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white_robe_love_syndrome:scr00309

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[001]【はつみ】

[002]「はい、内科病棟、大塚です」

[003]ナースコールと違って、

[004]病棟にかかってきた電話を取るのは

[005]主任さんか、仕事に慣れた看護師の役目。

[006]わたしのような新人が電話を取っても、

[007]結局、伝言ゲームのようになっちゃうから

[008]詰所に誰もいない時以外は

[009]取らなくてもいいんだって。

[010]わたしも早く電話を取って、

[011]病棟業務をスムーズに回す手伝いをしたい。

[012]……主任さんみたいには

[013]できないかもしれないけど……。

[014]【さゆり】

[015]「メイク……か。

[016] わたしの顔色が悪くなったら、主任さん、

[017] メイクのやり方とか教えてくださいますか?」

[018]【はつみ】

[019]「いいわよ。

[020] 診察や検査の時は落としてもらうけど、

[021] それでもいい?」

[022]【さゆり】

[023]「はいっ!」

[024]さっき、堺さん、

[025]主任さん相手に笑ってたっけ……。

[026]担当のわたしには冷たいことしか言わない堺さんが

[027]主任さんにはあんな風に

[028]甘えるような声で笑いかけるんだ……。

[029]そりゃ、わたしなんかじゃ

[030]全然頼りにならなくて不安かもしれないけど……。

[031]でも、堺さんの態度はちょっと酷いと思うの。

[032]【かおり】

[033]「……そういえば……」

[034]ふと、

[035]主任さんのお部屋での一件を思い出す。

[036]主任さんのお部屋って、

[037]とんでもなく乱雑に書類や本やらが何層にも重なった、

[038]ものすごいお部屋だった……。

[039]そんなお部屋で、電話機が探し出せなくて、

[040]主任さんは途方に暮れてたんだよね……。

[041]不思議だな……、

[042]病棟ではきっちり仕事をこなしているのに、

[043]部屋に戻ればあんなお部屋だなんて……。

[044]【はつみ】

[045]「……さん?

[046] ちょっと、沢井さん!」

[047]【かおり】

[048]「は、はいっ!」

[049]呼ばれていたのに気づいて、

[050]慌てて返事をして立ち上がる。

[051]【はつみ】

[052]「外来からの電話だったけど。

[053] 堺さんのマルク、どうなってる?」

[054]【かおり】

[055]「ほぇ?

[056] 丸く……するんですか?」

[057]【はつみ】

[058]「丸い丸くないの話ではなくてね、

[059] マルク……骨髄穿刺の話よ。

[060] 堺さん、今日、検査でしょう?」

[061]【かおり】

[062]「骨髄穿刺……ああ、そうです、

[063] 今日午後一番です」

[064]堺さんの疾患の確定診断をくだすために、

[065]今日の午後一番で、骨髄穿刺の予約が

[066]入っていたことを思い出す。

[067]【はつみ】

[068]「外来、準備できたそうだから、

[069] いつでも降ろしていいそうよ」

[070]【かおり】

[071]「…………」

[072]主任さんの言葉を聞いて、

[073]サーッと血の気が引いた。

[074]わたしが大変なミスをしていたことに

[075]今更ながらに気がついたから……。

[076]【はつみ】

[077]「沢井さん?」

[078]【かおり】

[079]「……わたし……堺さんに

[080] 今日、骨髄穿刺があること、言ってません……」

[081]【はつみ】

[082]「はぁ!?」

[083]骨髄は血液の製造工場なので、

[084]血液に異常がある場合、

[085]その原因を探るために骨髄を採取するの。

[086]骨髄は、骨の真ん中にあるので、

[087]骨に太い針を貫き通さなくちゃいけない、

[088]耳にするだけでもすごく痛そうな検査で……。

[089]どう伝えようか迷ってる内に

[090]すっかり忘れちゃってた……!!

[091]【はつみ】

[092]「今すぐ伝えに言ってきなさい!

[093] ちゃんと謝るのよ!

[094] わたしは外来に連絡しておくから!」

[095]【かおり】

[096]「は、はい!!」

[097]やばい!

[098]本気でヤバイ!!

[099]【さゆり】

[100]「……どうぞ」

[101]【かおり】

[102]「失礼します。

[103] あのっ、実は、今日

[104] これから検査が入ってて……!」

[105]【さゆり】

[106]「……何の検査ですか?」

[107]読んでいた本を閉じて、

[108]不機嫌そうに堺さんが返す。

[109]うう、堺さんの顔が見れない……。

[110]【かおり】

[111]「こ……骨髄穿刺、です……」

[112]【さゆり】

[113]「はぁ!? 骨髄穿刺!?

[114] 聞いてないわよ、そんなの!!」

[115]堺さんはかんしゃくを起こしたように

[116]読んでいた本を床に叩きつけた。

[117]【かおり】

[118]「ほ、本当にごめんなさい!

[119] 今さっき、外来から連絡があって、

[120] 準備ができたから、いつでも……」

[121]【さゆり】

[122]「今日は検査を受けません」

[123]きっぱりと言い切られる。

[124]【かおり】

[125]「そ、そんなぁ……」

[126]【さゆり】

[127]「当たり前でしょう!?

[128] 骨髄穿刺なのよ?

