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white_robe_love_syndrome:scr00224

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[001]今日は休日のせいか、

[002]いつもザワザワと賑やかな外来も

[003]シンと静かだった。

[004]ペタペタと歩くわたしの足音だけがやけに響いて

[005]なんだかちょっと怖くもあり……。

[006]って、まだ昼間なのに

[007]何を怖がってるんだろう、わたし。

[008]検査結果を取りに一階の検査室まで行こうとして、

[009]ふと、誰もない外来の待合室のベンチに座ってる

[010]あみちゃんの姿を見つけた。

[011]【かおり】

[012]「あみちゃん。

[013] どうしたの、こんなところで」

[014]【あみ】

[015]「あ、かおりんさん!」

[016]パッと表情を輝かせて、あみちゃんは立ち上がった。

[017]【あみ】

[018]「なんか、静かで不思議だなーって思って。

[019] いつも賑やかなのに、お休みだとすごく静かで

[020] 同じ場所とは思えませんよね」

[021]ガランとした外来は、

[022]いつもの喧騒からは想像もできないくらい

[023]シンと静まり返っている。

[024]【かおり】

[025]「なんかちょっと、さみしいよね。

[026] 待合室も、なんだかさみしそうに見えるし」

[027]【あみ】

[028]「そうですね〜。

[029] ソファーとか、誰か座ってーって言ってるみたい。

[030] いつもは椅子取り合戦なのに」

[031]ふふっと笑ったあみちゃんの顔が、

[032]一瞬、誰かとだぶったような気が……。

[033]【あみ】

[034]「……かおりんさん?

[035] どうかしたんですか?」

[036]【かおり】

[037]「あ……うん。

[038] なんだか、あみちゃんが

[039] 誰かに似てるかなーって思って……」

[040]【あみ】

[041]「わたしに似てる人、ですか?」

[042]【かおり】

[043]「うん」

[044]わたしは知り合いの顔を次々に思い浮かべ

[045]誰に似ているのか考えてみる。

[046]ふっと、ある人の横顔が思い浮かんだ。

[047]【かおり】

[048]「あ、そっか!

[049] あみちゃんって、わたしの妹に似てるかも!」

[050]【あみ】

[051]「えええ、妹さんですか!?

[052] っていうか、かおりんさんって

[053] 妹さんいるんですか!?」

[054]【かおり】

[055]「何でそこで驚くかなー?」

[056]【あみ】

[057]「えぇっ?

[058] だって、ふふっ……」

[059]あみちゃんは小さく笑った。

[060]【あみ】

[061]「なんかかおりんさんって

[062] お姉さんっぽくないかもーって……」

[063]【かおり】

[064]「言ったなー!

[065] そりゃ、ここでは新人だし、一番みそっかすだけど、

[066] 実家ではしっかりお姉ちゃんしてるもん!!」

[067]【あみ】

[068]「ところで、妹さんって、

[069] どういう感じなんですか?」

[070]あみちゃんの言葉に、

[071]わたしは妹の姿を思い浮かべる。

[072]【かおり】

[073]「うーん、

[074] 一言で言うと……ドジッ娘かな」

[075]【あみ】

[076]「ドジッ娘!」

[077]【かおり】

[078]「うん。

[079] 学校行く時はよくお弁当忘れてくし、

[080] 玄関にかばん置いたまま行っちゃったこともある」

[081]【あみ】

[082]「うわー。

[083] なんかそれ、ちょっとわかる……」

[084]【かおり】

[085]「ホントに?

[086] お風呂に入る時とか、着替え持って行くの忘れて

[087] バスタオル巻きで出てきたりとかね」

[088]【あみ】

[089]「あははっ!

[090] わたしもそれ、よくやっちゃいます〜」

[091]【かおり】

[092]「お客さんがいるときとかは大変なんだよね。

[093] 気にせず出てこようとするから、

[094] わたしがダッシュで着替え持ってく羽目になるの」

[095]【あみ】

[096]「わー、いいなぁ。

[097] かおりんさんに世話焼いてもらってるんですねー」

[098]【かおり】

[099]「お弁当も、何度教室まで届けたことか……」

[100]わたしは大げさにため息をついてみせる。

[101]【かおり】

[102]「お弁当の他にも色々教室までデリバリーするから、

[103] 周囲からしっかりあの子の姉って認識されちゃって、

[104] 知らない子からも『お姉ちゃん』って呼ばれるの」

[105]【かおり】

[106]「先生とかまで『あぁ、沢井さんのお姉さんね』って

[107] そういう感じだったんだよー、学年違う先生なのに!

