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white_robe_love_syndrome:scr00225

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[001]【なぎさ】

[002]「沢井、点滴回りに行くわよ〜」

[003]【かおり】

[004]「あ、はいっ!」

[005]記録を書いていたわたしは

[006]一旦、ボールペンを置いて

[007]なぎさ先輩の後について詰所を出ようとしたのだけれど。

[008]【はつみ】

[009]「藤沢さん、

[010] ちょっと待って」

[011]【なぎさ】

[012]「はい?」

[013]主任さんに呼び止められて、

[014]なぎさ先輩が足を止める。

[015]わたしも立ち止まった。

[016]【はつみ】

[017]「確認したいことがあるの。

[018] ちょっと戻ってくれる?」

[019]【なぎさ】

[020]「はぁ……」

[021]一体どうしたんだろう?

[022]とはいえ、

[023]ひとりで点滴回りに行くわけにもいかないし……。

[024]少しだけ迷って、記録の続きを書くことにした。

[025]【はつみ】

[026]「301号室の網野さんの担当は、

[027] 藤沢さん、あなたよね?」

[028]【なぎさ】

[029]「はい、そうですけど」

[030]【はつみ】

[031]「網野さんの状態は、確認してる?」

[032]【なぎさ】

[033]「え?」

[034]【はつみ】

[035]「網野さんは、どういう状態の患者さん?」

[036]主任さんはまっすぐになぎさ先輩を見てる。

[037]【なぎさ】

[038]「えっと……脳梗塞の患者さんで、

[039] 後遺症による右麻痺と失語症が残っています」

[040]気にしないようにしてるけど、

[041]どうしても、主任さんとなぎさ先輩の方へと

[042]視線が吸い寄せられてしまう。

[043]【はつみ】

[044]「右側が麻痺で動かせなくて、

[045] かつ、言葉で言いたいことを伝えることができない

[046] 患者さんよね」

[047]【なぎさ】

[048]「はい」

[049]【はつみ】

[050]「あなた、網野さんの清拭をした時、

[051] ベッド周りの環境整備も行ったのかしら?」

[052]【なぎさ】

[053]「はい、それはもちろんです」

[054]【はつみ】

[055]「そう。

[056] その時に気をつけるべきことは?」

[057]【なぎさ】

[058]「え?」

[059]【はつみ】

[060]「何も考えずに、

[061] ただベッド周囲を片付けただけ?」

[062]【なぎさ】

[063]「そ、れは……」

[064]【はつみ】

[065]「ここまで言っても気づいてもらえないようね。

[066] 網野さんのナースコールが麻痺側に置いてあったけど、

[067] あなたなりの何らかの意図があっての事かしら?」

[068]【なぎさ】

[069]「あっ……!」

[070]【はつみ】

[071]「わざわざ右麻痺の患者さんの右側に

[072] ナースコールを置いた意図は何かしら?」

[073]【なぎさ】

[074]「…………」

[075]【はつみ】

[076]「しかも、網野さんは失語症。

[077] 誰かを呼びたくても、声で訴えることもできない。

[078] 担当であるあなたは知っていたはずよね?」

[079]【なぎさ】

[080]「はい……」

[081]【はつみ】

[082]「患者さんがどういう状態なのか、

[083] どんな疾患なのか、

[084] 看護師は何をするべきなのか」

[085]【はつみ】

[086]「常に緊張感を持って思考を巡らせながら、

[087] 患者さんに合わせた看護を提供できなければ

[088] 看護師という存在に意味はないわ」

[089]【はつみ】

[090]「あなたは、そうは思わない?」

[091]主任さんの口調は決して厳しくはないけれど、

[092]言葉の端々から、看護に対する真摯な思いが

[093]にじみ出してくる。

[094]そして、主任さんの注意を受けているなぎさ先輩は

[095]ただ唇をかみ締めてうつむいていた。

[096]【なぎさ】

[097]「…………」

[098]【はつみ】

[099]「今回のことは、ちょっとしたインシデントだけれど、

[100] 重なると、重大問題に発展しかねないわ。

[101] 以後、気をつけて」

[102]【なぎさ】

[103]「はい……」

[104]ため息をつきながら、

[105]主任さんはそれ以上は何も言わずに

[106]再び詰所を出て行ってしまう。

[107]後に残されたなぎさ先輩は、

[108]さっきの姿勢のまま、唇を噛んでる。

[109]うう……、

[110]こういう時って、

[111]どう声をかけたらいいんだろう?

