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seisai_no_resonance:sce06_04_17_0
寮の窓から西日が差し込み始める。
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部屋に戻ってから、奈岐はベッドの中で丸まったまま、
何も言おうとしない。
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ただ時折、寮の外から聞こえる学生達の声に反応して、
ビクッと身震いをさせている。
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奈岐は……酷く怯えていた。
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「……そろそろ夕飯の時間だね。何かもらってこようか?」
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ベッドにいる奈岐に声をかけるが反応は無い。
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奈岐は元より小食な方だけど、何か食べさせた方がいい気がする。
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「私、少しお腹空いたし……ついでに何かもらってくるね」
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いつもなら呼び止めてきそうなタイミングでも、奈岐は動かない。
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食堂には長居せず、すぐに戻ってきた方が良さそうなのは確か。
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そう考え、私は机の上にある鍵を借りると、奈岐の部屋を出た。
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簡単に食べられそうなパンをいくつかトレイに乗せたところで、
ロビーにまで戻ってくる。
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食堂では八弥子さんや由布達に声をかけられたけど、
穢れと巫女のことを知った今は話しづらい気持ちもあって、
逃げるように出てきてしまった。
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「みんな、知らないだけなのに……それを怖がるなんて」
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盲信という概念の恐ろしさ、それがこの学園中に溢れている。
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違う、この織戸伏島全体がそうなんだろう。
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巫女は贄となり、穢れに身を堕とす――その事実を、栄誉だらけの嘘で塗り固めてきた歴史が、この島に根付いている。
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栄光の先に待ち受けるのが死であり、魂を穢れに囚われる呪縛で
あるのにも関わらず、皆が皆、それを熱望しているんだ。
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積み重なる死と死、それを知らず歓喜する島民。
想像するだけでも、私は恐怖してしまう。
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「…………」
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息を吐き出す唇が震えている。
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死に至る巫女の慟哭は決して島の人達には届かず、
穢れとして虚しい叫びをあげることしか出来ない。
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その叫びは言葉にならない。誰も知ることが出来ない。
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穢れと化した巫女達の絶望、無念さ、怒りや恨み――
考えるだけでも、胸が締め付けられるように痛む。
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「鼎……そんな顔をして、どうしたの?」
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「ッ――!?」
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末来さんの声に驚き、手に持っていたトレイを落としかける。
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「危ないよ」
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末来さんが手を伸ばし、私の持ったトレイを支えてくれた。
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「ありがとう……ございます……」
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「……鼎、元気が無いね。何かあった?」
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心配そうに私を見つめる末来さん。
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その表情に『まだ片倉末来を信じると言うのか?』という
奈岐の言葉が重なっていく。
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「っ……」
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思わず末来さんから目を背けてしまう。
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どこまで末来さんは知っていたんだろうか……?
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その答えが怖くても、私は聞かずにいられなかった。
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「末来さんは……島が隠してること、知っていたんですか?」
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「…………」
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ほんの僅かに驚いた表情の後、末来さんは悲しげに視線を落とす。
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「鼎はもうそこまで知ってしまったんだね」
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「末来さんは知っていたんですね」
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「……穢れは悲しい存在、巫女の力でないと祓えない」
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でも、その実態は巫女の成れの果てを巫女が祓うという循環。
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そして、その巫女達は魂を穢れに変え……また繰り返す。
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「知っていて、私を巫女になるように教えたんですか?」
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「……そうだね」
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「あんな場所に……巫女が生贄になるような場所に
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末来さんはしばらく目を伏せた後、小さく頷いた。
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「鼎のお母さんはあの場所にいる。鼎が望むなら、
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「ボクと鼎のお母さんとの約束なんだ」
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無意識の内にトレイを握る手に力が籠もっていく。
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「お母さんも末来さんも……私を穢れにするつもりなんですか」
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「鼎、それは違う」
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「じゃあ……ペアになった子を?」
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「それも違う」
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「じゃあ、あんな場所に何をしに行けって言うんですかっ!」
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語気が強くなり、私は末来さんを睨んでしまっていた。
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「それは……」
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沈痛な面持ちで末来さんが口籠もってしまう。
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その表情を見て、自分が熱くなりすぎていることに気付いた。
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「ご、ごめんなさい、私……つい……」
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末来さんは首を横へ振り、いいよ、と呟く。
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「未来は、鼎のお母さんは、二度あの場所に行っている」
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「二度……?」
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「一度目は巫女として、二度目はこの島を守るために」
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「…………」
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「彼女は稀代の巫女だった。全ての穢れを祓い、この島を呪縛から
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末来さんが胸の星霊石にそっと触れる。
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「ボクを……助けてしまったせいで、失敗したんだ」
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「末来さんを……?」
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「あの場所には……穢れを生み出す危険なものがある。
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「だから失敗した。それが一度目……そして、二度目。
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七年前、お母さんが失踪した時――この島に戻った時だ。
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「もし鼎が未来を探し、この島を訪れることがあったら……
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「それがボクと未来の考えだった」
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織戸伏島に続く穢れを生み出す循環――それに終わりを告げることが、お母さんがこの島でやろうとしたこと。
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ようやく知ったお母さんの真意なのに……。
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私は奥歯を痛いほど噛み締め、
両手はトレイを持ったまま震え始めていた。
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気を抜けば、頭が真っ白になりそうのを
限界のところで堪えている。
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「ホント……お母さんは身勝手ですよね」
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「……そうかもしれないね」
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「この島に来るかも分からない娘に……
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「もし何も知らず、巫女になったとして……
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「鼎は……特別なんだ」
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「……どういう意味ですか」
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「まだ力を使いこなせていないけれど、キミは未来と同じ力を
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「とても強い力だ。それで今度こそ織戸伏を――」
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「その考えのどこに私の意志はあるんですかっ!?」
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頭の中が真っ白に弾け飛んだのが分かる。
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音を立ててトレイが床に落ち、私の両手が拳を作っていた。
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「勝手にいなくなって、また勝手なことばかり……!」
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「ちゃんと話してくれないと、
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「それは……」
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「知らない方がいいことだってあると思います。
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「目を背けたくなるような現実でも……
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「穢れの記憶を見たんです……あんな無念な思いを、
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「私は……それを知らないことで済ませたくないです」
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「鼎……」
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「お母さんが知ってる七年前の私じゃないんですよ。
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私はトレイを拾い、床に転がったパンを乗せていく。
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それから立ち上がると末来さんへ頭を下げた。
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「すみません、末来さんに強く言うことじゃなかったです」
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「お母さんが末来さんに言っただけなのに……ごめんなさい」
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なまじ姿が似ているだけあってか、感情的になってしまう。
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落ち着かないと、しっかりしないと……頭の中で言い聞かせる。
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「鼎、ボクも鼎には知らないままでいて欲しいと――」
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「少し頭を冷やします。奈岐も待ってますし」
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末来さんの言葉を切り、一礼してから階段を早足で昇っていく。
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織戸伏島の秘密を隠し通そうとされたことよりも……。
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もし私に責任が生じたら、それを庇うつもりだったことに、
行き場の無い怒りを感じてしまっていた。
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お母さんも末来さんも、最初からそのつもりだったんだ。
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「そんな形で……甘やかされても……」
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悔しさだけが滲み出て、気付くと頬に涙が伝っていた。
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目尻に浮かぶ水滴を振り払い、私はさらに早足で歩く。
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今は少しでも早く、奈岐のいる部屋に帰りたかった。
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seisai_no_resonance/sce06_04_17_0.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)