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white_robe_love_syndrome:scr00407

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[001]【はつみ】

[002]「みなさん、手を止めて注目してください!」

[003]午後の仕事をこなしていると、

[004]なんだか緊迫した雰囲気をまとった主任さんが

[005]足早に詰所に入ってきた。

[006]【はつみ】

[007]「低血糖発作を起こしたDM患児が救急搬送されます。

[008] 外来の手が足りないため、もしかしたら

[009] 外来から病棟に直接搬送になるかもしれません」

[010]主任さんはなぎさ先輩に視線を向ける。

[011]【はつみ】

[012]「大変だけど、藤沢さん。

[013] 沢井さんを連れて

[014] 至急、外来へ行ってもらえるかしら」

[015]【なぎさ】

[016]「はいっ!」

[017]【かおり】

[018]「わ、わたしもですか!?」

[019]【はつみ】

[020]「これも経験です。

[021] プリセプターを動かすのだから、

[022] プリセプティーであるあなたも同行なさい」

[023]【かおり】

[024]「は、はい!!」

[025]【なぎさ】

[026]「低血糖発作を起こした小児患者……。

[027] 嫌な予感がする……」

[028]【かおり】

[029]「え?」

[030]なぎさ先輩のつぶやきに、

[031]わたしも不安になってしまう。

[032]問いかけたいけれど、

[033]返事を聞くのが怖くて、

[034]つぶやきの意味を質問できない……。

[035]【なぎさ】

[036]「沢井、外来での処置はもう終わってるかもしれない。

[037] その場合、あたしたちが

[038] 何らかの医療行為をすることはないわ」

[039]【かおり】

[040]「は、はい」

[041]急ぎ足で階段を駆け下りたわたしたちは

[042]一階に到着した。

[043]【なぎさ】

[044]「……処置が終わっていなかったとしても、

[045] 取り乱してはダメよ?」

[046]【かおり】

[047]「……はい」

[048]不安をあおるなぎさ先輩の言葉。

[049]そして……。

[050]【なぎさ】

[051]「すみません、内科病棟の藤沢です。

[052] 救急搬送のDM患児をお迎えに来ました!」

[053]【外来看護師A】

[054]「こっちです!」

[055]外来の看護師さんについて、また走る。

[056]外来ロビーには

[057]半狂乱になった女の人がいた。

[058]【???】

[059]「あの子は……あの子は大丈夫なんですか!?」

[060]【外来看護師B】

[061]「お母さん、落ち着いて!

[062] 今、処置中ですから!」

[063]外来の看護師さんになだめられている女の人、

[064]どこかで見たことがある……。

[065]【???】

[066]「わたしが、わたしが目を離したから!

[067] わたしが悪いんです!

[068] お願いです、こはくを助けてください!!」

[069]!!

[070]こはくちゃんのお母さん!?

[071]……ということは、

[072]救急車で搬送されてきたのって……こはくちゃん!?

[073]【外来看護師A】

[074]「お母さんは、

[075] こちらにかけてお待ちください」

[076]【こはくの母】

[077]「あの子は大丈夫なんですか?

[078] あの子、あんなにまだ小さいのに、

[079] あんなにガクガクと……!!」

[080]【外来看護師A】

[081]「中でスタッフが処置しています。

[082] お母さんはここで待機してください!」

[083]イライラしたような外来さんの口調。

[084]……そんな対応、

[085]こはくちゃんのお母さんが可哀想……。

[086]【なぎさ】

[087]「あ、あの、内科病棟の藤沢です!

[088] お手伝いできることはありませんか!?」

[089]【外来看護師B】

[090]「じゃあ、中に入ってください!

