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white_robe_love_syndrome:scr00312

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[001]【なぎさ】

[002]「沢井、まだ〜?

[003] あたし、先いくよー?」

[004]【かおり】

[005]「あぁん、待ってくださいぃ〜!」

[006]【なぎさ】

[007]「もう無理。

[008] これ以上待ってたらあたしも遅刻しちゃう。

[009] じゃ、グッドラック!」

[010]【かおり】

[011]「ふぇぇぇっ!?

[012] なぎさ先輩、冷たいっ!」

[013]【なぎさ】

[014]「そう言ってる間に手を動かしなさい。

[015] ほら早く早く!」

[016]なぎさ先輩に急かされて、

[017]めいっぱい着替えのスピードを上げるけど、

[018]急ぎすぎてストッキングを引っ掛けちゃった。

[019]ああ、なぎさ先輩からオススメされた

[020]お高いストッキングに伝線が……ううう。

[021]ああん、休み明けの勤務って

[022]どうしてこうのんびり準備しちゃうんだろう、

[023]わたしのバカァ!

[024]時計と睨めっこしてる

[025]なぎさ先輩からのプレッシャーもあって、

[026]わたしは更に焦りまくり。

[027]半泣きで着替えて、

[028]わたしたちは慌てて更衣室を出た。

[029]まだ診察開始の時間じゃないのに、

[030]すでにロビーは混みはじめ、

[031]ソファーもほぼ満席状態だった。

[032]うわー、

[033]今日は患者さん多いなぁ。

[034]外来の看護師さん、忙しそうだなぁ。

[035]病棟は落ち着いてるといいな。

[036]なにげに見回してから

[037]階段へと足を向けようとした時、

[038]ふと視界の端に何かが……。

[039]【かおり】

[040]「あ、れ……?」

[041]なんだか見覚えのある背格好……。

[042]でも、いるはずのない人、だよね?

[043]【なぎさ】

[044]「どうしたの?」

[045]【かおり】

[046]「あ、いえ……あの患者さんって……」

[047]わたしの言葉になぎさ先輩も視線を向ける。

[048]わたしたちに気づいたその人は

[049]ヒラヒラと手を振って、にっこりと笑った。

[050]【あみ】

[051]「かおりんさーん!

[052] なぎさんも!!」

[053]【かおり】

[054]「あひゃひゃ、あみちゃん〜っ?!」

[055]にこやかに手を振るあみちゃんは、

[056]入院患者さん定番のパジャマ姿だった。

[057]え、ということは……?

[058]【あみ】

[059]「えへっ、

[060] また入院になっちゃいましたー」

[061]照れ笑いしてるあみちゃんに、

[062]わたしは思わず駆け寄ってしまった。

[063]【かおり】

[064]「ど、ど、どうして……っ?!」

[065]【あみ】

[066]「もともとあったネフローゼ

[067] ちょっと悪化させちゃって……」

[068]パッと見、病人には見えないあみちゃんの笑顔。

[069]【なぎさ】

[070]「てか、戻ってきちゃいましたー、じゃないでしょ。

[071] まったくもう、せっかく学校に戻れたっていうのに」

[072]あみちゃんのおでこをコツンとしながら

[073]なぎさ先輩がたしなめている。

[074]わたしが相手なら、間違いなくデコピンだけど、

[075]あみちゃんが相手だもんね。

[076]【あみ】

[077]「えへへ、やっぱりこっちの空気の方が

[078] わたしには合ってるんですよー、なんちゃって」

[079]あははっと笑うあみちゃんは、

[080]言われてみれば、退院した時より、

[081]少し顔が丸くなったような感じだった。

[082]ネフローゼ症候群……、

[083]たしか、腎臓系の病気だっけ。

[084]本来、腎臓で再吸収されるべき蛋白やミネラルが

[085]全く再吸収されなくなっちゃって、

[086]血液中の浸透圧で、身体に水分が溜まっちゃうから、

[087]浮腫み(むくみ)が出るんだよね。

[088]過剰な水分で体重は増えるし、

[089]見た目も丸っこくなるし、

[090]女の子だし、しんどいだろうな。

[091]【なぎさ】

[092]「仕方ないなー、あみちゃんは。

[093] また面倒みてあげるわ」

[094]【あみ】

[095]「あはっ、お世話になります〜」

[096]ぺこりとあみちゃんが頭を下げる。

[097]【あみ】

[098]「でも、実のところ、

[099] わたしがいなくてさみしかったんじゃないですか?」

[100]【なぎさ】

[101]「…………」

[102]あ、なぎさ先輩がムッとしてる。

[103]次の瞬間。

[104]光速で動いたなぎさ先輩の右手が

[105]あみちゃんのおでこに――。

[106]ビシッ!!

