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white_robe_love_syndrome:scr00310

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[001]ナースコールを取ろうとして

[002]ふと手を止める。

[003]【かおり】

[004]「……う」

[005]堺さんからだ……。

[006]また嫌味言われちゃうのかなぁ、

[007]イヤだなぁ、取りたくないなぁ……。

[008]わたしの気持ちをわかってくれてるなぎさ先輩も、

[009]元気付けてくれる山之内さんも、

[010]今日はふたりとも夜勤入りで

[011]夕方にならないと来ない。

[012]……でも!

[013]彼女の担当はわたしなんだし、

[014]取らなきゃいけないよね。

[015]ここはひとつ、空元気で!

[016]明るく!

[017]なぎさ先輩のように、

[018]山之内さんのように、

[019]明るく明るく、無駄に明るく!

[020]【かおり】

[021]「はーい、どうされましたー?」

[022]あ、ちょっと語尾を延ばすと

[023]明るく聞こえる!

[024]あとは、笑顔!

[025]このコールをスルーしても、

[026]どうせわたしが訪室することになるんだし!

[027]【さゆり】

[028]「……点滴、終わりそうです」

[029]【かおり】

[030]「わ、わかりましたー。

[031] うかがいますね!」

[032]うん、笑顔、笑顔!

[033]空元気でも、笑顔でいれば

[034]きっといいことがあるよ!

[035]【さゆり】

[036]「……どうぞ」

[037]【かおり】

[038]「失礼しまーす。

[039] 点滴、交換しますね」

[040]堺さんはベッドの上で

[041]分厚い本を読んでいた。

[042]床頭台にも分厚い本が置いてある。

[043]【かおり】

[044]「あら、堺さんってば、

[045] 本がお好きなの?」

[046]点滴を替えながら、

[047]少しでも空気がまぎれるように

[048]本の話題でしゃべりかけてみる。

[049]【さゆり】

[050]「自分の病気について勉強するのは

[051] 当たり前のことでしょう?」

[052]へ?

[053]言われて床頭台の本を見る。

[054]【かおり】

[055]「うわ、医学書!」

[056]本の背表紙には

[057]『血液学総論』、『わかる、骨髄性疾患』、

[058]『最新! 再生不良性貧血治療!』とか書かれてある。

[059]【かおり】

[060]「堺さんってすごいなー。

[061] わたし、難しい本を読むとすぐ眠くなっちゃうの」

[062]【さゆり】

[063]「……あなたならそうでしょうね」

[064]うん……?

[065]なんかまたバカにされた……?

[066]【さゆり】

[067]「……それはともかく。

[068] あなた、ナースコールの対応で

[069] いつも語尾を延ばした話し方してるんですか?」

[070]【かおり】

[071]「ほぇ?」

[072]堺さんの言葉に目を丸くする。

[073]【さゆり】

[074]「オトモダチとお話ししてる時ならともかく、

[075] 患者さんを相手にする時はどうなのか、

[076] 看護学校で習わなかったんですかぁ?」

[077]うっ!

[078]今、わざと語尾を延ばしたよね!

[079]うう……嫌味すぎる……。

[080]【かおり】

[081]「な、習いましたけど!」

[082]【さゆり】

[083]「あらぁ、そうなんですかぁ。 じゃあ、どうして

[084] 習ったようにやらないんですかぁ? 習った

[085] ようにやるのが正しいとは思いませんかぁ?」

[086]く……っ!

[087]その通りなだけに反論できないっ!

[088]【かおり】

[089]「そ、そう思います……っ」

[090]患者さんとケンカしちゃいけない、

[091]ここはわたしが引かないとね……っ!

[092]【さゆり】

[093]「では、そのようにやってください。

[094] あなた、ただでさえミスが多いんですから、

[095] 言葉遣いくらいちゃんとやってほしいです」

[096]【かおり】

[097]「ふ、不愉快な思いをさせて

[098] すみませんでした……」

[099]【さゆり】

[100]「……こういう時は、

[101] すみませんでした、じゃなくて

[102] 申し訳ありませんでした、が普通なのになー」

[103]ううう……!!

[104]【かおり】

[105]「不愉快な思いをさせた上に

[106] ご指導までいただいて、

[107] 申し訳ありませんでした……」

[108]【さゆり】

[109]「本当にね。

[110] 先週の骨髄穿刺の跡が痛くて我慢してるのに、

[111] これ以上イライラさせないでほしいものだわ」

[112]【かおり】

[113]「……申し訳ありませんでした。

[114] では、失礼します……っ」

[115]ぺこりと頭を下げて、

[116]後ろ向きのまま、後ろ手でドアを開けて、

[117]病室から出る。

[118]な、な、な……!

