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white_robe_love_syndrome:scr00213

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[001]今日は日曜日。

[002]だけど、わたしは出勤。

[003]病棟勤務に土日祝日の概念がないのはわかってたけど、

[004]こんな風に、実際に日曜日に出勤するのは

[005]ちょっと不思議な気分……。

[006]ドクターも呼ばれない限り病棟に上がってこないし、

[007]看護師さんたちの動きも

[008]いつもより少しだけ落ち着いている。

[009]何となく物足りないような気がするのは

[010]なぎさ先輩がお休みでいないからかな。

[011]そういえば、出勤前に

[012]頑張れメールが来てたっけ、えへへ。

[013]うん、わたし、頑張る!!

[014]【やすこ】

[015]「沢井、手ェ空いてる?」

[016]【かおり】

[017]「は、はい、

[018] 空いてますっ!」

[019]突然、山之内さんに名前を呼ばれて、

[020]慌てて立ち上がった。

[021]【やすこ】

[022]「そか。

[023] じゃあ、龍角さんのBBやるから

[024] 手伝ってくれるか?」

[025]【かおり】

[026]「は!?

[027] ビービィ!?」

[028]【やすこ】

[029]「BB、ベッドバス。

[030] 清拭のことな。

[031] まさか清拭がわからんことは……!」

[032]【かおり】

[033]「ないです!

[034] 清拭くらい、わかってます!

[035] 身体を熱いタオルで拭いてあげることですよね!」

[036]山之内さんが

[037]いたずらっぽく笑ってる。

[038]うう……、またからかわれた……。

[039]【やすこ】

[040]「あのジーサン、江戸っ子やから、

[041] 火傷しそうなほどにあっついタオル使たると

[042] めっさ喜ぶねんで?」

[043]【かおり】

[044]「へぇ、そうなんですか」

[045]【やすこ】

[046]「ほな、うち先行ってジーサンの準備してくるから、

[047] 沢井は清拭タオル持ってきてな」

[048]【かおり】

[049]「はい、わかりました!」

[050]詰所前の廊下に置かれた清拭車の中に

[051]熱い清拭タオルが入っている。

[052]白いタオルは身体を拭くためのもの。

[053]黄色いタオルは、陰部専用。

[054]それにしても、先輩である山之内さんに

[055]名指しでお手伝いの指名してもらったってことは

[056]それなりに期待してもらってると思ってもいいのかな?

[057]少なくとも、

[058]足手まといだって思われてない……と

[059]考えてもいいんだよね!

[060]よーし、がぜんヤル気が出てきたぞー!

[061]白いタオルを五本、黄色いタオルは二本、

[062]持ち歩き用のビニール袋に入れて、

[063]龍角さんの部屋に向かった。

[064]【やすこ】

[065]「お、来た来た。

[066] はーい、龍角さ〜ん、

[067] お待たせしました〜」

[068]既にわたしに背中を向ける格好で

[069]側臥位になっていた龍角さんの背中から

[070]バスタオルがはずされる。

[071]【やすこ】

[072]「ほな、沢井!

[073] 龍角さんの背中に、そのあっつーいタオル、

[074] 広げて当てたり!」

[075]えー……、

[076]い、いいのかなぁ……。

[077]拾い上げるだけでも熱いタオルを

[078]指先で手早く広げて、

[079]龍角さんの背中に貼り付けた。

[080]【龍角】

[081]「ふおおぉ〜〜〜!!」

[082]【かおり】

[083]「ひっ!?」

[084]龍角さんの雄たけび。

[085]思わず、一歩

[086]後ずさってしまった。

[087]【やすこ】

[088]「気持ちいい?」

[089]【龍角】

[090]「……ご、ご、極楽じゃあ〜!」

[091]あ、喜んでくれてるみたい。

[092]本当は、熱いタオルを広げて

[093]少し風に当てて、温度を下げてから

[094]背中に当てるのが本来のやり方なんだけど……。

[095]基本は無視?

[096]【やすこ】

[097]「ジーサン、

[098] まだ極楽に行くんは早いなぁ。

[099] 遺産問題、解決してからのがええで?」

[100]!!

[101]な、なんてこと!!

[102]この場に主任さんがいたら

[103]間違いなく『山之内さん、不謹慎ですよ!』って

[104]怒鳴ってたよ、絶対!!

