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white_robe_love_syndrome:scr00408

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[001]昨日、緊急入院したこはくちゃんは

[002]無事に意識を取り戻し、

[003]今日から元いた306号室に転室になった。

[004]少し神経障害が残っているらしくて、

[005]まだ数日はベッド上安静なんだけど、

[006]あみちゃんやひろくんたちの見慣れた顔に囲まれて、

[007]精神状態は落ち着いているように見える。

[008]昨日は元気がなかったなぎさ先輩も、

[009]今日は吹っ切れたのか、いつもと変わらない様子で

[010]病棟を闊歩している。

[011]……わたしは。

[012]……わたしだけが、

[013]引きずっている……。

[014]【はつみ】

[015]「沢井さん、ちょっといいかしら?」

[016]主任さんに手招きをされた。

[017]【かおり】

[018]「……はい」

[019]わたし、また叱られるのかなぁ……。

[020]今日はずっとボーッとしてるもんなぁ、

[021]堺さんにも迷惑かけちゃったし、

[022]きっと叱られちゃうんだ……。

[023]クビになっちゃうのかも……。

[024]【はつみ】

[025]「……飲みなさい」

[026]目の前に置かれたのは、

[027]ミルクティーの缶。

[028]【かおり】

[029]「は?」

[030]【はつみ】

[031]「…………」

[032]主任さんの顔を見ても、相変わらずの無表情で、

[033]主任さんが何を考えているのかわからない。

[034]【かおり】

[035]「あの……?」

[036]【はつみ】

[037]「……悪かった、と、思っているわ」

[038]【かおり】

[039]「はい?」

[040]【はつみ】

[041]「あなたを外来へやったのは、時期尚早だった。

[042] わたしの判断ミスよ、ごめんなさい」

[043]【かおり】

[044]「主任さん?」

[045]わけがわからない。

[046]【はつみ】

[047]「あなたはまだ新人なのに、

[048] 救急搬送でバタついている外来に放り込んで

[049] ショックを受けないわけがないわよね」

[050]【かおり】

[051]「主任さん……」

[052]【はつみ】

[053]「……ショックを受けているのでしょう?

[054] 自分が、何の役にも立てなかった、と……」

[055]ぎくりとした。

[056]【はつみ】

[057]「でも、それでいいの。

[058] あなたがショックを受けるのは当然だし、

[059] あなたが何もできなくても、それは当たり前なの」

[060]【かおり】

[061]「……でも、わたしは

[062] お母さんの隣に座っているだけでした……」

[063]【かおり】

[064]「なぎさ先輩は治療に入っていたのに、

[065] こはくちゃんに何もしてあげられず、

[066] お母さんにも何も言葉をかけられなくて……っ!」

[067]不意に、ボロボロと涙がこぼれた。

[068]昨日は泣きたくても泣けなかったのに、

[069]今日になって、涙が出てくるなんて……!

[070]主任さんがわたしの隣に移動してきて、

[071]そっと肩を抱いてくれた。

[072]【はつみ】

[073]「……何かをするだけが看護じゃないの。

[074] 何もしない看護もあるのよ」

[075]【かおり】

[076]「……何もしない、看護……?」

[077]【はつみ】

[078]「そう、何も言わない、何も聞かない、

[079] ただ黙って傍にいるだけ。

[080] それだけでも、立派な看護になるの」

[081]【はつみ】

[082]「お母さんが半狂乱になったのは容易に想像できます。

[083] きっと、お母さんの視界に、あなたの存在はなかった。

[084] あなたの声も届いていなかったはずよ」

[085]【はつみ】

[086]「でも、あなたがいなかったら、お母さんは

[087] 処置の場に乱入して、スタッフは混乱した挙句、

[088] 結果こはくちゃんは助からなかったかもしれない」

[089]【はつみ】

[090]「そう考えると、誰かがついていなければいけなかった。

[091] その役割があなただっただけ。

[092] あなたは重要な『看護』を遂行したの」

[093]【かおり】

[094]「……ホントに……?

[095] 本当にそう思いますか?」

[096]【はつみ】

[097]「……思ってもいないことは

[098] 口にしないわ、わたしは」

[099]くすりと主任さんが笑う。

[100]わたしは泣き笑いの表情で、

[101]主任さんがくれたミルクティーの缶に手を伸ばした。

[102]【はつみ】

[103]「山之内さんに叱られちゃったわ。

[104] わたしは新人時代のやわらかい心を

[105] 置き忘れてきているんですって」

[106]【はつみ】

[107]「あと、そのジュースは藤沢さんからよ。

[108] フォローできなかったこと、気にしてるみたい。

[109] いい先輩ね」

[110]せっかく止まった涙が、

[111]またじわりとこみ上げてくる。

[112]【かおり】

[113]「……はい」

[114]缶で顔を隠す。

[115]こんな時に嬉し涙なんて、ちょっと恥ずかしいもん。

[116]【はつみ】

[117]「では、わたしは仕事に戻るわ。

[118] あなたは、それを飲み終わるまでなら

[119] ここで休んでてもいいわ」

[120]【はつみ】

[121]「その代わり、飲んだら、必ず顔を洗うこと。

[122] そんな顔で患者さんの前に出るなんて

[123] 許さないわよ?」

[124]厳しくて、クールな、いつもの主任さんの口調。

[125]なのに、その裏に隠れている優しさが

[126]じわりと心にしみこんでくる。

[127]優しい人たち。

[128]主任さんも、山之内さんも、

[129]そして、なぎさ先輩も。

[130]自分のことだけで、いっぱいいっぱいになって

[131]何も見えなくなっていたわたしは

[132]まだまだ全然、未熟なんだなぁ……。

[133]やんなっちゃうなぁ……。

[134]後でみなさんにお礼を言って、

[135]それから、堺さんに謝って、

[136]こはくちゃんの顔を見に行こう。

[137]そして、なぎさ先輩と一緒に、

[138]今度はお母さんも対象に含めた

[139]こはくちゃんの血糖コントロールの指導方法を

[140]しっかり考えよう。

[141]缶の中のミルクティーを飲み干して、

[142]わたしはゆっくりと立ち上がった。

white_robe_love_syndrome/scr00408.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)