[119]何なのよ、あれ!!

[120]そりゃ語尾を延ばして対応したわたしが悪いけど、

[121]あんな嫌味ったらしい言い方することないじゃない!

[122]元はと言えば、

[123]堺さんが嫌味ばっかり言うから、

[124]何とか明るい雰囲気にしようと

[125]頑張った結果じゃない!!

[126]どうしてあの人

[127]わたしに嫌味ばっかり言うの!?

[128]そんなにわたしのことが嫌いなの!?

[129]……それがわからないと

[130]対処のしようがないよ……。

[131]はぁ、へこむ……。

[132]【かおり】

[133]「戻りました……」

[134]【はつみ】

[135]「苦労しているようね、沢井さん」

[136]主任さんはいいな……、

[137]あの堺さんに嫌味を言われないんだから。

[138]【かおり】

[139]「何だか、わたし、

[140] 堺さんにすごく嫌われてるみたいで……」

[141]【はつみ】

[142]「そう」

[143]え……、主任さん、

[144]わたしへの返事って『そう』、

[145]たったそれだけですか!?

[146]【はつみ】

[147]「患者さんの全てが

[148] 自分を好きになってくれるわけじゃないのだから、

[149] これも経験のひとつよ」

[150]【かおり】

[151]「それはそうなんですけど……」

[152]わかってても、

[153]ストレスで胃に穴が開きそう……。

[154]【はつみ】

[155]「ところで、勉強は進んでいるの?」

[156]【かおり】

[157]「へ?

[158] 堺さんなら、お部屋で勉強してましたけど」

[159]【はつみ】

[160]「堺さんじゃなくて、あなたの、よ。

[161] 再生不良性貧血の看護について、

[162] 勉強は進んでるの?」

[163]【かおり】

[164]「えっと……」

[165]勉強なら、寮でしてる。

[166]……でも、本を開くと眠くなっちゃって、

[167]気がつくといつも朝……。

[168]【はつみ】

[169]「堺さんは色んな意味で頭のいい子よ。

[170] 疾患について、あなたにわかってないところがあれば、

[171] 容赦なく突いてくるわよ?」

[172]ううう……、

[173]容易に想像できますよね、その光景……。

[174]またわたしが泣くまで

[175]容赦なくツッコミ入れられそう。

[176]【はつみ】

[177]「……仕方のない子ね。

[178] 勉強、見てあげるから、少し残りなさい」

[179]【かおり】

[180]「は、はい……」

[181]【やすこ】

[182]「ごきげんよう、エブリワン〜」

[183]【なぎさ】

[184]「お疲れ様でーす!

[185] 沢井、頑張ってる?」

[186]なぎさ先輩の顔を見るのは久しぶりなような気がして

[187]思わず泣きそうになる。

[188]【かおり】

[189]「な……なぎさせんぱーい!」

[190]【やすこ】

[191]「こらこら、沢井。

[192] 山之内さんもいてるねんけど?」

[193]【かおり】

[194]「山之内さんは職場の先輩だけど、

[195] わたしの先輩はなぎさ先輩です」

[196]【なぎさ】

[197]「沢井ったら、

[198] 可愛いこと言ってくれちゃって〜」

[199]ぎゅっとなぎさ先輩に抱きしめられる。

[200]なぎさ先輩のスキンシップ好き、

[201]相変わらずだなぁ。

[202]うふ。

[203]【やすこ】

[204]「ああ、なぎさ先輩、

[205] わたしをもっと強く抱いてください。

[206] でないとわたし、今夜はさみしくて……」

[207]【やすこ】

[208]「ああ、かおり。

[209] あたしもあんたがいない夜を過ごすのは

[210] とっても淋しいわ」

[211]【やすこ】

[212]「ああ、なぎさ先輩、

[213] このまま時が止まってしまえばいいのに」

[214]【なぎさ】

[215]「……って、山之内さんっ!

[216] 何やってるんですか!!」

[217]【やすこ】

[218]「何、って……、

[219] あんたらが抱き合ってるから、

[220] ちょっとアテレコを……」

[221]【やすこ】

[222]「うははは、夜勤前やから

[223] 山之内、無駄にテンション上がっております!」

[224]……山之内さん、

[225]やっぱりちょっと変な人かも。

[226]【はつみ】

[227]「……夜勤さんが来たことだし、

[228] そろそろ申し送りを始めたいのだけど……」

[229]なぎさ先輩と山之内さんが

[230]忙しそうに働いているのを横目に、

[231]わたしは本を開いて、主任さんとお勉強。

[232]記録はさっき終わらせたし、今は夜勤帯だから、

[233]わたしの仕事はもうないのだけれど……、

[234]何だか手伝わなくてもいいのかなって心境になる。

[235]あああ、ナースコールが……!!