[129] あなた、どれだけ痛いか知ってるの?」

[130]堺さんに「知ってるの?」と訊かれて、

[131]正直、返事に詰まってしまう。

[132]【かおり】

[133]「えと……、

[134] 痛そうだなぁということだけは……」

[135]【さゆり】

[136]「あのね、痛そう、じゃなくて、痛いの!

[137] 大きな骨の中心部に穴を開けるのよ!?

[138] それで痛くないなんて、よく思えるわね!!」

[139]【さゆり】

[140]「それに、骨髄穿刺の後、しばらく動けないのよ?

[141] それがわかってて、わたしに

[142] 今すぐ骨髄穿刺を受けろって言ってるわけ?」

[143]【かおり】

[144]「あ、あの……」

[145]【さゆり】

[146]「検査と治療のために入院してるのは事実だけど、

[147] 入院生活は、検査と治療が全てじゃないの」

[148]【さゆり】

[149]「それとも、なに?

[150] この病院に患者として入院している以上、

[151] 日常生活での自由はない、とでも?」

[152]【かおり】

[153]「…………」

[154]反論はできない。

[155]堺さんが怒るのも当然だし、

[156]わたしが今日の検査を

[157]伝え忘れたのが悪いんだから。

[158]【さゆり】

[159]「たかだか病院の一スタッフである看護師に

[160] そこまでの権限があるの?

[161] そんなに偉いの、看護師という職業が?」

[162]【さゆり】

[163]「患者は看護師様に逆らえないのね、

[164] 逆らったら、点滴に何を入れられるか

[165] わからないものね!」

[166]【かおり】

[167]「そ、そんなこと……!」

[168]【さゆり】

[169]「しません、って?

[170] はっ、信じられないわ、あなたの言うことなんて。

[171] 泣けば済むって思ってるんでしょう?」

[172]はっとして

[173]頬を手の甲で拭く。

[174]悔しさのあまり、

[175]いつの間にか、涙が流れていた。

[176]堺さんの前で泣くなんて……!

[177]その事実さえも悔しい。

[178]【さゆり】

[179]「あなたのことを可愛いと思ってる人なら

[180] あなたの涙を見て気の毒に思うかもしれないけど、

[181] わたし、あなたの涙を見ても何とも思わないわ」

[182]【さゆり】

[183]「むしろ、もっと泣けばいいって思うわ。

[184] どれだけ泣き叫んでも、許す気なんてありません!

[185] 今日の検査だって、受ける気はありませんから!」

[186]【???】

[187]「困った子ね……。

[188] 意地を張るのはそれくらいにして、

[189] 検査、受けてくださらないかしら?」

[190]ハッと気がつくと、

[191]主任さんがすぐ後ろに立っていた。

[192]【はつみ】

[193]「うちのスタッフのミスで

[194] 不愉快な思いをさせてしまったことは謝ります。

[195] でも、それとこれとは話が別よ」

[196]わたしをかばうように、

[197]主任さんが一歩、前に歩み出てくれる。

[198]【はつみ】

[199]「患者さんに不自由を強いているのはわかってます。

[200] けれど、検査ひとつにドクター、ナース、検査技師、

[201] いろいろな人間が関わっているの」

[202]【はつみ】

[203]「それに、今日は金曜日。

[204] 今日の検査をキャンセルしたら、次は月曜日。

[205] 確定診断が、三日も遅くなるのよ」

[206]【はつみ】

[207]「謝罪なら、後でいくらでもします。

[208] 外来で待っているドクターやスタッフのためにも、

[209] そしてあなた自身のためにも受けてもらえない?」

[210]柔らかな口調の主任さんが、そこで言葉を切った。

[211]堺さんは……というと、

[212]主任さんを見てから、

[213]いまいましそうな視線をわたしに向けると、

[214]もう一度、主任さんを見上げた。

[215]【さゆり】

[216]「……主任さんにそう言われると、

[217] これ以上、イヤだって言えないじゃないですか」

[218]ため息混じりに、堺さんがベッドから足を下ろした。

[219]【さゆり】

[220]「検査は外来で行われるんですよね?」

[221]冷たい視線で見つめられて、

[222]わたしはうなずくしかできない。

[223]のどが張り付いて、声が出ない……。

[224]【はつみ】

[225]「終わったら、病棟に連絡が来ます。

[226] ストレッチャーで迎えに行くので、

[227] そのまま外来で安静にして待っていてください」

[228]【さゆり】

[229]「わかりました」

[230]堺さんが部屋から出て行く。

[231]わたしは、主任さんとふたり、

[232]堺さんの病室に取り残された。

[233]【はつみ】

[234]「……こんなことだろうと思ったのよ」

[235]【はつみ】

[236]「言い方はともかくとして、

[237] 堺さんの言ったことは正論よ、

[238] 泣かされても文句は言えないわね」

[239]【かおり】

[240]「……わかって……ます……」

[241]そう、わたしが悪い。

[242]気が進まないことを先延ばしにした挙句、

[243]忘れてしまっていたのだから。

[244]【はつみ】

[245]「……それにしても……、

[246] 彼女、どうしてあんなに

[247] あなたに突っかかるのかしらね?」

[248]……それはわたしが知りたいことです。

[249]いつか、なるべく近い内に、

[250]堺さんとちゃんと向き合わなくちゃいけない。

[251]今日みたいに、

[252]気が進まないからと後回しにしてちゃ、

[253]何も解決しないもんね。

white_robe_love_syndrome/scr00309.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)