ができていないのよね。

[219] 頑張っているのはわかるけど」

[220]【はつみ】

[221]「あなたも、わたしの部屋に来る?」

[222]【なぎさ】

[223]「いいえ。

[224] あたしは今日、用事がありますから!」

[225]【はつみ】

[226]「……そう。

[227] 無理強いはしないわ、

[228] 来たくなったら、いらっしゃいね」

[229]なぎさ先輩、来られないのか……。

[230]……残念だなぁ。

[231]――で、申し送りの後。

[232]そういえば、更衣室って

[233]主任さんのロッカーと近いんだよね。

[234]近くで主任さんが白衣を脱いでいる。

[235]……うう、ちょっと緊張する……。

[236]【はつみ】

[237]「ところで、沢井さん、

[238] 学生の頃は、どの教科が苦手だったの?」

[239]学生の頃かぁ。

[240]赤点だらけだったなぁ……。

[241]恥ずかしいけど、

[242]主任さんにウソついてもしょーがないし

[243]何より、ウソついてもバレちゃうよね。

[244]うん、正直に言っちゃおう!

[245]【かおり】

[246]「むしろ、ぜん……ぶっ!!」

[247]振り向いた先には、

[248]下着姿の主任さんが!!

[249]お、オトナの下着……!!

[250]【はつみ】

[251]「沢井さん?

[252] どうしたの?」

[253]見ちゃいけないってわかってるのに

[254]視線が逸らせないよ!

[255]あああ、顔がっ、

[256]顔が熱くなってる!

[257]わたし、絶対、変だ!!

[258]【はつみ】

[259]「沢井さん、

[260] あなた、顔が真っ赤よ?」

[261]【かおり】

[262]「なななな、何でもないですっ!」

[263]うわーん、

[264]わたし、主任さんに変な子だって思われちゃうよぅ!!

[265]っは、……し、静まれ……わたしの心臓よ、

[266]……ドキドキを静めろ!

[267]【なぎさ】

[268]「沢井、なにを騒いで……って、主任!?

[269] なに沢井を誘惑してんですか!!」

[270]【はつみ】

[271]「誘惑……?

[272] してないわよ、そんなこと」

[273]【なぎさ】

[274]「し、しっかりしなさい、沢井!

[275] ちょっと、なに顔を赤くしてるのよ!」

[276]【かおり】

[277]「な、なぎさ先輩……!

[278] だって……」

[279]下着姿の主任さんから目が逸らせないから、

[280]なんて、とてもじゃないけど言えないよぅ!

[281]【なぎさ】

[282]「沢井に教えるのはあたしがしますから、

[283] 今日は、あたしが沢井を連れて帰ります」

[284]【なぎさ】

[285]「沢井、妙に顔赤いし、

[286] もしかしたら熱があるのかも!

[287] つか、何か病気なのかもしれません!」

[288]【はつみ】

[289]「……それはいいけれど、

[290] 藤沢さん、あなた、

[291] 今日は用事があるって言ってなかった?」

[292]【なぎさ】

[293]「はっ!」

[294]【はつみ】

[295]「それに、あなたが教えられなかったところの

[296] フォローとして、わたしの部屋で

[297] 勉強会をするのだけれど……」

[298]【なぎさ】

[299]「じゃ、じゃあ、あたし、先に帰りますねっ!

[300] 失礼しました、お疲れ様でしたー!」

[301]あ、あれれ?

[302]なぎさ先輩……??

[303]【はつみ】

[304]「……まったく、藤沢さんは……。

[305] 沢井さんは帰ったりしないわよね?」

[306]えと……。

[307]主任さんは、わたしのことを変な子だと

[308]思ってないみたいだし、

[309]それに、勉強会を断る理由もないし……。

[310]【かおり】

[311]「は、はい……。

[312] 主任さんに教えてもらうことがあるので……

[313] イロイロと」

[314]そう、看護のことを、イロイロと。

[315]……でも、その前に、

[316]服、着てくれないかなぁ……。

[317]何だかイケナイ妄想をしてしまいそうで、

[318]イロイロと。

[319]【はつみ】

[320]「さぁ、沢井さん。

[321] どうぞ、入って?」

[322]【かおり】

[323]「はい、お邪魔します」

[324]【かおり】

[325]「あ……」

[326]前回、わたしが片付けた跡がまだ残ってる。

[327]【はつみ】

[328]「……さ、始めましょうか。

[329] 沢井さんは、適当に座ってちょうだい。

[330] わたしは、お茶でも淹れるわね」

[331]主任さんの顔、

[332]さも「どうかしら?」と

[333]言わんばかりなんですけど。

[334]というか、

[335]片付けておくのが普通なんですけど!

[336]それでも座るスペースに

[337]雪崩った書類がはみだしていたので、

[338]それを適当に片付けて、そこに座る。

[339]座った途端、目の前に紅茶が出された。

[340]ふわりと

[341]リラックスを誘うような良い香りが

[342]漂ってくる。

[343]【はつみ】

[344]「あなたにはお世話になったから。

[345] どうぞ」

[346]主任さんがニコッと笑った。

[347]……この前も思ったけど、

[348]主任さんって、白衣を着てる時と私服の時と

[349]すごく雰囲気変わるなぁ……。

[350]しかも、この服の下には

[351]あのオトナっぽい下着……。

[352]い、いやいやいや。

[353]そんなこと考えちゃダメでしょ、わたし!

[354]平常心、平常心……。

[355]【かおり】

[356]「い、いただきます」

[357]心を落ち着けるためにも、

[358]ここは主任さんの出してくれた紅茶を――。

[359]【かおり】

[360]「――――――――ッ!?」

[361]何これっ!?

[362]脳天まで駆け抜ける

[363]この渋いともエグイともつかない

[364]舌を突き刺すこの味は!?

[365]舌だけじゃない!

[366]口の中、全ての粘膜が、

[367]医療用語的には、口腔粘膜が広範囲に、

[368]カッと熱を持って、灼熱感が―――!!

[369]【はつみ】

[370]「沢井さん!?

[371] 沢井さん、どうしたの!?」

[372]――結局、その日は

[373]全然、勉強になりませんでした。

[374]あんな……あんな

[375]脳細胞を破壊するかのような刺激的な味の紅茶、

[376]どうやって淹れたのか、その方法を知りたいです、

[377]主任さん……。

white_robe_love_syndrome/scr00410.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)