[105]【龍角】

[106]「アンタは相変わらず

[107] 看護婦とは思えんほど口が悪いのぅ」

[108]【やすこ】

[109]「正直者、て言うてくださいよー。

[110] ほら、沢井、龍角さんを拭かな」

[111]【かおり】

[112]「は、はい」

[113]山之内さんに促されて

[114]清拭を開始したけれど……。

[115]【やすこ】

[116]「この職業やってると、

[117] 正直者でいるんは難しいですわ」

[118]【龍角】

[119]「あんたは正直すぎじゃ。

[120] どこの世界に、死にそうな患者に遺産問題

[121] 解決してから死ねと言う看護婦がおるんじゃ」

[122]うんうん、そうだよね、

[123]龍角さんの言う通りだよね。

[124]看護師の発言としては

[125]ちょっと……、ううん、かなり不適切だよね。

[126]【やすこ】

[127]「入院患者さんの

[128] 後顧の憂いを取り除く手伝いをするのも

[129] 看護師の仕事ですから」

[130]【龍角】

[131]「コイツめ、痛いところを突きよるわ。

[132] 考えてみれば、金なんぞない方が

[133] 幸せじゃったのかもしれんのう」

[134]【やすこ】

[135]「そうですねぇ、

[136] お金はあの世まで持っていけませんもんねぇ」

[137]【かおり】

[138]「!!」

[139]替えようとしたタオルを

[140]思わず取り落とす。

[141]あの世まで、って!!

[142]【やすこ】

[143]「はーい、仰向けになりますよー」

[144]龍角さんを仰向けにして、

[145]山之内さんが手早く広げた熱いタオルで

[146]龍角さんの胸を覆った。

[147]【龍角】

[148]「ふぉぉぉお〜」

[149]【やすこ】

[150]「はははっ、ホンマにこのまま昇天しそうやねぇ。

[151] 心臓、大丈夫?

[152] 息、苦しなってない?」

[153]【かおり】

[154]「や、山之内さんっ!」

[155]山之内さんは、ニヤッと笑ってわたしを見ただけで、

[156]すぐに龍角さんの胸を拭き始めた。

[157]【龍角】

[158]「このまま心臓が止まってしもうたら

[159] 楽でええじゃろなぁ」

[160]【やすこ】

[161]「安心してください、除細動と心マと薬物で

[162] この世に引き戻しますから。

[163] 病院ナメたらあきません」

[164]【龍角】

[165]「おまえは白衣を着た鬼じゃなぁ」

[166]【やすこ】

[167]「鬼も天使も悪魔も、想像上の生き物ですから。

[168] そんなもんより、

[169] 生きてる人間が一番恐ろしいんですよ〜」

[170]【龍角】

[171]「違いない。

[172] 生きとる人間が一番始末に負えん」

[173]手早く龍角さんの身体を拭き上げ、

[174]山之内さんが龍角さんに

[175]新しいゆかたを着せてゆく。

[176]わたしは、といえば、

[177]山之内さんの動きに合わせて

[178]龍角さんの身体を支えたり、

[179]腕や足を持ち上げたりしただけ。

[180]【やすこ】

[181]「はい、一丁あがり!

[182] ジーサン、男前になったで!」

[183]【龍角】

[184]「あの世で待っとるバーサンも

[185] 惚れ直すかのう?」

[186]【やすこ】

[187]「先に逝ったこと

[188] 後悔し倒しまくってますよ、絶対!」

[189]【かおり】

[190]「…………」

[191]ふ、不謹慎すぎる……。

[192]こんな会話、アリなの?

[193]使ったタオルを片付け、

[194]山之内さんを残して

[195]わたしはさっさと病室を後にした。

[196]タオルをランドリーカーゴに放り込み、

[197]釈然としない気持ちのまま、詰所に戻る。

[198]少ししてから

[199]山之内さんも詰所に戻ってきた。

[200]……ちょっと不機嫌そうな顔をしてる。

[201]【やすこ】

[202]「沢井、さっきの態度はアカンなぁ。

[203] いただけない」

[204]【かおり】

[205]「……何がですか」

[206]いただけないのは、

[207]山之内さんの言葉の方だと思いますけど。

[208]【やすこ】

[209]「黙り込んだまま消えたら

[210] 患者さん、不安になるやろ。

[211] 龍角さんも不思議がってたで?」

[212]【かおり】

[213]「…………」

[214]不安?

[215]わたしには山之内さんの言葉遣いの方が

[216]不安になりましたけど!