[108] わたし、その先生の名前も知らないのに!」

[109]ああ、思い出したら

[110]どんどんビミョーな気持ちになってきた……!

[111]【あみ】

[112]「はっ!? そんな妹さんとダブって見えたってことは

[113] かおりんさんの中で、わたしはドジっ娘認定済み

[114] ってことなんですか!?」

[115]【かおり】

[116]「んー、あみちゃんと妹の雰囲気が似てるってだけで、

[117] 別にドジっ娘だと言ったわけでは……」

[118]【あみ】

[119]「かおりんさん、鋭いなぁ。

[120] きっと同じ匂いを感じ取っちゃったんですね」

[121]【かおり】

[122]「…………」

[123]あみちゃんって、

[124]意外と人の話、聞かない時があるのね……。

[125]【あみ】

[126]「わたしも、忘れ物しちゃうのはしょっちゅうです。

[127] あと、勘違いとかすごく多いかなー。

[128] 空耳とか、空目とか!」

[129]【かおり】

[130]「空耳、はわかるけど……空目?」

[131]【あみ】

[132]「例えば、『商工ローン』を『商エローン』って読んで

[133] 笑われちゃった、とか。

[134] そういう読み間違いを空目っていうみたいですよ」

[135]ふーん、そんな言葉もあるのね。

[136]【かおり】

[137]「じゃあ、勘違いって

[138] どんな勘違いするの?」

[139]【あみ】

[140]「うーん。

[141] 改めて言うのはすごく恥ずかしいけど

[142] ……でも言っちゃう!」

[143]言うんだ、あみちゃん……。

[144]【あみ】

[145]「視力検査で使う黒いのあるでしょ、

[146] 片目を隠すやつ」

[147]【かおり】

[148]「ああ、遮眼子のことね」

[149]【あみ】

[150]「へぇ、そういう名前なんだ、あの黒いの。

[151] その遮眼子を当てて片方隠すんだけど、

[152] 隠してない方の目をつぶってたり」

[153]【かおり】

[154]「えっ?」

[155]【あみ】

[156]「つまり、片方は隠してて片方は閉じてて……

[157] 結局なにも見えないのね。だから聞かれても

[158] 『見えません、わかりません』って言ったり」

[159]【かおり】

[160]「ベタだね〜」

[161]【あみ】

[162]「さすがに検査担当の先生もおかしいと思ったらしくて、

[163] 様子を見にきてくれたんだけど、それじゃ

[164] 何も見えなくて当然って言われちゃった!」

[165]【かおり】

[166]「妹は見えないところのもヤマカンで答えたって

[167] 言ってたよー」

[168]【あみ】

[169]「あっ、そういう時もありました!

[170] 他の子は答えてるのに自分だけ見えないって焦って、

[171] 隣の子と全く同じように『右っ』とか言ったり」

[172]【かおり】

[173]「それは医療従事者として困っちゃうなー。

[174] 検査になってないよ〜」

[175]【あみ】

[176]「あとねっ、

[177] 友達とプールに行った時、

[178] 水着の下、忘れちゃって」

[179]【かおり】

[180]「えぇぇっ!?