[236]【なぎさ】

[237]「はーい、どうされましたー!」

[238]うわ、なぎさ先輩、

[239]明日の朝の採血の準備をしながら

[240]ナースコールに対応してる!

[241]【なぎさ】

[242]「はーい、伺いますー!」

[243]あああ……忙しそう……。

[244]ホントに手伝わなくてもいいのかな……。

[245]【はつみ】

[246]「で、赤血球が減少するから、

[247] 貧血の症状が……。

[248] 聞いているの、沢井さん?」

[249]【かおり】

[250]「はへっ!?

[251] す、すみませんっ!」

[252]慌てて謝ると、

[253]主任さんが呆れた顔でわたしを見ている。

[254]【やすこ】

[255]「あの〜、主任?」

[256]小型ワゴンを押した山之内さんが

[257]言いにくそうに、主任さんに声をかけた。

[258]【やすこ】

[259]「大変、申し上げにくいのですが、

[260] 勉強なら寮でやっていただけると

[261] とーってもありがたいのですがねぇ」

[262]【はつみ】

[263]「そ、そうね。

[264] 気が回らなくてごめんなさい」

[265]慌てた様子で主任さんが立ち上がる。

[266]【やすこ】

[267]「そういうわけで、悪いな、新人。

[268] ムフフな続きは主任の部屋で……な」

[269]ニヤッと笑う山之内さん。

[270]【かおり】

[271]「な、なんですか、ムフフな続きって」

[272]【やすこ】

[273]「愛しのなぎさセンパイには

[274] 内緒にしたるから、安心してええよ?」

[275]【かおり】

[276]「もう!

[277] そんなんじゃないです!!」

[278]【はつみ】

[279]「そこ! じゃれ合わない!

[280] 時間がもったいないわ、

[281] 行くわよ、沢井さん!」

[282]結局、勉強の続きは

[283]主任さんの部屋でやることになった。

[284]垣間見た主任さんの部屋がアレだったので、

[285]わたしの部屋がいいかなって思ったんだけど……。

[286]でも、わたしの部屋には、

[287]学校で使っていた教科書くらいしかないし、

[288]蔵書の豊富さを考えると、

[289]主任さんの部屋の方がいいんだよね。

[290]いちいち必要になる度に

[291]取りにいくのも面倒かなって思うし……。

[292]【はつみ】

[293]「この間はごめんなさいね。

[294] あれから少し片付けたのよ」

[295]そう言いながら、

[296]部屋のドアを開けた主任さんだったんだけれど。

[297]【かおり】

[298]「……えーっと……」

[299]【はつみ】

[300]「どうぞ?

[301] さ、入って?」

[302]……あれから少し片付けた……?

[303]えと……どこが?

[304]相変わらず、紙類と布類が

[305]部屋のいたるところで

[306]ミルフィーユ状態になってますけど。

[307]【はつみ】

[308]「どうしたの?

[309] 適当に座って?」

[310]適当に、って言われても……。

[311]【かおり】

[312]「あの……、

[313] 座る場所が……ないんですけど……」

[314]【はつみ】

[315]「適当に本をどかしていいわよ?」

[316]……適当に、って……。

[317]【かおり】

[318]「あ、あの……主任さん?

[319] 主任さんはドコを片付けた……のですか?」

[320]【はつみ】

[321]「どこ、って……。

[322] 電話機のあたり?」

[323]……その辺は、

[324]この間、わたしが片付けたところです。

[325]【はつみ】

[326]「そんなことはいいから、

[327] 早く座って。

[328] 勉強しないといけないでしょう?」

[329]……でも、このままだと

[330]気になって勉強できないよ……。

[331]どうしよう……。

[332]片付ければいいんだけど、

[333]今日は主任さんにも手伝って欲しいし……。

[334]【かおり】

[335]「あ、あの、主任さん……?」

[336]【はつみ】

[337]「何かしら?」

[338]お礼代わりに、お掃除しましょうか?

[339]お部屋、掃除しなきゃ何もできませんよね……

[340]【かおり】

[341]「お礼というのも変ですが、

[342] お部屋……わたし、お掃除しましょうか?」

[343]【はつみ】

[344]「……そんなに汚い……わよね……」

[345]一応、汚い、って自覚はあるのかな?