[217]【やすこ】

[218]「言いたいことがあるなら

[219] 口に出して言え」

[220]【やすこ】

[221]「心の中でどんなに思っても、

[222] 口に出して言葉にせんと、相手には伝わらへんで」

[223]な、何よ、

[224]不愉快な気分にさせないように

[225]黙っててあげたのに。

[226]そんなに言うんなら、

[227]言っちゃうんだから!

[228]【かおり】

[229]「じゃあ、言いますけど、

[230] 山之内さんの発言は不謹慎だと思います」

[231]【かおり】

[232]「主任さんが聞いたら

[233] 激怒するレベルじゃないんですか?」

[234]思い切って言うと、

[235]山之内さんは大きなため息をついた。

[236]【やすこ】

[237]「……あんなぁ。

[238] 看護、って誰のための看護や?」

[239]【かおり】

[240]「……患者さんのため、です」

[241]【やすこ】

[242]「せや。

[243] 患者さんや、患者さんの精神状態によって

[244] 話す内容は変える必要がある」

[245]【やすこ】

[246]「知ってるか?

[247] 龍角さん、昨日、死にたいって

[248] 暗い顔で言うてたんやで?」

[249]【かおり】

[250]「え……」

[251]【やすこ】

[252]「老人性のうつでもない、何十年も生きて、

[253] 酸いも甘いもわかりきった人生の先輩が言う

[254] 『死にたい』の言葉の重みがわかるか?」

[255]【かおり】

[256]「…………」

[257]知らなかった……、

[258]龍角さんがそんなこと言ってたなんて。

[259]【やすこ】

[260]「子どもたちに不自由はさせたくないって思いが

[261] めっちゃ裏目に出て、残していく金で

[262] 子どもや孫が醜い争いを繰り広げてんねん」

[263]【やすこ】

[264]「龍角さんは傷ついてる。

[265] 人生の大先輩が、現実から目を背けて

[266] 後ろ向きになるくらいにな」

[267]【やすこ】

[268]「せやから、空気読めないアホナースが

[269] 現実と向きあうことを思い出させただけや」

[270]【やすこ】

[271]『自殺なんぞせんでも、もうじき死ぬ。

[272] それまでに問題を解決せんと、

[273] 先に亡くなった妻に顔を合わせられん』てな」

[274]【かおり】

[275]「そう……だったんですか……」

[276]【やすこ】

[277]「乱暴なんもわかってるし、

[278] 看護師が言うべき言葉やないのも

[279] 自分で承知の上や」

[280]【やすこ】

[281]「でもな、龍角さんにはもう時間がないねん。

[282] 死にたい、なんぞ言うてる暇もない」

[283]【やすこ】

[284]「生意気やとか、空気読めんとか

[285] そういうクレームが来てもええねん、

[286] うちが辞めれば済むだけの話やから」

[287]【やすこ】

[288]「でも、うちはあのジーサン好きやし、

[289] 龍角さんやったら、うちの言葉のホンマの意味、

[290] わかってくれるし、ちゃんと伝わる」

[291]……わたし、恥ずかしい。

[292]山之内さんの気持ちも、覚悟も何も知らずに

[293]勝手に、失礼なこと言ってるって決め付けてた……。

[294]【かおり】

[295]「すみません……。

[296] わたし、誤解してました……」

[297]【やすこ】

[298]「せやろね。

[299] 普通は言わんし、

[300] 実際、言うたらアカンよ、あんなこと」

[301]山之内さんが

[302]わたしの頭をポンと叩いて

[303]椅子に座った。

[304]【やすこ】

[305]「悩め、新人。

[306] 考えて、考えて、考え抜いた先でないと

[307] 見えてこんモノも多い」

[308]【やすこ】

[309]「考えた末に

[310] あんた自身の看護を見つけ」

[311]わたしを見ずにそう言った山之内さんは、

[312]龍角さんのファイルを開いて

[313]左手の甲に書いてある数字を書き写してる。

[314]……これが、

[315]山之内さんなりの教育、なんだ……。

[316]【かおり】

[317]「はい」

[318]……わたし自身の看護。

[319]教科書には決して載ってないし、

[320]載せたくても載せられないことだけど、

[321]これが『生の看護』なのね。

[322]考えて、考えて、考え抜かないと見えないもの。

[323]わたしにも、見えるようになるのかな、

[324]患者さんが本当に求めてるものが。

[325]――山之内さんには見えてるものが。

white_robe_love_syndrome/scr00213.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)