[091] 患者のスパズム(痙攣)がきつくて

[092] 今はとにかく手が欲しいのよ!」

[093]処置室の中に入っていくなぎさ先輩。

[094]ついていこうとしたら、

[095]こはくちゃんのお母さんに冷たいことを言ってた

[096]外来さんに呼び止められた。

[097]【外来看護師A】

[098]「そっちの人は、お母さんをお願い!」

[099]【かおり】

[100]「え!?」

[101]見ると、憔悴しきったお母さんが

[102]ヘナヘナと崩れ落ちそうになっている。

[103]慌ててお母さんを支えて

[104]外来ベンチに座ってもらった。

[105]その間に、

[106]外来さんもなぎさ先輩も

[107]みんなして処置室のドアの向こうに消えてしまう。

[108]外来の待合には、

[109]わたしとお母さん、ふたり取り残されて……。

[110]【かおり】

[111]「……お、お母さん、

[112] こはくちゃんに何が……」

[113]【こはくの母】

[114]「ごめんなさい、ごめんなさい……。

[115] わたしがちゃんとチェックしなかったから……。

[116] ごめんなさい、ごめんなさい……」

[117]【かおり】

[118]「お母さん?」

[119]【こはくの母】

[120]「あの子はしっかりした子だから、

[121] きっと大丈夫だって思って……!

[122] ああ、わたし、どうしたらいいの!?」

[123]こはくちゃんのお母さんには

[124]わたしの姿は見えていないみたい。

[125]ただ、ぶつぶつと『ここにいない誰か』に話している。

[126]【こはくの母】

[127]「わたしがあの子の言うことを

[128] 鵜呑みにしちゃったから!

[129] ちゃんと血糖値を確認するべきだったのに!」

[130]【こはくの母】

[131]「ごめんなさい、お願い、

[132] あの子を連れていかないで……」

[133]ただ自分の両手を握り合わせて、

[134]処置室のドアの向こうの愛娘に、

[135]愛娘の処置をしているスタッフに、

[136]必死に祈りをささげている。

[137]……気休めの言葉なんて、かけられない……。

[138]そっと、お母さんの震える肩を抱く。

[139]お母さんはずっとブツブツと

[140]祈りとも自責ともつかない独り言をつぶやいていた。

[141]――それから、

[142]どれくらいの時間が経ったんだろう?

[143]やがて、処置室のドアが開いて、

[144]外来の看護師さんたちが出てきた。

[145]ストレッチャーに乗せられて

[146]こはくちゃんが処置室から運び出されてくる。

[147]【こはくの母】

[148]「こはくっ!」

[149]ストレッチャーに駆け寄ろうとしたお母さんが

[150]外来の看護師さんたちに止められた。

[151]【外来看護師A】

[152]「お母さん、ドクターからお話があります。

[153] こちらへ……」

[154]【こはくの母】

[155]「こはくは!?

[156] こはくはどうなったの!?」

[157]【外来看護師A】

[158]「それを今からドクターが説明しますから!」

[159]いらいらした様子の外来さん。

[160]もう少し優しく言ってあげればいいのにって思う。

[161]こはくちゃんが倒れて

[162]お母さんが不安になってることがわかんないのかな。

[163]>

[164]【なぎさ】

[165]「沢井、

[166] こはくちゃん連れて病棟に戻ろう?」

[167]ちょっと疲れた表情のなぎさ先輩。

[168]こはくちゃんを見ると……。

[169]【かおり】

[170]「!!」

[171]血の色のない顔、半開きの血走った目、

[172]だらりと開いた口から、垂れている唾液……。

[173]退院の時は元気いっぱいだったのに!

[174]一昨日のお昼までは元気で笑ってたのに、

[175]短期間で、どうしてこんな……!!

