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sapphism_no_gensou:7662

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[Anri] あれ?

[Narration] 普段通りの学園生活が送られるポーラースターの日常。

[Narration] その午後の最初の授業が終わった後、何気なく自分の手帳を開いていた杏里が、声をあげた。

[Helena] どうしたの、杏里。

[Helena] さっきの授業で、なにかわからないことでもあった? 教えてあげるわよ?

[Anri] あ、いや、そうじゃないよ。なんせ、さっきの授業はほとんど寝てたからわからないもなにも……。

[Helena] なんですって……? 杏里!

[Anri] わわっ、口がすべった! ごめん、ヘレナ、お説教はまた、今度にしてよ。ボクは今、重大なことに気づいたんだ。

[Helena] ……あとでしっかり、復習させてあげますからね。それでなに? 何に気づいたの?

[Anri] うん、今こうして、手帳を見返していたんだけどね……。

[Anri] ボク、アイーシャの誕生日を知らなかったんだ!見て、ほら! どこにも彼女の誕生日を祝うスケジュールが書き込まれていない!

[Anri] ああ、なんてことだろう!そんな素晴らしい日を、ボクは今まで、知らなかったことすら気にせずにいたなんて!

[Helena] ………………。

[Anri] アイーシャを初めて知った日も、言葉を交わした日も、そして、ともに夜を過ごした日も、欠かさず記録してあるというのに……。

[Anri] 彼女がこの世に生を受けたその日を、ボクは知らずにいたなんて! ああ、このままではとても、アイーシャのすべてを愛しているなんて、ボクは世界中に告げることはできない!

[Helena] ………………。

[Anri] ねぇ、ヘレナ……。君はアイーシャの誕生日、知ってる?

[Helena] 知りません!

[Narration] バン、と杏里の目の前の机を叩いて、ヘレナは答える。それから、やや顔を赤らめて、杏里とその手帳を見比べる。

[Helena] ね、ねぇ、杏里……。

[Anri] なに?

[Helena] その手帳、何でも書いてあるみたいだけど……、その……、もしかして、私の部屋に泊まったこととかも……。

[Anri] ああっ! 心配しなくてもいいよ、ヘレナ! キミと過ごした日々のことだってちゃんと記してあるよ。キミとどれだけ愛を交わしたか、どこで……。

[Helena] な、何を考えてるのよ! 消して!今すぐ消しなさい!

[Anri] えええっ!? そんなことできないよ!

[Helena] ぼ、没収します、そんな手帳! 渡しなさい!

[Anri] ああっ、ダメだよ、ヘレナ! わ、わわっ!

[Aisha] え?

[Narration] 息せき切って駆け寄ってきた杏里の、開口一番の質問に、アイーシャは面くらい、ただ、聞き返すだけだった。

[Aisha] ごめんなさい、杏里、なんて言ったの?

[Anri] だからさ!

[Narration] どこをどう捜してきたのか、この広いポーラースターを全力疾走してアイーシャを見つけだした杏里は、まだ切れる息をものともせず、言葉を続けた。

[Anri] ボクとしたことが、今までキミの誕生日を知らなかったんだ。この罪への罰ならいくらでもどんなものでも受けるよ。

[Anri] ただ、無知のままではいられないのさ。アイーシャ、キミの誕生日を教えてほしいんだ!

[Aisha] 誕生日……。

[Narration] その言葉を、アイーシャは繰り返す。

[Anri] どうしたの?

[Narration] その緑色の瞳に翳りが浮かんだ気がして、杏里はアイーシャに問いかける。

[Aisha] ううん。

[Narration] わずかに首をふって、アイーシャは杏里に向き直った。

[Aisha] でも、そんなことを聞いてどうするの?

[Anri] そりゃもちろん!

[Anri] お祝いするのさ! なんて言ったって、キミがこの世に生まれてきた日だからね! キミが生まれてこなければ、ボクとの出会いもなかった。

[Anri] つまり、ボクとキミの幸せな日々もなかった! 今、キミとこうしていられる運命と幸福を紡ぎ出してきた日なんだよ!

[Anri] 感謝しなくちゃ! キミを生んだご両親と、神様と、この運命に! パーティーはそのために開かれるのさ!

[Aisha] そ、そう……。

[Narration] まくしたてる杏里の勢いに押されて、アイーシャはぎこちなく笑って、半歩、下がる。

[Anri] あれ? もしかして、もう過ぎちゃった?でも、きっと、一日や二日、一週間やひと月ふた月くらい、誰だって気にしないと思うよ。

[Anri] キミのための祝祭なんだからね!

[Aisha] いえ、まだ……。

[Anri] まだなんだ! ワォ! それはいつなんだい!?

[Aisha] ええと……。

[Narration] アイーシャは一瞬だけ、視線をわずかにそらせた後、杏里に向かって、笑って答えた。

[Aisha] その、忘れちゃったわ。

[Anri] え?

[Narration] 予想もしない言葉に、杏里は首をカタンと傾げて聞き返す。

[Anri] えっと? ふつう、誕生日なんて忘れないよね?

