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sapphism_no_gensou:7663

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[Tenkyouin] で、無駄足だったというわけか。

[Anri] はぁ〜〜〜〜。

[Narration] 天京院の言葉に、杏里は大きくため息をつく。

[Anri] もう、うんともすんとも。どう言葉を尽くして説明しても、個人の情報は見せられないの一点張りだよ。

[Anri] あの人達は、ボクとアイーシャの幸せに、微塵も心を砕いてくれないんだ。

[Tenkyouin] いや、職務に忠実でけっこうだね。

[Tenkyouin] あたしだって、幸せのためにとかいう訳のわからない理由で、スリーサイズなどをほいほい杏里に教える医務室にかかりたくはないからね。

[Anri] かなえさんのスリーサイズなんて、だいたいわかるから、わざわざ調べないよ?

[Tenkyouin] 例えだ、バカ。

[Anri] ああ、かなえさんまでがボクをバカって言うんだ……。

[Tenkyouin] 前から何度でも言ってるよ。

[Narration] 天京院は言い置いて立ち上がると、杏里のためにカップにコーヒーを注ぐ。

[Tenkyouin] ほら、飲みな。

[Anri] ありがとう、やっぱり最後に頼りになるのはかなえさんだね。

[Tenkyouin] 頼りにしにきたのか。

[Anri] うん、ボクもバカじゃないからね。よくよく思い返してみたんだ。

[Anri] かなえさんが、あの事件の時、ボクにソヨンとアルマとアイーシャの中から、護衛する対象を選ばせただろう?

[Tenkyouin] ああ。

[Anri] かなえさんはその時、いろんなデータからはじき出して、あの3人を選んだ。

[Tenkyouin] ああ。

[Anri] と言うことは当然、かなえさんはあの3人の誕生日のデータを持っているってことだよね!

[Tenkyouin] ほう……。

[Anri] どうだい? 一分の隙もない、ボクのこの論理は!

[Tenkyouin] なるほどね。

[Narration] 天京院はうなずくと、カップのコーヒーを一息分、すする。

[Tenkyouin] やっぱり、キミはバカだ。

[Anri] あれぇ!?

[Tenkyouin] よく思い返してみろ。もし、あたしがアイーシャ・スカーレット・ヤンの誕生日をデータとして知っていたとする。

[Anri] うん。

[Tenkyouin] だとしたら当然、スキップしてサードクラスにあがってきたという情報くらい、君に渡しているはずだろう?

[Anri] あ……、あれ……? そっか……。

[Narration] 杏里はあごに手を当てて、頭をひねる。

[Anri] でも……、とういことは……、かなえさんの候補者を選ぶデータの中には、誕生日なんて入っていなかったってこと?

[Tenkyouin] 入れてないね。占いじゃないんだ、星座や血液型で選んでたまるか。

[Tenkyouin] 必要のないデータはただの不純物だ。情報の純度を下げる。あの時点で、あたしのデータベースには、必要なかったってことだね。

[Anri] すごいんだか、すごくないんだかわからないよ……。

[Anri] ねぇ、かなえさん、なんとかアイーシャの誕生日が、わからないかな?

[Tenkyouin] ……やれやれ、万策尽きたか。

[Anri] うん、もうお手上げ。助けて、かなえさん。

[Tenkyouin] やれやれ、根気のない。待ってろ、すぐに、学園のデータベースにアクセスして調べてやる。

[Anri] やったぁ! さすがはかなえさん!

[Narration] 天京院は杏里の態度に軽い笑いをもらすと、自分のPCの前に座り、待機モードから立ち上げる。

[Narration] いくつかのウィンドゥがモニタの中で開き、天京院の指が、キーボードを軽快に叩き、マウスを机の上で縦横に動かす。

[Narration] しばらく、天京院は無言でモニタの向こう側と対峙する。やがて、明らかに他とデザインの違うウィンドゥが開き、PCの上のミキサーが勢いよく回り出す。

[Tenkyouin] つながった。

[Anri] ワーォ!

[Tenkyouin] うん、誕生日もわかるね。

[Anri] ブラボー!

[Tenkyouin] でもね、杏里。

[Anri] なに? かなえさん。

[Tenkyouin] 誕生日を教えなかったということは、彼女に教えたくない理由があったかもしれないと、考えなかったか?

[Anri] あ……。

[Narration] 天京院の問いに、杏里の歓喜の声は途切れる。

[Tenkyouin] 彼女の誕生日を知りたいか? 杏里。

[Narration] 椅子を回し、天京院は杏里の方に向き直る。

[Narration] 杏里はひとつ、息を飲む。そして、頭の中で先ほどの天京院の言葉を繰り返し……、そして、アイーシャとすごす楽しいパーティーの様子を想像する。

[Anri] ……知りたい。

[Tenkyouin] わかった、教えよう。そして、もう一つ、わかったことがある。

[Narration] そう言って、天京院は杏里をモニタの前へと手招いた。

[Narration] ノックの音に、アイーシャは伏せていた机の上から、頭を起こす。

[Aisha] 誰かしら……。

[Narration] 今日は、誰と会う約束も、部屋の掃除や世話を頼んだ憶えもない。

[Narration] それでも、不意の来客くらいはあるだろう、そう思い、朝から少し気だるく感じる体をドアの前まで運んだ。

[Aisha] どなた……? あら……。

[Aisha] アン……。

[Anne Shirley] 拉致ったぁっ!!