[346]【はつみ】

[347]「こまめに掃除すればいいってわかってるけど、

[348] 別に片付けなくても、死にゃしないって思うと

[349] 面倒臭くなっちゃって……」

[350]【かおり】

[351]「面倒臭い、って……片付けましょうよ!」

[352]【はつみ】

[353]「だって、やることがたくさんあるんですもの。

[354] 仕事と家事だと、

[355] 仕事を優先して当然でしょう?」

[356]【かおり】

[357]「それはそうかもしれませんけど……って

[358] しゃべってる時間がもったいないです!」

[359]その辺にあった紙類を

[360]ばさっと纏めてみた。

[361]【かおり】

[362]「紙と本、服とその他に分けますから、

[363] 主任さんはそれを要るものと要らないものに

[364] 分けてください!」

[365]【はつみ】

[366]「でも……悪いわ、

[367] 時間外にそんな労働させるなんて……」

[368]【かおり】

[369]「労働じゃないです」

[370]紙の束の下で、雪崩を起こしていた本を

[371]一冊一冊、取り上げながら、

[372]主任さんに笑いかけた。

[373]【かおり】

[374]「主任さんには、いつもお世話になっているから

[375] 恩返しがしたいんです。

[376] それに……」

[377]【はつみ】

[378]「それに?」

[379]【かおり】

[380]「それに、主任さんだって、

[381] わたしに勉強を教えるのは時間外ですよね?

[382] だったら、おあいこ、じゃないですか」

[383]主任さんが目を丸くして……。

[384]それから、ふわりと微笑んだ。

[385]【はつみ】

[386]「……そうね」

[387]すごく優しい微笑みに

[388]わたしの心が軽くなる。

[389]【かおり】

[390]「じゃあ、ササッと

[391] やっちゃいましょう!」

[392]【はつみ】

[393]「ええ、そうね!」

[394]【かおり】

[395]「あの……このままじゃ、

[396] 何もできませんよね……?」

[397]【はつみ】

[398]「そんなことないわよ。

[399] わたし、この部屋で生活しているのよ?」

[400]【かおり】

[401]「え……、主任さんは生活できても

[402] わたしには無理ですよ」

[403]【はつみ】

[404]「どうして?」

[405]【かおり】

[406]「……だって、

[407] ゴキさんとか出てきそうで……」

[408]【はつみ】

[409]「出ないわよ、ゴキブリなんて!

[410] 食べ物の残りとか食べかすのある部屋に

[411] ゴキブリは出るの!」

[412]【はつみ】

[413]「わたしの部屋は食べ物がなくて、

[414] ただ散らかってるだけだから、

[415] ゴキブリなんて出ないわよ!」

[416]主任さんはそう言うけど……。

[417]というか、

[418]食べ物がないことも、散らかってることも

[419]自慢にならないですってば!

[420]【かおり】

[421]「でも……、こういう部屋が

[422] 同じマンションにあるなんて、

[423] わたし、ちょっと……」

[424]【はつみ】

[425]「ちょっと、何かしら?」

[426]主任さん……怒ってるっぽい?

[427]わたし、言い過ぎちゃった?

[428]【かおり】

[429]「あ……、えっと。

[430] とにかく、片付けますね!」

[431]【はつみ】

[432]「いいわよ、そんなの!

[433] 掃除なんて頼んでないわ!」

[434]【かおり】

[435]「いいんです!

[436] わたしがやりたいから、やるんです!」

[437]お掃除を始めてから

[438]どれくらい経ったんだろう?

[439]ふと窓を見ると、

[440]既に外は明るかった……。

[441]【かおり】

[442]「主任さん……」

[443]【はつみ】

[444]「なにかしら」

[445]【かおり】

[446]「……朝、です」

[447]【はつみ】

[448]「ウソッ!?」

[449]ガラッと主任さんが窓を開けて、

[450]外を確かめている。

[451]……いや、そこまでしなくても、

[452]明るいから朝だってわかるよね……?

[453]【はつみ】

[454]「ご、ごめんなさいね!

[455] 部屋の片づけを手伝わせた挙句、

[456] 徹夜までさせちゃって……わたしったら!!」

[457]【かおり】

[458]「いえ、気にしないでください。

[459] これでわたしも、主任さんの部屋に

[460] 勉強を教えてもらいに来やすくなりますから」

[461]【はつみ】

[462]「でも、あなた、今日も勤務なのに……」

[463]盛大にお腹が鳴った。

[464]わたしのお腹の虫の声かもしれないけど、

[465]主任さんのお腹の虫の声かもしれない。

[466]わたしたちは顔を見合わせて、

[467]どちらからともなく、プッと吹き出した。

[468]【はつみ】

[469]「お腹が減ったわね!」

[470]【かおり】

[471]「そうですね!」

[472]そう言えば、何だかんだで

[473]夕食も食べてなかったと思い出す。

[474]【はつみ】

[475]「ごめんなさいね。

[476] 何か食べるものを……、

[477] たしかこの辺りに……あっ!」

[478]キッチンの隅を漁っていた

[479]主任さんの手が止まる。

[480]【かおり】

[481]「どうしたんで……」

[482]【はつみ】

[483]「ダメよ、沢井さん!