[Aisha] 私、普通じゃないかしら……。

[Anri] うん、キミはとびきり素敵な女の子だ!

[Anri] それで、誕生日は?

[Aisha] ごめんなさい、思い出せないの。

[Anri] えーっ!?

[Aisha] ごめんなさい、杏里。それにほら、言うでしょう? 女性に年齢を聞いてはいけないって。

[Anri] それは年齢の話だよ!第一、アイーシャの年齢なら知ってるもの。ボクが知りたいのは……。

[Aisha] ごめんなさい、ね、杏里。

[Narration] そう言って、それでも最後まで笑顔のまま、アイーシャは杏里に詫びる。

[Narration] そして、杏里の追撃が途絶えた一瞬の隙をついて、その場をすっと離れた。

[Aisha] じゃあね、杏里。私、行くところがあるから。

[Anri] アイーシャ!

[Narration] 捜しだしての会話の目的は果たされないまま、杏里はアイーシャの後ろ姿を見送るしかなかった。

[Anri] ……なんだろう、どうしたって言うのかな、アイーシャ……。

[Anri] と言う具合で、なんか、うまくかわされちゃって。

[Chloe] お願いだから、杏里、そういうバカなことをした後に、わたしのところにこないで。

[Narration] カウンターに肘をついて話しかけてくる杏里に、クローエは手元に置いたハードカバーから目も上げずに答える。

[Chloe] きっと、杏里に教えたくなかったんでしょ。

[Anri] そんな意地悪な子じゃないよ、アイーシャは!

[Chloe] そんなもなにも、知ったことじゃないのよ。

[Narration] クローエはようやく、本から視線をあげ、杏里をにらみ据える。

[Chloe] 杏里、そろそろいい加減にしてもらえないかしら?

[Chloe] あなた、いったい、なんの目的があって、わたしの読書時間と静寂を奪い取ろうというわけ?

[Anri] わわわっ、こ、怖いよ、クローエ。きれいな顔がだいなしだ!

[Chloe] あなたのきれいな顔と頭を粉砕してあげましょうか?

[Anri] わかったよ! 本題に入るよ!

[Anri] こういったわけだからさ、アイーシャの誕生日はクローエに教えてもらおうと思って。

[Chloe] わたしがあの子の誕生日を知っているわけがないでしょう?

[Anri] でも、図書室のコンピューターの扱いは知ってるだろう?

[Chloe] なるほどね……。

[Narration] 杏里の意図をクローエは理解する。杏里は、クローエに全学生のデータが入っている図書室の利用者データを使って調べてほしいと思っているのだ。

[Chloe] はぁ……。

[Narration] それを知って、クローエはため息をつく。

[Anri] もちろん、キミに迷惑はかけないよ、クローエ。

[Chloe] 迷惑なんて、今こうして、読書の時間を邪魔されている以上のものではないわ。わたしは、あなたのバカさ加減に呆れているのよ。

[Anri] え?

[Chloe] あのね、杏里。

[Chloe] もし、図書室のデータの中に、アイーシャの誕生日が入っているのなら……。

[Chloe] あなた、あんなに苦労することはなかったんじゃないの?

[Anri] え?

[Narration] 杏里はクローエの問いかけの意味がわからずに、聞き返す。

[Chloe] あなた、あの子の正体を探ろうとして、ここで大騒ぎをしてたんでしょう?

[Anri] ああっ!

[Narration] クローエの言葉に、杏里はアイーシャと出会った時のことを思い出す。

[Anri] あれ? でも、あの時はアイーシャの双子のお姉さんがいるかどうかを捜してもらって……いや、それよりも、ボクは代本板を探して……?

[Chloe] あら、記憶障害?

[Anri] うーん、どうも図書室とは相性が悪いよ。しょっちゅう記憶が飛ぶんだ。

[Chloe] ご愁傷様。

[Anri] クローエ、ボクのこの記憶の混乱と、キミの行いについて、少しは考えを及ばせてもらえないかな?

[Chloe] そんな気はないわね。頭が悪いのなら、医務室に行きなさい。

[Chloe] ここは学ぶべき者のための場所なのだから。記憶力と学習能力を身につけてから、来てほしいわね。

[Anri] あ、そうか!

[Chloe] なによ、今度は。

[Anri] 医務室のデータを見せてもらえばいいんだ! あそこなら絶対に、誕生日も登録してあるにちがいないものね!

[Anri] ありがとう、クローエ。キミのおかげで、この問題に光が射したよ! じゃ、早速行ってくる!

[Narration] そう言うなり、杏里はすっとカウンターから身を乗り出し、クローエの頬にキスを送る。そして、さっと身をひるがえすや、あっという間に図書室から出ていった。

[Chloe] なによ……。

[Narration] 杏里の唇のふれた頬に手を当てて、クローエはひとりつぶやく。

[Chloe] まったく、もう少し考えてから行動できないのかしら。医務室が、杏里にそんなデータ見せてくれるわけないじゃないの……。

sapphism_no_gensou/7662.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)