[Aisha] え? きゃああああっ!?

[Anne Shirley] いい天気よ、アイーシャ! とってもお茶がおいしいわ!

[Aisha] 相変わらず、何を考えてるのかわからないわ、あなたって……。

[Narration] アイーシャはため息を、手の中のティーカップへと落とす。

[Aisha] いきなり、人を部屋から引っ張り出して、こんなところまで連れてくるなんて……。

[Narration] 少しだけ、カップを持つアイーシャの手に力がこもる。

[Aisha] 心臓が……、止まるかと思ったわ……。

[Anne Shirley] 強心剤、いる?

[Aisha] いらないわ。

[Narration] そう答えて、力を抜くように笑う。

[Aisha] 今日は、部屋でおとなしくしているつもりだったのに……。

[Anne Shirley] あら、せっかくの日なのに?

[Narration] カチャン。

[Narration] アンシャーリーの言葉に、アイーシャのティーカップが、ソーサーとぶつかって乾いた音を立てる。

[Aisha] アン、あなた、知ってるの……?

[Anne Shirley] ごめん、内緒なのだわ。

[Anne Shirley] あたしとしては、ソースはボゲードンがお薦め。

[Aisha] もしかして……、杏里……?

[Anne Shirley] だから、内緒だってば。

[Aisha] そう……、そうね、調べれば、わかることだもの……。

[Narration] そう言うと、アイーシャはため息をつく。体の力を抜くように。

[Anne Shirley] いやいや、どうしてなかなか、苦労していたみたいよ?

[Aisha] 仕方のない人……。

[Narration] ため息をつくたびに胸の内に広がっていくあきらめはむしろ、心地よい。

[Aisha] あの人って、まるで強い陽射しみたいね……。

[Anne Shirley] おお、赤道直下の国の人らしい例えね。奇遇奇遇、あたしも赤道直下、ただし高山地帯だったりするけど。

[Aisha] とても明るくて、まぶしくて、一緒にいるととても楽しいけど……。

[Aisha] 振り返った時に、自分の背後にできている影は、とても深いわ。

[Aisha] ねぇ、アン、どんなに楽しい日々が続いても、けっして消えない過去はあるのね。

[Anne Shirley] そうかしら?

[Anne Shirley] あたしはイッパツですべてクリアしちゃったクチなので。

[Aisha] そうなの?

[Anne Shirley] ええ。クスリ、足りない? アイーシャ。

[Aisha] そうね。

[Aisha] よく、あなたから睡眠薬をわけてもらってるけど……。

[Anne Shirley] ええ、よく眠れるおクスリね。

[Aisha] それでも、忘れることができるのは、夢の内容だけなの。

[Aisha] 朝、起きた時、自分の首筋を汗がつたっているわ。どんな夢を見たのか、その事実は、それでわかってしまうのよ。

[Anne Shirley] しょーがねーなー。

[Narration] アンシャーリーは、自分のカップの中身をぐいと飲み干すと、新しいお茶を注ぎ、ごく自然にその中に粉末を入れ、かき混ぜる。

[Anne Shirley] それ以上のおクスリは上級者向けだから、アイーシャにはわけてあげられないのよ。

[Aisha] そう……。残念ね。

[Narration] 少しも言葉のように思っているとは見せずに、アイーシャは答える。

[Anne Shirley] で、どうするの?

[Anne Shirley] もうすぐ来るわよ? 過去最高の誕生日プレゼントが。

[Aisha] ……やっぱり、そういうことを考えていたのね。

[Anne Shirley] あの人、シンプルだから。

[Aisha] そうね。

[Anne Shirley] 逃げとく? とめないわよ?

[Aisha] そうね……。

[Narration] アイーシャは視線を遠くの空へとさまよわせる。それは、逡巡というよりは、わかりきった答えのための、心の準備に見えた。

[Aisha] やっぱり、逃げられないわよね? あの人からは。わかっていたけど。

[Anne Shirley] 魔性の女ね。

[Aisha] あの陽射しの中にいたら……、その外の闇はとても寒くていられないわ。

[Anne Shirley] そう……、そうね、じゃあ待ちましょうか。

[Narration] アンシャーリーはそう言うと、アイーシャの手の中ですっかりと冷えた紅茶を温かいものにかえる。

[Narration] そして、ティーカップの中に、小さな錠剤をぽんと放り込んで、アイーシャの手に戻した。

[Anne Shirley] 少しだけ、心が落ち着くおクスリよ。天然物、混じりっけなし。おクスリは用法を守って医師の指導の元、服用しましょう。

[Narration] アイーシャは、手の中で湯気をたてるカップを見つめる。

[Aisha] ありがとう。

[Narration] そして、そう言って、カップにそっと口をつけた。

sapphism_no_gensou/7663.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)