[112]けれど、この重い雰囲気、

[113]何とかしなくちゃ、だよね。

[114]【かおり】

[115]「あ、あのっ、なぎさ先輩!

[116] なぎさ先輩はわたしの面倒も見ながらだから、

[117] ミスしても仕方がないですよ、ね?」

[118]【なぎさ】

[119]「…………」

[120]【かおり】

[121]「だから、落ち込まないでください!

[122] なぎさ先輩はすごい人なんですから!」

[123]【かおり】

[124]「個人個人に適した看護とか、なぎさ先輩だから、

[125] そこまで求められるんですよね。 わたしなんて

[126] 自分のことで精一杯だし、それに……」

[127]【なぎさ】

[128]「沢井……」

[129]【かおり】

[130]「はいっ?」

[131]【なぎさ】

[132]「みっともないとこ見せちゃって、ごめんね。

[133] あたし、何だか情けないよね……」

[134]照れたような苦笑いをするなぎさ先輩に、

[135]わたしはブンブンと大きく首を振る。

[136]【かおり】

[137]「そんなことないです!

[138] なぎさ先輩って、元々が完璧なんですから、

[139] たまにはこういう姿も見せてもらわないと!」

[140]【かおり】

[141]「でないと、わたし、恐れ多くて声もかけられません。

[142] こういうなぎさ先輩をみると……、

[143] ちょっぴり親近感が沸いて、嬉しかったりするし」

[144]【なぎさ】

[145]「ふふ……ありがと」

[146]なぎさ先輩の笑顔が、

[147]ほんの少し強張ってたように見えたのは

[148]わたしの気のせいかな?

[149]【なぎさ】

[150]「さ、気を取り直して、

[151] 点滴、サクサク回っちゃおうか!」

[152]【かおり】

[153]「あ、はいっ!」

[154]あ、良かった。

[155]なぎさ先輩、いつものなぎさ先輩に戻ってる。

[156]テキパキしてて、かっこよくて、

[157]知識も経験もわたしよりずっと多い、

[158]素敵な、なぎさ先輩。

[159]【なぎさ】

[160]「ボーッとしてちゃダメよ?」

[161]コツンと軽く指で額を叩かれ、

[162]わたしはエヘヘと笑った。

[163]【かおり】

[164]「すみません」

[165]【なぎさ】

[166]「じゃ、行こっか!」

[167]【やすこ】

[168]「お、おかえり〜」

[169]詰所に戻ると、

[170]山之内さんが記録を書いていた。

[171]【やすこ】

[172]「ん?

[173] なんや元気ないな、どしたん?」

[174]【なぎさ】

[175]「……さっき、ちょっと注意されて」

[176]【やすこ】

[177]「あぁ、主任かいな。

[178] 主任、今、インシデントインシデントって

[179] 気ィ立っとるみたいやからな〜」

[180]【かおり】

[181]「あのー……。

[182] さっき主任さんが言ってた『インシデント』って

[183] なんなんですか」

[184]【やすこ】

[185]「あぁ、『インシデント』ってのは

[186] いわゆるヒヤリハットのことやね」

[187]【かおり】

[188]「えっと……聞いたことはあるんですけど……」

[189]【やすこ】

[190]「ま、簡単に言うたら、ちょっとしたミスのことや。

[191] 医療事故ほど大きいミスやないけど、

[192] 一歩間違えたら、大問題になりかねんミス」

[193]【かおり】

[194]「あぁ、なるほど」

[195]山之内さんがわたしを見て、クスクスと笑う。

[196]【やすこ】

[197]「沢井の場合は

[198] 存在そのものがヒヤリハットやな」

[199]【かおり】

[200]「なっ!?」

[201]し、失礼なっ!!

[202]【やすこ】

[203]「沢井の天然っぷりは、

[204] ホンマ見ててヒヤヒヤもんや」

[205]【なぎさ】

[206]「……そうかも」

[207]んもう、なぎさ先輩までっ!!

[208]【かおり】

[209]「そんなことないですー!

[210] わたしだってだいぶマシになってきたはずですー!」

[211]【やすこ】

[212]「この前のパンツのことがあってもか?」

[213]……!!