[181] それ、大変じゃない!」

[182]【あみ】

[183]「水着とか売ってるようなお店はなかったし、

[184] せっかくのプールなのに入らないのもつまんないから、

[185] 結局ね……」

[186]【かおり】

[187]「え……、まさか……」

[188]わたしは思わずゴクンと息を飲んだ。

[189]【あみ】

[190]「結局、下着で泳いじゃった」

[191]【かおり】

[192]「な、なんと……!!」

[193]【あみ】

[194]「その水着、パレオ付きだったから、

[195] あんまり派手に遊ばなきゃ大丈夫かなって。

[196] ……友達にはバレちゃったけど」

[197]【かおり】

[198]「ひゃー、あみちゃんったら、

[199] なかなか大胆さんなのね〜」

[200]あみちゃんは赤面しながら照れ笑いを浮かべている。

[201]【あみ】

[202]「パレオがなかったら無理でしたね、さすがに。

[203] パンツって、水に入ると透けるんだって、

[204] その時、初めて知りました!」

[205]【かおり】

[206]「……自信満々に言われても」

[207]【あみ】

[208]「てへっ」

[209]【かおり】

[210]「水着、かぁ……。

[211] ……水着といえば……」

[212]【あみ】

[213]「水着といえばっ!?」

[214]ワクワクした表情で、

[215]あみちゃんが身を乗り出してくる。

[216]【かおり】

[217]「小学生の頃だったかな、

[218] 夏休みに学校のプールに二人で遊びにいったんだけど、

[219] 妹は家から水着を着てたのね」

[220]【かおり】

[221]「で、わたしは水着の上に私服を着てたの」

[222]【あみ】

[223]「うんうん。

[224] そーゆーの、よくやるー」

[225]【かおり】

[226]「でね、帰りにバス停でバスを待ってる間、

[227] ベンチに座ってたの。で、バスが来て、ベンチを

[228] 立つと、妹の座っていた席が濡れてて……」

[229]【あみ】

[230]「えっ!?

[231] それって、まさか、おもら……?」

[232]【かおり】

[233]「わたしも、まさかと思って、

[234] バスに乗る直前に訊いてみたのよ。

[235] そしたらね……」

[236]【かおり】

[237]「下着を持ってくるの忘れたから

[238] 濡れた水着を着たまま、服を着てただけ、ですって。

[239] 『だけ』じゃないわよね、『だけ』じゃあ!」

[240]【あみ】

[241]「あははっ、

[242] おもらしじゃなくて良かったですね!」

[243]【かおり】

[244]「もう、なんでちゃんと言わないの! って

[245] バスの座席に、わたしのバスタオル敷いて

[246] 座らせたんだけど……あの時はヒヤリとしたなぁ」

[247]【あみ】

[248]「水着の上から服を着ていくと、

[249] 下着とかイロイロ忘れちゃうんですよねー」

[250]【かおり】

[251]「そうなの!?

[252] そんなの妹くらいだって思ってた!」

[253]【あみ】

[254]「わたしはよくやっちゃって、ノーパンで帰ってました!

[255] 実はわたし、ノーパンのプロです!!」

[256]【かおり】

[257]「偉そうに言わないの!」

[258]【あみ】

[259]「うふふっ」

[260]二人でひとしきり笑い合った後、

[261]あみちゃんがふと真面目な顔でわたしを見つめた。

[262]【あみ】

[263]「かおりんさんって、優しいお姉ちゃんですね」

[264]【かおり】

[265]「そんなことないよー。

[266] あの子がしっかりしてないから、

[267] 仕方なくフォローしてるだけだもん」

[268]【あみ】

[269]「優しいですよ〜。

[270] あーあ、わたしもそんなお姉ちゃんほしかったな」

[271]【かおり】

[272]「あみちゃんは一人っ子?」

[273]あみちゃんは、こくりとうなずいた。

[274]【あみ】

[275]「うん、一人っ子。

[276] お姉ちゃんも妹もいないの」

[277]その顔がちょっとさみしそうなのは

[278]わたしの気のせいなのかな?

[279]【あみ】

[280]「わたし、かおりんさんみたいな

[281] 優しいお姉ちゃんがほしかったなー」

[282]【かおり】

[283]「ほえぇっ?

[284] 世の中には、わたしなんかよりいいお姉ちゃんが

[285] いっぱいいると思うよ?」

[286]【あみ】

[287]「ううん、わたし、かおりんさんがいい!

[288] 絶対、かおりんさんがいいのー!」

[289]ぎゅっと抱きつかれる。

[290]それをやんわりとほどいて、

[291]わたしはニコッと笑った。

[292]……こんなところ、主任さんに見られたら

[293]後で叱られそうだもん。

[294]【かおり】

[295]「それは光栄だけど……。

[296] でも、申し訳ないような」

[297]【あみ】

[298]「かおりんさんがお姉ちゃんだったら、

[299] きっと全力で、わたしを色んなものから

[300] 守ってくれそうですよね……」

[301]【かおり】

[302]「え?」

[303]【あみ】

[304]「学校で困ったことがあったりとか、悩んでたりとか。

[305] そういう時、ちゃんと話を聞いてくれて、

[306] すごく力になってくれるでしょう?」

[307]【かおり】

[308]「そ、それはどうかな〜?

[309] わたし、鈍感だから気づかないかも」

[310]【あみ】

[311]「かおりんさんと一緒に学校とか通えたら、

[312] さみしくなったりとか、怖い思いをしたりとか

[313] ひとつも起きなさそう……」

[314]あみ、ちゃん……?