[176]【外来看護師B】

[177]「患者さんを病棟へ上げてください。

[178] 点滴は、このボトルを時間60でキープで。

[179] 細かい指示は、ドクターが病棟へ上がった時に」

[180]【なぎさ】

[181]「わかりました。

[182] さ、行くよ、沢井」

[183]【かおり】

[184]「は、はい……」

[185]外来さんに支えられながら

[186]ふらふらと処置室に入っていったお母さんを見送って、

[187]わたしはなぎさ先輩と協力して、

[188]真っ白な顔色のこはくちゃんを内科へと連れて行った。

[189]こはくちゃんは取り敢えず301号室に入院となり、

[190]意識不明のまま、小康状態を保っている。

[191]お母さんは外来で取り乱した挙句、倒れてしまい、

[192]現在、外来で点滴中。

[193]お母さんから事情が聞けないので

[194]憶測でしかないけれど、と前置きをして、

[195]主任さんがこはくちゃんの今回の経過を話してくれた。

[196]【はつみ】

[197]「こはくちゃん、退院後は自己血糖測定を

[198] ほとんどしていなかったらしいの」

[199]【はつみ】

[200]「年の割にしっかりした子だったから、

[201] ご両親も安心してしまって、こはくちゃんの

[202] 行動をチェックしてなかったみたい」

[203]【はつみ】

[204]「昨夜、調子が悪そうだったから、

[205] お母さんは低血糖かもって思って、

[206] 寝る前にチョコレートを食べさせたらしいの……」

[207]【はつみ】

[208]「それが、朝、起きてこなくて、

[209] おかしいって思ったのね。

[210] 血糖をチェックしたら、測定不能」

[211]【はつみ】

[212]「慌てて、近所のドクターに往診に来てもらって、

[213] ドクターはインスリンで血糖を下げたのだけれど、

[214] お母さんは何の薬剤を使ったのか聞かなかった」

[215]【はつみ】

[216]「ダブルでインスリンを使った結果、

[217] 低血糖発作で痙攣を起こして、

[218] 救急車でここに運び込まれた……という状況よ」

[219]【なぎさ】

[220]「……わ、わたしの患者指導が

[221] 足りなかったんでしょうか……」

[222]なぎさ先輩は真っ青な顔で、

[223]目に涙を浮かべている。

[224]【はつみ】

[225]「何とも言えないわね。

[226] あのお母さんは少し楽天的なところがあったし、

[227] それがマイナスに働いたのは事実でしょうけれど」

[228]【やすこ】

[229]「しかし、結果は結果や。

[230] 母親の楽天的性格を見越した指導をしていれば、

[231] あの子はこんな目に遭わんかったかもしれん」

[232]【なぎさ】

[233]「……っ!」

[234]なぎさ先輩は泣きながら

[235]詰所から飛び出してしまった。

[236]それを追おうとしたわたしは、

[237]主任さんに腕を掴まれる。

[238]主任さんは、ゆっくりと首を振った。

[239]【はつみ】

[240]「……そっとしてあげなさい。

[241] それに、あなたも顔色が悪いわ」

[242]【かおり】

[243]「…………」

[244]こはくちゃんのあの顔が頭から離れない。

[245]【かおり】

[246]「こはくちゃんは……どうなるんですか?」

[247]【はつみ】

[248]「それは誰にもわからないわ。

[249] 意識が戻るかもしれないし、

[250] 戻らないかもしれない」

[251]【はつみ】

[252]「意識が戻ったところで、

[253] 以前と同じ状態に戻れるとは限らない。

[254] 脳神経障害による後遺症が残るかもしれない」

[255]淡々と事実を……事実だけを告げる

[256]主任さんのぬくもりを感じられない口調に、

[257]わたしの中で何かが爆発した。

[258]【かおり】

[259]「主任さんは、平気なんですか!?

[260] こはくちゃんは……こはくちゃんは

[261] 一昨日まで、あんなに元気だったのに!!」

[262]【はつみ】

[263]「事実は事実よ。

[264] それに、あなたがここで怒鳴ったところで

[265] こはくちゃんの意識が戻るものでもないわ」

[266]【かおり】

[267]「でもっ!!」

[268]泣きそうになる。

[269]どうして主任さんは

[270]そんなに冷静でいられるの?

[271]【はつみ】

[272]「落ち着きなさい。

[273] 看護師が冷静さを欠いてはだめ。

[274] 一番迷惑をこうむるのは患者さんなのよ?」

[275]【かおり】

[276]「…………」

[277]【はつみ】

[278]「今、わたしたちにできることは何もないわ。

[279] ただ、今は、彼女の意識が戻るのを祈るだけ。

[280] ……無力なものね」

[281]主任さんのつぶやきが胸に突き刺さる。

[282]山之内さんは

[283]黙って窓の外の海を眺めている。

[284]なぎさ先輩は、きっと誰も来ないところで、

[285]ひとり、後悔の涙を流しているんだろう。

[286]そしてわたしは――。

[287]【かおり】

[288]「…………」

[289]主任さんの言葉を胸に、

[290]こはくちゃんが回復してくれることを

[291]ただ祈っていた。

white_robe_love_syndrome/scr00407.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)