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sapphism_no_gensou:7664

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[Anri] 急げ急げ!

[Nicolle] お、おい、待て、杏里! もうちょっとゆっくり! ニキが脱落してる!

[Anri] ええ!? おーい、ニキ! しっかり!

[Narration] 大廊下を、杏里とその仲間達が両手に荷物を抱えて、駆けていく。

[Nicolle] まったく、落ち着かないヤツだよな、杏里は!

[Nicolle] いきなり、人を呼びだしたかと思うと、アイーシャの誕生日パーティーをしようだなんて……。

[Alma] アイーシャさんの誕生日、今日だったんですね。

[Nicolle] あ、あたしも初めて知った。

[Anri] ボクも知ったのはつい、このあいだだよ。

[Narration] まっすぐに、大廊下の先を見たまま、杏里は答える。

[Soyeon] 意外ですね。杏里さんのことだから、ずっと前から計画していたのかと思いました、このパーティー。

[Nicolle] だよな。準備は全部こっちでやって、アイーシャは先にアンが連れだしているんだろ?

[Nicolle] まるで、サプライズパーティーだ。準備がずさんすぎだけど。

[Alma] ええ、お料理の注文も急だったから、ギャレーにあるものみんな持ってきてしまったみたいですし……。

[Narration] アルマはそう言って、手にした、量だけはたっぷりと詰め込まれたバスケットを見下ろす。

[Nicolle] つーか、仕掛け人側のあたし達が急に言われてびっくりしてどーすんだっての!

[Anri] はいはい、ごめんよ、ほんとに急なことで! ほら、急ごう! 日が傾いてしまったら、せっかくのお天気がもったいない。

[Nicolle] へいへい。

[Narration] ニコルの返事を背中で受けながら、杏里は数日前、天京院の部屋でのことを思い出す。

[Tenkyouin] 偶然と言うべきか……、彼女の誕生日は来週だな。

[Anri] ……そうだね。

[Tenkyouin] あと……、別に見たくもなかったが、ものが学園直轄のデータベースなだけに、見つけてしまった。

[Tenkyouin] 彼女の、入院歴だ。

[Narration] 杏里は、くっと唇を噛む。それはウィンドゥの端の方ではあったけど、しっかりと杏里の視界にも映っていた。

[Tenkyouin] もう数年前のことだな、誕生日の三日後から、およそ2ヶ月。

[Tenkyouin] ……なにがあったか、わかってるだろう、杏里。

[Anri] ……うん。

[Narration] 杏里は、モニタを見つめたまま、うなずいた。いつか、彼女から聞かされた過去。それを、日付だけのデータが証明していた。

[Narration] 彼女の話を嘘だと思ったわけでは断じてない。ただ、憤りを感じる。今は、理不尽に、この数字へと。

[Tenkyouin] もう、閉じるぞ。これ以上、長居して、見つかりたくはない。

[Anri] うん……。

[Narration] 杏里の目の前で、次々とウィンドゥが閉じていく。杏里は、すべての情報が消えた後も、ただ、モニタを見つめていた。

[Tenkyouin] お望み通り、彼女の誕生日は教えてあげたよ、杏里。……やれやれ、例によって、あとは杏里次第だね。

[Tenkyouin] 止めるつもりはないから、どうするかなんて聞かない。ただ……。

[Tenkyouin] 君にとっても彼女にとっても、いいバースディになることを祈ってるよ。

[Narration] 天京院の手が、いまだ、モニタを見つめる杏里の肩におかれた。

[Tenkyouin] しっかりやんな。

[Anne Shirley] お?

[Narration] 向かい合ってお茶を飲んでいたアンシャーリーが、首をのばして、アイーシャの背後をうかがう。

[Aisha] 来たの?

[Anne Shirley] ええ。先頭は大方の予想通り、杏里・アンリエット。最終コーナーに入っても脚力は衰えず猫まっしぐら。

[Anne Shirley] 続いて、アルマ・ハミルトン、ほとんど差はなく、ニコル・ジラルド。スタミナに不安の下馬評通り、ここでずるずると後退、かわってあがってきたのはファン・ソヨン。

[Aisha] ねぇ、アン。

[Narration] 実況を続けるアンシャーリーに、アイーシャは後ろを振り返らずに、話す。

[Anne Shirley] そのさらに後方にニキで、そのさらに後ろに、ハナから勝負する気もなさそうなセカンドの連中。あ、テーブル運んできてるのか。

[Aisha] 私ね、願っていたことがあるの。誕生日の朝が来るたびに。

[Anne Shirley] さぁ、最後の直線に入った。先頭は依然、ぶっちぎりで杏里だわ。勝負の行方は……、決まっていたも同然ね。

[Aisha] あの日のことが、なかったことになりますようにって……。もちろん、そんな願いはかなうわけはないのだけど……。

[Anne Shirley] さぁ、ゴールまで、あと、5メートル、4、3……。

[Aisha] もしかしたら、今日から、願い事が変えられるかもしれないわね……。

[Anri] アイーシャ!

[Narration] 声とともに、肩にかかる体重。背中から回された手が、視界の下の方で交差する。

[Narration] 声も、重みも、腕の感触さえも、よく知っている。間違えようもなく、杏里・アンリエットのものだ。

[Aisha] 杏里……。

[Narration] 首だけをまわして、背中に抱きついている人の顔を見る。

[Narration] それは、アイーシャの予想以上に、明るく輝いて、まぶしいばかりの笑顔だった。

[Anri] お誕生日、おめでとう。

[Narration] 耳元で響く声。大きくなくても強く、アイーシャの胸を叩いてくる声。

[Narration] まるで、少し乱暴なノックみたいに。そんなとこにいないでこっちにおいでよ、と、強引に手を引いて連れ出す、愛しい人。

[Anri] 今日は、ボクとキミが出会う運命が決まった日だよ。

[Anri] だから、お祝いしよう。そうして、今、ボクとキミがここにいることをね!

[Narration] アイーシャは思う。いつだって、この人にはあきらめさせられる。怯えていた自分を、怖れていた自分を、囚われていた自分を、動けなかった自分を。

[Narration] 抱きしめていた腕を優しくほどいて、杏里は立ち上がり、そして、アイーシャに手をさしのべる。

[Narration] その仲間達は、二人のすぐ隣で、持ち寄ってきた荷物を広げて、パーティーの準備を始めている。

[Narration] 杏里の手をとって立ち上がれば、誕生日パーティーが始まるのだ。

[Aisha] ……。

[Narration] 一瞬だけためらってから、アイーシャはその手をとる。迷ってもしかたない。この人のそばにいる限り。

[Aisha] 願うわ。

[Narration] 心の中で、アイーシャは祈る。

[Aisha] 今日からは、なにか、素敵なことがありますようにって。

sapphism_no_gensou/7664.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)