[315]あみちゃんのさみしそうな横顔に、

[316]ふと違和感を覚えた。

[317]でもあみちゃんは何事もなかったかのように

[318]すぐに笑顔に戻っちゃった。

[319]【あみ】

[320]「あ、そうだ! ね、ね。

[321] ここに入院してる間だけでも、かおりんさん、

[322] わたしのお姉ちゃんになってくれないかな〜」

[323]【かおり】

[324]「はへぇぇぇぇっ!?」

[325]【あみ】

[326]「お願い、かおりんさんっ!

[327] 学校にも行けず、入院生活ばかりの

[328] いたいけで可愛い患者に愛の手を!」

[329]【かおり】

[330]「……じ、自分で言っちゃうんだ……」

[331]目の前で両手を合わせて拝む仕草をしたあみちゃんに、

[332]わたしは少し困ってしまった。

[333]あみちゃんは

[334]期待に満ちた眼差しでわたしを見てる。

[335]……けど。

[336]【かおり】

[337]「ごめんね、それはダメだよ」

[338]途端にあみちゃんはがっかりしてる。

[339]【あみ】

[340]「え……、

[341] どうしてですか……?」

[342]お姉ちゃんって呼ばれるくらい……と

[343]思わなくもないけど。

[344]でも、わたしはこの病院の看護師で、

[345]あみちゃんはこの病院の入院患者さん。

[346]公私混同してるのがバレようものなら……。

[347]   「患者さんは友達ではないのよ?

[348]    あなた、どういうつもりで患者さんに

[349]   『お姉ちゃん』だなんて呼ばせているの?」

[350]うわー、簡単に想像できちゃったよ。

[351]それに、あみちゃんが

[352]わたしのことをお姉ちゃんって呼んでたら

[353]他の子もそう呼びたがるはず。

[354]さみしい思いをしてるのはあみちゃんだけじゃない。

[355]入院している子どもの患者さんたちは、

[356]元気に見えるけど

[357]本当はいつだってさみしいんだと思う。

[358]家族と離れ、自分のおうちから離れて……。

[359]それを考えると、

[360]やっぱりあみちゃんだけ特別にって

[361]いうわけにはいかないよね……可哀想だけど。

[362]【かおり】

[363]「ごめんね、あみちゃん。

[364] 気持ちの上でそう思ってもらえるのは

[365] ものすごく嬉しいよ」

[366]わたしの言葉に、あみちゃんはキュッと唇を結ぶ。

[367]【かおり】

[368]「親しくしてくれるのもありがたいけど、

[369] でも、わたしは看護師で、あみちゃんは患者さん。

[370] 線引きはしておかなくちゃいけないの」

[371]【かおり】

[372]「それに、わたしはまだ新人だし、

[373] 自分のことだけで手一杯だし、

[374] きっとあみちゃんをガッカリさせちゃうから……」

[375]【あみ】

[376]「そう、ですね……」

[377]あみちゃんは、さみしそうな顔をしている。

[378]胸がきゅっと痛むけれど……、

[379]でも、流されちゃダメ。

[380]【かおり】

[381]「ごめんね、あみちゃん。

[382] でも、あみちゃんの気持ちは

[383] すごく嬉しかったよ」

[384]【あみ】

[385]「あ、はい、気にしないでください!

[386] わたし、ちょっとワガママ言ってみただけですから!」

[387]【かおり】

[388]「……うん」

[389]【あみ】

[390]「それに、わたしが勝手に心の中で

[391] かおりんさんをお姉ちゃんって呼ぶのまでは

[392] 禁止じゃないですよね!」

[393]【かおり】

[394]「え……、それはいいけど……」

[395]【あみ】

[396]「じゃあ、今はそれでいいです。

[397] それだけで十分!」

[398]ぴょこん、とあみちゃんが椅子から立ち上がる。

[399]【あみ】

[400]「さて、と!

[401] 長居しちゃったから、わたし、

[402] そろそろお部屋に戻りますね!」

[403]あみちゃんの言葉に、ハッと我に返った。

[404]【かおり】

[405]「あ!

[406] わたし、至急で出してもらった検査結果

[407] 取りに来てたんだっけ!!」

[408]【かおり】

[409]「じゃあね、あみちゃん!」

[410]ニコニコしながら手を振るあみちゃんに

[411]片手を上げて、背中を向ける。

[412]背中を向ける寸前に、

[413]あみちゃんが泣きそうな顔をしたけれど……。

[414]ごめんね……。

[415]今のわたしには

[416]心の中でそう謝るだけで精一杯だった。

white_robe_love_syndrome/scr00224.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)