[107]【あみ】

[108]「あいたっ!」

[109]【なぎさ】

[110]「それ以上、バカなこと言ったら

[111] もう一発お見舞いするわよ?」

[112]【あみ】

[113]「あーん、かおりんさん、

[114] なぎさんからわたしを守ってー?」

[115]元気な様子ではしゃぐあみちゃんからは、

[116]再入院に対しての不安や辛さは全く感じられない。

[117]【かおり】

[118]「パジャマ着てるってことは、もう入院してるの?

[119] 内科病棟……だよね?」

[120]【あみ】

[121]「はい。

[122] 昨日の夜に緊急入院して、

[123] 相変わらずの306号室に入ったんです」

[124]【かおり】

[125]「そっかぁ」

[126]【あみ】

[127]「本来は嬉しいことじゃないんですが

[128] 何だか古巣に戻ってきたみたいで、安心します」

[129]入退院を繰り返しているあみちゃんにとっては

[130]病棟のあの部屋が古巣だって感じるのかもしれないよね。

[131]【あみ】

[132]「あ、いけないっ、そろそろ戻らなきゃ。

[133] 朝食の後にちょっと散歩をって出てきたから

[134] いないとまた叱られちゃう!」

[135]あみちゃんの言葉に、

[136]わたしはハッとして時計を見る。

[137]【かおり】

[138]「ひゃ!?

[139] なぎさ先輩、やばいです!」

[140]【なぎさ】

[141]「うわっ、もう!

[142] 沢井がもたもたしてるから〜!」

[143]【かおり】

[144]「大丈夫です、間に合う、はず!」

[145]【なぎさ】

[146]「走るわよ、沢井!

[147] じゃあ、またね、あみちゃん!」

[148]【あみ】

[149]「はーい。

[150] また後で〜!」

[151]ひらひらと手を振るあみちゃんを残して、

[152]わたしとなぎさ先輩は

[153]三階の詰所まで猛ダッシュした。

[154]息を切らしながら駆け込んだ

[155]わたしとなぎさ先輩だったけれど、案の定……。

[156]【はつみ】

[157]「……あなたたちは

[158] 何度言えばわかってくれるのかしら?」

[159]【はつみ】

[160]「出勤時間とは、職場に到着する時間ではなく、

[161] その時間までに着替えや準備を済ませ、

[162] 滞りなく勤務を開始できる時間のことです」

[163]【はつみ】

[164]「駆け込みだったら気持ちも落ち着かないし、

[165] 何より見ている患者さんが不安になるでしょう?

[166] もう少し時間に余裕を持って出勤してください」

[167]【なぎさ】

[168]「……す、すみません」

[169]【かおり】

[170]「すみませんでした……」

[171]【はつみ】

[172]「では揃ったところで申し送りをはじめます。

[173] 以前この病棟に入院していた浅田あみさんが

[174] 昨夜、再入院となり306号室に入りました」

[175]【はつみ】

[176]「劇的に悪化したわけではないですが、

[177] しばらくは要観察です。

[178] まめにチェックをお願いします」

[179]メモを取りながら、

[180]わたしはさっき見たあみちゃんの

[181]元気な笑顔を思い出していた。

[182]再入院は大変だけど、

[183]あみちゃんはこの病棟の人気者だし、

[184]306号室の子どもたちも喜んでいると思う。

[185]こんなこと言っちゃうと看護師失格だけど、

[186]わたし自身、またあみちゃんに会えて

[187]嬉しいって思ってる。

[188]つらいはずの入院生活を

[189]明るく元気に過ごしているあみちゃんが、

[190]他の患者さんたちへ与える影響は

[191]とても大きいはず。

[192]あみちゃんが来ると、病棟が明るくなる感じがする。

[193]でも。

[194]……本当はそうじゃないんだよね。

[195]入退院を繰り返すことは、

[196]学校に通い続けられないということ。

[197]クラスメイトはどんどん先に行っちゃうし、

[198]先生は変に気を遣ってくれちゃうし、

[199]日常生活から離れるストレスは

[200]我に返ると、恐怖として迫ってくるの。

[201]退院できるのはいつなのか、

[202]いつになったら本当の意味で健康になれるのか

[203]先が見えない、わからない。

[204]長くて暗い、出口の見えないトンネルにいるような

[205]長期治療の辛さや不安。

[206]あみちゃんなら、

[207]大好きな楽器を練習できない焦りやストレスも

[208]当然あるはず。

[209]夜勤さんの申し送りを聞きながら、

[210]わたしはあみちゃんの気持ちについて

[211]思いを馳せていた……。

white_robe_love_syndrome/scr00312.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)