[214]うう、忘れてたのに、

[215]外来で、306号室の患児に

[216]スカートをめくられて、下着を見られたことなんて!!

[217]【かおり】

[218]「はうっ!

[219] あ、あれは不可抗力です!」

[220]山之内さんはニヤニヤしてる。

[221]【やすこ】

[222]「へそまでパンツは、やめたんか?」

[223]【かおり】

[224]「そんなこと、山之内さんに関係ないですっ」

[225]【やすこ】

[226]「夜な夜な主任のパンツを妄想してたりな」

[227]【かおり】

[228]「してませんってば!

[229] あの時はたまたま思い出しただけです!」

[230]【やすこ】

[231]「あん時は、遠い目をしてボソッと……

[232] 主任さんのパンツとかつぶやくから

[233] えっらい驚いたわ〜」

[234]【かおり】

[235]「だ、だって

[236] すっごく素敵だったんですもん」

[237]【やすこ】

[238]「よかったな素敵やったってよ、主任?」

[239]【かおり】

[240]「へっ?」

[241]山之内さんの言葉に振り返ると、

[242]先日と同じように

[243]詰所の入り口で腕組みをしている主任さんがいた。

[244]あー……この、デ・ジャ・ヴ。

[245]やるせない感じというか、脱力しちゃう感じ。

[246]【はつみ】

[247]「わたしの下着を褒めてくれて、どうもありがとう。

[248] とても光栄だわ」

[249]全く喜んでいるとは思えない冷ややかな言葉。

[250]もうっ、どうしてこうタイミングが悪いんだろうっ!

[251]主任さんが、スゥッと息を吸い込んで……。

[252]【はつみ】

[253]「人の下着について詮索するヒマがあるなら、

[254] さっさと手を動かしなさい!」

[255]【やすこ】

[256]「おひゃ〜!

[257] 雷が落ちたわ」

[258]【かおり】

[259]「は、はいっ!」

[260]ちらりと見ると、

[261]なぎさ先輩は一人で黙々と記録を続けていた。

[262]そういえばあまり会話に入ってこなかったけど、

[263]こういうのってあんまり好きじゃないのかな?

[264]【やすこ】

[265]「なぁ、藤沢は

[266] どんなパンツはいとると思う?」

[267]こそっと山之内さんが耳打ちをする。

[268]【かおり】

[269]「へぇっ?」

[270]さすがに自分の話題はスルーできなかったのか、

[271]なぎさ先輩は少し赤い顔をして山之内さんを睨んだ。

[272]【なぎさ】

[273]「普通のです!

[274] もうっ、沢井に変なこと言わないでください!」

[275]【やすこ】

[276]「ひひひっ。

[277] 藤沢、見た目は堅いけど、

[278] 意外と派手なんはいてる気がするんやけどなぁ」

[279]部屋には可愛いしましまパンツがありましたよ

[280]さ、仕事仕事

[281]【かおり】

[282]「この前おじゃました時に偶然見ちゃったんですけど、

[283] なぎさ先輩のお部屋には、白と水色のストライプ、

[284] 可愛いしましまパンツが干してありましたよ」

[285]【やすこ】

[286]「おぉっ〜!

[287] 縞パンとは意外やな!

[288] 萌えぇ〜!」

[289]【なぎさ】

[290]「さ〜わ〜い〜っ!」

[291]なぎさ先輩はテーブルを叩いて、

[292]わたしと山之内さんを睨みつける。

[293]【かおり】

[294]「あひゃん!

[295] すみませんっ!」

[296]【かおり】

[297]「さ、仕事仕事!

[298] なぎさ先輩、ここ教えてください」

[299]山之内さんの言葉を聞かなかったことにして、

[300]わたしはなぎさ先輩の元に駆け寄った。

[301]【やすこ】

[302]「やーん、沢井の裏切り者ぉ〜っ!」

[303]【はつみ】

[304]「下着話の相方が欲しいなら、

[305] わたしがやりましょうか?」

[306]冷ややかな声は主任さん。

[307]【やすこ】

[308]「いや〜、

[309] 申し出は涙が出るほどありがたいんですけど、

[310] 後が怖いんで、遠慮しときます」

[311]山之内さんは首をすくめて記録を再開する。

[312]わたしはなぎさ先輩と顔を見合わせると

[313]クスッと笑いあった。

white_robe_love_syndrome/scr00225.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)