[484] 見ちゃダメ!!」

[485]珍しい主任さんの慌てた声。

[486]けど、わたし、

[487]バッチリ見ちゃった……。

[488]【かおり】

[489]「主任さん……捨てましょう、それ」

[490]【はつみ】

[491]「だって! アンパンのキャラクターの生みの親が

[492] デザインしたマスコットが置いてあるパン屋さんの

[493] 美味しいパンなのよ!?」

[494]【かおり】

[495]「何ですか、その説明口調!」

[496]【かおり】

[497]「どんなに美味しいパンも、

[498] そんなにカビカビで

[499] 食べられるわけないでしょう!?」

[500]主任さんの手から

[501]カビカビのパンが入った箱を取り上げる。

[502]【かおり】

[503]「はい、これは燃えるゴミ!

[504] 焼却処分!

[505] サヨウナラ!!」

[506]【はつみ】

[507]「あああ……、

[508] わたしのパンが……、

[509] 工ノ電の地パンさんたちが……」

[510]【かおり】

[511]「パンならまた買えばいいじゃないですか」

[512]【はつみ】

[513]「百合ヶ浜には、わたし好みの

[514] 美味しいパン屋さんがないのよ……」

[515]【かおり】

[516]「じゃあ、今度、神庫に出た時に

[517] 美味しいパンを探してきます!

[518] そこの工ノ電のナントカってお店でも良いです!」

[519]【はつみ】

[520]「……本当に?」

[521]【かおり】

[522]「はい!

[523] その代わり、賞味期限内に

[524] ちゃんと食べ切ってくださいね!」

[525]主任さんは恥ずかしそうにモジモジしてる。

[526]【はつみ】

[527]「……だって、

[528] 美味しいものは、一度に食べちゃうのが

[529] もったいないでしょう?」

[530]……そういう問題なんでしょうか?

[531]【はつみ】

[532]「本だって、面白い本は

[533] 一度に読んじゃうのがもったいないでしょう?

[534] だから、途中で読むのをやめちゃうの」

[535]はい?

[536]主任さんの口から

[537]意外な真実が語られた。

[538]【かおり】

[539]「最後まで読まないんですか?」

[540]【はつみ】

[541]「……だって、読んでしまうと、

[542] その本を読む理由がなくなってしまうから……」

[543]…………。

[544]か、変わった理由だな……。

[545]【はつみ】

[546]「でもね、世の中に本はたくさんあるの。

[547] 面白い本もたくさんあって……、

[548] だからつい『積ん読』にしちゃうのよね」

[549]えと……。

[550]たしか『積ん読』って、

[551]読まないまま積んでおいて、

[552]読んだ気になってる、もしくは

[553]買っただけで安心しちゃった本の山のことでは……?

[554]部屋を見回してみる。

[555]たしかに、本が多い。

[556]今回の掃除だけで、

[557]いったい、何冊発掘したのかわからない。

[558]【かおり】

[559]「あの……もしかして、主任さん、

[560] 本を積ん読にした結果がこの部屋……ですか?」

[561]【はつみ】

[562]「…………」

[563]無言で主任さんが

[564]恥ずかしそうにうなずいた。

[565]【かおり】

[566]「じゃ、この書類やDMの山は!?」

[567]【はつみ】

[568]「……後で読もうと思って……」

[569]【かおり】

[570]「じゃあ、

[571] このしわくちゃの洋服の山は!?」

[572]【はつみ】

[573]「後でハンガーにかけようと思って……」

[574]【かおり】

[575]「…………」

[576]【はつみ】

[577]「……ごめんなさい……」

[578]な、なんか……上手く言えないけど。

[579]一言で言うと、

[580]この部屋は汚部屋になるべくして

[581]汚部屋になった、ってことね……。

[582]【かおり】

[583]「主任さん」

[584]【はつみ】

[585]「なにかしら」

[586]わたしは、

[587]開け放した窓から流れてきた

[588]朝の心地よい空気を思い切り吸い込んだ。

[589]【かおり】

[590]『後で』は禁止ですっ!」

[591]【はつみ】

[592]「えー」

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